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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-8 『苦しんだ者たち』

「女連れたあ、イラつくやつだぜ!」


 アースカトロジーのしていたものと酷似している角をつけたオーガは、出会い頭に叫ぶ。

 直後、手を前に出したかと思えば、大志の足下にあった地面が溶けた。


「アっガぁッ……」


 ティーコはひどく苦しんだ様子で、膝から崩れ落ちる。

 今の一瞬で何が起こったのか、大志には確認することができなかった。

 大志はティーコを抱えて空間の穴に逃げ込む。空間の穴は、ラエフのいる世界の狭間を経由するため、世界の狭間で留まることも可能だ。


「ティーコ、大丈夫か?」


「うぅ、痛い……」


 ティーコは左手の甲を押さえ、涙を流す。

 これがオーガの能力なのか。しかし、地面が溶けたのは大志も目視している。二つの能力を持っているとは考えたくもない。


「オーガに何かをされたのか?」


 するとティーコは小さく何度も(うなず)いた。


「土を……溶かされた……」


「土を? それがどうかしたのか?」


千冠(ちかん)、だから……土への痛みが、直接……」


 ティーコは土の千冠だ。ティーコの周囲にある土は、ティーコに逆らえない。そして、土が受けた痛みはティーコに伝わってくるのだという。

 ただでさえティーコは、千冠の範囲を広げていた。ティーコを守るためには広げた範囲を元に戻すか、それよりも狭くする必要がある。


「まだ興奮してるのか?」


 興奮によって、千冠の範囲は広げられていた。

 ティーコが首を縦に振ったので、大志はティーコの肩に優しく触れる。


「俺は、何をしたらいい?」


「でっ、でも、我慢……」


「もう我慢はいい。あんな相手に、範囲を広げておくのは危険だ」


 ティーコの頬を撫でると、どこかから舌打ちが聞こえた。

 しかしここは世界の狭間であり、そんな場所にいる人物は限られている。



「おほほ、ずいぶんと親しげですね」


 そこにいたのは、ラエフだった。

 口調が変わっていることは、気にしない。


「避難用として使わせてもらった。すぐに出ていくから、もう少し待ってくれ」


「嫌です。すぐに出ていってもらいます」


 ラエフは足早に近づいてくると、ティーコの顎をあげる。

 ティーコとしては、知らない人に急に顎を触られ、恐怖でしかない。


「緊縛様の知り合い……?」


(わたくし)は女神ラエフ。これからあなたに、女神の祝福を与えます」


 言い終わるや(いな)や、ラエフはティーコの唇を奪った。

 ティーコは驚きのあまり離そうとするが、ラエフにがっちりと押さえられ、逃げることもできない。

 ラエフは、もう片方の手をティーコの背に回し、背筋を撫でる。そして、下へと伝っていき、やがて小さな尻を撫で始めた。

 その頃には、ラエフの舌がティーコの口内へと侵入しており、ティーコも甘い声を漏らしていた。


「んぁ、んっ、んんぅっ……んはぁ、はっ、ぁ……」


「いきなりどうしたんだ……発情期かよ」


 最初にあった時からおかしな女神だという認識はあったが、これではただのキス魔ではないか。

 変態のレベルでいれば、詩真といい勝負になりそうである。


 ラエフとティーコの姿をただ見ていると、やがてティーコは背筋をピンと伸ばし、ラエフの束縛から逃れた。

 おぼつかない足取りのティーコを支え、ラエフに目を向ける。


「何をしたんだ?」


「興奮を解いてあげただけです。だから、早く帰ってください」


 ラエフは手で口を拭うと、大志に背を向けて歩いていってしまった。

 肩で息をするティーコの情報を見ると、興奮状態ではなくなっている。


「ラエフは謎だらけだな。……まあ、今はそれよりも詩真だ」


 空間の穴を開き、元の場所へと帰還する。

 そこにいたオーガはいなくなっており、影すらなくなっていた。


「どこかに消えたのか……」


『いないなら、先に進めばいいんじゃないの?』


 理恩の言うことは、もっともである。しかし、もしも主派のオーガを襲うようなことがあれば大変だ。角を回収しないかぎり、安心とは言えない。


「ここで時間を潰すわけにもいかない。手袋も、あとどれくらい効力があるかわからないしな」







 道を進んでいると、小さな湖に出た。濁りのない水は、まるでそこに何もないかのようにも思える。そしてその中央に、オーガが鎮座していた。

 しかし、ついさっき出会ったオーガとは別物である。


「やっと来ましたか。無傷でないにしても、傷が少ないように見えますね」


 そのオーガは立ち上がりながら、アースカトロジーとの戦闘で負った傷を見て、冷静に分析する。

 二体目のオーガとの戦闘はなかったので、傷が少ないのはそのせいだ。


「喋れるってことは、四天王の一人だな?」


「そうなりますね。それでは、ここで消えてもらいます」


 すると湖が揺れ、やがて大きな波となり、大志とティーコに襲いかかる。

 あまりに距離があったため、大志は油断していた。そのため、ティーコが手の届く場所にいない。今から手を伸ばしたとしても、空間の穴に逃げる前に波が大志とティーコを包むだろう。


 二つの穴を広げることもできるが、そうした場合、片方の穴は不安定になる。ただでさえ大志は傷を負っている。無傷だったら余裕だったのだが、今やれば成功する可能性は低い。


「くっそォォぉッ!」


 大志は空間の穴を広げ、波の外へと逃げる。

 そして大きな波は、ティーコを飲み込んだ。



 咄嗟の判断だった。咄嗟の判断で、大志はティーコよりも自分を優先したのだ。

 そんな自分に吐き気がする。


「緊縛様っ!」


 ティーコを飲み込んだ波は、湖へと戻っていき、その場には半球型の土の塊が残った。

 そこから、ティーコの声が聞こえる。


「ティーコ! 無事かっ!?」


 大志が土の塊を叩くと、その部分が崩れ、赤い目が見えた。

 すると土の塊は全て崩れて、ティーコの安全がやっと確認できる。


「私は、この通り」


 ティーコの千冠で、ティーコの身は守られた。

 だが、いくら安全だったとしても、大志がティーコを見捨てたことに違いはない。

 助けると言ったばかりなのに、これでは幻滅されてしまう。しかし、ティーコは心配そうな表情で大志を見上げるだけだ。


 ティーコとしては、大志の助けがなくても自分の身は守れたのである。それは大志が空間の穴を広げるよりも前に、わかっていたことなのだ。


「……俺は、ティーコよりも自分の安全を優先した。ティーコが危ないって思ったのに、それなのに……」


「そんなのは、当たり前。誰だって自分の安全が一番。私も、緊縛様より自分を優先した」


 自分の安全が一番。誰だって、そうだ。あの島でも、大志は自分の安全を優先した。部屋で見つかった、伊織を刺したナイフ。あれだって、最後まで隠し通した。疑われるから、黙って隠し続けた。

 でも、それではダメなのだ。自分の身を犠牲にしてでも、守らなければいけないのだ。


「そんな言葉を言わないでくれ。俺は、ティーコを守るって言ったんだぞ! それなのに、ティーコを見捨てて、自分を守ったんだ!」


「緊縛様が苦しんでいる理由は……わかる。かつて緊縛様がしたことを、緊縛様は悔いている。でも、それは昔のこと。今の緊縛様が守ろうとしているものは、過去にはいない」



「違う……俺は、伊織を……。伊織に、笑ってほしくて……」


 あの時の伊織の姿が、椅子に縛りつけられて動かない伊織の姿が、何度も何度も大志を苦しめる。

 伊織は優しくて、一緒にいると、とても心が落ち着いた。それなのに、大事だと思っていたのに、大志は守ることができなかったのだ。


『大志……』


 理恩の声が、大志をさらに苦しめる。

 どうすれば伊織を救えたのか。何度も考えた。考えて、考えて、考えた末に涙した。いくら考えても、伊織は死んだのだ。


 すると、ティーコの平手が頬を叩いた。


「過去に戻ることはできない。できるのなら、私だって生まれる前に戻りたい。でも、できないの。だから私は、この苦しい世界で生き続けてきた。そしたら、レーメルに出会えた。緊縛様に出会えた。私の存在を肯定してくれる人に出会えた」


「ティーコも、苦しんで……」


「後悔することはいい。大事なのは、そこからどう変わるか。そして、緊縛様は苦しんでいる人を助けたいと言った。この世界には、私以外にも苦しんでいる人がいます。だから、緊縛様が命を投げ出しては、ダメ」


 ティーコは、叩いた頬を優しく撫でる。

 その手がとても温かく、とても愛おしく感じた。


「私なんかが叩いて、ごめんなさい。でも、わかって。緊縛様がすべてを守る必要はない。手を差し伸べてさえくれれば、自力でその手を掴みますから」


「伊織は、もういない……。俺が守るのは、守らないといけないものは……」


 大志の目に映るのは、赤い目をした黒髪のハーフエルフ。

 そして振り返れば、湖に浮かぶオーガ。その先で、詩真が待っている。


「守る……助ける……。そして、笑って明日を迎えるんだ」



 過去には戻れない。一秒でも、過去へと戻ることは不可能だ。この世界の『能力』という万能の力に、少しの希望を抱いていたのかもしれない。しかし、もうそんなわずかな希望にすがるのも、もう終わりだ。


 伊織たちのことを忘れられるわけではない。だが、だからこそ、今度こそ後悔しないように、全力を尽くす。ただ、それだけのことだったのだ。


「話し合いは終わりましたか?」


「ああ、わざわざ待っていてくれたんだ。お前も助けてやるよ」


 ティーコを背にして、大志は鼻を鳴らす。

 しかしオーガへの距離は長い。それにオーガを包む湖は、そのすべてが武器だ。あの波から察するに、このオーガの能力は水を操るもので間違いない。


「そんなに離れていては、何もできません」


 片手ほどの水の球体が浮かび、それが大志へと投げられる。

 それはただの水だ。だが、避けるに越したことはない。


 言葉など交わさなくても、ティーコは大志と共に動いた。

 湖の中央から動かないということは、きっと水を失えば何もできなくなる。それなら、ここに居続ける意味もない。



「やぁっと見つけたぜ!」


 その声に顔を前に向けると、そこには姿を消していたオーガがいた。

 ただでさえ苦戦しているというのに、そこに四天王がもう一人加われば、戦況を覆すことはほぼ不可能である。


「きゃぁッ!!」


 ティーコのスカートの一部が溶けていた。

 地面が溶けたことを考慮しても、物を溶かす能力で間違いない。


「服を溶かすとは、ずいぶんとわかってるじゃないか」


「少しズレれば、肌を溶かすところだったぜ!」


 動く相手では、照準がズレるということだ。しかし、止まっていたところで、助かるわけでもない。

 大志とティーコが動揺していると、湖から水の球が飛んでくる。

 どちらかに集中すれば、もう片方にやられてしまうのだ。しかし、ティーコにどちらかを任せるなんてこともできない。


「こんな時に誰かがいてくれれば!」


 大志は水の球を殴り、ティーコの作った土の壁に隠れる。

 ティーコは苦しそうに小さな声をとめどなく漏らした。土を溶かされている。その痛みがティーコへと伝わっているのだ。


「もう少しだけ、我慢してくれ」


「大丈夫。我慢には慣れているから」


 どうすれば、この戦況をひっくり返せるか。考える前に、動くのだ。

 しかし湖に浮かぶオーガは、追撃をしてこようとしない。


 それなのに、急に拳が痛くなる。見れば、右手の手袋はボロボロに破けており、その内側にある手まで切り傷ができていた。


「なんだよ、これぇッ!!」


 手袋を外すと、手についた水滴が大志の手を蝕んでいる。

 手を通して情報が伝わってきた。これが水を操る能力の真骨頂。水を使って、徐々に相手の身体を蝕む。


「止まって!」


 ティーコが大志の腕を掴むと、水のついた大志の手を土が覆った。

 そして大志の手についた水を吸った土は、湖の中へと投げられる。


「助かった。動揺してた」


「いえ、無事で何より」


 しかし状況は変わらない。



「まったく……危ない状況じゃねーか」


 そこに新たな声。そしてその声の主は、この状況を大きく覆せるかもしれない。

 目を向けるとそこには、目覚めてから全く見ていなかった男がいた。


「ヘテ!」


「よくわからねーけど、手を貸す」


 ヘテは走りだし、溶かす能力を持ったオーガへと向かう。


「そいつは溶かす能力だ! 目に気をつけろ! それと、角をへし折ってやれ!」


「めんどくせーな」


 ヘテは左右に動きながら進み、オーガの能力から避けるので精一杯だ。

 しかしヘテが一人でいるのは不思議だ。いつだってロセクとシュアルと一緒だと思っていた。


「一人増えたぐらいで、どぉってことないぜ!」


「一人? 勘違いすんじゃねー」


 ヘテが左へ走ると、突如として現れたロセクが右へと走る。

 突然現れたロセクに、オーガの目は右往左往した。焦っている。それは、大志から見てもはっきりとわかった。


 そしてヘテとロセクが折り返し、交差すると、ヘテの肩が少し溶ける。しかしヘテもロセクも止まらずに進み、その中央に現れたシュアルがまっすぐにオーガへと走り、殴った。

 突然のことの連続で、オーガは踏ん張ることもできずに、うしろに倒れる。


「俺たちは、一人いれば、そこに三人いるって覚えとけッ!!」


 横たわるオーガの角をヘテが殴りつけた。

 するとオーガの角はとれて、オーガから戦意が消える。


「こんな相手に苦戦してんじゃねーぜ」


 ヘテは手にいれた角を大志へと放り投げた。

 あんなにも困難だと思った状況も、ヘテが現れてくれただけでひっくり返った。

 大志は角を受け取ると、それをアイスーンのいる場所へと送る。


「やれやれ、やられてしまいましたか」


 湖に浮かぶオーガは、同じ四天王が倒されたというのに、焦りを微塵(みじん)も感じさせない。

 それだけ、自分の能力に自信があるのだ。


「それでは、本気でいきますよ」



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