3-10 『駆け抜ける戦場』
「じゃあ、任せたぞ」
子供のオーガを荷車に乗せ、バンガゲイルとティーコは主派の集落へと向かう。
もう一体のオーガは、すでにいなくなっていた。しかし角は取ったので、心配することはない。
「それで、この五人で行くってんな」
「そうだ。ヘテたちも協力してくれるよな?」
ヘテたちの能力が強力だということは、わかった。
瞬間移動の疑似能力だと思っていたが、それ以上に使える能力かもしれない。
「当たり前じゃねーか」
ヘテの拳が、大志の胸を叩く。
「そうか。ありがとう。なら、行こう」
手袋に付与された能力はすでになくなっていた。
残された四天王は一人。きっと今までよりも強いオーガが待ち構えているはずだ。
最初はティーコに助けられ、二体目はヘテたち、三体目は海太の力がなえれば負けていた。大志一人では何もできなかった。けれど、もう大志は一人じゃない。みんなが背を押してくれる。だからこそ、大志は恐れずに前へと進めるのだ。
「お前が、最後か」
大志の前には、角の生えたオーガがいる。
角が生えているということは、四天王である証だ。他のオーガには角と呼べるようなものは生えていない。
「あいつは、どういう能力だってんか?」
「知らない。だから、注意しろよ」
直後、何の前触れもなく、大志たちを囲む木々が激しく燃える。
燃え盛る炎のせいで、大志たちは酸欠に陥る。気を失う前に、炎の外へと脱出するが、そこでもまだ呼吸が困難だ。
必死に炎から逃げるが、どこに逃げても木は続き、炎の進行は早い。
こんな木の多い場所で発火能力とは、被害は大志たちだけではない。森にいる他のオーガたちも、この炎の餌食になるだろう。
『オーガはこっちじゃないよ!』
大志の中で響く理恩の声。しかし、そんなことは百も承知だ。
オーガを目視している余裕がない。
空間の穴を広げようとしても、集中できない。
しかし、このままでは大志たちの足が悲鳴をあげるだけである。
大志は踵を返し、炎の中へと飛び込んだ。
「絶対に、詩真を……ッ」
高温の炎が、大志の肌を焦がす。
頭がおかしくなりそうなのを必死に堪え、大志は走った。
行けども行けども炎は続き、出口が見えない。自分がどこにいるのかさえ、すでにわからなくなっている。
『たいしィッ!!』
理恩の声が聞こえたかと思えば、炎の向こうからオーガが現れ、大志を殴りつけた。
右腕で受け止めようとするが、防ぎきれずに大志は炎の中を転がる。
『ッ、大志……大丈夫……?』
「あぁ、なんとかな」
強がってみても、右腕の痛みは理恩に伝わってしまう。
そして顔をあげると、そこにはオーガがいて、炎はなくなっていた。
しかし大志が炎に苦しんだのは、事実である。
「木が、燃えていない……」
木は可燃物だ。だから木が燃えるのは当たり前である。
当たり前なのだが、目の前に何本も立っている木々には、燃えたようなあとがなかった。
「火を操る能力だったとしても、不自然だ」
燃えたものを元に戻すなんて、時を戻さないかぎりできるはずがない。
だが、オーガの能力は火と何か関係があるはずだ。
「たいしー、どこだってんかー?」
火が消えたおかげか、大志を探す海太の声が聞こえる。
するとオーガは蜃気楼のように、姿を消した。
もしかしたら、一つの能力ではないのかもしれない。チオに似た能力だったら、複数の能力を持っていたとしても、不思議ではない。
「悩んでいる時間はない。こうしている間にも、詩真は……」
踏み出すと、上空からシュアルが降ってくる。
そしてそれに続くようにヘテとロセクが現れ、大志を下敷きにした。
「わりぃが、角を取らせてもらうぜ」
ヘテは大志の髪を掴み、頭から引き剥がそうとする。
「いってぇーよ!」
大志が身体を左右に動かして抵抗すると、ヘテたちは大志から離れた。
ヘテは大志の髪を角と言った。ヘテはかつて人だったはずである。髪と角の違いはわかるはずだ。
「お前は誰だ?」
「てめえに教える名なんてねーぜ!」
ヘテが走り出したので、大志も臨戦態勢になる。
考えられるのは二種類だ。ヘテたちは偽物で、本物は今の大志のようにどこかで戦っている。そしてもう一つは、操られている。
「大志の居場所を教えるってんよ!」
あとからやってきた海太も、その手に持つ刀を大志に向けた。
海太もヘテもロセクもシュアルも、大志を大志と認識できていない。
「俺はお前に用はない。早く本体を出せ」
と言ったところで、素直にオーガが姿を現すはずがない。
大志は海太を殴って、森の奥へと走る。
たとえ操られているとしても、海太の姿であることに違いはない。そんな相手に敵意を向けられない。
「ったく、こういう時はこの性格が恨めしいな」
オーガを倒さなければ、いずれ大志は殺される。
しかし、こんなところで殺されるわけにはいかないのだ。
『空間移動で逃げたほうがいいよ。それでオーガを探そうよ』
「そうするしかないか」
オーガがどこにいるかはわからないが、逃げるために移動するのは仕方ない。
空間の穴を通った先は、森の中だった。移動した実感が得られなかったが、追いかけてきていた者たちがいなくなったので、移動はできたはずである。
「それにしても、あのオーガの能力は何だ? 最初は発火かと思ったが、どうやら違う。だが、違うとしたら、最初の発火は何だったんだ……」
『発火?』
「ああ、あれは火を……いや、木をものすごく高温にしたってことも考えられるけど、それでも、海太たちをどうにかしている能力とは違う」
近づいて、また髪を引っ張られるのは勘弁だ。頭皮が傷ついてしまう。
海太たちに近づかずに能力の正体を暴くには、オーガに接触するしかないのだ。
「ここにいれば、何かしらわかるだろ」
大志が移動したのは、湖の中央。
底上げされたそこに立ち、オーガがやってくるのを待つ。発火にしろ高温にするにしろ、水の上では火をつけることができない。
『オーガが来てくれるのかな……』
そんな理恩の言葉はあたり、大志の前へやってきたのは海太たちだった。
四天王というのに、違う身体で戦わせるやつらばかりである。アースカトロジーは土でつくった偽物に戦わせていたし、三体目のオーガも本体ではなかった。
「大志は俺たちが探すってん! だから、ここで負けてもらうってんよ!」
海太は投影した自分に、刀を持たせる。そして湖の上を飛ばせて、大志へと近づいた。
大志は、それに何もできない。たとえ腕を伸ばしたところで、腕を切られるだけだろう。だから空間移動で逃げてしまえばいいだけだ。
「なにッ!?」
湖の水が凍り、大志は氷に捕らわれてしまったのである。
水が凍るような気温ではない。つまり、これも誰かの能力ということだ。
『早く逃げないとだよ!』
「そういっても、足が氷に……」
今の状況は理恩だって見えているはずだ。
とても逃げられる状況ではない。大志は情報を得る能力はあっても、氷を水にする能力はない。
『何言ってるの?! 氷なんて、どこにもないよ!!』
それはたしかに理恩の声である。
大志の目は、足下に広がる氷へと向けられていた。
理恩が嘘をついていないということは、わかる。だが、大志に見えて、理恩に見えないなんておかしな話だ。大志と理恩は同体となり、同じものを見ているはずである。
「氷は、ないのか……」
すると大志を捕らえていた氷は消え、大志の足下には元通りの湖が姿を見せた。
まるで幻でも見ていたかのような気分だ。
見上げればそこに海太がいて、大志を見下ろしている。
そしてふと、辺りを気にし始めた。右を向き、左を向き、再び右を向く。
「なめるなってんよ……」
海太は静かにそう呟き、刀を投げた。
刀は大志とはまったく別の方向へと投げられ、何かに刺さる。しかしそこには何もなく、まるで刀が宙に浮いているようだ。
「ナ……ぜ……」
透明だったものに色がつく。
最後の四天王であるオーガが、そこにいたのだ。
「幻を見せても、心の声までは偽れなかったみたいだってんな!」
「……幻って、どういうことだ?」
大志には何が起こったのか理解ができない。
海太は操られているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。それに透明だったオーガを見つけたのも不思議である。
「あいつの能力はたぶん、五感に幻を与えるものだってん。そのせいで、大志をずっとオーガだと思って戦ってたってんよ」
「なら、なんでわかったんだ?」
「それはこの能力だってんよ。投影すると、心の声が見えるようになるって、前に話したってんよな? それで、大志に気づいて、オーガも見つけられたってわけだってん!」
海太は胸を張るが、もっと偉そうにしても大志は頭が上がらないだろう。
海太の能力の成長は早く、まるでオプションをつけるように、元の能力が姿を変えていく。
「マダ、ヤれル……」
オーガは身体に刺さった刀を抜き、海太に向けた。
ヘテたちが飛びかかろうとするのを海太が止め、静かにため息を吐く。
「もう、終わりだってんよ。終わりにするってん」
オーガの身体を土が拘束した。そんな能力は海太にない。ヘテにもロセクにもシュアルにも、大志にもない。
オーガの後ろにある林から、黒髪の少女が姿を見せた。
「ティーコ! なぜここに!?」
「ティーコだけじゃねぇぜぇ!」
続いて現れたバンガゲイルは、オーガの頭につけられた角を殴り飛ばす。
オーガの頭から離れた角は、空中で弧を描き、跡形もなく砕け散った。
「バンガゲイル……そんな怪力だったのか」
「おいおい、まずは礼を言ってほしいぜぇ。ここまで全力で走ったんだぜぇ」
バンガゲイルの能力は、脚力を強化させるものである。走るには適した能力だ。
角を失い、オーガは疲れからか眠りについてしまう。
四天王全員が、主をよしとするオーガだった。それが角によって、戦わされていたのである。
「ああ、ありがとな。それじゃあ、もうひとっ走り頼んでいいか?」
「断れねえぜぇ」
バンガゲイルはオーガを背負い、再び林の中へと姿を消した。
勤労賞を贈りたいくらいの働きっぷりである。
「さて、あとは長だけだ。そこに詩真はいる」
「そうだってんな。きっと詩真ちんも悲しんでるってんよ」
軽く笑いとばす海太に、ティーコが拾ってきた刀を渡す。
「詩真というのは、どんな人?」
ティーコは、詩真に会ったことがない。だから、そんな疑問を持つのも仕方のないことだ。
しかし答える側からしたら大変である。詩真がどういう人かと聞かれると、答えが一つしかないからだ。
「変態だ」
「いや、おっぱいだってんよ!」
「ど、どっち……」
困惑するティーコだが、どちらを取ったとしても最悪である。
詩真は性格にしろ胸にしろ、ティーコとは正反対だ。胸はどうにもならないとしても、ティーコまで詩真のようになってしまっては大変である。
「その話は、あとでゆっくりしような」
ティーコの頭を撫でて、海太に目を向けた。
大志が気になるのは、海太が持つ刀である。普通の刀では、オーガの肌を貫くことはできない。それなのに、海太の刀はオーガを貫いたのだ。
「それより、その刀って普通じゃないよな?」
「そうだってんよ。イズリに呪いをかけてもらったってん」
「呪いをかけたのに、強化されたのか。……それで、代償は何だったんだ?」
呪いによる代償は必須だろう。本来のイズリが使える呪いは、何かしらの代償を払わなければいけないのだ。
しかし海太は首を傾げる。
「それが教えてくれなかったってん。気にしなくていいって言われたってんよ」
「わざわざ隠すようなことでもないだろ。でも、気にするなってことは、そこまで大きな代償でもなかったってことか?」
「きっとそうだってんよ」
すべてを話せとまでは言わないけれど、呪いの代償くらいは教えてほしいところだ。からかったりするのではなく、ただ心配なだけなのだから。
「帰ったら、そこらへんも含めてイズリと話さないとな」
『でも、変なことはしないでね』
何を考えていたのか自分でもわからないが、理恩に指摘されたということは、何かしらの妄想をしてしまっていたのかもしれない。
無意識とは怖いものである。
「あ、おい……ティーコって名前なのか?」
ヘテがおずおずとティーコに歩み寄り、声をかけた。
しかしその目はティーコに向いておらず、少し上の何もない場所を見ている。
「そう。ギルパン・ティーコ」
「そ、そうか。その……可愛いな、ティーコは」
その言葉に、ティーコは目を輝かせた。
嫌われていたティーコにとってその言葉は、胸に響くものがあるのだろう。
「あっ、あたまを、ななな、な、撫でても、いいか?」
いつになく言葉に不自由しているヘテは、どこか緊張しているようであった。
けれど言ってることは、『頭を撫でたい』ということだけである。今まで確認もせずに撫でていたが、ダメだっただろうか。
「……どうぞ」
ヘテは手を震わせながらも、ティーコの黒い頭に触れる。
ハーフエルフといえど、髪質は人と同じだ。同じ人種であるゴブリンと比べれば、人に近い種族である。
「さ、さらさらしてる、な」
声を震わせるヘテは、どこか新鮮だ。
たとえオーガと人の複合体になってしまったとしても、心は人のままである。
「そ、それに、ティーコに触れてると、しっ、幸せになるな」
なぜそう言ったのかはわからないが、ティーコの表情はさらに明るくなった。
「う、うれしい……」
「いきなりどうしたってんよ?」
海太に問いただされ、ヘテはそっぽを向く。
ティーコを喜ばせたくてやったのだとしたら、今やる必要はない。
「……死亡フラグか?」