3-11 『愚かな選択と報い』
「そういえば、ヘテたちにも角があったよな?」
四天王の角を取っていた大志だが、ふとヘテたちの頭にも角が生えていたのを思い出した。
今のヘテたちの頭に角はないが、生えているところを大志は見たことがある。あの角とオーガを操っている角は、違うものだと考えたい。
もしも同じだったとしたら、今まで協力してくれていたのが、すべて操られていたことになるからだ。
「オーガってのは、角があって当たり前だ。オーガにとって角は、命よりも大事なものなんだ」
ヘテの頭から角が突き出て、それを親指で指す。
角が命よりも大事なんて、今まで聞いたこともなかった。そのせいで、大志は無慈悲にもオーガたちから角を取ってしまった。
「角が大事ってどういうことなんだ? なくなると、どうなるんだ?」
「よくわからねえが、この角がオーガに理性を与えてるんだ。凶暴化ってのは、この角に何かしらの傷がつくと起こるものだな」
「そうだったのか……。それなら、今までのオーガたちもか?」
するとヘテは静かに首を横に振り、角を頭へ押し込む。
角の出し入れは自由にできるようだが、理性まで失うわけではないようだ。
「いや、あの角は偽物だ。本物の角ってのは、普通は隠すものだからな」
「それなら安心なんだが、あの角は何だ?」
あの角が本物じゃないとしたら、誰かの角をつけていたことになる。
それはつまり、他のオーガから角を取ったということだ。
大志は右腕を押さえ、オーガに殴られた痛みを堪える。
「知らねーよ! 何だって知ってるわけじゃねーんだ! そもそも、情報収集はそっちの領分だろ!」
ヘテに怒鳴られ、大志は口をつぐんだ。
それもそうである。大志の能力によって、角から情報を得てしまえば、それで終わりだ。
しかし角はこの場にない。バンガゲイルが粉々にした以外の角は、すべてアイスーンが解析を行っている。四天王のことばかり考えていたせいで、情報収集を怠っていた。
「そうだな。今はそれよりも先に進むか。長に会えば、すべてがわかるんだ」
大志が歩き出すと、その前に海太の映像が立ちふさがる。
「待つってんよ。その腕のままで行っても、戦えないってん」
「大丈夫だ。治療をしている時間がない。もう、すぐそこなんだ。すぐそこに、詩真が……守らなくちゃいけない相手がそこにいるんだ」
それに疲労が蓄積しており、能力の制御ができるかわからない。
日も落ちかけており、能力を使わずに町へ帰ったとしたら、夜が来てしまう。
わざわざこんな痛みのためだけに、時間を無駄にしたくない。
「そんな腕でどうやって守るんだってんよ! 長は今までのオーガよりも強いってん!」
「だから、どうした……。腕はなくなっても大丈夫だ。だが、詩真にもしものことがあったら、取り返しがつかないんだよッ!!」
踏み出した衝撃が腕に伝わり、大志は地面に膝をついた。
この腕で行っても、きっと大志は何の役にも立たない。けれど、自分の身を案じて、他の誰かが傷つくのだけは二度とあってはならないのである。
「そんな身体じゃ、ただの足手まといだってんよ」
「そうだ!! 俺は足手まといだ。今も昔も、足手まといだってことはわかってんだよッ!! だから、海太もヘテもティーコも理恩も、力を貸してくれる。俺だけが、尻込みなんてできるかよ!」
苦痛に荒い息を漏らしながら、大志は地から膝を離した。
中で理恩が激しく響く。しかし理恩の言葉は、大志には伝わらない。聞く気がないのだ。
「俺は死ぬわけにはいかない。まだ助けるべき相手が、いるんだ。だから、俺に力を貸せぇッ! お前らの力で、俺を庇え!」
足手まといだから、誰かの力を借りなければ、誰も助けられない。
ただでさえ負傷している大志には、それがなおさらである。
「……ずいぶんと偉くなったってんな」
大志の前に立っていた海太の映像はそう言って、消えた。
それは、進むことを許されたということである。
海太の本体に顔を向けると、大志の頬に細い切れ目が入った。
「えっ……?」
海太の持った刀が大志の頬を撫でる。頬に赤い雫が伝い、大志は思考が止まった。
海太の目には、怒りの色がある。その目はまるで、桃華を失ったあの日のような目だ。
「今回だけは力を貸してやるってん。それで、もう終わりだってんよ。……もう大志には期待しないってん。あの日、あの時の大志は、いなくなったってんな」
海太は刀を引き、大志の横を通り過ぎる。
それに続くように、ヘテたちが大志の前に立った。
「よくわからねーが、力は貸してやる。お前がどう変わろうと、その意思が変わらねーのなら、どこまでもついていってやる」
「ああ、頼りにする」
海太の怒りはわからないが、ヘテたちが協力してくれるのは素直にうれしい。
そして最後に、ティーコを見る。
「ティーコも……一緒に行くか?」
「はい。少しでも役に立てればいいけど」
自信なさげなティーコだが、能力の代わりに持っている千冠は、能力よりも優先されるので、とても心強い。痛みを負うことにもつながるが、それでも力を貸してくれるのなら、借りない手はない。
「なんだか、妙な感覚だな」
風景は変わらず、ただ木に囲まれているだけである。
しかし大志たちを取り巻く空気だけは、たしかに変わっていた。まるで空気の圧に押しつぶされそうな圧迫感。今すぐにでも逃げてしまいたくなる気持ちを抑え、足を前へと出す。
「そうだってんな……。相手への怯えのせいとは考えられないってん」
「これが、長の能力なのか……? それさえわからない」
倒れそうになるところを、ヘテに支えてもらう。
ヘテたちはなぜだか、この圧迫感を感じていない。ティーコが苦しそうにしているので、ヘテたちの中にあるオーガが関係しているようだ。
「大丈夫……じゃねーか。ったく、世話のかかるやつだ」
ヘテは大志を背負いあげ、ロセクは海太、シュアルはティーコを運ぶ。
けれど圧迫感は強まる一方だ。身体が石にでもなってしまったかのように、動くことすらままならない。
「なっ、んで……ヘテは……」
「喋るんじゃねー。人はつくづくよえーんだな。こんな姿になってから、それに気づくとはな」
ヘテの呼吸は荒くなり、とても苦しそうだ。
「ヘテも、苦しいのか?」
「大したこたぁねーぜ。この臭いのせいだ。人ならすぐにぶっ倒れるだろうが、オーガには抵抗があるみてーだな」
臭いなんて感じていない。嗅覚がやられてしまったのか、それとも気づかないほどのわずかな臭いなのか。
それはわからないが、ヘテたちが仲間でよかった。いなければ、進むことさえできなかっただろう。
「いずれ慣れるだろーが、それまでは辛抱だ」
「ようやく、身体が動きそうだ」
臭いの正体はわからなかったけれど、圧迫感がようやく消えた。
そして目の前には、頭に二本の角を生やしたオーガと、小さな岩洞窟のような場所に捕らえられた詩真がいる。
「足手まといは引っ込んでるってんよ!」
まず最初に飛び出したのは、海太だった。
刀で斬りかかるが、対するオーガはピクリとも動かない。それどころか、笑っている。
「気持ち悪いってんなッ!」
普通の刀だと侮っているのだろうが、海太の刀は強化されており、硬いオーガの肌でさえ斬れてしまうのだ。
そのオーガの余裕は、命取りである。
海太の刀がオーガの腕を切断した。
しかし切断したまではよかったのだが、そのまま重力によって落ちるはずの腕は、生意気にも宙に留まり、切断される前の状態へと戻る。
「なんだとォッ!?」
驚く大志をよそに、腕を戻したオーガは、海太を空へと飛ばした。
追撃をされる前に空間の穴を使って救出しようとするけれど、能力が使えなくなっていた。
空間の穴が開かず、海太は地面へと叩きつけられる。
「海太!」
地面が柔らかかったのが、不幸中の幸いだ。
もしも地面ではなく石だったらと考えると、恐ろしくなる。
「能力が使えなくなってたんだ。助けようとは思ったんだ」
海太の上体を起こすが、大志の手はすぐに叩き返されてしまった。
「黙ってろってんよ」
海太はそう言い残し、オーガへと再び襲いかかる。
そのあとを追うようにヘテたちも、大志の横を通り過ぎていった。
そしてその背を見つめる大志の隣に、ティーコが並ぶ。
「緊縛様は怪我をしている。だから、代わりに戦う」
「おっ、俺も戦う。俺が戦わないと意味がないんだッ!」
しかしそんな大志の言葉に、ティーコは悲しそうな目をした。
静かに大志へと身体を向けて、お辞儀をする。
「微力だけど、緊縛様に力を貸す。そして、緊縛様を庇う。だから、ここにいて」
「べ、べつに俺が戦っても大丈夫だろ? 人数は多いほうが、な?」
「緊縛様の身体では、まともに動けない。そんな人を庇いながら戦う、こっちの身にもなって」
ティーコもオーガへと走り、大志はその背を見守ることしかできなかった。
腕がこうなっては、それも仕方がない。足手まといのくせに庇うよう指示をすれば、こうなることは明白である。
見つめる先では、海太たちが再生するオーガに悪戦苦闘していた。
「俺は見てるだけ……無力、なのか……」
右腕の痛みが、より一層痛く感じる。
治療さえしていれば、こうにはならなかったのだろうか。
『――大志ッ!』
ドクンッ、と胸が弾む。
胸に手を当てるとそこには、理恩がいた。
『やっと、聞こえたんだね……』
何度も響いていた理恩の鼓動が、大志へと伝わる。
大志はその声に安らぎと愛しさを感じながらも、歯を噛みしめた。
『わかるよ。大志の苦しみや、焦り。詩真を守りたくて、急いだだけなんだってこともね。だから、大志が苦しむ必要なんてないんだよ』
「でも、俺はこの腕のせいで、みんなを……」
『怖い……自分のせいでまた誰かが傷つくのは、嫌だ』
大志の心は、理恩にはお見通しである。
腕の痛みさえなくなれば、戦うことはできるはずだ。手袋の効力はなくなってしまったが、それでも大志には、腕が残っている。
『それなら、簡単だよ』
「治せるのか?」
『さすがに治せないよ。大志と一体になって、大志が身体を動かして、私は何をしているでしょう?』
そんなことを急に聞かれても、考えたことがなかった。
身体を動かしているのは大志で間違いないが、思考なども大志の好きに行える。
「もったいぶらずに教えてくれよ」
『実は感覚の制御をしてるんだよ。って言っても、何もしてないけどね』
「それで、この痛みが消えるのか?」
もしも痛みが消えるのだとしたら、今まで痛みに苦しむ必要もなかった。
『私の右腕をなくせば、大志の右腕の感覚はなくなるよ。その場合、動かすこともできなくなるけどね』
「右腕をなくすって、どういうことだよ……」
『大志の腕がなくなるわけじゃないから、安心して。なくなるのは、私だけだから』
「そういう話じゃない! なんで、理恩が……」
理恩を守るために、今までたくさんのことをしてきた。異世界だから、もう『大上大志プロジェクト』も手が届かない。異世界でも理恩に危険はあったが、それでも今は大志の中にいる。もう理恩を傷つけるものはいないのだ。
それなのに、理恩自ら腕をなくすなんて、許せるはずがない。
『私は、大志の左腕をなくしたよね。……だから私は、大志のために右腕をなくす』
その言葉に、迷いなどなかった。理恩は本気で右腕を失おうとしている。
左腕を失ったのは事実だが、理恩が腕を失わなければいけない道理はどこにもない。
「よせっ! 俺はそんなこと望んでない!」
『ごめん。私に、罪を償わせて』
「やめろぉ! りおおぉぉぉんッ!!」
――ぷつり。
その時、大志の中で何かが千切れた。
「俺は、お前を許さない……」
大志の右腕は、ぶらりと力なく垂れさがっている。痛みは微塵も感じない。
今までの大志とは違ったオーラに、その場にいた誰もが息をのんだ。
「もう腕は大丈夫ってんか?」
「少し黙ってろ」
心配してくれた海太にそう吐き捨て、大志はオーガの前に立つ。
右腕はもう動かない。理恩と一体になっているのを解除すれば動くが、その理恩の姿を見たくない。
「待っていたぞ。大上大志」
「俺に用があるのなら、直接呼び出せ」
オーガは大志の身体を見て、笑みを見せた。
もはや大志には戦えるほどの力が残っていない。それは、見ただけでもわかる。
「ここに全員が揃わなければ、意味がないのだ」
「全員って、誰のことだ?」
オーガの主となったのは、大志だけだ。複数の主がいるなんて情報は、ない。
それなのに、このオーガは『全員』と言った。長が狙っていたのは、主である大志だけのはずだ。
「大上大志、千頭理恩、中田詩真、草露海太。さあ、始めよう。大上大志プロジェクトの続きだ」
オーガの足が地面を離れ、浮かんでいく。
しかしそんなことよりも、大志たちの耳にこだまする『大上大志プロジェクト』の言葉。それはこの世界とは違う世界で大志を襲った出来事の名だ。この世界の者が、知るはずはないのである。
「なぜ、その名を知ってるんだ?」
上空にオーガが浮かび上がると、岩洞窟の中から詩真が出てきて、大志に抱きついた。
「……詩真?」
「よかったわ。助けにきてくれないじゃないかと心配だったのよ!」
「そんなわけないだろ」
詩真の肩を叩き、離れさせる。
そして、再びオーガに目を向けた。そのオーガは、しっかりと浮かんでおり、ワイヤーで吊るされている様子もない。
「お前の知っている情報を、教えてもらうぞ」
大上大志プロジェクトを知っている者が、ここにいる。
あの島では何もできなかったけれど、今は違う。大志には、情報を得る能力があるのだ。
いったい大志の周りで何が起こっていたのかを、突き止めるチャンスである。