4-3 『第一次理恩争奪戦』
「行ってしまいましたね」
イズリは、海太の隣に座り、そう呟いた。
「詩真ちんは、なんだかんだで大志を想ってるってん。あんなこと言われたら、仕方ないってんよ」
大志が出発する前。イズリはお願いをされていた。
それは、理恩がいなくなったので探してほしいというものである。そして重要なのはこのあとで、理恩を一番先に見つけた者には、大志がなんでも願いを叶えてくれるというのだ。
「なんでも、と言っても……無理なものはありますよね」
「そうだってんな。大志にできることなんて、限られてるってんよ」
海太は大きなあくびをして、イズリの太ももに頭を乗せる。
そんな海太に驚きつつも、頭を優しく撫でた。
「怒らないってんか?」
「……はい。大志さんの陰に隠れてしまいますが、海太さんがしてきたことだってすごいですよ。自分の姿を映しだしたり、見たものを複製したり……海太さんの能力に、いったい何回助けられたことか」
自覚はなかったが、どうやら感謝されているようだ。
「それはイズリもだってんよ。イズリだって、何人も助けた。人は助け合ってるってん。今こうやって寝ていられるのも、誰か一人のおかげじゃないってん。……なんか、大志みたいなこと言ってるってんね」
「ふふっ、そうですね。……もしも、なんでも願いが叶うとしたら、海太さんは何を望みますか?」
すると、海太は黙ってしまう。
そしてしばらくの沈黙が続き、ゆっくりと口が動いた。
「もしも……か。どんなことでも、絶対にできないことでも……っていうなら、一つだけあるってん。……もう一度、会いたい人がいるってん。話があるわけじゃないけど、ただ会って、笑いあいたい。あの時、できなかった、から……」
海太の目から溢れた涙が、イズリの服を濡らす。
泣くのはいけないとわかっていても、思い出してしまった感情に、涙した。あんな姿を見てしまったのに、もしもまた会えたら、笑顔を見られたらなんて考えてしまう。
「……ごめんなさい。つらい思いをさせようとしたわけでは……」
「わかってるってんよ。イズリのせいなんかじゃない。これは、過去と決別できない弱い心が悪いってん」
海太は起き上がり、涙を拭った。
せっかく平和になったのに、いつまでも泣いているわけにはいかない。
「イズリは、どんなことを願うってん?」
「え、私ですか? ……そう、ですね……皆が笑顔になれますように、ですかね」
「なんだか、それも大志みたいだってんな」
海太とイズリは、笑った。
***
「あいかわらず……かわいいな」
クシュアルは、ティーコを前にして頬を緩ませる。
顔は紅潮し、目は右往左往と泳がせ、じっとしていられない。
対するティーコは、両手で顔を隠して耳の先まで真っ赤にしていた。
「やめて……ハーフ、エルフ……なのに……」
「そんなの関係ねーよ! エルフだろうが、ハーフエルフだろうが、かわいいことに違いはねーんだ」
クシュアルは怯えながらも、ティーコの肩を掴んだ。
まっすぐティーコへ目を向け、ティーコがその顔を見せてくれるのを待つ。
「……困る。だめ……私は、人種じゃない……」
「だから関係ないって。ティーコはティーコだ。それに、人とエルフなら両方人種だろーが」
それでもティーコは顔を左右に振った。
このままでは、クシュアルが何を言っても、否定されるだけだ。
意を決して、ティーコの手を無理やり顔から引き離す。ティーコは全力で抗うけれど、クシュアルの力の前では無力に等しい。
「なんでも否定するな! かわいいって言ったら、かわいいんだよ! たしかに俺は、ティーコにひどいことを言った。そのせいでティーコが悲しんだ。でも、それは嘘なんだ。俺を嫌いになるのは、仕方ない。受け入れる。だが、自分を否定するのだけは、やめてくれ」
クシュアルの手から逃れようとするが、とうてい敵わない。
すると、ティーコの閉じた目から涙が溢れ出た。
「……んで、こんな……いま、さら……」
「好きだからだ。ティーコが好きなんだ。ティーコを苦しめた罪滅ぼしになるかはわからねーが、俺はティーコのために、ティーコがまた笑ってくれるように、尽くしたい」
ティーコは、クシュアルにとって生きる糧だった。ティーコが生き続けられるなら、たとえ自分の身に何が起きてもよかった。だから、ティーコが実験体にされそうになった時、ルミセンに頭をさげてティーコの代わりになった。そしてティーコが安全に暮らせるように、ポーラにも頭をさげた。
「俺に何ができるかはわからねー。だが、ティーコが望むなら、何だってする。もう関わるなというのなら、そうする。だから、自身を持て。ティーコは立派な人だ。胸を張れ」
「……め……だめ……。どこにも、行かないで……」
ティーコの目から、さらに涙が流れる。
慌ててティーコの手を離すが、再び顔を隠したりはしなかった。
「私の代わりに、苦しんだ。もう、苦しまないで。ずっと、一緒に……」
ティーコはそこまで言って、クシュアルに抱きつき、顔を埋める。
ティーコは泣いていた。また傷つけるようなことを言ったのか、それとも別の理由か。クシュアルには、それを察するほどの知識も経験もない。だから、ただただ抱きしめるしかなかった。腕の中で泣きじゃくる小さなか弱き少女を。
***
「リオン……。リオンはどこにいるの……」
ルミセンは血眼になって、リオンを探していた。
持っている能力では、リオンを探すことはおろか、リオンの能力を邪魔することさえできない。しかしルミセンは諦めるわけにはいかなかった。その報酬に、タイシがなんでも願い事を叶えてくれるのだから。
「なんで、こんなにも広いのぉ!」
リオンの逃げる範囲は、今までのカマラの町の大きさではない。サヴァージング、ボールスワッピング、ディルドルーシーの町を含めてすべてが範囲である。
ほぼ不可能と言ってもいいだろうけれど、絶対に不可能ではない。だから、探し続けるのだ。
「おぉ、ルミセンじゃあねぇかぁ」
そこに、まるで使ってくださいと言わんばかりのタイミングで現れたバンガゲイル。
ルミセンは笑みを浮かべ、バンガゲイルの頬に平手打ちした。
乾いた音が響き、バンガゲイルは目を丸くする。
「な、何をするんだぜぇ?」
「呼び捨てなんて、立場をわきまえてほしいの。……でも、ルミのお願いを聞いてくれるなら、許してあげてもいいの」
「それは叩いてから言うことじゃねぇぜぇ」
しかしバンガゲイルは、ルミセンのお願いを快く引き受けてくれた。
ルミセンのお願いとは、バンガゲイルの能力で、町の中を一周するというものである。そうすれば、リオンの影くらいなら見つけられるはずだ。
「じゃあ、荷車をどっかから持ってこねぇとだなぁ」
「そんなの必要ないの! 今すぐ背負って出発するの!」
バンガゲイルの尻を蹴り、怒鳴り散らす。
そんなルミセンにため息を吐きながらも、ルミセンを背負って走りだした。
「そんなの、ズルいわよ! 自力で探しなさーい!」
見ていたのか、シマがバンガゲイルの前へと立ちふさがる。
しかしそんなことを聞いている時間はない。バンガゲイルを叩き、飛び上がらせた。
シマが能力を失っていることは、知っている。理由はわからないけれど、能力のないシマではリオンを探すこともできないはずだ。
「そうみゃん! 自力で探すみゃん!」
バンガゲイルの速度にレーメルが並び、ルミセンへと訴えかける。
「どの口が言うの! 存在そのものが、能力みたいなものじゃないの!! そんなの不公平じゃないの!」
レーメルなら、まともに探すよりも虱潰しに走り回ったほうが、見つけるのは早そうだ。
だからこうやって、他人の力を使ってでも、早く見つけようとしたのだ。
「それは仕方ないみゃん。それに、不公平だからこそ、勝負は面白いみゃん」
レーメルはそう言って、さらに速度を上げる。
バンガゲイルはすでに能力の限界まで速度を出しており、レーメルの速度にはついていけなかった。悔しくてバンガゲイルを叩いてみたりするが、反応がないので面白くない。
「シマに、レーメル……いったい何人が参加してるの……?」
イズリが言いまわっていたようだが、聞いてすぐに飛び出したので、何人に話が回っているかは見当もつかない。
「ところでよぉ、何のために走ってるんだぁ?」
「うるさいっ! 気にしなくていいの!」
頬をつねられ、バンガゲイルは口を閉じる。
木を伐採している間を走り抜け、かつてサヴァージングがあった場所へと到着した。
「ここではいろんなことがあったなぁ。ポーラが乗っ取られた戦いとか、民が消えたりな。オーガとは、最初から手を組んでたのかぁ?」
「ルミと話したいなら、もっと偉くなってからにしてほしいのっ!」
「……そういう、さばさばしたのもいいぜぇ!」
バンガゲイルは鼻息を荒げ、先を急ぐ。
やがて城が建っていた高台が確認できた。城は跡形もなくなくなっているが、階段は残っている。その階段を駆けあがらせるが、高台の上にもリオンはいなかった。
「城の地下で実験をしてたらしいなぁ。実験体を町の一角に放していたらしいし、この町の住民じゃなくてよかったぜぇ」
すると、バンガゲイルはまたも頬をつねられる。
「ここでの出来事は、よくわからねえうちにタイシが解決してたなぁ」
ボールスワッピングは、サヴァージングと違って町の崩壊は少なかった。
イズリが攫われた時など、タイシの能力がなければ、侵入すらできなかっただろう。
バンガゲイルがやったのは、グルーパ家への荷物運びくらいだ。ギルド館で待機している間にイズリは助け出された。そのあとに攫われた時も、タイシが解決した。バンガゲイルからしたら、ただ見ていただけだったのである。
「無駄口はいいから、さっさと足を動かすの!」
「へいへい。そういや、イパンスールとは昔からの馴染みだったなぁ。親が死んだ時のこととかも、覚えてるのか?」
「……覚えてるの。イパンスール君、とても悲しんでたの。ひどい人だったけど、イパンスール君にとっては、かけがえのない親なの。たしか緊縛の在り方について口論になった時、つい能力が出すぎたって言ってたの」
ちゃんとした返答がされ、イパンスールは驚いた。
しかしそんな驚いたバンガゲイルの顔に、ビンタされる。
「ほら、さっさと走るの」
「そうやってくれると、眠気が飛んでいいぜぇ」
「眠たかったの?」
そんなはずはない。
眠たければ、わざわざルミセンを運んでくれるはずがないのだ。ただでさえひどい仕打ちをされている。嫌にならないということは、それほど暇で、元気が有り余っているのだ。
「次はどこだぁ?」
「ディルドルーシーなの。今までリオンはいなかったし、たぶんそこにいるの!」
森を突っ切り、ディルドルーシーへと入る。
ルミセンの実験体に一度襲われているが、そんなことがあったとは思えないほど、綺麗になっていた。
「ここは、実験体が襲ってきた時、ちょうどチオにも狙われたんだったなぁ。そのせいで、半分以上はチオの能力に取り込まれたんだぜぇ」
「それはわかってるの! さっさとリオンを探すの!」
しかしいくら走り回ってみても、リオンの姿はどこにも見つけられなかった。
木を伐採していた人たちに聞いてみても、見ていないという。
「それより、その切った木はどうするんだぁ?」
切られた木は、一か所にまとめられており、何かに使われるようだ。
しかし伐採していた人でさえ、首を傾げる。どうやら切った木はまとめて保存するように、言われているようだ。ルミセンもバンガゲイルも、何に使うかは見当もつかない。
「大変だなぁ。頑張ってくれぇ」
バンガゲイルはもう一周だけディルドルーシーを見て回り、それからカマラへと帰還した。
シマやレーメルが見つけたのかの情報もなく、無事に各町を回ってきてしまった。これではただ作業の監視に行っただけである。
「もういいの。カマラの城に戻るの」
「それなら俺も行くぜぇ。ポーラの様子も見たいしなぁ」
城の一室で、ルミセンは膝から崩れ落ちた。
「なんだか、探してたみたいだね」
そこにいたのは、紛れもなくリオンだった。
イズリとウミタの隣に並んで座っている。探していたリオンが、城の一室にいたのだ。
「誰が見つけたの!?」
「見つけたっていうより、理恩がここに現れたってん。誰が見つけたかって言えば、イズリってんか?」
それでは、タイシの報酬はイズリが手にする。
わざわざバンガゲイルを使って走らせて、その結果がこれでは悔やんでも悔やみきれない。
「レーメルとシマは、どうしたの?」
「けっこう前にきて、それで部屋に帰ったってん」
ルミセンが血眼になって探している最中、すでに終わっていたのだ。
バンガゲイルに頼まずに城へと戻ってきていたら、もしかしたらイズリではなく、ルミセンになっていた可能性もあった。しかしすでに後の祭りである。
「あーっ、もうっ、そもそも、どうしていなくなったの?!」
「ちょっとトイレにね……」