1-8 『人探しの能力者は怖かった』
「守護衛って……」
半ば強制的に手の甲に口づけをさせられ、大志はルミセンの守護衛になった。
守護衛というのは、姫を守る騎士のようなもので、いずれは姫と婚約する許婚のようなものだ。
こうなったのも、ルミセンを助けてしまったのが原因のようで、なんとも言えない感情が大志を包む。
「た、タイシ様……その、る、ルミのサイズは、え、えっと……小さい……?」
小さなルミセンが、上目遣いで訊ねてきた。
守護衛になるには正式な儀式があり、それを大志とルミセンは大観衆の前で行っている。見られて緊張するのは、大志だけではないようだ。
ルミセンは先端だけ入っていたものを、奥へ奥へと入れていく。
それを大志はただ見ているだけだ。動かない大志に、ルミセンがすべてをしてくれる。
「少しキツキツだったが、入れたらそうでもない。ちゃんと広がったのかもな」
「よかったぁ……。タイシ様の、お、大きいから、入らないかと思った……」
広がるとは言われたが、半信半疑だった。大志の先をあてがうだけで塞がるほどしかなく、無理に入れようものなら壊れてしまいそうだった。しかしそれでも、ルミセンの意思で一番奥まで入れたのである。
「それさえつけていれば、タイシ様もルミと同じくらい偉いの」
「これだけで、そんな偉くなるのか」
左手の薬指にはめられた指輪を眺める。これは、さっきまでルミセンがはめていた指輪だ。守護衛に自分の指輪をはめさせ、民衆に知らせるためらしい。また、指のサイズが変わっただけで買いなおすことがないように、自由に大きさが変わるようになっているようだ。
「た、大志様……こっちみゃん」
レーメルが身を震わせ、行き先を指差す。その姿は、面白いというより、かわいらしい。
ルミセンの命令で、様をつけて呼ぶように言われているのだ。それはもちろん、レーメルだけではなくイズリもだ。
「大志様、どうしました?」
「イズリは俺の命令には逆らえない。それであってるか?」
「はい。そうです」
つまり、イズリに何をしても許されるというわけである。
自然と口元が緩んだ。気持ちが高ぶり、身体の中心に熱が集まる。この感じは、あの時と同じだ。今なら、透視が使えるかもしれない。
息を荒げ、イズリの服を掴む。しかし、何も変わらなかった。
「勃起していませんでしたか?」
イズリに半笑いされ、微かな高揚感に襲われながらも、掴んでいたイズリの服を離した。
「こんな大事な時に……くそっ……」
「こ、こっちみゃん」
レーメルが控え目に、服を引っ張る。
しかしその手を、ルミセンが強く叩いた。レーメルには妙に当たりが強い。何がそんなに気にいらないのだろうか。
「痛いみゃん……」
「みゃんみゃん、うるさいっ! タイシ様に色目を使わないで!」
怒りに染まったルミセンの顔は、まるでルミセンではない別人のようだった。
しかし、その怒りは的はずれである。レーメルは能力を使っていないし、言葉も行動も平常通りだ。
「ち、違うですみゃん」
今すぐにでも泣いてしまうんじゃないかと疑ってしまうくらい、レーメルの言葉は震えていた。
いくら戦闘能力に長けていても、生まれもっての地位には逆らえないと思い知らされる。
「そうだぞ。レーメルは色目なんて使ってない」
ルミセンの手を払い、叩かれたレーメルの手をなでる。
「タイシ様は、ルミの守護衛様なの!」
自分の意見を反対されて、ルミセンは怒声をあげた。
しかしそんなことで臆する大志ではない。レーメルを腕の中へと引き寄せる。
「それでも、レーメルが傷つくのを見逃せるわけないだろ」
それに今は、そんなことはどうでもいい。理恩を探しているのだ。そんな無駄な争いで、時間を無駄にしたくない。
「こんな時に使えないのは、海太の能力の弱点だな」
海太の能力は光に投影させるものだ。だから、わざわざ地面を歩く必要がない。上空から探すことができる。そうすれば、探すのも簡単なはずだ。
しかし海太の能力は、投影にすべての意識をもっていかれる。
「誰か担いでくれるなら、使えるってんよ」
「それは嫌だ」
詩真やイズリならまだしも、なぜ男を担がなければいけないのだ。アイスーンなら、まだ許せるが、海太はさすがに拒否する。
レーメルをもう叩かないように言うと、ルミセンはむすっと頬を膨らました。
「タイシ様はルミがいれば、そんなのいらないの!」
「いやいや、レーメルは大切な仲間だ。いらないわけがない」
それにレーメルがいなければ、大志がここまでくることはなかった。
「大志様……嬉しいみゃん」
レーメルのうっとりとした目が、大志を見上げる。
その姿にドキッと胸が高鳴ったが、きっとこれもレーメルの能力のせいだ。危うく本当にレーメルに好意があるのかと勘違いしてしまうところだった。
レーメルを背負い、ルミセンから守る。するとルミセンは諦めたのか、不機嫌そうに足を進めた。
「それで、こっちであってるのか?」
「そうみゃん。こっちでよく目にするって聞いたみゃん」
噂で聞いたとしても、ここはレーメルの暮らしていた町ではない。この世界にはテレビのようなものはないし、どうやってその情報を得ているのだろうか。
「ですが、本当にあの方に頼んでよろしいのですか?」
イズリがその胸を揺らしながら、横に並ぶ。相変わらずその胸は大きい。
今は人探しの能力を持った人物を探している。その人物に深遠の闇の能力者を探してもらうはずだったが、理恩も探してもらおうということだ。
だが、妙な噂が流れているという。レーメルたちも詳しくは知らないらしいが、あまりいい噂じゃないようだ。レーメルたちがサヴァージングに来るのを躊躇ったのは、そのせいである。
「噂は噂だ。楽できるなら、できるだけ楽にしよう」
まだ大志たちは、この世界に来てから浅い。もし最悪な事態になったとしても、失うものは少ないはすだ。
「大志らしいわ」
「詩真ちんがそう言うなら、そうだってんな」
まだ2、3年しか関わっていないのに、何がわかるというのだ。
あの事件が互いの距離を縮めたのは確実だが、それでもすべてをわかったわけではない。
「お前が、人探しの能力者か?」
細い路地。滅多に人も通らないであろう場所に、黒いフードを被った人物が座っていた。フードを深く被り、表情は見えない。男か、女かさえ確認ができない。
しかし、いくら待っても、その人物から返事はなかった。
「おい、大丈夫か?」
肩を揺すると、その人物はビクッと身体を震わせ、顔を上げる。そしてフードの中に見える顔は、男だ。それも見覚えがある。物流ギルドの男と同じ顔だ。
しかし、あの男はオーガたちに足止めをさせたはず。引き返すと思っていたが、まさかあのオーガたちを退けたというのか。
「い……イパンスール様かみゃん……?」
レーメルは、この人物を知っているかのような反応をする。
痛みを堪えて気持ちよくさせたほどの仲だ。名前くらい知っていたのかもしれない。
するとイズリがレーメルの肩に手を置く。
「違いますよ。兄さんではないです。兄さんがこんな所にいるわけがないです」
イズリの兄。それはボールスワッピングで緊縛をしている人物だ。
「って、おいおい、物流ギルドの男ってイズリの兄だったのかよ!」
イズリと男の顔を見比べる。しかし、似てる部分などどこにもない。
「物流ギルドに、こんな顔のやついたかみゃん?」
「おいおいおいっ! 俺たちを運んでくれた物流ギルドの男だろ!」
それでも、二人ともぴんと来ないようで、首を傾げる。どうやら物忘れが激しいようだ。記憶力なら、ニワトリにも負けそうである。
しかし詩真と海太までも訝しげな目を向けてくる。おまけにルミセンまでもだ。
「あまりに引きこもりすぎて、記憶力がなくなったのかしら?」
「そんなわけあるか!」
週に何日か引きこもりやってただけで、他はちゃんと外出していたし、学校にも行っていた。そんなの、いつも迎えに来ていた詩真なら、わかっているはずである。
すると、フードの男は微かに笑みを浮かべた。そしてゆっくりと閉じていた口が開く。
「げぷっ……」
そして男はフードを脱ぎ、立ち上がった。
「人探しのようじゃったなが」
「客の前でゲップしといて、何もなしか?」
大志は男の胸元を掴む。いくら異世界といえど、失礼なことに違いはない。
すると男は慌てたように、手を前で小さく振った。
「で、出たものは仕方がないなが」
「それでも謝るくらいあるだろ。普通は」
レーメルにいきなり歳を聞いたり、イズリの胸を揉んだりと、大志も十分におかしい。だが、大志はまだ学生だ。それに対し、この男は見た目からして、もう大人だ。最低限のマナーくらいあるべきである。それとも、この世界ではそういったマナーがないのか。それなら大志がますます怪しまれてしまう。
イズリの腕に制され、男の服を離した。
「あなたは何者ですか?」
「ただの老いぼれじゃなが」
「まだ若く見えますが……」
イズリの言うとおりだ。まだ男は若い。それに身体だって、がっちりとした筋肉がある。とても老いているようには見えない。
すると、詩真が控えめに袖を引っ張ってくる。
「元の世界にいた人と似てるわ……」
大志にだけ聞こえるように囁く詩真の手は、微かに震えていた。
元の世界の人間と、この世界の人間に大差はない。だから、大志たちがこの世界に紛れていても、誰も不思議に思わないのだ。それなのに、詩真は今さら何を言い出すのか。
「似てても、別人だ」
「それはそうよ。でも……」
意味の捉えづらい返答だ。大志には詩真が何を言いたいのかわからない。
すると、唐突に海太が大志の前へと出た。
「そこに何かいるってんか?」
海太はそう言って、男の顔に手を押しつける。
「うおっ、何かいるってん!」
「ふぉっふぉっ、どうやら君には見えないようじゃなが」
男は軽快に笑うと、顔に押しつけられた手を叩き落した。
叩き落そうと手を振り上げたのに、海太はそれに反応しなかった。それとも、避けるという能がなかったのか。どちらにしろ、その光景は異様だった。
「なんだ!? 何かに叩かれたってんよ!」
海太はまるで、それが不思議とでも言いたそうなリアクションをする。しかし、大志たちはその一部始終をしっかりと見ていた。それは、海太も同じである。
「いや、その男が叩いただろ。まさか見てなかったのか?」
「その男って、誰だってん?」
見ていなかったのではなく、見えていない。
しかし男の姿はそこにある。大志はもちろん、詩真やレーメルやイズリにも見えているのだ。それなのに、海太には見えないなんてありえない。細い路地だが、人を識別できるほどの光はある。
「ついに目が見えなくなったのか?」
ひどい話だが、それぐらいしか考えられない。
人には盲点とよばれる、認識できない場所がある。しかし人が丸々見えなくなるということはないはずだ。つまり、海太の視覚に異常があるとしか考えられない。
「見えてるってんよ!」
「ふぉっふぉっ。特殊な能力のせいで、困っておるんじゃなが」
大志たちは、この人物が人探しの能力者と聞いてやってきた。だが、男がいう特殊な能力が、人探しの能力でないと直感でわかった。
その直後、大志でも驚くことに、男の顔に手を当てていた。ほぼ無意識だったのだ。
そして男の能力についての情報が流れてくる。
一つ目の能力は、受け取った情報から特定の人物の居場所がわかる能力。二つ目の能力は、他人の目に映る自分の姿を、恐怖の姿に変える能力。
「恐怖……?」
それでは大志が、あの物流ギルドの男を恐怖していることになる。
すると、フードの男は目を見開いて、大志の手を顔から離した。さすがに触っただけで自分の能力を知られるなんて、今までなかったのだろう。
「君もずいぶんと特殊な能力のようじゃなが」
「それは、よくわからないな」
イズリの能力が珍しいと聞いていたが、どうやら大志の能力までも特殊らしいのだ。
「何かわかりましたか?」
「ああ。この男は、他人から見える姿を変える能力者だ」
しかし大志の恐怖が、物流ギルドの男であることが不思議だ。前の世界でも、それなりに怖い体験をしたし、恐怖の対象はいる。
「姿をですか……?」
つまり、イズリとレーメルの言っていた『イパンスール』が、イズリとレーメルの恐怖になっているということだ。詩真は元の世界にいた誰か。そして、海太は……
「なんで見えないんだ?」
「きっと、恐怖がないのじゃなが。恐怖がなければ、見えないのも頷けるなが」
海太がいつもふざけているのが、恐怖がないからだと考えると海太が羨ましい。毎日が楽しいのだろう。だがその反面、恐怖を知らないが故に敵を増やしてしまうこともあるかもしれない。
「そんなことより、ルミたちは人を探してるの」
「せっかちな人じゃなが」
緊縛を前に、男は言葉を吐き捨てる。町では一番偉いと言われていたが、民衆からの支持はないということだろうか。
男は懐から紙とペンを差し出すと、探している人について書いてほしいと言ってくる。
人を探す能力は、その人物についての情報を受け取らなければいけない。つまり、自分一人だけでは能力を使えないのだ。
大志は理恩の名前からスリーサイズ、能力名や効力まで書き記し、その紙を男に渡す。ちなみにスリーサイズは、理恩を透視した時に情報を得ていた。わざとではないが、得てしまったのだから仕方がない。
「なんで、そんなことまで知ってるのかしら?」
「詳しいことは気にするな」
男は地図を広げ、その上で地図を撫でるような動きをする。
すると、ぼぅと地図の一部から青白い光が立った。
「ここに、理恩がいるのか?」
「そうじゃなが。……じゃが、ここは不良の溜まり場じゃなが」
不良といえば、大志としてもあまり関わりたくない相手だ。
「不良っていうと、頭が悪そうな不良のことか?」
今は、この世界では別の意味であってほしいと願う。しかし大志のそんな願いは、儚く砕かれた。
男の顔は暗いままで、変化がない。それはつまり、大志の思っている通りの不良ということだ。
「まさか……理恩が不良に……」
大志の喉がなった。