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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
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4-2 『六星院』


「これだけ長いと、汽車とか走らせればいいのにな……」


 大志がぼやくと、イパンスールは首を傾げた。

 まだ目的は見えてこず、ただ白い道が延々と続いている。北へのアクトコロテンがこの一本だけなので、エルフもゴブリンも、この道を通ってくるのだ。エルフやゴブリンには能力がないので、今の大志たちのように歩いてきている。そう考えると、大した根性だ。


「汽車、とは何だ?」


「こうやってわざわざ歩かなくても、目的地まで運んでくれる乗り物のことだ。蒸気を動力にして進むんだが、この世界では知識すらないのか?」


 するとイパンスールは頷いた。

 大志たちがいた世界であったものなど、ちらほらと見てきたが、文明の発達はいまいちのようである。


「わかるように説明してくれ」


「そうだな……蒸気は、学校で習ったか?」


「学校とは?」


 イパンスールの答えに、大志は頭を悩ませる。

 イパンスールの反応からすると、やはり学校はないようだ。しかしそれなら、スク水がこの世界にあるのは何故なのか。スクール水着なのだから、学校があるはずだ。


「子供とかが集まって、学業を教わる場所だ。イパンスールたちは、どこで言葉を覚えたんだ?」


「どこで、と聞かれても……親から教わった。それに、タイシの言うような場所は、心当たりがないな」


 イパンスールは考えるような素振りを見せるが、思い当たるものがなかったようだ。

 ないとなると、これから造らなければならない。角をつけたことのあるアースカトロジーたちは、言葉を理解しているが、それ以外のオーガはいまだに言葉が話せないでいる。そんなオーガたちのためにも、言葉を知る場所として、学校が必要だ。


「そうか。じゃあ、帰ったら、早急に造らないとな。……いいよな?」


「タイシがそうしたいなら、すればいい。もしダメなら、その時に言ってやる。それより汽車の説明を早くしろ」


 蒸気を知らない相手に教えるのはめんどうだが、いまさら引き下がれない。

 道の端にある土の部分に、蒸気機関をなんとなくだが描いてみる。なんとなく理解している程度だが、説明するほどの知識は身についていた。


「水を蒸発させて出る水蒸気が……」


 大志の説明を、イパンスールはとても興味深そうに聞き入る。

 他星区との行き来が楽になれば、民の生活は今よりも楽になるかもしれない。やはりイパンスールは、民のことを思っている優しい人なのだ。




「それで、車輪を回しているのか……。能力に頼りきりで、そんなこと思いつきもしなかった。やはりタイシはすごいな」


「いや、思いついたのは俺じゃないから。それにしても、文明の発達が遅れたのは、能力があったせいか。便利だが、考え物だな」


 能力があれば、もはや文明を発達させる必要はない。しかしもしも、生活を支えていた能力者がいなくなってしまったら、困るだろう。その時に気づいても、しばらくは不自由な生活が続いていたはずだ。

 手についた土を払い、大志は腰を上げる。


「さてと、じゃあ先に進むか」


「他には何かないのか? 生活を豊かにするための何かを!」


 期待の眼差しを向けられるが、大志だって何でも知っているわけではない。それに、この世界の情報も収集しきれていない。

 そのためにも、今は六星院へと急ぐしかない。


「それはまた今度な。それより、歩きながらでいいから、俺の疑問に答えてくれないか?」


 歩き出した大志を追うように、イパンスールも歩きだした。


「答えられる範囲でなら、答える。だが、過去の話となれば、俺よりもポーラに聞いたほうがいい」


 そんなことは承知である。なにせ2000年も生きてきたのだ。現代に言い伝えられていることなども、実際に見てきたのである。

 ポーラに聞こうとも思ったが、そんな暇はなかった。


「いろんな人に触れて情報を集めてきたが、名前で気になったことがあってな。イパンスールやイズリは、グルーパ。ルミセンは、ラフード。アイス―ンは、ホモセリー。それって、苗字か何かなのか?」


「苗字というのが何かは知らんが、高貴な血を継ぐ家系には、特別な名があるんだ。俺とイズリは、グルーパという血を継いでいる。ただ、それだけのことだ」


 その話では、レーメルやクシュアル、チオやリングスでさえも高貴な血を継いでいるということになる。

 高貴な血というのは、緊縛の家系だけではないようだ。


「なら、バンガゲイルやアルインセストは普通ってことか?」


「価値のある血と、その他の血がいつ決まったかは知らんが、バンガゲイルの祖先は価値のある血と認められなかった。だから、バンガゲイルは、ただのバンガゲイルなんだ。……アルインセストについては、俺のつけた名だ。だから、知らん!」


 アルインセストと口にした途端、イパンスールは恥じらいだ。

 互いに深くまで探ってほしくないので、大志は見て見ぬふりをする。


「やっぱりポーラに聞いたほうが、いいかもな」


「その意見には、賛同だ。だが、長生きといっても、たかだか2000年程度だ。俺より詳しく知っているかもしれないが、それでも見て知っているわけではない。魔物との戦いから生きているとしたら、それこそ崇められるほどの存在だが、それが何年前の出来事なのかは、いまだにわかっていない」


 魔物の戦いでエルフが何もしなかったせいで、人とエルフの仲は悪い。しかしそれはそう言われているだけで、それを目にした者は誰もいない。


「神殺しもいまだにわかっていない……」


 ふとイパンスールが漏らしたその言葉に、聞き覚えはない。

 この世界での神がラエフということは、すでに知っている。しかし神殺しという言葉は、聞くことすら初めてだ。

 不思議そうに見つめる視線に気づいたのか、イパンスールは迷いながらも口を開く。


「これは、タイシも知っておくべきことだな。だが、絶対に他言無用だ。もし他の星区に知られでもしたら、人は地位を失う。それだけは、覚えておけ」


 その言葉に、緊張しながらも、頷いた。得られる情報は、できるだけ得たい。情報がなかったせいで悔やむのは、あの島だけで十分である。


「魔物の戦いの発端となった出来事が、神殺しと呼ばれる出来事だ。言い伝えられていることだから、確実にあったとは言えない。だが、なかったとも言えないのが現状だ。かつてすべてを支配していた神という存在がいた。神は地上の生物を操り、世界を混沌とさせようとした。大地は焼け、生と死の区別もできなくなったという。そんな中で、神に抗い、神を殺したのが人。神を殺して世界を救ったのだが、その結果として魔物との戦いが引き起こされたらしい」


 まるで作り話のような、出来栄えだ。

 それだけでは嘘のようにも聞こえるが、もしも本当にあったことなのだとしたら、少し話を盛りすぎである。


「それで、何がわかってないんだ?」


「……目的だ。そんなことをしたのは、何故か。いくら探しても、それ以上の発見はなかった」


 神が殺されたなんて、信じる気になれない。

 ラエフをこの目で見ているし、ラエフは生きていた。


「それについては、あとで調べるか。それにしても、神殺しか……」


「何か思い当たるのか?」


 イパンスールはいつになく慎重に、大志の機嫌をうかがうように訊ねてくる。

 大志としては何も思っていなかったので、イパンスールの態度に思考が停止した。イパンスールが何を思っているのか、わからない。


「何もわからないぞ」


「そ、そうか。それなら、いいんだ……」


 イパンスールはわざとらしく笑い、足早に歩みを進める。

 腑に落ちなかったけれど、隠しているということは、大志が知らなくてもいいことのはずだ。







 疲労を感じると、ユリアーズを口にする。

 体力を回復させる効力があるけれど、疲れた身体を無理やり動かそうとしているようで、いい気分ではない。疲れたら休んだほうがいい。


「……まだ、なのか……」


 第三星区を出発してからどれくらいの時間がたったかわからないが、いまだに目的地は見えない。イパンスールが本当に場所を知っているのか、疑ってしまう。

 疲れているせいか、空を飛行する物体が見えた。羽の生えた白い馬。空を駆けて、近づいてきている。ついには幻覚が見えてきたのかと、目をこすった。


「あ、幻覚じゃない……」


 そこには、紛れもなく羽の生えた馬がいた。

 大志たちの前に降りてきた馬は触れるし、情報も得ることができる。


「ペガサス……第一星区で放牧されている生き物か」


 得た情報を口に出すと、ペガサスに乗っていた男がおりた。

 銀の長髪に、緑の目をしており、左目を眼帯で隠している。そして耳が尖っているところを見ると、エルフのようだ。


「初めましてでござるな。拙者はトト。ヒーサディス・トト。六星院で第一星区を担当する者でござる」


 差し出された手に警戒すると、イパンスールは笑う。


「トトは、いいやつだ。六星院の中で、一番話のわかるやつかもしれん」


 しかし大志が警戒したのは、トトが似ていたからだ。姿かたちは違えども、その喋り方、纏うオーラが、湊に似ている。つい湊と重ねてしまいそうで、近づくのを警戒したのだ。


「俺については知ってるのか?」


「知らないでござる。ただ、招集をかけた手前、関係ない者を連れて歩くとは考えられない。なので、六星院と何らか関係があるという考えに至ったでござるよ」


「そうか。俺は大上大志。イパンスールにかわって、第三星区をまとめることになった」


 トトの手を握ると、引き寄せられ、そのままペガサスに乗せられる。ペガサスで六星院まで運んでくれるというのだ。

 しかし三人で乗るにはペガサスは小さすぎて、身体を密着させなければ落ちてしまう。


「ペガサスって、誰でも操れるものなのか?」


「無理でござるよ。拙者が操れているのは、千冠のおかげでござる。動物の千冠で、触れた動物は、拙者が別の動物に触れるまで、拙者の意思に逆らえないでござる」


「触れるのがトリガーなのか。ティーコの範囲と違って、便利だな」







 やがてペガサスは、様々な色の花が咲き誇る庭園のような場所についた。

 その中央には噴水があり、そこではもう一人、人とは異なる異形の姿をしたものが立っている。


「遅かったナ。待ちくたびれたゾ」


 青みがかった鱗に、鋭いとさか。綺麗に並んだ牙や、長い爪。背についた大きな翼と、太く長い尾。その見た目は人と大きくかけ離れているが、同じ人種であることは間違いないようだ。

 六星院は噴水の地下にあるようで、階段をおりていってしまう。


「タイシ、絶対に弱音を吐くな。侮られたら、終わりだからな」


 そう言って、イパンスールは階段をおりていった。

 緊張を和らげるため、深呼吸をする。そして、ふと噴水を見れば、片手サイズほどの石像が水の中に埋まっていた。どうやら飾りの一部が落ちてしまったのだろう。

 水中から拾い上げ、あったと思われる場所に置いて、大志も階段をおりた。


『……ありがとう』




 大志たちが六星院についた時には、先客は誰もいなかった。

 椅子に座ってしばらく待っていると、残りの三名がやってくる。


「この度は、わざわざ集まっていただき、感謝する。さっそくだが、第三星区の担当が変わり、その報告をするために、お呼び立てした」


 イパンスールがそう言うと、椅子に座っていた残りの五名が大志を見た。

 エルフやゴブリンはわかるけれど、その他の三名が何なのか判断がつかない。


「名は、オーガミ・タイシ。知りたいことがあれば、言ってくれ」


 すると、トトが立ち上がった。


「先代のような男ではないと、思っていいでござるか?」


「もちろんだ。それは約束する」


 先代とは、イパンスールの父であり、歴史から名を抹消された男のことだ。

 どういった人だったのか、いまだにわからないが、そんなことは気にせず、大志は大志らしくいればいいのである。


「……ヒーサディス・トト。第一星区を担当しているエルフでござる」


 そういうと、トトは座り、代わるようにゴブリンが立ち上がった。

 背が低く、椅子の上に立っている。


「第二星区を担当しているゴブリンのタソドミーじゃ」


 そして大志の隣に座っていた女が立ち上がった。

 白い肌を、わずかな黒い水着のような布が隠している。コウモリのような翼を生やし、細い尾が揺れ動いていた。腕を組むと、ただでさえ露出の多い胸が強調される。


「第四星区の担当が寝込んでいるので、代行のカチューテコ・キチョウよ。あまり他とは関わりないけど、サキュバスだからいつでも相手してあげられるわ」


 キチョウは、大志へとウィンクをすると、椅子に座った。

 その見た目から、詩真と同じようなものかと思っていたが、まさにその通りだった。


「第五星区の担当をしているミツヌギ・シアンと申します。これからも平和が続きますように、祈っております」


 修道服を着た女だった。何かを祈るような動作を見ていると、関わり合いにならないほうがいいと思えてくる。


「第六星区担当のマヤオイ。第六星区のドラゴニュートは、魔物に間違われることもあるから、注意してほしいゾ」


 ドラゴニュートは、五人の中で一番人からかけ離れている。それに見た目も見た目だ。魔物に間違われても仕方ないだろう。

 全員の紹介が終わり、次はこれからの話だ。



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