3-26 『悲劇の現身』
「嫌なのらー!」
レズに泣きつくアイス―ンと、アイス―ンの頼みを全力で拒むレズ。
そんな二人の姿を、大志とルミセンとイズリは並んで眺める。
「助けてあげないんですか?」
「これに関しては、レズがその気になってくれなくちゃだからな。下手に口を出しても、ダメだろ」
無理やり能力を使わせても、元の姿に戻してくれるとは限らない。
これは、アイス―ンが説得しなければいけないことなのだ。だから、大志は傍観に徹する。
夜も深まり、ポーラは眠ってしまった。
ティーコもレーメルも、満腹のせいか横になっている。
「タイシ様……」
大志の袖を引くルミセンも、目をこすって、今にも眠ってしまいそうだ。
護衛のためにルミセンと一緒に寝ることは、理恩に伝えてある。絶対に間違いはないようにと、口が酸っぱくなるほど言われてしまった。
「じゃあ、これでお開きにするか。片付けは明日するから、おやすみ」
帰ろうと背中を向ける大志に、イズリの手が伸びる。
そして肩に手が触れると、大志は振り返った。唯一の手は、ルミセンと握られている。
「どうしたんだ?」
「いえ、あの……これからどうするのですか?」
イズリは指を合わせ、申し訳なさそうな表情を見せた。
「寝るだけだ。もう夜だしな。ごめんな、あんまり楽しくなかったか」
「いえっ、そうではなくて。今後の、大志さんが思い描く町のために、これから何をするんですか……?」
大志を見つめる視線はイズリだけでなく、寝ているポーラ、ティーコ、レーメルと、目を閉じているアルインセスト以外の全員が、大志を見ている。
そんな視線に応えるように、大志は笑ってみせた。
「第一星区に行く。俺のためにも、第三星区に住む全員のためにも、次の目的地は第一星区だ」
ルミセンと一緒に布団へと入り、暖をとる。
寒いわけではなかったが、ルミセンに抱かれ、自然と大志の身体も温まってしまった。
「タイシ様、本当に第一星区に行くの?」
「そうだ。だからルミセンも一緒にきてくれないか? 離れるわけには、いかないからな」
腕枕をするルミセンの頭を撫でると、ルミセンの頬はわずかに染まる。
ルミセンの護衛期間は、もう少しだ。けれど、それが終わるまで待っているわけにもいかない。
「ルミは、どこまでもついていくの」
「どんなことがあっても、絶対に守る。だから、今日はおやすみ」
大志が頭を優しく撫でていると、やがてルミセンは寝息を立てる。その姿に安心し、大志も目を閉じた。
ルミセンを襲う危険は、着実に近づいている。しかし、ルミセンは大志の腕の中だ。後悔しないように、絶対に離したりはしない。そう決意し、ルミセンをもっと近くで感じる。
「呆れたぞ、タイシ」
ここはルミセンの部屋。ルミセン以外はいないはずだ。それなのに、ルミセンとは対称的な、男のとがったような声が聞こえる。
大志はゆっくりと目を開き、その姿を目を映した。
そこには金髪に、怒っているような細い目。目を包帯で隠す女を連れた、偉そうな男がいる。
「イパンスールか。勝手に入ってくるなよ」
「イズリがいながら、ルミ姉さんに手を出すとは……」
握りしめた拳を見せるイパンスールは、どうやら誤解をしているようだ。
イパンスールのせいで、眠っていたルミセンも目を開けてしまう。
「手を出すとか、そんなんじゃないからな。ただ護衛のために、一緒にいるだけだ」
「護衛……? ルミ姉さんを誰かが狙っているのか?」
慕っていたルミセンが危険としり、イパンスールも表情を変えた。
話していいのかとルミセンを見ると、小さく頷く。やはり護衛は多いほうがいい。
「ルミセンが何かに狙われているのは、事実らしい。敵が何かはわからないが、それからルミセンを守っているんだ」
「敵がわからなければ、守りようがないじゃないか」
イパンスールの意見はごもっともだ。大志も最初はそう思ったが、わからないものはわからない。
「だから、こうやって一緒にいるんだ。三日後まで守りきれれば、いいらしい」
「三日後……って、ルミ姉さんの誕生日じゃないか!」
イパンスールの声に、大志はルミセンを見る。するとルミセンは、これまた小さく頷いた。
誕生日や日付など、この世界にきてから考えてもいなかった。今は何月で、今が何日なのか。能力を使えば簡単にわかるだろうが、今ルミセンに触れたら、余計な情報まで得てしまいそうで触れられない。
「誕生日に、誰かがルミセンを襲いにくるってことか。わざわざ祝いの日じゃなくても、いいのにな。……って、ルミセンが襲われてもいいってわけじゃないからな」
「わかってるの。タイシ様は、気にしすぎなの」
大志の手を頬ずりするルミセンは、その優しい目を大志へ向ける。
そんな姿が気に入らなかったのか、イパンスールは大志を睨みつけた。その隣でアルインセストが顔を向けていることなど、イパンスールにはわかっていないだろう。
「タイシ、言っておくことがある」
イパンスールは、改まって話を始めた。
「ルミセンと関係ある話か?」
「……直接の関係はない。だが、間接的に第三星区すべてに関係する話だ。第三星区を治めるタイシは、六星院に行かなければならない」
六星院という言葉は、初めて聞いた。だから、それがどんなものなのか、どういった場所なのか、見当もつかない。
ルミセンも知らなかったようで、イパンスールの言葉を待つ。
「第一星区から第六星区までの長が集まる場。それが六星院だ。そこで、これからの互いの関わり方などが話される。第一星区から食料が運ばれてくるのは、そこで話し合われた結果だ。六星院へタイシを紹介しに行く。もちろん、俺も一緒だ」
「それは今すぐじゃないとダメなのか?」
「早いうちがいいな。第三星区は、これから大きく変化をする。だから早々にそれを知らせるべきだ」
イパンスールはそれだけ言うと、大志に背を向けた。
六星院には、今までイパンスールが行っていたことになる。ルミセンも知らなかったということは、きっとそれは極秘だったのだ。
「ルミ姉さんのことは、こっちでも調べる。だから、絶対に守れ」
「――ぅっ……ぐすっ……こ、わいよっ……タイシさまぁ……」
ルミセンの声が聞こえる。
まどろむ意識の中、ルミセンの声だけがはっきりと聞こえた。
「しんっ、じゃう……るみ……しんじゃうよぉっ……」
ルミの心の叫びが、聞こえる。
目が覚めると、そこには理恩がいた。
腕の中にいるルミセンは、いまだに眠っている。
「おはよ、大志」
「あぁ、今日も無事に一日が明けたな」
笑った大志だが、理恩の表情は暗くなった。
こんな状況で悪ふざけをするとは思えない。だから、理恩のその表情は、本物だ。
「ちょっと、大変なことがあったみたい……」
「何があったんだ?」
ルミセンを起こし、理恩のあとを追う。
ルミセンにばかり気がいき、他の安全を怠っていた。
「今朝、ペドが来たんだよ。全身をぼろぼろにして、今にも死にそうな姿で」
ペドの回復力は、レーメルのものになっている。それが完全にあだとなってしまった。
ペドがいるという場所につくと、ちょうど詩真が身体を元に戻している。詩真の能力があれば、きっとペドも元に戻るはずだ。
「それで、ペドに何があったんだ?」
しかしそれに答える者はいない。
「ペドをここに運んだのは、誰だ?」
「……きっと自力で来たの。ペドの能力は、扉と扉を繋ぐの。だから、直接ここへ来たの」
ペドの能力は、扉があればどこへでも行けるというものである。部屋の扉を開けたら、家の外に出てしまうというような、ニートもびっくりの能力だ。
しかしペドが死にそうになってまで来たということは、サヴァージングで何かがあったに違いない。
「予定は変更だ。第一星区への出発は、先送りにする」
大志の腕を、ルミセンが強く抱く。
サヴァージングには、ルミセンの家があり、ルミセンの思い出がある。そこが危険だというのに、ルミセンを他の場所へは連れていけない。
「サヴァージングへと、出発だ」
「今回は、僕も行かせてもらうよ」
アイス―ンに留守を頼もうとしたら、言うよりも先に断られてしまった。
「第三星区は、今や一つの町だ。ここに誰かがい続けなくてはならない理由は、なくなった。それに僕は、君の腕となることを誓った。それらしいことを、させてくれ」
「なら、存分に使わせてもらうぞ」
「できれば、胸を見ながら言わないでほしかったよ」
戦力にならなそうなイパンスールを置いていこうとすると、怒られてしまう。ルミセンに危険があった時のために、一緒に行くというのだ。
説得できそうもないので、仕方なく大志は頷く。
「いざ、サヴァージングへ!」
元気になったペドの能力で、サヴァージングへの扉を開けた。
「これまた、酷いな」
サヴァージングにあったはずのルミセンの城は、なくなっている。
扉を抜けた大志たちを、早朝の太陽が照らした。
振り返れば、そこには一枚だけ残された壁の断片。そこに設置された扉から出てきたのである。
「瓦礫だらけだってんな」
見渡す限り、かつて城を形作っていた瓦礫の山だ。
「誰がこんなことをしたんだ?」
するとペドは、静かに後ろにある壁を指差す。しかし壁がしただなんてのは、考えられない。
壁の奥をのぞき込むとそこには、見るも無残に崩壊するサヴァージングの町があった。そしてその中を、人型の黒い生物が徘徊している。
その行動に規則性はなく、ただ町を壊し続けているだけだ。
「オーガ……いや、違う。人とオーガの……」
そこで大志は、あることに気がつく。
見回しても、その姿はどこにもない。
「ヘテたちは、どこにいったんだ?」
「きっと、あの中にいるってんよ」
町を徘徊するものは、一人や二人ではない。数えきれないほど多くの人らしき影が蠢いている。
その中にヘテたちもいるのだ。しかしヘテたちに限って、そんなことをするはずがない。
「……実験。そうだ、ここで……この町でオーガと人の複合実験があったはずなんだ。それの首謀者が、この騒ぎを起こしたに違いない」
それがわかったところで、誰がやったのかはわからない。触ることができれば、情報を得ることも可能である。
そして町へと飛び込もうとする大志を、ルミセンが引き止めるのだ。
「どこに行くの?」
「あそこだ。こんな時こそ、俺の能力の出番だろ」
大志はルミセンの手を振りほどき、町へと坂を下っていく。
怖くないと言えば、それは嘘だ。大志の力では到底敵わないことも、わかる。それでも大志が前へと出なければ、誰も大志の背を押してくれない。
「仕方ないってんな。守ってやるってんよ」
「君の腕になる。その誓いを果たす時が来たようだ」
海太とアイス―ンが続き、バンガゲイルとレーメルも遅れてやってきた。
戦力の大盤振る舞い。これで苦戦するようでは、大志たちに勝機はない。
「まずは情報を得る。それを最優先に考えてくれ」
しかし、敵の戦力は、大志の考えていたものとは大きくかけ離れていた。
大志へと降りかかる複合体の腕。それを受け止めようとアイス―ンが刀を出すと、複合体の腕は刀によって切断されてしまう。
ヘテたちの肌は、刀が通らないほど硬くなっていた。それだというのに、町を徘徊する複合体の肌は、刀で簡単に切断できるほど柔らかくなっている。
「腕を切られても、まるで痛みを感じていないね」
「絶対に殺したりするなよ。生きていれば、まだ元に戻せる可能性はある」
アイス―ンは、そんな無茶ぶりに頷き、大志に降りかかる腕を斬り落とした。
レズがアイス―ンにやったように、実験をされたという過去をなくせば、きっと元に戻る。確証はないけれど、今はその望みに賭けるしかない。
「それよりも、早く能力を使えってんよ!」
海太とアイス―ンに守られる大志は、斬り落とされた腕に触れた。
しかしその腕からは何の情報も得られない。やはり本体に触れなければ、情報は得られないようである。
大志は海太とアイス―ンの間を抜けて、前へと出た。そして振り下ろされる複合体の腕を掴む。その感触は、生身の人と同じだ。
「情報を……っ!」
大志は即座に複合体から離れ、海太とアイス―ンの間へと戻る。
「どうしたんだい?」
「ないんだ……。何も……」
大志の能力は、どんな些細な情報でも得ることができるはずだ。それは証明している。
それだというのに、複合体からは何の情報も得られなかった。まるで中身のないマトリョーシカのように、複合体の中には情報すら何もない。
「なら、どうするってんよ? 大志の能力が頼りだってん」
「今は情報がない。だから、情報を探すしかない。見回りに行ってるレーメルとバンガゲイルが何かを見つけてくると祈るしかない」
アイス―ンと海太は頷き、大志のあとを追って城へと戻る。
複合体は階段を上がろうとせず、大志たちを諦めて踵を返してしまった。
「奴らの狙いは何なんだ……?」
階段を上ると、瓦礫だらけだった一角に部屋ができている。
扉を開けてみると、理恩やイズリ、詩真にルミセンなど待機中のメンバーがくつろいでいた。
「どうしたんだ、ここは?」
「私の能力で、戻したのよ」
詩真の能力は、もはやインチキなんてレベルの話ではなくなっている。
どうやって発現したのかはわからないが、今の能力に比べたら前の能力なんて、屁みたいなものだ。あれがあったから部屋から脱出できたが、それだけである。
「それより、手掛かりはつかめましたか?」
「いや、ダメだった。町をうろついてるやつに触れたが、情報が得られなかった」
大志はため息を吐き、理恩の隣に腰かけた。
すると理恩の温かな手が、大志の手を包み込む。ただ手を握っただけ。それなのに、大志の心はとても癒された。
「お疲れ様。うまくいかないことだってあるよ。だから、ゆっくり休んで」
「だが、俺が頑張らなくちゃ。みんなのためにも……」
「そんな重荷を背負う必要はないみゃん」
そこにバンガゲイルと一緒にレーメルが戻ってきた。
町の見回りが終わったのである。複合体が町を壊す理由を探ってもらっていたのだ。
「大志は、大志のために頑張ればいいみゃん。そのほうが力も出るみゃん」
レーメルはその手に持った青い結晶を、大志の前へと出す。
片手では包み切れないほどの大きさがあり、とても美しく、見るものすべてを魅了した。
「きっと、これが狙いみゃん。まさかこの町にあるとは、思ってもいなかったみゃん」
「何かすごいものなのか?」
触ろうとしたら、手を引かれてしまう。
触らせてくれなければ、情報を得ることもできない。
「それは名器というものです。世界的に見ても、片手で数えるほどしかないらしいですよ」
「珍しいってことか。……で、なぜそれを狙うんだ?」
するとレーメルは、盛大なため息を吐いた。
わからないから聞いたのに、そんな反応をされては頭にきてしまう。しかし今は争っている場合ではない。大志はレーメルの手から無理やり奪い取った。
「……ん?」
「どうしたみゃん?」
大志は触れたことで情報を得た。情報はしっかりと得ることはできたのだが、これはレーメルたちが思い描いているような素晴らしいものではない。
「これ、偽物だぞ」
その言葉に、レーメルは青い結晶を奪い返す。
能力で得た情報なのだから、それは事実だ。その偽物を求めて、町は壊されたというのである。
「そんなの嘘みゃん! これが偽物なんて、ありえないみゃん!」
レーメルは青い結晶を回して、そう叫んだ。
しかしそれは偽物。レーメルがいくら叫んだところで、その事実が変わることはない。
「そう……それは、偽物」
寝起きのポーラが、レーメルの持つ青い結晶を指差す。
そしてポーラは自身の平坦な胸を叩き、レーメルへと視線を送った。
「本物は、この身体の中」
「うっ、嘘みゃん! 名器は、持ってる者に幸福を与えるものみゃん。それが身体の中にあるなんて、信じられないみゃん!」
するとポーラは、レーメルの前へと行き、両手を広げる。
「なら、引き裂いて身体の中を見ればいい。ポーちゃんは死ねないから、大丈夫」
「そんなの絶対に死ぬみゃん!」
しかしポーラは首を横に振った。
常識的に考えれば、死ぬだろう。しかしポーラが、その常識の範疇にいるのか、大志でも判断がつかない。
ティーコを引き取った時に、すでに緊縛であったポーラがいったい何歳なのか。そして今も、そして霧の中でも言っていた『ポーちゃんは死ねない』という言葉。
「……ポーラ、いったい何歳なんだ?」
するとポーラは指を二本立てて、それを大志へと見せる。
2歳ということは、ありえない。しかし20歳ということも、身体の大きさを考えれば、あり得ない数字だ。
「ポーちゃんは、2000歳くらい」
その言葉に驚かなかったものは、ポーラだけだった。