表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
70/139

3-14 『その男の名は』

「タイシ様ーっ!」


 ルミセンの城に戻ると、真っ先にルミセンが飛びついてきた。

 詩真の姿に、レーメルも安堵の息を漏らす。


「よかったみゃん。……それにしても、増えたみゃん」


 行く時は、大志と理恩だけだった。しかし今は、海太に詩真、ヘテにロセクにシュアル、バンガゲイルにティーコまでいる。


「タイシ様、腕が……」


 ルミセンにすら腕のことは伝えていなかった。

 大志は心配してくれたルミセンの頭を撫で、微笑む。


「腕は大丈夫だ。だから、そんな顔はしないでくれ」


 大志はルミセンに抱きしめられたまま、レーメルに話をした。




「他の民がいなかったって、どういうことみゃん?」


 サヴァージングでのそもそもの問題は、民が綺麗さっぱりいなくなったことである。そこに詩真がオーガに攫われたという情報が重なり、他の民もオーガに何かをされたものだとばかり思っていた。


「そのままの意味だ。オーガは詩真を攫っただけで、他の民については知らなかった」


 大志としては第一星区に早く行きたいところだが、この問題が解決するまでは、この地を離れるわけにはいかない。

 もしもディルドルーシーやカマラのようなことがあれば、ルミセンに被害が及ぶ。目の前の危険を、見て見ぬふりなんてできない。


「なら、オーガは陽動で、本当の目的は民のほうだったのかみゃん?」


「そう考えるのが妥当だ。でも、オーガを従えていたとなると……」


 詩真を攫ったのは、大上大志プロジェクトを知るものだった。つまり民が消えたのも、大上大志プロジェクトと関係があるのかもしれない。


「そんなことはいいの! タイシ様、疲れてる?」


「ん? ああ、ちょっとな。もうひと踏ん張りだ」


 しかしルミセンは頭を左右に振り、そのたびに白い髪が左右に揺れた。ほのかに、良い匂いもする。

 すると急に大志を眠気が襲い、意識が朦朧(もうろう)とした。

 あんな戦いをしたあとだ。バンガゲイルの押す荷車の中で仮眠をしたとはいえ、睡眠が十分でないのは仕方のないことである。


「今日はおやすみしていいの。タイシ様……」







「――っは!」


 目を開けると、すでに夜は明けていた。


「んんぅ……タイシ様……」


 隣で寝ているルミセンは、なぜか服を着ておらず、見た目も普段よりか大人びていた。

 そして自分の服もなくなっていることに気がつく。大志とルミセンは、一糸纏わぬ姿で、同じベッドで眠っていたのだ。


「何が……あったんだ……」


 大志の頭では理解が追い付かない。いや、理解した内容を頑なに否定し、別の可能性を探している。

 たとえ眠くて意識が朦朧としていたからといって、そんな過ちを犯すはずがない。


「あ、起きたんだね、大志!」


 そこに運悪く、入ってきたのは理恩だった。

 しかし理恩はルミセンのことなど気にしない様子で、大志の隣に座る。


「勘違いしないでくれ! 俺は――」


「わかってるよ。大志が、私を大好きだってことをね」


 理恩は大志に顔を向け、目を閉じた。それはつまり、怒っていないということである。

 いつもと変わらない理恩に安堵し、唇を重ねた。


 ただ唇を重ねただけでは、一体になることはない。しかし望めば、新たに手に入れた能力で、情報を奪うことはできる。しかし一方的なので、使う際には要注意だ。


「大志の服を持ってきたんだよ。大志の好きそうなデザインじゃないけど、ごめんね」


「理恩が謝ることはないだろ」


 理恩の髪を撫で、抱きよせる。

 一度は失ったと思っていた理恩の右腕も、しっかりとある。あの戦いで、何も失わずに済んだのだ。


 理恩の持ってきた服は、生地が伸縮しないのか、やけに動きづらい。

 戦うことは考えていない服なのだろう。


「左腕の部分は、余計だったね」


「……そうだな。一体になるような戦いが起こらなければ、なによりだ」




 朝食を運んできたティーコは、どこか不安そうだった。

 ティーコへの偏見はしないようにと、ルミセンにもペドにも伝えてある。


「どうしたんだ?」


「き、緊縛様……私が料理担当なのに、カマラでは……」


 ティーコが調理師としてカマラにいたのは、大志たちも知っていることだ。そしてティーコは昨日からずっと大志のそばにいる。つまり、カマラの城には調理する人がいないのだ。

 アイス―ンやポーラがお腹をすかせていないかを、ティーコは心配している。


「緊縛!? 今、緊縛って言ったの!?」


 朝食の並べられたテーブルを、ルミセンが叩いた。

 ルミセンに会いに来た一番の理由を、忘れていたのである。

 しかしルミセンの顔を見ると、言うのが怖くなった。理恩を好きなのと同じで、ルミセンも好きだ。笑ってくれなくなったら、悲しい。


「……ああ、俺は緊縛になったんだ。カマラの緊縛に」


 事実を伝えた。包み隠すことなく正直に伝えると、ルミセンは顔を伏せ、身を震わせる。

 我慢をしているのだ。ルミセンの守護衛であるのに、勝手に緊縛となった大志に怒りを抱くのは、仕方のないことである。


「すごい! すごいの、タイシ様!」


 しかし予想は外れ、ルミセンの表情はとても明るかった。

 ルミセンは大志に飛びつき、嬉しそうに何度も跳ねる。怒ってはいなかったようだ。


「やっぱりタイシ様はすごいの!」


 ルミセンは大志の胸に顔をうずめ、声を漏らす。

 そんなルミセンに、大志の頬は緩んだ。自分の選択は間違っていなかった。そう思えたからだ。


「ルミセンが、ルミセンでよかった。俺は緊縛になっても、ルミセンの守護衛だからな」


「そう言ってもらえると、嬉しいの。タイシ様は、何があってもタイシ様なの」


 大志はルミセンの頭を撫で、ティーコに目を向ける。


「食べ終わったら、帰ろう。カマラに」







「それにしても、町が四つもあるのはなぜなんだ? 一つにまとめればいいだろ」


 バンガゲイルの押す荷車に乗って、アクトコロテンを進んだ。

 もはや大志がアクトコロテンに入ったところで、怒る人もいないだろう。

 荷車には、海太、詩真、理恩、ティーコ、レーメル、ルミセンが乗っていた。ルミセンの城にはペドとヘテ、ロセク、シュアルが残っている。


「昔っから四つの町があったんだぜぇ。今更一つにするのは、どこの緊縛も気が引けるんだぜぇ」


「だが、オーガと暮らすとなると、今のままでは狭いよな……」


 オーガはただでさえ大きい。オーガと暮らすとなると、街を作り替えなければならない。せめてサヴァージングとカマラを合併させて、周辺の森も取り入れなければダメだろう。もしかすれば、それでもまだ足りないかもしれない。


「オーガと暮らすって、どういうことなの?」


 ルミセンは膝を抱えて、そんなことを呟いた。

 大志は何から何まで、言うべきことを忘れている。オーガは大志に期待していた。だから、話し合いをしないわけにはいかない。


「オーガたちには主派と長派があってだな……」


 そして大志は話し始める。オーガの現状と、オーガの望み、大志が思い描くオーガと共存する未来像を。



「というわけだ。オーガは人との共存をしたかったが、封魔の印や言葉を話せないなどで、意思疎通ができなかった。向こうがその気なら、こっちとしても拒む理由はないだろ?」


 静かに聞いてくれていたルミセンだが、これからの話になると、表情が暗くなった。

 その変化に気づかないほど、大志は鈍くない。


「オーガと暮らすのは、嫌か?」


「違うの。タイシ様の考えは素晴らしいの。だから、タイシ様が思うようにやればいいの」


 ルミセンは笑ってくれたが、大志の心はどこかスッキリしない。

 オーガは魔物で、かつて人と戦っていた。そんな魔物と一緒に暮らすというのだから、不安にもなる。ルミセンは緊縛で、民の安全を第一に考えなければならない。民が消えてしまった今、その責任感に押しつぶされそうになっているのだ。


「民のことも、オーガのことも、俺に任せろ。苦しかったら、俺を頼れよ」


 大志がルミセンにしてあげられることは、こんな言葉をかけることぐらいである。







「ふんふんふーん」


 城に戻ると、誰かの鼻歌が聞こえた。

 アイス―ンとポーラ以外に城に誰がいるかは把握していないけれど、アイス―ンともポーラとも違う誰かの声である。


 大志たちは、その鼻歌を頼りに足を進めた。

 ただでさえ内部を理解していないうえに、一歩間違えれば出口すら見失う。


「こっちみゃんっ!」


「いや、こっちだってんよ!」


 そしてレーメルと海太の行き先争いが始まった。

 右に曲がるか、左に曲がるか。耳を澄ませても、両方から声が聞こえてくる。


「おかしいだろ。ちょっと待ってろ」


 大志は壁に手を当て、その情報を探った。

 すると、右も左も道の先にスピーカーが設置されており、そこから出ている声である。つまり声の主は、右にも左にもいない。


「おとなしくアイス―ンを探すか」


 建物内の情報を得て、アイス―ンがどこにいるかを探った。




 アイス―ンは厨房にいる。そして、そこへの道順もわかる。


「帰ったぞ、アイス―……ンッ!?」


「や、やぁ……遅かったね」


 そこにいたのは、アイス―ンであってアイス―ンではない。

 ティーコがいなくなったので調理をしていたのだろうが、アイス―ンはエプロンをしていた。だが、エプロンの下には何も着ていない。


「へ、変態になったのか?」


 詩真の影響が及んでしまったのか。しかし、詩真とアイス―ンにはあまり接点がなかったはずである。


「気にしないでくれ。これには事情があるんだ」


「話だけでも聞かせろ。何があったんだ?」


 声もどこか変だ。スピーカーから聞こえていた声と同じだが、普段よりも高く、とてもアイス―ンとは思えない声である。

 大志は背を向けたままのアイス―ンに近づき、正面を向けさせた。


「――ッ、こ、これは……」


「……見ないで、くれ」


 硬直する大志と、恥ずかしそうに胸元を手で隠すアイス―ン。

 アイス―ンのつけているエプロンの胸元には、谷間がある。胸でつくられた谷間が、そこにはあった。

 しかしアイス―ンは男で、そんなものがあるはずがない。


「だんだんと、大きくなってきたんだ。そして、苦しくなって、着られる服がなくなったから……」


「そっ、それでエプロンだけしてたのか。理解はできないが、わかった」


 アイス―ンの身体が女になってきているということは知っていた。

 アイス―ンと風呂に入った時、膨らみかけていたアイス―ンの胸を大志は見ている。


「な、何が起こったってん?」


 ぞろぞろと海太たちが、アイス―ンを囲んだ。

 海太たちにはわからないだろうが、説明しにくい。


「たしか前、レズに精を取り換えられてたよな。レズがあの時、女に近づいているとか言ってたけど、もしかしてそれなのか?」


「わからない。でもレズの能力で、僕の精は女のものになっている。そのせいで、身体も女へと変わってしまったのかもしれない」


 精は、人を構成するそのものだ。それが女のものとなれば、結果は目の前のとおりである。

 レズの能力は、諸刃の剣だ。アイス―ンからフェインポスを飲んだという過去を消したが、その代償にアイス―ンを女へと変えてしまった。


「前々から女みたいだと思っていたが、昔からされていたのか?」


「……そうだね。でも、たとえ身体が女になっても、僕は男だ。だから、変な気は起こさないでくれよ」


「それは海太に言ってくれ。俺には理恩がいるからな」


 海太に話を振ると、海太は高速で首を左右に振る。


「な、何を言ってるってん! 何もしないってんよ!」


 しかし、鼻の下が伸びており、説得力のかけらもない。

 ただでさえ海太は光があればどこにでも姿を現せる。おまけに物も掴めるのだ。感触が伝わるかはわからないが、注意するに越したことはない。


「もしも襲われそうになったら、何してもいいからな」


「君が言うなら、全力でいかせてもらうよ」




「大志! 大変だよっ!」


 イズリとレズの様子を理恩に見に行ってもらうと、理恩はすぐに帰ってきて、そう言った。

 表情からして、ただ事ではないようである。


「どうした、またイズリがレズに襲われてたのか?」


「違うよ! イズリがいないのっ!!」


 その場にいた全員の視線が、理恩へと集まった。

 レズの餌食になっているのならわかるが、いなくなったとなると、レズがやったとは考えられない。


「イズリ以外はいるのか?」


「うん。いなくなったのは、イズリだけ。いついなくなったのか、誰もわからないって……」


 するとレーメルは、足の力を失ったかのように、床に尻をつく。

 レーメルとイズリは家族のようなものだ。ショックを受けるのも無理はない。


「誰にも気づかれずにイズリを連れ去るなんて、可能なのか?」


 ディルドルーシーは復興作業をしている。そんな中でイズリが人目から離れるとしたら、誰かしらに見られるはずだ。


「い、イパンスール様みゃん……。い、イパンスール様が、イズリを連れ帰ったみゃん……」


「イパンスール? それって、イズリの兄のイパンスールか?」


 レーメルの怯えようからして、それしかありえない。レーメルとイズリの恐怖の対象であるイパンスール。会ったことはないが、ボールスワッピングの緊縛だと知っている。

 どうやら、やっと会う機会が訪れたようだ。



「貴様が大上大志か。緊縛になったと聞いたが、ひ弱そうだな」


 大志と理恩の間に、忽然(こつぜん)と現れた金髪の鋭い目をした男。

 その姿に、大志はたじろいでしまう。明確な形のない恐怖を、その男から感じた。


「大志はひ弱じゃないってんよ! それより、誰だってん!」


 横から海太が怒鳴ると、金髪の男は口の端を吊り上げた。


「グルーパ・イパンスール。第三星区の頂点にいる男だ」


「お、お前がイパンスール……」


 イパンスールはレーメルへと目を向ける。するとレーメルは、怯えのせいか身体を震わせた。

 イパンスールには、他の人とは違った異質なオーラがある。それが、さらに恐怖を与えた。


「レーメル、もうイズリに近づくな。お前の強さを見込んでいたが、それも終わりだ」


「そ、そんな……っ!」


「今まで生かしてきたが、もう用なしだ。舌をかみ切って、死ね」


 イパンスールの言葉がレーメルへと降りかかり、レーメルは涙を流した。

 イズリに何があったかわからないが、さすがに言い過ぎである。大志は恐怖に震える足を無理やり動かし、イパンスールに踏み込んだ。


 そして拳を突き出すが、それは軽く受け止められてしまう。


「……気が変わった。お前が弱くないというのなら、それを証明してみせろ」


「証明?」


「イズリにもう一度会えたのなら、賞賛の言葉くらい送ってやる」


 すると、次の瞬間にはイパンスールの姿は消えている。

 透明になっているのではなく、この場からいなくなったのだ。



「って、レーメルはやめるってんよー!」


 イパンスールに言われたとおり、舌をかみ切ろうとするレーメルの口に、海太は手を突っ込んで止めさせる。今までイパンスールはよくわからなかったが、ほんの少しあっただけで、どんな人かわかった。


「イパンスールは間違ってる。恐怖で人を従わせようとするのは、ゲスのやり方だ」


 大志はレーメルに手を差し伸べる。

 イパンスールに、大志も恐怖を覚えた。しかし、それで諦める大志ではない。恐怖なんて、今までに何度も経験して慣れている。


「さあ、助けに行こう。一緒に!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ