1-7 『守護衛』
「うわぁああッ!」
飛び起きるとそこは、ベッドの上だった。とても大きい。キングサイズというやつだろうか。部屋は壁一面が窓になっており、開放的な空間だ。
そして手に温もりを感じる。小さな、優しい温もりだ。
「タイシ様!」
幼いルミセンの顔が覗く。
気絶したあと、どうなったのだろうか。ルミセン以外の姿が見当たらない。まさか捕まったわけではないだろう。
窓の外には、見知らぬ町が一望できる。ここがサヴァージングということは、理解できた。しかし、ここはどこなのか。ただの家にしては、一部屋があまりにも広大で、窓から見える景色からしてずいぶんと高い位置にある。
「そんな顔しないで。ここは安全なの」
少女の姿をしたルミセンは、大志の横に並び、優しい笑みを向けた。
心配なのは詩真たちの安否で、ここが安全かどうかは気にしていない。大志は視線を、窓の外からルミセンへと移す。
「他のやつはどこにいるんだ? それにアクトコロテンに……」
「大丈夫。それは許可したの」
その言葉には、凄みも何もないけれど、揺らぎもなかった。
ルミセンは扉を開けて廊下に出ると、手招きをする。素直に従って、廊下へと出た。そこは赤い絨毯が敷きつめられ、右を見ればすぐに壁があり、左には廊下が伸びている。壁には曲線を交互に重ね合わせた網目模様があった。
「ここはどこだ?」
「ルミのお城なの。そして今日からは……タイシ様のお城なのっ!」
頬を朱色にするルミセンは、どこか恥ずかしそうである。淫語があったようには思えなかったが、聞き逃したのだろうか。
「ん? ……俺の城?」
「タイシ様が、ルミの家族になってくれれば……」
上目遣いで、ねだるような目。しかしそんな誘惑に負ける大志ではない。ルミセンから目をそらし、出てきた扉の反対側に取りつけられた窓から外を見る。町があったのとは正反対だ。そこには一面に花畑が広がっており、色とりどりの花に目が奪われる。
「タイシ様は、花が好きなの?」
「いや、好きじゃないけど綺麗だな」
元いた世界では、花なんて見ることもなかった。だからだろうか、一面に広がる花に見とれてしまう。
「ならもっと近くで見る?」
「いや、どうせなら、ルミセンの下のお花を見せてほしいな」
するとルミセンは不思議そうに首を傾げる。
言語の発達からして、ルミセンの実年齢は幼くないと思っていたが、実際はどうなのだろう。カマをかけてみたが、どうやら大志の言葉は本当にわからないようだ。
「下のお花って?」
「なんていうかな……下の……って、それは別に気にしなくていい」
大志も、本当に見たいわけではない。
それにかつて、そんな話を誰かから聞いた覚えがあるだけで、実際にそうなのかは知らない。
「あ、もしかして、これ?」
ルミセンはスカートをめくり上げて何かをする。目を向けないから、大志にはルミセンが何をしているのかわからない。少し顔の角度を変えればいいだけ。しかし、それすらもしない。できないのだ。
窓の外、大志の目の前に、睨みを利かせる理恩の顔があった。空間の穴からただじっと、大志を睨んでいる。大志の隣にいるのは、下半身を曝け出すルミセンだ。そんな目を向けられても、仕方ない。
「ねえ、タイシ様!」
「あ、あぁ……」
理恩に睨まれながらも、恐る恐るルミセンに顔を向ける。そして、ルミセンの大事なところが……見えない。寸前に、ルミセンとの間に現れた手が大志の顔を掴んだのだ。腕を辿ると、空間の穴の先に鬼のような理恩が見える。
「見たら、変態だよ?」
「何を今さら」
理恩の腕を掴み、空間の歪みから引きずり出す。コポォと流れるように出てきた理恩は、勢いを殺すことができずに大志を巻き込んで倒れた。
股間に理恩の顔が埋まる。いくら理恩相手でも、そんなことをされて反応しないほど、大志は男を捨てていない。
「な、なんなのっ!」
顔をあげた理恩は、真っ赤にしながらも股間のそれを握る。強く、強く、まるで潰そうとしているかのようだ。大志のそれが、操縦レバーのように頑丈ではないのは、さすがの理恩でもわかるだろう。
「へ、変態だよッ!」
「どっちが。……というか、そろそろ離してくれないか?」
さすがに痛みが強く、我慢の限界だ。
手を離したのを確認すると、理恩の肩を掴み、上体を起こす。いつまでもこの体勢のままというわけにもいかない。
「たー君が引っ張らなければ、こんなことにはならなかったのに!」
「理恩が淫乱なのとは、関係ないだろ」
「いっ、淫乱じゃないしっ!」
そうは言っても、今の理恩の姿を見れば、誰だって目をそらしたくなる。いつ脱いだのかは知らないが、一糸まとわぬ姿になっているのだ。さすがの大志でも、人前では脱がない。
しかし理恩は自分の姿に気づいていないのか、隠そうともしない。それとも、隠すほどのものがないことに気づいたのか。
それにしても、『たー君』なんて何年ぶりだろう。今よりも理恩と仲良くしていた頃はそう呼ばれていたが、ふとしたことで『大志』と呼び名が変わった。
「さすがに服は着ろよ」
「ちゃんと着てるよ! 私は変態じゃないよ!!」
しかし大志には、つんと立ったピンクの小粒が二つ見えている。それに、服などどこにも見当たらない。透明の服を着ているなんて落ちも、ないはずだ。第一、ついさっきまで服を着ている姿を見ている。高速で脱いで、それをどこかに隠したくらいしか考えられない。
「タイシ様……疲れてるの?」
「いやいや、理恩に言うべきだろ。こんなところで脱いでるんだぞ」
「だから、ちゃんと着てるってぱ!」
理恩の姿を確認しても、ルミセンの言葉は変わらなかった。さすがに二人もそう言えば、大志は黙ってしまう。
まるで、大志だけ見ている世界が異なっているかのようだ。
「それは、能力が勃起してるからです」
その声と共に、イズリが廊下の先から歩いてくる。
女が大声で言うような言葉ではない。そんなのを聞いたら、一部の男子が興奮してしまう。
「たー君、勃起してるの?」
さすがに幼馴染のありのままの姿を前にして、無反応はムリだ。いくら小さくても、生で見れば興奮を掻き立てられる。幼馴染なら尚更だ。
「きっと透視ですね。実にいやらしいです」
「えっ、じゃあ見えてるのは本物なのか?」
「……そうですね。何が見えてるかは、知りませんが」
つまり、今見えてる理恩は本物だ。
大志の身体に再び熱が帯びる。理恩の顔とピンクの突起を交互に見ると、理恩もようやく事態を理解したのか、暴れだした。しかし、おいそれと離したりはしない。腕を開かせ、隠すのを防ぐ。
「なんで離してくれないの!?」
「反応が面白いからだ。詩真の変態に慣れたせいで、こういう普通の反応は新鮮だ」
変態慣れというやつだろうか。強い刺激を日ごろ与えられすぎていて、それが普通だと思っていた。しかしそれは普通ではなく、ノット普通なのである。
「面白いって何なのっ! 離してッ! み、見ないで、よ……」
ついには泣き出してしまった。そこでやっと、自分のした愚かな行動に気づく。普通の人は、見られたら恥ずかしいのだ。それを無理やり見るなんて野蛮すぎる。
「……ごめん」
今さら離しても、もう遅い。理恩が大志に心を閉ざしてしまったあとだ。
落ち着いた今なら、理恩がちゃんと服を着ていたと確認できる。だが今はそんなことより、理恩が目すら合わせてくれないことが悲しくて、つらかった。
勃起は、元の世界と同じで興奮すればなる……のかもしれない。まだそれは確定ではない。だが一つ言えることは、判断力が鈍るということだ。
「様子が変じゃないかしら?」
イズリに連れられ、町を観光する詩真たちと合流した。本当にお咎めはなかったようである。
ルミセンがサヴァージングの町を治めるラフード家に生まれた娘であることも聞いたが、そんなのどうでもよかった。それよりも、理恩にしてしまった罪の重さで押し潰されそうだ。
「何があったってん?」
「何もないよ。気にしないで」
理恩の声は暗い。それでは、気にしろと言っているようなものだ。
イズリに近づくついでに、レーメルが大志の腰に肘打ちをしてくる。気を緩めていたせいか、痛みが尋常ではなかった。
「何をしたみゃん?」
「いや、その……理恩の胸を見た」
言うつもりはなかった。それなのに、口が勝手に声を作る。
真横にいたレーメルにはもちろん、少し離れた場所にいる詩真や海太、そして理恩にも聞こえるほどの大きさだ。
口に触れると、途端に情報が流れてくる。
質問されれば、必ず答えてしまう呪いだ。しかし、知らないことについての質問は、答えられない。
「イズリだなッ!」
「そうです。したことから逃げてはダメです」
逃げるも何も、ここで正直に話すことを誰も望んでいない。
理恩は目に涙を蓄え、今にも泣きだしそうな顔を大志に向けた。
「違うんだ! 俺の意思じゃない!」
すべては、イズリの呪いのせい。しかし、理恩の胸を見てしまったのは、事実だ。それはイズリや理恩のせいではなく、大志が悪い。
理恩は、詩真と海太を突き飛ばし、町を行き交う人混みの中へと消えていってしまう。
「りおんッ!」
「追ってはダメみゃん!」
レーメルの能力のせいで、足が踏み出せない。しかも、身体が自然とレーメルに向いた。このままでは見失ってしまう。そうなれば、探すのも一苦労だ。
しかしレーメルも、どこか浮かない顔をする。
「悪気はないみゃん……」
大人の姿になったルミセンが、レーメルの頭を撫でる。
いったい何があったのか、大志にはさっぱりだ。まさか今の一瞬で、二人の間に恋が芽生えたわけでもないだろう。それにレーメルはイズリの従者みたいなもので、ルミセンとは無関係に等しいはずだ。
「タイシ様は、ルミと一緒にいられれば、それでいいでしょ?」
「何を言ってるんだ? 俺は大きいのが好きだが、理恩も大事だ。あいつは、唯一の幼馴染なんだ!」
しかし、レーメルの能力から脱け出せるわけがない。
理恩が離れていくことだけは、どうしても許せなかった。自業自得だが、それでも理恩が離れていったという事実が、大志の心を苦しめる。
「なら、私の胸も好きなのかしら?」
詩真は自らの胸を手で持ち上げる。
「そうだ」
悔しい。呪いのせいで、本音が漏れてしまう。せっかくの言葉も、これでは台無しだ。
レーメルにまとわりつくルミセンの手を払いのけ、レーメルを抱き寄せる。
「頼むから、行かせてくれ」
このままでは、理恩と大志の関係に埋めきれないほどの溝ができてしまう。
「それはできないみゃん……」
「ルミセンが許可しなければ、無理です」
イズリが、大志とレーメルを引き離す。
イズリの巨乳に一瞬だけ目移りしたが、すぐにレーメルへと視線が戻ってしまった。
「レーメルは、イズリの護衛じゃないのか?」
「厳密に言えば、使用人に近いです。身分が低いので、緊縛には逆らえないのです」
「緊縛ってのは何だ?」
緊縛もまた違う意味があるのだろう。絶頂に勃起、そして緊縛……ここは変態世界だ。
イズリがレーメルの目を手で覆う。すると、レーメルの能力が切れた。
「町を治める者を緊縛といいます。ルミセンがサヴァージングの緊縛なのは言いましたよね?」
「いや、聞いてないぞ。ルミセンの家系が、この町を治めてきたってのは聞いたが」
「そうでしたか。ルミセンはサヴァージングの緊縛で、偉いのです。だから、私もレーメルも逆らえないのです」
イズリはボールスワッピングの町を治める家系に生まれたが、緊縛にはなっていない。町が違っても、その上下関係はあるようだ。
レーメルは目を覆い隠すイズリの手をどかし、大志を視界に入れる。しかし、今回は能力を使っていないのか、レーメルに視界をジャックされることはない。
「というか、そんなことも知らずに、今までどうやって生きてきたみゃん?」
「今までは別の世界で暮らしてたからな」
どうやら、まだ呪いの効力が残っていたようだ。堪えることもできず、吐き出してしまった。
詩真や海太が慌てて駆け寄ってくるが、もう遅い。出してしまったものは、もうなかったことにはできない。
しかしレーメルは、可哀相な人を見るような目で大志を見る。
「学がないからって、現実逃避はよくないみゃん……」
学校がない世界の住民に、学がないとは言われたくない。
しかし何かしらの教育機関は、あるはずだ。そこで習うべき常識を知らないのだから、知識がないのは仕方のないことだ。
「……あながち間違いでもないわね」
「そうだってんな。正解だってん」
たしかに元の世界でも、大志は学校に行かずに引きこもりぎみだったが、詩真や海太よりかは頭がいいと自負している。成績だって良かった。それに現実逃避をしていたのは、詩真だ。
しかしレーメルに詮索されるとめんどうなので、ここは話を合わせるしかない。
「タイシ様! たとえ学がなくても、ルミは大丈夫!」
ルミセンは胸の前で、両手を握る。それは、励ましているつもりなのだろうか。
「何が大丈夫なんだよ!」
学がない上に現実逃避なんて、絶対に大丈夫ではない。
しかし幼くなったルミセンの目は輝いていた。まるで学がないのを喜んでいるようである。こんな年齢不詳の女の子にバカにされるなんて、いろいろと目覚めてしまいそうだ。
「い、言わせるの……?」
ルミセンはもじもじと腰をくねらせる。
大志には何が何だかさっぱりだ。だが、ルミセンの腰の動きについ目を奪われてしまう。大人のように扇情的ではないが、魅了する何かがあった。
「聞いてないんですか?」
「何をだよ!」
どうやらイズリは何かを知っているようだ。
ルミセンから、何か言われたことがあっただろうか。
思い返してみると、『タイシ様のお城』と言っていたが、それと関係があるのかもしれない。
「タイシ様……あのね……」
「なんだよ。はっきりと言ってくれ」
するとルミセンは意を決したのか、赤く染まった顔を上げ、薬指に指輪がはまった左手の甲を差し出す。
「ルミの……ルミの、守護衛様になって!!」