3-15 『出発の準備』
「ほっ……ほぅ、ふるひゃん?」
「口から手を出して喋れ」
レーメルは海太を殴りつけ、手を引き抜く。
自害するようなアホらしいことは、もうしないようだ。
「イパンスール様の恐ろしさは、大志もわかったはずみゃん!」
「悪いが、言うほどじゃない。イパンスールの能力は、相手に恐怖を与えるものだ。そのせいで、怖いと感じてるだけなんだ」
いつまで待っても手を握ってくれないので、レーメルの手を握って立ち上がらせる。
レーメルはきょとんとした目で大志を見て、首をかしげた。
「え? イパンスール様の能力かみゃん?」
「俺が言うんだから、信じろ。情報の正確さなら、ピカイチだぞ」
するとレーメルは、大志の手に目を向ける。
大志の能力はレーメルも知っていた。しかし触れなければ、情報を得ることはできない。
「まさか……殴った時かみゃん!?」
「正解だ。最初から、情報を得ようとしていたんだ」
イパンスールに触れたのは、イズリがどうなったかの確認と、イズリの居場所を知るためである。イパンスールの能力については、おまけのようなものだ。
大志はバンガゲイルに顔を向ける。
「バンガゲイルに頼みがある。グルーパ家宛の荷物が、カマラの物流ギルドにあるみたいだ。それを運ばれる前に、預かってきてくれ」
「なんで俺なんだぁ?」
「バンガゲイルは物流ギルドだ。話も通りやすいだろ。心配なら、ルミセンとレーメルを連れて行っていい」
突然の話についていけない面々は、困惑した表情を見せた。
「何をする気だってんよ?」
「イズリを助ける。そのために、荷物が必要なんだ。早くしてくれ!」
大志の大声に、その場の空気は張り詰めた。
バンガゲイルはルミセンとレーメルを抱え、部屋を飛び出す。バンガゲイルの足なら、たとえ物流ギルドが出発した後でも、追いつくことができるはずだ。グルーパ家に侵入するために、どうしても荷物が必要なのである。
「イズリは無事なの?」
「ああ、無事だ。だが、また戦いになるかもしれない。その時はまた、理恩の力を借りることになる」
「大志のためなら、そのくらいお安い御用だよ。……それで、イズリはどこに?」
グルーパ家にイズリはいる。その情報は得られたが、詳しい場所までは探ることができなかった。イパンスールでも知らない。それなら誰がイズリを運んだのか。
「ボールスワッピングの城。そのどこかに、イズリはいる」
大志は理恩に背を向け、もう一人の戦力のもとへと足を進める。
「んう……お兄ちゃん……?」
「やっと起きたか。何時間眠ってるんだよ」
ポーラの寝室で、ポーラの眠りを妨げた。
目覚めたポーラは上体を起こし、開けたばかりの目をこする。
「……わかんない」
「寝る子は育つっていうが、ポーラは全然だな」
あいかわらずポーラの領域内では、能力が使えない。
今のポーラは服を着ているが、布を切って縫い合わせたような、簡単なものだ。サイズもあっておらず、容易に服の中を覗くことができてしまう。覗けば、下着などは着ておらず、ため息が出てしまった。
「お兄ちゃん?」
「出発の前に、ポーラの服を何とかしないとか」
と言っても、大志に服選びの才能があるかどうかといえば、皆無だ。
ポーラのこれからのためにも、変な服を着させるわけにはいかない。
「それなら、私に任せてよ!」
一緒に来ていた理恩が、胸を張る。
理恩は女だが、大志と同様で服選びをしたことがない。与えられたものを、着ていただけなのだ。
「理恩だけだと、心配だな。詩真にも行ってもらうか」
「一人で大丈夫だよー!」
「わかったわ。それぐらいお安い御用よ」
「くれぐれも普通なので頼むぞ。趣味丸出しの服は、やめてくれよ」
言ってから、詩真が変態であることを思い出した。
もしも詩真の選んだ服のせいで、ポーラが変態になってしまったら、それはそれで大変である。
「あ、僕の服も頼んでいいかな?」
いまだにエプロン姿のアイス―ンは、控えめに手をあげた。
アイス―ンはカマラに残るけれど、さすがにその姿のままというわけにもいかない。しかし服を買いに行くとなれば、アイス―ンの姿を公に晒すことになる。アイス―ンの知名度は高く、一目見ただけでアイス―ンだとバレてしまうはずだ。
「なら、一緒に行くわよ」
詩真は微笑むと、アイス―ンの手を握る。
アイス―ンも外に出るとどうなるか考えたのか、詩真の手から必死に逃れようとした。
「や、やめてくれ! 僕は、外に出るための服がほしいんだ!」
「サイズを測ったりしないとだから、大変なのよ。恥ずかしいのも最初だけ。慣れれば気持ちよくなるわ」
詩真は、エプロンの中に手を滑りこませ、アイス―ンの胸を揉む。
詩真並みの膨らみに、つい大志は理恩の胸を見てしまった。そこにあったのは圧倒的な格差。覆ることのない現実である。
「あっ、アイス―ンって男だったよね……」
「それは理恩も確認しただろ」
チオを倒した夜、理恩は大志の目を通して、アイス―ンの男の部分を見てしまったのだ。
しかし目の前には、立派な果実を実らせたアイス―ンがいる。何が影響しているかはわからないが、現実は厳しいと思い知らされた。
「やっ、ぁっ、んぅっ、やめっ……」
「怖がることないわ。私がしっかりリードしてあげるわ」
本来の目的を忘れそうな詩真の頭を叩き、アイス―ンを助ける。
詩真としたら、今のアイス―ンの服装が羨ましいのだ。だから興奮のせいか、手が早い。
「ごめんな。詩真には我慢するよう言っておくから、今回は許してくれ」
「……君の頼みなら、仕方ない」
「そういえば、角はどうなったんだ?」
すると強烈なビンタが大志を襲う。
アイス―ンが離れ、大志は叩かれた頬に触れた。まだひりひりと痛みを感じる。
「きっ、君は! 角なんて呼んでいるのかい!?」
「どうしたんだよ。角を持ってるだろ?」
アイス―ンは顔を真っ赤にして、大志に下腹部を触らせた。
エプロン越しに、アイス―ンの柔らかな身体の感触が伝わってくる。しかしこの行動に何の意味があるのか。まさか角を食べてしまったと言うわけでもないはずだ。
「も、もう少し……」
アイス―ンは目を閉じ、大志の手をさげていく。
するとそこで、大志はあることに気づいた。
「あっ、ない」
そこにあるはずのものが、ないのである。男だった時のアイス―ンにあったものが、綺麗になくなっているのだ。
何から何まで、女の身体になったということである。
大志は手を離して、匂いを嗅いだ。
「勘違いしているかもしれないが、角ってこれのことじゃないぞ」
「え……?」
「オーガの角だ。アイス―ンに渡しただろ?」
アイス―ンの眉間にしわが寄る。
そして思い出したのか、額から汗が噴き出てきた。
「あっ、あー……そ、そうだと思っていたよ。ははっ、あはは……」
「かわいい顔して、脳内はやばいってんな」
「それは言うな。アイス―ンも男なんだと確認できたから、いいとしよう」
今は角について聞き出せそうにない。今のアイス―ンは、もうその話に触れることすら嫌がりそうである。
大志は顎に手を当て、アイス―ンの身体を舐めまわすに見た。
「そっ、そんなに見ないでくれ……」
「そういや、この世界の服っていくらくらいなんだ?」
すると海太がすかさず、大志の口を手でふさぐ。
「何を言ってるってん。別の世界から来てることがバレるってんよ」
耳打ちをする海太だが、アイス―ンは大志たちが別世界から来たことを知っていた。ポーラは知らなかっただろうが、ポーラに知られたところで、どうということはない。
だが、そこにはもう一人、ポツンと佇む少女がいる。
「緊縛様……この世界って?」
完全にティーコがいることを忘れていた。
アイス―ンになら話してもいいと思って、その他に気が回らなかったのである。
海太の手を引きはがし、ティーコに目を向けた。
「この際だ。ティーコにも教えておく。俺たちは、こことは別の世界から来た」
「別の世界?」
説明するのがややこしく、大志もすべてを理解しているわけではない。
ラエフが大志たちをこの世界へと転移させたのはわかったが、その理由はわからない。大志を元に戻したいからと聞いているが、それがラエフにどんな利益があるのか理解できないのだ。
「詳しい話をする前に、アイス―ンとポーラの服を買いに行く。さすがにそのままだと動きづらいからな。アイス―ンも、俺も」
「なんで大志まで?」
「男にはいろいろあるんだ」
よくよく見れば、アイス―ンのエプロンは隠せているようで、隠せていない。ここがポーラの領域内でなければ、もっと状況は悪化していた。
「僕も女の服は買ったことがないんだ。だから、値段はわからないよ」
「レズにスク水を着せるくらいだからな」
「あっ、あれはレズがほしいって言ったから、与えたまでだよ!」
ご丁寧に名前まで書いてあったほどだ。
それにしても、この世界でもスク水という名ということは、どこかに学校が存在しているということだろうか。気になりはしたが、今はそれよりも服である。
「そうか。……じゃあ、ポーラは詩真、アイス―ンは理恩と一緒に行動な」
ポーラとアイス―ンの背を押し、急がせた。
このまま話していては、時間が過ぎるだけだからである。
「心配だってんな」
「心配なら見てきていいぞ。ただし、着替えは覗くな」
大志がそう言うと、海太は鼻を鳴らし、椅子に腰を掛けた。
「そんなことしないってんよ。それよりも、これからの話をするってん。大志の知ってる情報を、俺も知りたいってん」
「ならティーコと一緒に聞いてくれ。俺が歩んできた日々を――」
***
「うーん、どうしようかしら……」
大志が昔話をしている頃、詩真とポーラは下着屋へと来ていた。
露店と違い、屋内に店がある。試着室もあり、元の世界と見た目は同じだ。
「何色が似合うかしら?」
詩真は幅広の紐を、ポーラの胸部に巻く。何色も紐を用意し、どれが似合うか迷っていた。
店員の反応を見て、詩真がおかしな人だとポーラが気づくほどである。
「詩真お姉ちゃん……あれ……」
「あら、偶然ね。私もあれに目をつけていたのよ」
ポーラは詩真が選びそうなものを指差しただけだったのだが、詩真はポーラが望んでいるのだと思ってしまったようだ。すかさずそれを取ってきた詩真に、ポーラは覚悟をした。
***
「こんな遠回りしていたら、日が暮れちゃうよ……」
アイス―ンは服装が服装だ。堂々と大通りを歩けるはずもなく、人目につかない道をこっそりと進んでいる。そのせいで、目的の場所へと行きつくかすらわからない。
「だ、だが、こんな姿を誰かに見られたら僕は……っ!」
理恩の能力は、大志なしでは他人を移動させることができない。無機質のものなら可能だが、生きているものとなると、ダメなようだ。
「大丈夫だよ、見られるぐらい。自分から見せる人もいるくらいだから」
「それでも、僕は見られたくない。僕は男で、こんな身体のはずがないんだ」
アイス―ンは自分の胸を恨めしそうに睨む。しかし、いくら睨んだところで、胸がしぼむわけはない。
そんなにいらないのならほしいと思うのは、理恩だけではないはずだ。
「仕方ないよ。過去へは戻れない。それに、もしもレズが精を取り換えてくれなければ、今もアイス―ンは眠ったままだったんだよ……」
「それはわかってる。わかってるからこそ、弱い自分が恥ずかしい」
アイス―ンは大勢のオーラル教を相手に、たった一人で奮闘した。その結果、バンガゲイルに負けてフェインポスを飲まされた。バンガゲイルには負けたけれど、それでアイス―ンが弱いとは思えない。
理恩はアイス―ンを抱き、優しく頭を撫でる。
「一人だと、そりゃ弱いよ。でも、もう一人じゃない。私だって、大志だっている。元に戻れるか、レズに聞いてみようよ」
「……ダメだ。レズは、僕の言うことを聞いてくれないんだ。僕はディルドルーシーから逃げた。崩壊に近づいている中、僕は一人で逃げたんだ。だから、レズが生きていて、嬉しかった。でも、もうレズと僕の間には埋まらない溝ができてしまっていた」
アイス―ンの目から、涙がこぼれた。
「大丈夫だよ、なんて言えない。でもね、埋まらない溝なんてないんだよ。話し合えば、わかりあえるはずだよ。私も、大志とギクシャクした時があった。けど、今は愛し合ってる。きっと、なんとかなる。包み隠さず、本音で語れば、レズの心にも届くはずだよ」
「僕は……」
「そのためには、ちゃんとした服を着ないとね」
服屋の試着室に入り、アイス―ンのエプロンを脱がす。すると、抜群のプロポーションが姿を現した。
ほぼ見えていたが、実際に見ると目を奪われてしまう。
「そっ、それで、僕は何をすればいいんだっ!?」
「とりあえず、サイズを測らないとね」
理恩がメジャーを取り出すと、アイス―ンは眉間にしわを寄せた。
サイズを測るといったものの、どうやって測るか理恩にはわからない。水着を作った時に、小路がやっていたことを思い出し、真似てやってみる。
「これで、いいのかなぁ……」
「こ、こんな恥ずかしことを、毎回やるのかい?」
「毎回……じゃないかな。私もよくわからないけど」
サイズを確認すると、理恩はアイス―ンを残して試着室を出た。
服を選ぶのは初めてだが、女経験ならアイス―ンよりも長い。
「あら、理恩じゃないの。アイス―ンはどうしたのかしら?」
「あ、詩真。ポーラの服は選べたの?」
アイス―ンの下着を選んでいると、詩真と出会った。
遠回りしていたアイス―ンと違って、詩真とポーラはすぐに店へと向かった。だからすでに帰っているものだとばかり思っていたので、驚きである。
「ほら、この通りよ」
詩真はポーラを前へと出した。
ポーラはへそ出しシャツに、ショートパンツという、露出の多い服を着ている。それが大志の望んでいた普通なのかどうかはわからないが、似合っているからいいはずだ。
「じゃあ、アイス―ンの服選びを手伝って」
「いいわよ。とことん美少女にするわよ」
詩真は悪い笑みを浮かべる。
***
「……で、その服か」
「や、やはり、おかしいだろうか……」
アイス―ンは、強調された胸を手で隠す。
シャツにコルセットスカートという、胸を強調させる服を選んできたのだ。
理恩は顔を左右に振り、詩真を指差す。そして詩真はというと、満足とでも言いたそうな顔をしているのだ。
「それはそれで似合ってる。思っていたのと、違っていただけだ」
「おっ、おかしく、ないだろうか?」
「いいと思うぞ。あとはアイス―ンがどう思うかだけだ」
アイス―ンは強調された胸に視線を落とし、手を当てた。
これからアイス―ンは苦労することだろう。手を貸すことになるだろうけれど、アイス―ンの苦労がなくなるわけではない。
アイス―ンは、その身体と向き合わなければならないのだ。
「僕は、似合っていると思う。鏡で自分の姿を見たとき、見とれたほどだ。僕は、かわいい……」
「それじゃあ、ただのナルシストだな。まあいいか。また、カマラを頼むぞ」
大志は前に手を出す。
するとアイス―ンは、驚きはしたもののその手を握った。