3-25 『ギルド解散』
豪勢な料理に箸は進み、口をそろえて出てくる言葉に、ティーコの表情は柔らかくなる。
大志の隣には理恩ではなく、ルミセンがいた。
理恩はというと、詩真と海太と一緒にいる。元の世界へと帰る希望が失いかけている時だ。二人のわずかな心の動きでも、気にしなければならない。
「それにしても、ギルド解散か」
レーメルがギルド館から持ってきた紙には、そう書かれていた。
レーメルが率いる戦闘ギルド。レーメルを助けるためにイズリが作ったギルドは、なくなったのだ。
「オーガが襲ってこないのなら、もう戦闘ギルドのある意味がないみゃん。それに、これからは大志に力を貸すみゃん。この町がもっとよくなるために、その手伝いをするみゃん。好きに使ってくれていいみゃん」
「その身体を、好きに使っていいのか?」
「身体って言い方は、なんだかえっちだみゃん」
そこで目をそらすレーメルは、腕を組む。腕を組んだことで、胸の平坦さがいっそう際立った。
それにしても、レーメルが手を貸してくれるのなら、ほぼやれないことはなくなるだろう。これからの町のためには、どうしても森だった部分を取り入れなければならなくなる。レーメルがいれば、それほど手間ではなくなるはずだ。
「そういう意味で言ったんだぞ」
「たっ、大志は変態みゃん!!」
レーメルは頬を染め、声を荒げると、大志から離れていった。
すると隣に座っていたルミセンが、優しく手を重ねる。柔らかな指で撫でられ、くすぐったさを感じて目を向けると、そこには妖艶な笑みを浮かべるルミセンがいた。
「タイシ様は、小さい子も好きなの?」
くっつきそうなほど近づけられたルミセンの口から漏れた吐息は、大志の耳を撫でる。
イズリとアイス―ンに見られているが、大志にはどうすることもできない。
「ルミなら、大きいのも小さいのも、タイシ様のお望み通りなの。タイシ様は、どのくらいがいいの?」
「悩む……じゃなくてな、俺には理恩がいるんだ。だから、そういうのは無理だ」
きっぱり言うと、アイス―ンの眉間にしわが寄った。
まるで疑っているかのような目に、大志は見つめ返す。するとアイス―ンは諦めたのか、ため息を吐いてから微笑みを見せた。
「なら、僕の胸を触らせてあげようか?」
「マジか!?」
喜ぶのもつかの間。アイス―ンの呆れた目は見て、大志は悟る。
騙されたのだ。アイス―ンの高度な策略に、まんまと嵌められたのである。
「そういうところが、大志さんらしいです。私はいいと思いますよ」
「触らせてくれるのか?」
「それは別の話です」
イズリにまで否定され、大志の手はなくなくルミセンの胸へと導かれるのだった。
「またレズがいないな」
見回しても、レズの姿はどこにもない。誰かが攫われたわけではないから安心だが、それならここにはいない誰かを襲っているのだろうか。
「レズならきっと、安心だよ。きつく言っておいたからね」
アイス―ンはすました顔でそう言うが、その頬がほんのりと染まっていることを大志は見逃さない。
酒を飲んでいるわけではない。他の理由があるとしたら、きっとレズとのことを思い出しているからだ。
「さっき攫われた時、レズに何されたんだ? 笑わないから、言ってみろよ」
「……何もされていない。僕は、こうやって無傷だ」
「無傷かどうかわからないな。とりあえず脱いでくれよ」
しかし大志の言葉は、無視されてしまう。
口を開こうとしないアイス―ンに、大志は諦めた。無理やり聞き出す方法なら、複数思いついたのだが、どれも大志への信用を損ないかねない。
「なら、レズから聞くからいいよ。アイス―ンがどんな辱めを受けたのか、個人的に気になるからな」
「君ってやつは……」
大志が立つと、ルミセンもそのあとをついてきた。
護衛をしなければならないが、今は守る必要もない。ここには味方しかいないので、安全である。
「トイレとか、護衛はどうするんだ?」
「どんな状況でも、ルミを見ていてほしいの」
つまり離れることは許されないのだ。
嬉しいような、嬉しくないような。大志の心境は、複雑なものになる。
複数設置されたテーブルの中で、一番騒いでいる場所があった。
迷惑だと思っていないが、その賑やかさは自然と足を伸ばしてしまう。
「ちょっといいか?」
椅子にちょこんと座ったレーメルの肩に、手を置いた。
そこには、レーメル、ティーコ、ポーラ、バンガゲイルの4人がいる。
「ど、どうぞ」
ティーコが立ち上がり、自分の座っていた椅子を差し出してくるので、手を横に振った。
そんな介護みたいなことをされなくても、椅子を運ぶ手はある。
「何の用みゃん? まさか、変なことをしにきたみゃん……?」
レーメルは身を抱いて、大志に軽蔑の目を向けた。
しかし大志は、微塵もそんなことを思っていない。それなのに、そんな目を向けられては、少しだけだが高揚してしまう。
「話をしに来ただけだ。精の因子についてな」
大志は持ってきた椅子に座り、レーメルたちと一緒にテーブルを囲んだ。
レーメルにバンガゲイル、それにティーコ。話の種になる人物は、そろっている。
「何か説明不足だったみゃん?」
「ああ。人が持てる因子の数は、固定だって言ってたよな。それなら、能力はどうなんだ? バンガゲイルの能力は増えた。それは因子が増えたからじゃないのか?」
因子の仕組みを理解できていないせいもあるが、それでも因子は奇妙なものだ。組み替えれば、今までとはまったく違う自分が生まれてしまう。レズの能力は、まさにそれだ。
「そうみゃん。それを『覚醒』というみゃん。どうすればできるかはわからないけど、覚醒が起こると、持てる因子が一つ増えるみゃん。それで、新しい能力が身につくんだみゃん」
「みゃん……」
「ちゃんと聞いてたのかみゃん?」
首をかしげるレーメルに、大志は頷く。
覚醒という言葉は前から聞いていたが、まさか因子が増えることだとは思いもしなかった。
それに覚醒なら、大志にも起きている。チオと戦って死にそうになった時と、詩真が寄生体に飲まれそうになった時。
「覚醒って、二回もできるのか?」
するとレーメルは、腕を組んで唸り声をあげた。
レーメルにも能力は二つある。だから片方の能力は覚醒により手に入れたものだ。しかし、大志のように能力を三つ以上持っている人に、あったことがない。チオの能力は、複数持っているとも言えないのでノーカウントである。
「……わからないみゃん。でも、たぶん一回だけみゃん」
「俺は二回してるんだが、そこら辺どう思う?」
大志の言葉に、レーメルは目を丸くした。
大志も驚きたいところだが、今はそれよりも意見を聞きたい。大志は別世界からきているから、この世界の常識に当てはまっていなくても仕方がない。しかし、もしもおかしいのなら、その事実だけは知っておきたい。
「敵が狙う理由は、それじゃぁねぇかぁ?」
バンガゲイルがテーブルに足を乗せ、ふんぞり返る。テーブルがもつか、椅子がもつか、いい勝負になりそうだ。
大上大志プロジェクト。始まりの新人類に大志が選ばれるほどだ。きっと大志には、自分でも気づいていない何かがあるのかもしれない。
「でも、覚醒で得られる能力は自分で決められないみゃん。いくら覚醒ができたとしても、望んでいる能力が使えるようになるわけじゃないみゃん!」
「……だが、能力が増えることに違いはない。けど、本当にそれが狙いなのか? たくさんの能力を使いたいのなら、チオの能力で十分だ。それとは違う、何かがあるんじゃないか……」
考えても、その答えが出ることはない。
答えがわからないのなら、直接聞きに行くしかないのだ。
大志は手を叩き、立ち上がる。しかし、尻は再び椅子を踏みつけた。
「話はそれだけじゃなかったんだ。ティーコについても聞こうと思ったんだ」
すると、ティーコは驚いたように身体を震わせた。
「そんな怖がらないでくれよ。何もしないから」
「は、はい。わかった」
ティーコは膝に手を置き、まっすぐと大志を見る。
だが申し訳ないが、ティーコに聞くよりかレーメルに聞いたほうが手っ取り早そうだ。
「なんで、こっちを見るみゃん……」
「ティーコって、人とエルフのハーフだよな? 因子はどうなってるんだ?」
やはりティーコはわからないのか、口を閉ざして俯いてしまう。
そんなティーコを見て、仕方ない、とでも言いたそうな顔で、レーメルは口を開いた。
「人とだいたい同じみゃん。でも、能力の部分がエルフは千冠になっているみゃん」
「ってことは、千冠ってエルフなら誰でも持ってるのか?」
するとレーメルとティーコはタイミングぴったしで、首を横に振った。
しかし能力が千冠になっているというのに、それはおかしい。
「千冠はエルフを選ぶみゃん。だから、千冠に選ばれなかったエルフは、能力も何もない、因子が一つ少ないみゃん」
「たしかに、あれだけ強力なものだもんな。悪用されたら困るか」
「困るなんて話じゃないみゃん。相性によっては、能力でも歯が立たないみゃん」
アースカトロジーの能力が、ティーコの千冠に太刀打ちできなかったさまが、思い出される。
味方にいたから心強かったが、もしも敵で現れたら顔面蒼白になるところだ。そんな心強いエルフを貶すなんて、人は間違っている。
「それでティーコは土の千冠に選ばれたってわけか。……ティーコには人の血も流れてるんだろ? なら能力があったとしても、不思議じゃないよな?」
「そうみゃん。でも、千冠に選ばれたみゃん。だから能力の因子がないみゃん」
もしもティーコが千冠も使えて、能力も使えたら、即戦力になったはずだ。しかし高望みはしない。千冠だけでも、十分な戦力である。
「もし覚醒したら、能力が発現するのか?」
「エルフが覚醒は聞いたことないみゃん。でも、ティーコは人だからあり得るみゃん」
「はっはっ、ちげぇねぇ」
バンガゲイルはテーブルから足を下ろし、テーブルを叩いた。
ティーコが驚く反対側で、ポーラは眠そうにうつらうつらしている。見てれば、そのまま寝てしまいそうだ。
「何がそんなに面白いみゃん?」
愉快に笑うバンガゲイルに、レーメルは眉をひそめる。
さすがに笑われると不快に思うのか、レーメルは臨戦態勢だ。
「もしもそんなんで、土を扱う能力だったら笑えるぜぇ」
「もう笑ってるだろ」
可能性はあるが、最初から悲観するものでもない。
大志はティーコの肩を叩き、顔を覗く。そこには、苦笑するティーコがいた。
「……笑われ者?」
「そんなことないさ。こういうやつは、全力で殴っていいぞ」
すると、ティーコは申し訳なさそうな顔で立ち上がり、握り拳をバンガゲイルにぶつける。
しかしバンガゲイルは表情一つ崩さず、鼻をほじり始めた。
「う、うぅ……」
ティーコが泣きそうになると、レーメルが立ち上がる。
「全力で殴っていいみゃんね」
その声は低く、いつもの明るいレーメルはどこかへと消えていた。
殺気を感じ取ったのか、バンガゲイルも表情を変えて立ち上がる。しかしその時には、もう遅い。
次の瞬間には、レーメルがバンガゲイルを捕らえていた。
「わ、わるかったぜぇ。それに今日は無礼講ってやつだぜぇ」
「そんなことは、一言も言ってないぞ」
追い打ちをかけるように、大志が口を開く。
するとレーメルの腕をティーコが掴み、バンガゲイルを下ろさせた。
「や、やめて。怪我じゃすまない」
「でも、ティーコを笑ったみゃん。許せないみゃん」
ティーコは首を横に振り、再び握り拳をバンガゲイルにぶつける。
「これでいい。……ね?」
レーメルに怯えるバンガゲイルへと、ティーコは笑ってみせた。
最初は言葉すら出なかったバンガゲイルだったが、やがて絞り出すように声を出す。
「ああ。もうティーコを悪く言わねぇぜぇ」
「よかった……」
ティーコはレーメルを連れて、椅子へと戻った。
レーメルは、イズリとティーコに関しては、異常なまでの怒りをあらわにする。それが悪いとは言わないが、もう少し穏便にすませてほしいところだ。
「みんな、仲良くしてくれよ」
それぞれのテーブルを回って、最初のテーブルに戻ると、そこには一人増えていた。
「レズ、いたのか」
「いたのらー」
レズは、あいかわらずスク水を着ている。
「ところでその水着って、生地は薄いのか? 触っていいか?」
「好きなだけ触っていいのらー」
あいかわらずの、どこか抜けたような声で、大志の前へと立った。
動くたびに、胸元が揺れ、大志の視線を独占する。
「けっこう薄そうだな」
アイス―ンに睨まれているので、大志はレズの腹部に手を当てた。
感触は、普通の水着と同じだが、その他の情報がわからない。ポーラが寝そうだが寝ていないので、能力を使うことができないのだ。
「暑い日でも、これなら大丈夫なのらー!」
「いや、まあ、暑い日はいいだろうけど、寒い日はどうするんだ?」
さすがに、その質問は阿保らしかったかもしれない。寒ければ厚着をするのは、当然である。
「そんな日は、ないのらー」
「いやいや、まさか一年中その格好で過ごしてるのか?」
するとレズは不思議そうに首を縦に振った。
しかし、いくら何でもそれは嘘である。暑がりだったとしても、冬に水着で過ごすのは酷なものだ。
「そういえば、君には言ってなかったね。それがレズの不良なんだよ」
アイス―ンはレズに手招きしながら、大志にそう言った。
使用人は不良がやると決まっている。レーメルにペド、それにレズ。全員が不良で、何かしらの壊れた機能があるのだ。ペドは回復力を失ってしまったが、レズにはある。
「まさか寒さを感じないとか言わないよな? そんなの本当に欠陥があるだけだぞ」
「そのまさかだよ。寒さを感じず、寒さによる身体への影響がない。それがレズの不良なんだ」
大志も椅子に座ると、アイス―ンは息を吐いた。
とても疲れているように見えるが、大志にはどうすることもできない。
「寒さを感じないから、レズは服を嫌うんだ。レズにとっては、ただ熱いだけだからね。でも、使用人が裸で歩いていたら、僕の面子も潰れてしまう。それで、この服を着せてるんだ」
「アイス―ンの趣味かと思ってたけど、そんな理由があったのか」
しかし、レーメルやペドの不良と違って、レズの不良にはいい点が見当たらない。
「レズの能力でその不良を取り出せないのか聞いたのだけど、取り出すことはできるけど、取り出した部分を埋めるように何か精を入れないといけないらしくてね。自分自身には、その作業ができないらしい」
「そうなのらー」
レズは肩を落とし、万策尽きたようだ。
レーメルがやっていたように、精の因子を交換すればいいのだろうが、交換する相手もいない。
「レズの能力は、因子を取り出してるのか?」
「違うのら―。ちょっとだけ出してるだけなのらー」
どうやらレズの能力は、因子の中から少しだけ出している。一度に因子の中すべてを出せるわけではない。
アイス―ンを助けたときも、因子をすべて出したわけではないのだ。だから今も、アイス―ンとしての人格が残っている。
「なら、アイス―ンを男に戻すこともできるのか?」
「できらー!」
「……それ、使い方あってるのか?」