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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-12 『万能ではない能力』


 けれど、上空にいるオーガへの攻撃手段が大志にはない。

 なぜか能力が使えず、焦るあまり理恩に負担をかけてしまった。


「もう、腕は……」


 大志は顔を左右に振る。

 いくら後悔しても、腕は戻らない。前を向かなければ、前へ進めないのだ。


「どうするってん?」


「もう海太は手を出すな。大上大志プロジェクトが関係してるなら、俺は殺されない。だから、戦うのは俺だけで十分だ」


 ヘテ、ロセク、シュアル、ティーコにもそれを伝える。

 たとえ異世界に来たとしても、悪夢からは逃げられないようだ。それなら、もう逃げない。自らの存在が、伊織や湊、その他の命を奪った。もちろん剛だって例外ではない。剛も、大志がいなければ、あのプロジェクトに加担することはなかった。


「緊縛様は能力が使えない。一人では危険」


「俺は大丈夫だ。もう、俺を庇えなんて言わない。自分の身ぐらい、自分で守らないとな」


 ティーコの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、微笑む。


「でも、緊縛様にもしものことがあったら……」


「もう俺は、俺の意思だけで生きられない。雁字搦(がんじがら)めに縛られた人生。まさに緊縛されてるってわけか」


 けれどそれは、この世界にきてから始まったことではない。元の世界にいた時から、大志の人生は決められたレールの上を進んでいるだけだった。

 あの島でのことはもちろん、ギルチとの生活もそうである。大志の父と母が死んだ時から、大志の人生は狂い始めていたのかもしれない。


「俺の命は、民のために使う。もう俺のせいで誰かが死ぬのは、見たくない」


「そんなの、緊縛様だって同じ。緊縛様が死んだら、カマラは……」



「死なないわ。大志は、死なせない」


 ティーコとの会話に、詩真が割り込んできた。

 詩真は大志の右腕に触り、愛おしそうに撫でる。

 しかし、その感触も熱も感じられなかった。


「私のために、こんなケガをしたのね」


 動かない右腕は不自然だが、触っただけでわかるだろうか。

 上空のオーガは、まだ大志たちを見下ろしているだけである。攻撃する気がないのか、それとも何かを警戒しているのか。どちらにせよ、待ってくれるのなら、急ぐ必要もない。


 ティーコに視線を戻すと、驚いたような顔が見えた。

 ティーコの視線の先には大志の腕があり、腕をつかむ詩真の手が白く光っている。


「こ、これは……能力?」


 しかし詩真の能力は、呪いを打ち消すもののはずだ。大志の腕に呪いがかけられているはずがないし、そもそも発光はしない。


「覚醒したのか?」


 どういう原理かわからないが、覚醒という現象が起こると、新たな能力が芽生える。

 大志は発光する詩真の手に、左手を重ねた。


「違う……詩真じゃ、ない……。お前は誰だ!」


 詩真の手を振り払い、身体から離れさせる。

 そして振り払ってから気づいた。右腕が動くということに。


「信じられないのも無理ないわ。でも、私は詩真よ」


「そんなの嘘だ……だ、だって、能力がなくなるなんて、ありえないだろ!」


 詩真が持っているべき、呪いを打ち消す能力。それが、ないのだ。あるのは、触れたものの時を戻す能力だけである。


「私にだってわからないわ。でも、私は私よ。えろいことが大好きな、中田詩真よ!」


「お、おう……。説得力あるな」


 再び詩真の手に触れて、情報を得る。

 かつての詩真と過ごした日々。そしてそれよりも前、詩真があの島に送られる前の情報も流れてきた。間違いなく、目の前の詩真は本物だ。しかし能力を失った原因がわからない。


「本当に詩真なのか。それにしても……時を戻す能力か」


 大志の右腕は何不自由なく動く。痛みもなくなっていた。詩真の能力によって、右腕は時を(さかのぼ)ったのである。

 右腕が動くということは、もちろん理恩の右腕も元通りということだ。


「ほんと、なんでもありだな。異世界ってのは……」




 もう治らないと思った理恩の右腕も、能力を使えばこんな簡単に治ってしまう。

 もしもあの島でこの能力があったなら、なんてことを考えてしまう。希望にすがらないと決めたばかりなのに、それさえ揺らいでしまう。


「大志が誰かのために生きるというのなら、私も同じよ。私も誰かの……いえ、大志のために生きるわ。大志のために能力を使い、大志のために身を捧げるわ」


「いや、そんなことはしなくていい。俺には理恩がいる」


 すると、詩真に触れていた手を握られてしまった。

 詩真は大志の手を自らの胸に押し当てる。


「やっぱり、ね。いくら頑張っても、大志の隣には並べないわ」


 詩真の頬を涙が伝い、大志の手に落ちた。

 なぜ詩真が泣いているのか。わからない。だから、能力で情報を得ようとした。しかしそれを、理恩が否定する。


「どうして、泣いてるんだ……?」


「大志は、こんな私でも必要としてくれた。たとえ苦しみから逃れるためだけの、偽りの感情だったとしても、嬉しかったのよ。……私のこの感情も、もしかしたら偽りかもしれない。でも、苦しいの。いくら努力しても、大志にとっての特別は理恩。胸が苦しくなって、それを紛らわすためにふざけてみたりもしたわ」


 理恩を()けていた時、大志は詩真で寂しさを紛らわせていた。

 大志がした辛い選択は、大志だけでなく、理恩も詩真も苦しめていたのである。


「そう、だったのか」


「私は大志が好きよ。この感情は、きっと偽りじゃないわ」


 詩真は俯き、大志の背を押した。

 詩真にはもちろん感謝しているし、嫌いじゃない。けれど、好きとは言えない。理恩がいるからとか、そんなのではない。詩真が求めているのは、上辺(うわべ)だけの言葉ではないのだ。


「その返事は、あとでいいか?」


「返事なんていいわよ。フラれるとわかっているのに、期待なんてできないわ」


 詩真の言葉を聞き終えると、大志は前へと足を出す。

 足のつくべき場所に空間の穴が開き、その中へと身体を吸い込ませた。


「俺のせいなのか……」


 空間の穴に吸い込まれた大志は、上空にいたオーガよりも高い位置に出る。

 すると、待っていたとでも言いたそうな顔でオーガは手を出した。



「お前らは、俺に何を望んでいるんだァ!!」


 大志も手を出して、オーガの手に触れる。すると途端に、見たことのある映像が見えた。大きなステンドグラスを背にした、顔に黒いもやのかかった姿。チオの時と同じである。

 チオも、オーガも、そいつに何かをされたに違いない。


『大志ッ!!』


 理恩の声が響き、視覚に意識を戻すと、触れた手と反対の手が大志へと迫っていた。


「世話がかかるってんな」


 突如として刀を持った海太が姿を現し、オーガの手に刀を突き刺す。しかしオーガの手は止まらず、海太の映像と共に大志を薙ぎ払った。

 そして地面へと落ちた大志の胸に、海太の持っていた刀が刺さる。


「ごべぇッ!」


 口から血が溢れ、鉄の味が口内を満たした。情報を得るには、それなりの痛みが伴いそうである。得られるだけの情報は、すべて得るつもりだ。

 詩真は大志から刀を抜き、その傷口に手を当てる。すると白く発光し、傷は塞がった。


「ほんとズルいな。その能力は……。もしも、その能力を持ったまま元の世界に戻れたら、伊織たちも元に戻せるのか?」


「……そんな、万能の能力ではないわ。この世界でも、死は決して覆らない。死んでしまったらもう、私の能力でも戻せないわ」


「死は、覆らない」


 それはうすうすわかっていたことである。チオからカマラの民を解放したあの夜、民は生きている喜びに満ちていた。もし死んでも(よみがえ)れるのだとしたら、あそこまで喜びに浸らなかっただろう。


「残念だけど、ここはユートピアでも何でもないわ。ただ世界が違うだけで、ここも現実なのよ」


「ここも、現実……」


 大志の眉間にしわが寄った。

 この世界にも死があり、大上大志プロジェクトがある。大志が何もしなければ、またあの時のように犠牲が出るだけだ。

 そしてその犠牲になるのは、大志の周りにいる者たち。


「そうだってんよ。ここは現実。誰だって、一生懸命に生きてるってん。苦しいことだって、楽しいことだってあるってん。だから、その(たび)に足を止めていられないってんよ」


 海太は刀を拾い、大志に向ける。


「詩真ちんも、俺も大志の仲間だってんよ。それなのに、いつまで二人だけで戦う気だってん?」


「な、仲間……」


 大志が言葉を漏らすと、海太は大志に背を向け、オーガを見上げた。

 オーガは未だに余裕な表情で、浮かんでいる。



「あの時とは違うってん。明確な敵が目の前にいるってんよ」


「だが、俺には力が……」


「そんなの必要ないってんよ。敵を圧倒する力なんて、二の次だってん。何よりも必要なのは、敵を殴れる勇気があるかどうかだってん」


 そこにヘテやロセクにシュアル、ティーコもやってきた。


「よくわからねえが、お前は一人じゃねーぞ。一人で何でもしようとするんじゃねーぜ」


「緊縛様は、緊縛様ができることをすればいい」


 ティーコに手を引かれ、上体を起こされる。


「俺ができること……。こんな俺にでもできることって、なんだよ。俺は情報を得る能力と、透視……それと、理恩と繋がるぐらいしかできないんだぞ」


「いや、勇気だってあるってん」


「正しさだってあるじゃねーか!」


「緊縛様には、優しさもある」


「ちょっと、えっちなところもあるわね」


 海太に、ヘテ、ティーコ、詩真と続いた。

 けれどそんなのは、どれも無意味である。強大な敵を前にして、能力ほど頼りになるものはない。


「そんなのあって、何になるんだ! 結局はみんな、能力頼みなんだよ! どれだけ強い能力があるか、それだけで優劣が決まるんだよォッ!!」


 直後、大志の胸に再び刀が刺さる。不慮の事故などではなく、海太の意思で貫いたのだ。


「なら、俺の力を前に、大志は屈服するってんか!?」


 海太の目が光り、大志の身体に複数の刀が刺さる。

 何が目的なのか大志にはわからないけれど、詩真が即座に行動してくれなかったら、そのまま死んでいたかもしれない。


「どうしたの! おかしいわよ!」


「おかしいのは、大志だってんよ! ずいぶんと腑抜けになったってんな!」


 詩真に治してもらい、大志は立ち上がった。そしてそのついでに、海太を殴りつける。

 しかし海太の足は動かなかった。その場で、受け止めたのである。


「も、もし死んだら、どうするんだよッ!」


「なら、戦えってんよ! 戦わなかったら、死ぬってんよ!」


「大志が無理をすることない。大志は頑張ったわ」


 大志を、詩真の優しい言葉が包んだ。

 しかしその言葉を肯定してしまったら、あの時と同じである。そしてまた、あの惨劇のことを忘れてしまうのだ。


「詩真ちんも理恩も、甘やかしすぎだってんよ。いくら逃げても、この悪夢からは逃げきれないってん。まだ、あの島の惨劇は続いているってん。あの時の大志はどこに行ったってんよっ!」


「お、俺はここに……」


「違うッ!! あの時の大志は、恐怖の中でも手を引いてくれた。信じてくれた。だから俺も詩真ちんも、大志を信じられたってんよ!」


 大志にそんなつもりはなかった。ただ、犯人を、伊織を殺した犯人を捕まえたかった。それだけだったのだ。

 海太は大志の頬に握りしめた拳を当てる。


「もう……悪夢とはおさらばするってん。そのためにも、大志の能力が必要だってんよ」


 あの島でのすべてが悪夢だったとは思えない。伊織が死んだあの日まで、あの島ではたしかに幸せな日々が続いていた。思い出しただけで涙が出そうなほど、温かく、優しい時間がそこにはあった。

 大志は上空にいるオーガを見る。



「俺は死が怖かった。自分の死も、他人の死も怖かった。でもそれは、人として当たり前のことだったんだ。死を恐れない奴なんていない。だから、もう終わらせる。笑って明日を迎えるために、大上大志プロジェクトは、悪夢は終わらせるんだ!」


 するとオーガはゆっくりと下降を始めた。


「大上大志プロジェクトがなくなることはない。一つ一つの因子を潰したところで、元を潰さなければ増える一方だ」


「だから、その大元から潰してやる。そのためにも、情報を搾り取らせてもらうぞ!」


 大志は空間の穴を使って、オーガの頭に触れる。

 そして得た情報によると、ステンドグラスの人物は、第一星区、元の世界でいうところの北海道にいるらしいのだ。


()()()()に出会ったところで、何もできない。さらに絶望するだけだ」


「絶望したって前に進むしかない。俺を信じてついてきているやつのためにも、俺がそいつの歩むべき道を作ってやらなくちゃいけないんだ」


 大上大志プロジェクト。別名、新人類プロジェクト。大志を、最初の新人類とする計画である。

 そして元の世界も、この世界も、すべての人が新人類となるのだ。


「もう苦しむのは終わりだ! やられた分、しっかりとやり返してやる!」


 地面に足をつけたオーガを殴る。たとえ右腕が治っても、手袋は直っていない。ただの大志の拳では、オーガに傷一つつけられないだろう。

 しかし、だからといって諦められない。


 海太に殺されかけ、大志は思い知らされた。

 たとえ能力や力量で劣っているとしても、全力を出して(かな)わない相手だったとしても、それで死を選んではいけない。最後に大事なのは、心である。自分がどうしたいか、自分がどうなりたいか。何事だって、自分を信じなければ始まらないのだ。



「俺は悔やまない。伊織も湊も、もういない。いくら苦しんだって、もう会えないんだ! だから俺は前へと進む。過去に捕らわれるのは、もうおしまいだ!!」


「いいぞー、大上大志は完成に近づいている。すべては順調……」


 途端に、オーガの身体が柔らかくなり、殴りつけた拳が飲み込まれる。

 しかし拳は吐き出され、大志は尻餅をついた。


「おまえ……オーガじゃないのか……?」


 オーガだったそれの輪郭はあやふやになり、まるで霧のように形を捉えられないものとなった。

 黒い霧は(うごめ)き、揺れるたびに笑い声のようなものが聞こえる。


「そんなの関係ないってんよ!」


 海太が霧に斬りかかる。

 大志も負けじと拳を出すが、手ごたえがない。まるで素振りをしているのと同じだ。


「情報すら得られないだとッ!?」


 大志と海太の敵意も虚しく、黒い霧は上がり、大志の上を通り過ぎていく。

 振り返ると、そこにいた詩真の身体を黒い霧が包んでいた。


「さあ、殺戮が始まるわよ。すべてを無にするの」


 黒い霧は詩真の中に姿を消し、目を黒く染めた。

 何が起こったかなんて考えるまでもない。能力を使わなくても、わかりきったことである。


「詩真が……乗っ取られた……」



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