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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-22 『明日という栄光』


「イズリ……なのか……?」


 そこにいたのは、グルーパ・イズリ。『いた』というのは間違っている。そこに姿はない。しかし、そこにイズリがいると心が叫んでいる。

 目に見えないイズリへと伸ばした手は、何も掴めない。ただ、霧をかいただけだ。


「何をすれば、いいんだ? どうすれば、姿を見せてくれるんだ!!」


「た……す、けっ……うぅぅぐァッ!」


 今まで聞いたことのないようなイズリの苦しむ声。

 大志は必死に何かを掴もうと手を伸ばすが、そこにあるのはただの霧である。何も掴めないもどかしさと、イズリの悲鳴が、大志を焦らせた。


「どこだ!? どこにいるんだっ!! イズリィィィィッ!!」


 全力で叫んでも、大志の手は何も掴めない。


「落ち着くみゃん。叫んでも、疲れるだけみゃん」


 大志の服を、何かが掴む。姿は見えないが、レーメルであることはわかった。

 霧はすべてを包み、何も見えなくする。きっとイズリだって同じはずだ。昨夜からイズリは、ずっとこの闇の中にいる。


「なら、どうするんだ!! この中で、どうやって探すっていうんだ!?」


「イズリを、信じるしかないみゃん」


 レーメルはそう言うが、イズリの悲鳴は、無事でないことを語っている。

 そんなイズリを信じて待っているだけなんて、今の大志にできるはずもない。


「そんなの、最初から信じてるんだ。そのイズリが、助けを求めてる。だから、俺が何とかしないとだろ!」


 すると突然、大志の身体から力が抜け、嘲笑うかのような声が耳をこだました。

 その声がイズリのものでも、レーメルのものでもないことは、すぐにわかる。なら、誰のものなのか。考える間もなく、大志は意識を失った。




***




「……気分はどうですか?」


 目を開ければ、そこにはイズリがいた。優しく笑うイズリが、大志の頭を撫でている。しかし今さっきまで、イズリを探して霧の中を彷徨っていた。

 見回せば、そこはギルド館の屋上だ。そして霧はなくなっている。レーメルまでも、いなくなっていた。


「どうなったんだ……。無事なのか?」


「ここは私の過去です。このままだと私は、死んでしまいます」


 大志はイズリの膝から飛び起き、向き合う。

 イズリの無事な姿を見て、ほっこりしていたが、イズリの悲鳴を思い出した。イズリは苦しんでいる。


「何があったんだ? 詳しく話してくれ」


「簡単に言ってしまえば、過去が消されそうになっています。……何者かが干渉し、私の過去を捻じ曲げようとしています。過去が変わってしまえば、私は私ではない誰かになってしまいます」


「過去が消される? そんな能力まであるのか」


 詩真の戻す能力と、レズの精を入れ替える能力に続くインチキ能力だ。

 大志は屋上から町を一望する。すると、そこにあったのは大志の知っているボールスワッピングではなかった。土がむき出しのでこぼこ道に、今にも倒壊しそうな不格好な建物。


「私は死を覚悟していました。ですが、大志さんが来てくれました」


 イズリは立ち上がり、大志に向けて微笑む。

 期待をしているのだ。これは、助けてほしいというサインだ。


「俺は何をすればいいんだ?」


 するとイズリは大志の隣に並び、町を見下ろす。

 ここが本当にイズリの過去だとしたら、見えている町はボールスワッピングに違いない。しかし、あまりにも姿が違いすぎだ。


「何者かが、私の命を狙うはずです。それを阻止できれば、きっと現実に戻れます」


「そんなことまでわかってれば、簡単だな。イズリを守ればいいって話だろ?」


 しかしイズリは、怪訝な顔を大志に向ける。

 何か勘違いがあったのかと不安になるが、イズリの言っていたことを要約しただけだ。


「……守るのは、5歳の私です。そして大事なのは、過去を変えてはいけないということです。私たちが接触していいのは、過去を消そうとする能力者だけです」


 つまりここは、12年前のボールスワッピング。


 過去へと飛ぶ能力に憧れもしたが、それを目の当たりにし、身がすくんでしまう。

 もしも、あの島へと戻れるのなら、あの時失ったすべてを救いたい。だが今は、事実を変えずに、イズリを救わなければならない。イズリの過去に何があったかはわからないが、イズリ本人が隣にいてくれる。

 それだというのに、身体の震えは止まらなかった。




 ギルド館を出ること自体は、それほど難しくなかった。

 しかし問題なのは、それからである。町の中は人通りが多く、それでいて道が整っていない。荷車などは転倒しそうなものばかりだ。


「イズリがどこにいるかは、わかるのか?」


「きっと城の近くです。幼い時は、遠くまで行かせてくれませんでしたから」


 城は、廃れた町並みとは逆に、立派なものである。

 何があったかはわからないけれど、ボールスワッピングの人々はずいぶんとやつれ、生活の貧困さが目に見える。


「何があったんだ?」


「……いえ、逆です。まだ何も起こってないんです。兄さんが緊縛になり、この町と第三星区は変わっていきます。この頃はまだ、兄さんが緊縛になっていないだけです」


 イパンスールが緊縛になったのは、親の死を理由に受け継がれたからだ。

 つまり、この時代では親がまだ生きている。それだというのに、イズリの表情は明るくなかった。それにイパンスールが緊縛になったことで、町が変わったというのも気になる。


「ひぃえええっ! おっ、お許しをッ!」


 声が聞こえてきたほうを見れば、そこでは貧相な服を着た男が、新品の服を着た小太りの男に土下座をしていた。その姿を、道を行きかう人々は見て見ぬふりをする。

 何が起こったのか見ていなかったが、誰も気にしないということは、それほど大したことではないのかもしれない。


「許すわけがなかろう。お前のようなやつは、いらん!」


 小太りの男が言うと、土下座をしていた男は捕らえられた。それも、そこをたまたま通った人たちに。その光景は、異様である。

 そして小太りの男を追って、どこかへと連れていかれた。


「あれは、何だったんだ?」


「あの偉そうな男が、この時の緊縛です。そしてあれは、第三星区の……負の記憶です」


 イズリはそれだけ言うと、男が進んでいった方向とは逆へと足を進める。

 負の記憶とは何なのか。とても気になったが、その顔を見てしまうと、聞こうとも思えなかった。触って情報を得ることさえ、気が引ける。


「知らないことばっかりだな。……はぁ」


 今は知らなくてもいいことだ。イズリを助けることに、関係のないことだ。そう割り切れれば楽なのだが、男の悲鳴が遠くから響いてくる。

 誰かが苦しむのを、ただ見ていることしかできない。仕方ない。そう割り切れれば、胸を苦しめることもなかったはずだ。


「……ごめんなさ――」


「もー、イパンスール君ってば、ふざけてるからそうなるの」


 イズリの声を遮った声は、どこかで聞いたことのある声である。

 見れば、膝を擦りむいたイパンスールの隣で、ルミセンが傷の手当をしていた。イパンスールには子供っぽさが残るけれど、ルミセンは大人になりかかっている。


「ふざけてないっ! ルミ姉さんが遅いから!」


「それは、ごめんなさい。じゃあルミも頑張っちゃうの」


 傷口の応急処置を終えると、ルミセンは微笑んだ。

 そんなルミセンが気に入らなかったのか、イパンスールは口を尖らせて走り出す。そしてそれを追って、ルミセンも走り出した。


「あの二人は仲が良かったんだな」


「そうみたいですね。私は、知りませんでした」


 イズリだって、イパンスールのすべてを知っているわけではない。

 立ち止まっていると怪しまれそうなので、大志は先を急いだ。


「レーメルとは、もう出会ってるのか?」


「いえ、レーメルと出会うのはもう少し先です。……兄さんが緊縛になってからですから、数か月後ぐらいですね」


「イパンスールって、そんな早くに緊縛になったのか」



 城に近づくと、建物などが少しはまともになる。

 しかしみすぼらしいことに変わりはなく、それでいいのかと疑問に思ってしまうほどだ。


「いっ、い、イパンスールさまぁ……」


 城の敷地の入り口に、目を包帯で隠す少女がいる。

 その異様な姿から、思い浮かぶのは一人しかいない。アルインセストだ。幼い頃に拾われ、それからずっとイパンスールの世話係である。


 アルインセストは壁に両手をついて、まるで生まれたての小鹿のように足を震わせていた。

 まだ目を閉じた生活に慣れていないのだろう。手を伸ばして周りの状況を確認しようとする姿は、見ていて微笑ましい。


「いやらしい目ですね」


「ちっ、違うわいっ!」


 アルインセストは微笑ましいが、あのままでは城の敷地内へ入ることは叶わない。

 こうしている間にも、イズリに危険が迫っている。


「では、裏門へと行きましょう。そこなら、見張りもいないはずです」


 イズリについていくが、アルインセストに見張りとしての役目が務まるのだろうか。


「親とイパンスールとルミセン、それとアルインセストがいて。レーメルがいないとなると、それならイズリは誰と一緒にいるんだ?」


「今の私は一人です。きっと敵も、そこを狙っているはずです」




 城の裏へ回ると、そこには門があった。しかし城はボールスワッピングの端にあり、裏には何もないはずである。大志が不思議そうに門を見ていると、イズリが門の外を指差した。


「かつて、どこかと繋がっていたらしいですが、それは過去の話です」


「過去にきて、それよりも過去の話をされるとはな」


 大志とイズリは城の敷地へと侵入し、過去のイズリを探し始める。イズリが言うには、庭のどこかで遊んでいるらしいのだ。

 敵がどういった攻撃をしてくるかわからないが、怖気(おじけ)づいてはいられない。


「おっ、あれか!」


 大志はいち早く過去のイズリを発見し、身を隠す。

 さすがに敷地内だからといって、一人にするなんて不用心だ。アルインセストに見張りをさせるくらいなら、イズリと一緒にいさせたほうが効果的である。


「ここで待機ですね。ここからなら、すぐに助けに行けます」


「そうだな。……っと、いきなり登場か?」


 過去のイズリに近づく黒く揺れる丸い塊は、敵なのか判断ができない。

 しかしイズリは首を横に振り、一息ついた。


「あれは、安全です。敵ではないですね」


「そうなのか。……じゃあ、敵がきたら教えてくれ」


 イズリの肩に手を置く。するとそこで、大志の脳内へと情報が流れてきた。

 しかもそれは、イズリの情報ではない。


「……っく! 危うく騙されるところだった!!」


 大志はイズリの肩を引き、前へと駆けだす。すると黒い塊も、イズリへと進みを速めた。

 大志と一緒にいたイズリは、イズリなどではない。大志を誘導するための、大志がイズリの死を目撃するための、ただそれだけのために造られた偽物である。


「そりゃそうだ。そんな見た目で、安全なわけがないよなぁッ!!」


 伸ばした大志の手は、黒い塊を殴り飛ばした。

 少しでも遅れていたら、イズリは飲みこまれていただろう。


「これ以上、俺の仲間を襲うな! なぜそこまで俺に執着するんだ! 俺がお前たちに何をした!」


 黒い塊を見上げても、返答はない。形からして、これは人ではない。それなら能力者は、どこにいるのか。見回しても、それらしき影はない。



「おい、何か音がしなかったか!?」


 すると正門のほうから、声が聞こえる。

 他人との接触は厳禁されていたが、ここで逃げれば敵の思うつぼだ。


「きっと……いや、絶対になんとかなる」


 信じなければ何も始まらない。大志は自分の選択を信じる。自分のした選択が、イズリを助けることにつながると。

 大志が黒い塊と睨みあっていると、そこにルミセンとイパンスール、そしてイパンスールに手を引かれたアルインセストがやってきた。


「貴様、誰だ?」


「イパンスール君の知り合いじゃないの?」


 返事をしていいものかどうか。迷ったけれど、黙っていたら怪しまれてしまう。それに、もう接触はしてしまった。もうあとには引き返せない。

 大志は黒い塊を気にしながら、イパンスールを一瞥する。


「俺は、大志だ。それよりも、イズリを安全な場所へ!」


「タイシといったか。なぜイズリの名を知っている? 何が目的だ?」


 子供っぽく見えても、慎重なようだ。けれど、今はそれが煩わしい。


「この黒い塊が、イズリを狙ってるんだ! 俺はイズリを助けたいだけだ!」


「……タイシさんは、イズリとどんな関係なの?」


 ルミセンからは様付けで呼ばれてばかりだったので、その呼びかたにむず痒さを感じてしまう。

 けれど、それどころではない。イパンスールはおろか、ルミセンの大志への好感度もゼロだ。そんな中でいい言い訳が思いつくはずもない。


「関係はない。ただ、助けたいと思っただけだ。……この町の人も、ずいぶんと苦労してるみたいだ。その苦労を一緒に背負うのが、緊縛じゃないのか?」


「……ルミも、何とかしてあげたいけど、無理なの」


「やる前から無理って決めつけたら、何もできないぞ」


 ルミセンに言ったつもりはなかったが、話の流れからそう解釈してしまっても仕方ない。

 イパンスールもルミセンも、アルインセストも動いてくれないので、大志は黒い塊を掴み、裏門から出ていく。

 大志を誘導していたイズリもいなくなっているので、一安心だ。


「そろそろイズリを自由にしろよ。なあ!」


 黒い塊を握りつぶそうとすると、黒い塊は小さくなっていき、やがて消える。

 大志の新たな能力ではない。不思議な現象に驚いていると、ぐらりと大志の視界は動いた。




***




「――はっ!!」


 目を開けると、まぶしい日差しに目がくらむ。

 何が起こったのかと上体を起こすと、そこはギルド館の屋上だ。そして、隣にはイズリが眠っている。イズリの過去へ行ったのは、事実なのか、それともただの夢だったのか。


「霧がなくなったら、イズリも大志も倒れてるから、心配したみゃん」


「何があったんだ?」


 するとレーメルは静かに首を横に振る。


「わからないみゃん。ただ、イズリは助かったみゃん」


 大志の隣で眠るイズリは、寝息を立てていた。

 もしも本当にイズリの過去へ行ったのだとしたら、黒い塊はどこへ消えたのか。腕を見ても、そこに変化はない。


「それにしても、こんなに日が高く昇っているのに、イズリはお寝坊さんだな」


 イズリの手に、手を重ねる。

 過去でイパンスールやルミセン、アルインセストに関わってしまったが、そのせいでイズリが変わっていないことを祈った。


「ついさっきまで寝てたくせに、何を言ってるみゃん!」


「それを言われると、返す言葉もないな」


 大志が笑うと、イズリの寝息が途切れる。そして、ゆっくりと目が開かれた。


「うっ……た、大志さん……?」


 まぶしさに再び目を細めるイズリに、大志は微笑む。

 何が起こったか自分でもよくわからないが、イズリを救った。そのことに変わりはない。


「おはよう。朝だよ、イズリ」




 黒い霧のことはイズリでも、わずかにしか覚えていないという。

 しかし今はそれよりも、イズリの手を引いて屋上の柵まで移動させた。


「ここからの景色を見たことあるか? 見晴らしがいいんだ」


「……いえ、ないです」


「なら、一緒に見ようぜ。イパンスールのつくったこの町の景色をさ」


 過去の廃れた町並みは、そこにはない。あるのは、埋めつくすように建てられた立派な建物。そしてギルド館からまっすぐ伸びる道の先には、ボールスワッピングの城が建っている。


「なぜ、それを知っているんですか?」


「聞いたんだよ、イズリから」


 下を見れば、霧を見上げていた者たちが歓声を送っていた。

 今回も大志は、他人の力を借りなければ、この歓声を得られなかった。しかしそれでも、大志は達成感を感じている。だからこうやって、幸せを握りしめているのだ。


 大志は歓声に応えるように、握ったままのイズリの手を高くかかげる。



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