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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
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4-4 『心を温めるモノ』


「じゃあ、それを組み立ててくれ」


 六星院から帰ってきた大志は、さっそく学校の建設に取り掛かる。

 伐採した木は何かに使うと考えていたが、こんなにもすぐ使うことになるとは思ってもいなかった。


「ギルド館や、露店まで取り入れた建物とは、タイシも考えたな」


「どうせなら、一つの建物でいろんなことができるようにしたほうがいいだろ? それに、露店なんかは、雨でも降ったらそれだけで商売できなくなる。ギルドも、依頼さえ受けられれば、ギルドごとの部屋なんて必要ないだろ?」


 学校、店、ギルドをすべて兼ね備えた建物。そこに行けば、だいたいの用事が済むという場所を作りたいのだ。露店を出していた人や、ギルド館を使っていた人にも許可を得た。

 そして大志が取り掛かるのは、それだけではない。

 サヴァージングの崩壊した町は直さず、瓦礫を撤去して更地(さらち)にする。そしてルミセンの城があった高台に、水を溜めておくダムをつくるのだ。そしてダムに溜めた水を飲み水にするための浄水場をつくる。


「協力してくれるだろ?」


 大志の隣には、トトが立っていた。

 飲み水でさえ第一星区に頼っている現状を打破するために、第三星区でも飲み水をつくる。能力で水をつくることもできるが、それでつくられた水は、大志の知っている飲み水ではない。ルミセンの城で初めて飲んだ時は、驚いたものだ。


「第一星区の技術なら、好きなだけ教えるでござる」


「だが、技術だけではどうにもならないこともあるぞ、タイシ」


 第一星区は、技術では優れている。食材なども第一星区が作っているのだ。しかし製品などにつかわれる鉱物や金属などは、第二星区の管轄である。

 そのため、浄水場をつくるためには、第二星区へと出向かなければいけないのだ。


「そうだな。そのことについては、みんなと話し合う。トトも城に来てくれ」


 大志は学校の建設を観察し、細かい指示を出す。

 第三星区で水がつくれるようになるまでは、第一星区の水を使わせてもらうしかない。


「気になっていたでござるが、左腕は怪我をしたでござるか?」


「怪我ってわけじゃないんだけどな。まあ、今となってはいい思い出だよ」


 理恩を守る。悲しませてはならない。そう思っていたのに、六星院へ出発する前、理恩を悲しませてしまった。帰ってきてから城に戻っていないので、理恩を誰が見つけたのか、もしくは誰も見つけられなかったのか、そんなことすらわかっていない。







「……美しい……で、ござる」


 トトはアイス―ンを前にして、そう言葉を漏らした。

 出発前に倒れたアイス―ンも、今では元気にしている。しかしトトの言葉に、顔をひきつらせた。


「す、すまないでござる。エルフを嫌っているのは、知っているでござる。ご無礼なことを言ったでござる。謝るでござる」


 トトは土下座をするけれど、アイス―ンが不機嫌になったのは、そんなことが理由ではない。


「僕は、男だ」


 しかし、アイス―ンの身体は女だ。いくら男と言い張ったところで、それを信じる者は少ないだろう。

 レズはいまだに見つかっておらず、たとえ見つけたとしても、アイス―ンの願いを聞き入れてくれるとは思えない。


「綺麗だって言われてるんだから、素直に喜べばいいだろ。抜群のプロポーションだし、そこに男も女も関係ない」


「なら君は、男に好かれても喜べるのかい?」


 大志の軽はずみな言葉に、アイス―ンは憎しみを込めて睨みつけた。

 男に好かれていたのは、桃幸が最初で最後だろう。あの時は仕方ないから受け入れていたが、特別な理由がなければ遠慮したいところだ。


「俺には理恩がいるから。その他は、男だろうが女だろうが遠慮する。それにトトだって、アイス―ンに好意があるわけじゃないだろ。綺麗だっていうのも、お世辞みたいなもんだ」


「そ、そうなのか……?」


 アイス―ンは、トトが顔をあげるのを待つ。

 そして顔をあげ、アイス―ンへと向けられたトトの顔は、ほんのりと赤かった。


「やっぱりじゃないか! お世辞で、こんな顔をするのかい!?」


「決めつけるのは、まだ早い。アイス―ンで妄想したら、俺だってそうなるかもしれない」


 するとアイス―ンは恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして、大志を睨む。

 男として生きてきたアイス―ンからしたら、妄想のネタにされるなんて思ってもいなかったのだ。


「きっ、きみたちはっ、変態かっ!」


 若干上ずった声で怒りをあらわにしたアイス―ンは、そのまま逃げるように走って行ってしまう。それを追うものは、誰もいなかった。


「主様! 主様!」


 そこに、アースカトロジーが現れる。

 狭いわけではないが、アースカトロジーの身体では、城の中は居づらそうだ。


「どうしたんだ? 埋蔵金でも掘り当てたか?」


「いえ、この能力を見てください」


 アースカトロジーの能力は、土を別のものへと変える能力だ。質量や色、内部の構造まで、本物と同じように造ってしまう。たとえ外見を見ただけだとしても、内部まで完璧に造ってしまうのだ。

 アースカトロジーが手を広げると、土の山ができて、それが形をつくっていく。


「んッ!?」


 そこにあらわれたのは、アイス―ンだった。

 服まで精巧につくられており、人形のように立っている。心までは、土で作れないのだ。


「身体はすべて本物と同じです、主様」


「……アースカトロジー、おぬしもわるよのぉ」


 大志とアースカトロジーは、互いに笑みを浮かべる。

 そんな二人の横で、イパンスールはやれやれと頭を抱え、トトは目を閉じていた。


「おっ、こんなところで何してんだ?」


 そこにクシュアルもやってくる。その腕にはティーコが抱かれていた。

 思い出した時には、すでに遅い。つくりだされたアイス―ンは、見るも無残に土へと姿を変えている。


「千冠……恐るべし……」


「緊縛、様? ……トト様!」


 クシュアルから飛び降りると、ティーコはトトの前で正座した。


「ティーコでござるか? 無事に生きていて嬉しい限りでござる」


「知り合いか?」


「そうでござる。ティーコは、人とのハーフということで嫌われていたでござる。拙者はハーフでもいいと言い続けたのだが、六星院を担当する手前、エルフたちと異なる意見を持っていてはいけなかったでござる。だから争いになる前に、ティーコを別の星区へと逃がしたでござる」


 つまり、第一星区にもティーコの味方はいたのである。

 そして逃げた先でレーメルやクシュアルに会い、今があるのだ。


「トトとしてはハーフでもいいけど、他のエルフはダメなのか。それでよく六星院を任せられたな」


「人望というよりかは、拙者が特殊だったからでござる。千冠を持つエルフは、それだけでも特殊でござる。拙者はその千冠に加え、能力もあるため、エルフの代表となったでござる」


「そういや、突然変異か何かで、人以外にも発現するんだったな」


 どんな能力かは知らないが、動物の千冠がありながら、能力もちとは羨ましい。

 するとトトは眼帯を外し、塞いでいた目で大志を見る。その目は白く、目ではないのかと勘違いしてしまいそうだ。


「拙者の能力は、見たものの死を見る能力でござる。一日に一回という制限があるでござる」


「死を見るって、どういうことだ?」


「ちょっと待つでござる。……おかしい。真っ暗で何も見えないでござる。この能力は、死ぬ原因となるものや、死ぬ間際に見る映像が見えるでござる。自分に使えないのが難点でござる」


 死を予知する能力といったところだ。しかし真っ暗というのが、気になる。真っ暗で思い出すことといえば、身体を蝕む黒い霧と、王の力の影だ。両方回避できたのに、それ以上の真っ暗で大志は死ぬということだろうか。


「わからないなら、考えても仕方ないな」







 何が起きているのか、理解できなかった。


「みゃんっ、みゃんっ、みゃーん!」


「うえーん、タイシさまぁ……うっ、ぐすっ……」


「ほらぁ、私の手で感じていいのよ」


 テーブルの上で踊っているレーメル、四つん這いになったバンガゲイルに座って泣いているルミセン、ポーラの身体を弄っている詩真。レーメルの姿をじーっと見ているイズリと、周りの奇行に顔を強張らせる海太。そして眠っている理恩。


「何があったんだ?」


「ルミセンの持ってきた飲み物で、みんなおかしくなったってん」


 おかしくなったというより、酔ったというほうが正しい。

 現に、部屋の中はアルコールの匂いが充満している。


「未成年のくせに飲むから、そうなるんだ。ルミセンとポーラは除いて」


 レーメルを止めようとすると、殴られた。

 倒れた大志の上に、ルミセンが馬乗りになる。そして、そこでも泣いたままだ。


「タイシさまぁ……るっ、ぅ……ルミは……ルミはぁぁあ!」


 結局何を言いたいのかわからないまま、ルミセンは再び泣いてしまう。

 埒が明かないと、ルミセンを無理やりおろして、次は詩真の前に立った。

 ただでさえ肌色の多いポーラを、詩真の手が撫でる。酔ったのか酔っていないのかわからないポーラは、詩真の手が動くたびに、わずかな声を漏らした。


「……ぅ……あ、ぁ……んっ……」


「もう少し、激しくするわよぉ」


 と言ったところで、詩真の手を止める。

 詩真の呪縛からポーラを解き放ち、避難させた。


「詩真もいつも通りすぎて、酔ってるのかわからないな」


「たいしぃ……身体が疼いちゃったわ……」


「なら、さっさと酔いを醒ませ」


 詩真にデコピンをして、イズリを見る。

 イズリは暴れているわけでもないので、酔っているわけではないようだ。


「そういえば、アルインセストがいない」


「ここにいるぞ」


 その声に振りかえると、イパンスールの腕にアルインセストが抱かれている。

 アルインセストに酔っている様子はなく、この場所にいたわけではないようだ。


「こんな場所でイチャイチャするなよ。恥ずかしくないのか?」


「タイシだって、いつもやってるだろ。それより、そこのバンガゲイルを、そろそろ気にしてやったらどうだ?」


 ルミセンの椅子になっていたバンガゲイルは、ルミセンがおりた今も、四つん這いのまま待機している。いったい大志が留守の間に、何があったというのか。

 バンガゲイルの顔を覗きこむと、満面の笑みだった。


「何があったんだ?」


「素晴らしい体験だったぜぇ。蹴られ、叩かれ、つねられ、罵声。こんなにも気持ちいいことだとは、知らなかったぜぇ」


 何があったかを詳しく聞くのは、やめた。

 聞いてはいけないような闇が垣間見えている。バンガゲイルがそれで幸せなら、大志から言うこともない。


「……みんなの酔いが醒めるまで、待ったほうがいいな」







 地上で風にあたって待っていると、理恩がやってきた。


「なんで、こんなところで待ってるの?」


 手を握られ、理恩の体温が伝わる。

 大志はその手を握り返し、空を見上げた。


「理恩が探してくれたらいいなって、思ったんだ。そしたら、理恩が来てくれた」


「そんなの、当たり前だよ。大志がいなくなったら、寂しいもん。……私を探してたのは、何だったの? わざわざ探さなくても、大志のところに帰るのに」


 イズリから聞いたのだろう。どうやら、頼む必要もなかったようだ。


「理恩に嫌われた気がしたんだ。ルミセンとあんなことして、理恩に幻滅されたと思ったんだ。でも、それを確かめるのが怖くて……それで、イズリに頼んだ。こんなやり方、浅ましいよな……」


 誰も悲しませたくない。そう思っていたせいで、理恩を悲しませてしまった。

 一番に理恩のことを考えるべきなのに、理恩なら許してくれる、理恩なら何も感じない、そう思ってしまった。だが、そんなことはない。好きな人が、別の人と抱き合って、キスをして、それで何も感じないなんて、あるはずがない。


「大志ってば、忘れたの? 私は大志を嫌いになったりしない。それは、今までも、これからも変わらないよ。私は、大志が大好きだもん」


 そう言って、笑ってくれた理恩に、救われた。


「……ごめんな、理恩。こんな俺で……」


「大志ってば、違うよ。そういう時は、『ありがとう』だよっ!」


 火がついたように、胸の奥が温かくなる。

 まず最初に幸福感。それから高揚感が押し寄せ、涙が溢れた。


「……ありがとう、理恩。す――」


 言葉を遮るように、唇が塞がれる。

 軽く触れあった唇が離れると、理恩が笑った。


「好きだよ、大志。ずっと、ずっとね」


 その笑顔を見ると、自然と大志の頬も緩んだ。

 脳裏へと焼きつける。もう絶対になくさせない。好きな女の笑顔を守れなくて、何が男だ。







「約束だからな。叶えられそうな願いだったら、叶えるぞ」


 しかしイズリは、首を左右に振る。

 報酬を出せば、ルミセンや詩真が頑張ってくれると思ったが、結果は予想の斜め上。イズリが見つけたというのだ。


「大志さんが、今まで通りでいてくれるのなら、何も願うことはありません」


「いちおう報酬として出したからさ、何かしら願ってくれないと収まらないっていうか……」


 ルミセン、詩真、レーメルが睨んでいる。

 それぞれ何かしら願い事があって参加したのに、これでは乱闘になりかねない。


「では、保留にします。それで、いいですよね?」


「……まあ、ないよりかマシか。わかった。じゃあ、これで話は終わり!」


 これにて、理恩争奪戦の幕はおりた。



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