3-24 『笑顔へのカウントダウン』
「なぜ、イパンスールがいるんだい?」
カマラへ戻ると、女体のアイス―ンが待っていた。
腕を組んで胸を強調させるものだから、自然と視線が釘付けになる。それは大志だけでなく、イパンスールも記憶と異なるアイス―ンの身体を凝視していた。
「かくかくしかじかってことで、今日は盛大な宴をするぞ」
「それでは、何があったかわからないよ。……でも、また君は誰にもできなかったことを成し遂げたんだね」
アイス―ンは大志の手を握り、微笑む。
誰にもできなかったかと聞かれれば、きっと誰にだってできたはずだ。ただ、行動に移したのが大志だった、というだけである。
「そんな大したことじゃないさ。守りたかった。だから行動した。ただ、それだけだ」
「カッコつけてるみゃん」
レーメルに言われ、恥ずかしくなった。
アイス―ンほどの美人の前だ。カッコつけたくなるのも、仕方がない。
「いいじゃないですか。大志さんはカッコよかったですよ」
「タイシ様は、もとからカッコいいの!」
アイス―ンは困ったような顔をするが、大志はそんなことお構いなしに本題へと話を進める。
ボールスワッピングが、正式にカマラと合併することなったのだ。ルミセンからサヴァージングも合併すると申告があり、どうせだからディルドルーシーも取り込もうと思ったのである。
「突然な話だが、アイス―ンのを俺にくれ」
何を言っているか理解していないアイス―ンだったが、大志のまっすぐな視線に表情を怖めた。
誤解を招く言い方だとわかっている。わざとだ。
「ぼ、僕は男だぞ……」
「そんなの関係ない。俺はほしいんだ!」
「僕たちは、そんな関係じゃない。それに君には、理恩がいるじゃないか」
アイス―ンの上気した顔を見つめ、大志は首を傾げる。
わざとだったが、ここまで思った通りのことを言ってくれるとは、考えてもいなかった。
「ディルドルーシーの話だ。カマラと合併する気はないか?」
「……それは、僕がどうこうできる話ではない。ディルドルーシーのことは、君に一任する。そう言わなかったかな?」
「言ってないぞ」
しかしそれなら、すべての町の許可が出て、第三星区は一つの町となる。
オーガとの共存を望んでいる今、森を見回る必要はない。アクトコロテンもなくなるのだ。
「そうだったか。なら、ここで言おう。ディルドルーシーを任せた」
「よし、じゃあ新しい町の構想を練るか」
大志は手を叩いて、椅子に座る。
町の構想に、宴の準備、ルミセンの護衛、やることが多くて大変だ。
「あの……緊縛様……」
そこにティーコが姿を現し、一礼する。
どうやら家事などは、すべてティーコがやっていたようだ。それならアイス―ンが何をしていたのか。気になりはするけれど、アイス―ンも身体のせいで大変だったのだろう。
「宴をするのは、どれくらいの規模? 料理は、どれくらい?」
「どれくらい……かは、気にするな。ティーコ一人に作らせないからな」
大志が親指を立てると、ティーコは不安そうに大志へと詰め寄った。
イパンスールに怯えるが、ちょうど今はポーラが目覚めている。能力がなかったとしても、ティーコはイパンスールに恐怖を抱いているのだ。
それにしてもポーラは、寝たり起きたりのスパンが短い。眠りが浅いせいで、すぐに眠くなるのだろう。
「それは、おいしくないから……?」
料理人として生きてきたティーコは、自分の味にそれなりの自信があった。しかし大志の言葉は、その自信を打ち砕く。料理がおいしくないのなら、もはや料理人を続ける意味はない。
そんなしょんぼりと落ち込んだティーコの頭を、大志は軽くたたく。
「ティーコの料理はおいしいよ。でも、ティーコ一人でつくるのは大変だろ?」
するとティーコは首を横に振った。
しかし大志は、無理やりティーコの頭を縦に動かす。
「手伝うから、時間になったら呼んでくれ」
「君はずいぶんと無理やり……」
大志はティーコの背を押して、帰した。
「そういえば、レズはまだ復興作業中なのか?」
イズリがいなくなり、復興現場の指示はレズがしている。
きっと襲われることもないだろうから安心だが、やはりあの姿でいるのは見ていて苦だ。いい意味で。
「いや、もう帰ってきているよ。どこにいるかは、わからないけどね」
ため息をつくアイス―ンに同情する。レズが暴走すると、見入ってしまって止められない。
レズを使用人にした経緯と理由はわからないけれど、アイス―ンもかわいそうだ。
「とりあえず女を置いておけば、食いつくんじゃないか? ……というより、アイス―ンがこんな姿になったのに、レズは何をしてるんだ。アイス―ンを襲えばいいだろ」
「しれっと何を言っているのかな?」
アイス―ンに頬をつねられるが、レズの主なのだから、それくらいすべきである。今までは男だったから仕方なかったが、今は女だ。レズを満足させることもできるはずだ。
「それにしても、胸が大きいってんな」
「男だと認識していたが、どうやら違うようだな」
アイス―ンの背後から、海太とイパンスールが片方ずつ胸を触る。
イパンスールまでそんなことをするとは思っていなかったが、女のアイス―ンに困惑しているせいもあるはずだ。
すぐさまアイス―ンは平手打ちをしようとするが、その手はイパンスールに掴まれてしまう。
「俺を叩こうとは、ずいぶんと偉くなったもんだ」
「ちっ、これはっ、胸を……っ!」
イパンスールの睨みに、アイス―ンは言葉を詰まらせた。
いくら上下関係があるとしても、胸を触られたら怒ってもいい気がする。それに二人とも緊縛をやめているが、上下関係は健在なのだろうか。
「海太もイパンスールも、離してあげろよ。アイス―ンが嫌がってるだろ」
「……仕方ないってんな」
海太は手を離し、イパンスールも確かめて満足したのか、手を離した。
アイス―ンは背後から狙われないように脇をしめ、胸をガードする。
「君が、そんなことを言ってくれるなんてな……」
「アイス―ンが困っていたから、助けただけだ。……だから、俺にも触らせてくれ」
「なんか、俺だけ扱いがひどくないか?」
大志の頬についた手形。ひりひりと痛むそれを、理恩の手が撫でていた。
ちなみに大志の手は、理恩の胸を触っている。というより、押し当てられて固定されていた。
「君は変わらないね。僕は男なんだよ」
「確かめてないから、わからないけどな」
するとアイス―ンは顔を真っ赤にさせて、床を踏みつける。
「きっ、君は触ったじゃないかっ! ぼ、僕の……っ!」
触ったなんて言い方は心外だ。大志に触る意思はなく、アイス―ンが無理やり触らせた。
それにそこは、男ではなかった。
「アイス―ンの身体は女だ。それは認めろ。それでも男と言うなら、心は男であり続けろ」
「そんなことはわかっている。だが、男とはなんだ? どうすればいいんだ?」
「とりあえず、男らしく脱いだらどうだ?」
そう提案すると、アイス―ンは怒るでもなく、恥ずかしがるでもなく、悩んだ。
普段のアイス―ンなら即座に否定することだが、それほどまでにアイス―ンの頭の中は混乱している。今のおかしな状況に、対応しきれていないのだ。
「脱いだら、僕は男なのか?」
「そうだな。話は脱いでからするか」
するとイズリは、ポーラとレーメルの目をふさぐ。
「二人には、まだ早いです。見ちゃだめですよ」
「いくらなんでも、アイス―ンが本当に脱ぐわけ――」
しかし大志の目には、服を脱ぎ始めたアイス―ンの姿が映った。
顔を真っ赤にしながら服を脱いでいくその姿は、まさに恥辱にまみれている。
「脱いでますよ」
「そっ、そうだな」
海太を見れば、いい具合に鼻の下が伸びていた。バンガゲイルはつまらなそうな顔で眺め、イパンスールはアルインセストと二人だけの世界へと入っている。
「って、ダメなのぉ!」
何かにとりつかれたように服を脱いでいたアイス―ンは、ルミセンによって止められた。
涙を蓄えた目が、ルミセンを見る。
「それなら、僕はどうしたら……」
「今まで通りでいいの! 今まで男だったの!」
アイス―ンが振り払おうとしても、ルミセンの手が離れることはなかった。
ルミセンはアイス―ンにちゃんと服を着せ、頷く。
「このままで、いいの! 大事なのは、中身なの」
ルミセンの強い言葉に、大志の煩悩は消え去った。
どこからともなく現れたレズがアイス―ンを攫うと、静寂が訪れる。そんな中で、大志が独り言のようにつぶやいた。
「そういや、ギルドについて聞こうと思ってたんだ」
大志は、第三星区の頂点に立つ。そんな人が同じギルドにいたら、きっとイズリやレーメルに迷惑がかかるはずだ。だから、早いうちに脱退しようとしていた。
「アイス―ンはどうするみゃん?」
「……アイス―ンは、きっと大丈夫だ。それより、ギルドの脱退には、また手続きが必要なのか?」
「そうみゃん。ギルド館を通して、緊縛に知らせないとみゃん」
しかしボールスワッピングには、知らせるべき緊縛がいない。
イパンスールは、いまだにアルインセストとイチャイチャしている。ポーラの領域内にいるおかげで、アルインセストも目を開けていた。
「誰に知らせればいいんだ?」
「普通に考えれば、大志みゃん。ギルド館を通して、大志に許可を得なくちゃいけないみゃん」
「それ、省けないのか?」
するとレーメルは、首を縦に振る。
どうやら、決まりには従わなければいけないようだ。
「でも、ちょうどよかったみゃん。ギルド館に用があったのを、思い出したみゃん」
「何の用が……って、そういやギルドの代表か何かだったな。能力で運ぶぞ」
しかしそれは、断られてしまう。
そしてレーメルは、その場で準備運動を始めた。揺れるワンピースに目を奪われていると、大志の視界を理恩が占領する。
「こういう服が好きなの? 大志が望むなら、私も着るよ!」
「それもいいかもな。理恩なら、どんな服も着こなせる」
理恩の頭を撫でると、嬉しそうに、それでいてくすぐったそうな顔をした。
幼い時から一緒だが、理恩の紐ワンピース姿は見たことがない。想像しただけでも、大志の鼻息は荒くなる。
「それじゃあ、行ってくるみゃん。たぶんすぐ帰ってくると思うみゃん」
すぐと言っても、普通に歩けば最低でも一日はかかるはずだ。レーメルの本気の速さを知る、いい機会である。
レーメルはすぐさま出発してしまった。
「途中で力尽きなければ、いいですけど……」
レーメルは力を使い果たすと、眠ってしまう。
それは大志のみならず、ギルドメンバー全員が知っていることだ。
「そんな管理もできないほど、頭がダメなのか?」
「……その言い方は、よくないですね。レーメルは頭のいい子です。ただ、家族を心配しているだけです」
怒ってしまったことを感じ取るが、イズリはそれを表面に出さないよう抑えている。
あまり適当なことを言っていると、いつか刺されてしまいそうだ。
「それで、えーっと……三日後に何があるんだ?」
ルミセンと二人きりになり、そこで大志は疑問をぶつける。
護衛を頼まれたということは、その日に何かがあるということだ。何があるかぐらい教えてもらわないと、大志としても守りようがない。
「それは、聞かないでほしいの……」
「俺は、何からルミセンを守ればいいんだ?」
するとルミセンは、大志の手を両手で包む。
そして頬からこぼれた涙が、握られた手へと落ちた。
今なら、ルミセンから情報を得ることは簡単だ。しかしそれでいいのか。ルミセンが涙をしてまで言いたくないことを、そんな卑怯な手で知りえてもいいのか。
「……聞くまでもなかったな。どんなことがあっても、ルミセンを守る。ただ、それだけのことだったな」
「タイシ様……」
ルミセンが大志を守護衛に選ばなければ、ここまでくることはなかっただろう。大志のしてきた功績はすべて、ルミセンがいたからこそだ。
そんなルミセンが助けを求めている。涙を流している。
「ルミセンは笑顔が似合う。だから、笑顔を曇らせるものは、俺が取り払う」
ルミセンが笑ってくれるのなら、その先にルミセンが笑ってくれる未来があるのなら、大志はどんな危険にも立ち向かう。
今までそうしてきたように。そして、二度と後悔しないように。
「タイシ様……ルミと一緒にいて……」
懇願するようなルミセンの目に、大志は頷いた。
ルミセンの命に比べれば、理恩の誤解なんて安いものである。
「ルミセンを守るためなら、朝でも夜でも、ずっと一緒だ」
するとルミセンは、喜びのあまり大志へと抱きついた。そして小さくなったルミセンは、大志の胸に顔をうずめる。
そんなルミセンの白い髪を、大志は撫でるのだ。優しく、愛おしそうに。
「料理、できた」
ルミセンを連れて厨房へと行くと、そこには豪勢な料理がすでにできあがっていた。
ドヤ顔を決めるティーコに、大志は肩を叩く。
「なっ、なにっ!?」
無言の大志に、ティーコは身を縮めた。
ティーコには一人で作らないように伝えていた。それだというのに、もう出来上がっていては、手伝いようがない。頑張っているティーコのためにと思っていたのだが、遅すぎた。
「ティーコにばっかり仕事させて、ごめんな」
「い、いえ、これが私の仕事」
誰だって仕事はしたくない。楽をして生きたい。それなのに、ティーコはいつも文句ひとつ言わず、家事をこなしている。
「本当にか? 無理はしていないか?」
「はい。緊縛様と出会ってから、とても調子がいい」
ティーコの眩しいほどの笑顔は、大志に元気を与えた。
人に嫌われてきたティーコが、人への悪意を持ってしまったとしても、大志はそれが悪いとは言えない。それだというのに、屈託のない笑顔からは悪意など微塵も感じられなかった。
「それならよかった。もしもつらいと感じたら、すぐに言ってくれよ」
「はい。それより、料理は足りる?」
ティーコの用意した料理は、ざっと20人分程度だ。
目安がわからないけれど、きっと大丈夫だろう。大志は親指を立てた。
「ティーコって、なんで料理人になったんだ?」
料理を運び、人が集まるのを待っているとき、ふと大志は訊ねた。
「紹介されたから。ポーラさんに」
イズリの過去から逆算しても、ティーコとレーメルが離れ離れになったのは、10年程度前である。
幼いポーラの10年前はどんな姿だったのか。それよりも、10年前もポーラが緊縛だったということだろうか。それはそれで、おかしな話だ。
「最初はサヴァージングへと来るはずだったの」
付け加えるように、ルミセンが口を開けた。
ルミセンが緊縛だったのは、わからないでもない。しかしポーラには姿を変える能力はない。それどころか、あるのは能力を無力化する能力だ。
「なら、なんでカマラに?」
「誰だか忘れたけど、一人の男が頭を下げて頼んできたの。『ティーコを自由にしてくれ』って。でも自由にするとイパンスール君が怒るから、カマラを隠れ蓑にしたの。たしか覆面を渡したのも、その男だったの」
まさかその過去も、大志がこれから作るものではないだろうか。可能性としてはあるけれど、もしそうだったとしたら、また何かに巻き込まれてしまう。
すると、ティーコの赤い目が潤んだ。
「あの人の、おかげ……」
「言いたくないならいいんだが、どういう男だったんだ?」
ティーコは首を横に振る。
「わからない。エルフであることを貶されて、顔を隠すように覆面を渡された。本当に悲しくて、つらくて、顔すら見たくなかった。……それ……なのに」
ティーコが争いに巻き込まれないように、わざと悪く言って覆面をかぶせた。そのおかげで、覆面をつけていればエルフであることはわからなかった。しかし、いくらなんでも不器用すぎる。自分がやったことではないと、大志は確信した。
「その男は、今どこにいるんだ?」
「……さあ……ルミには……」
大志の問いに、ルミセンはとても悲しそうな顔をした。