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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-6 『最初の刺客』


 アースカトロジーは鉈のようなものを、大志の脳天めがけて振り下ろした。

 大志は咄嗟に空間の穴を開き、鉈を別の場所へとおろさせる。


「逃げのための力か」


「生き残ることが一番なんでな。それに、そんな簡単にやれる命じゃないんだ」


 アースカトロジーは空間の穴から鉈を取り出し、後退した。

 直後、大志の目の前に巨大な枝が落ちる。

 大志は枝を切り落とさせ、頭の上に落そうとしたのだが、どうやら気づかれてしまったようだ。


「四天王って言ったな。他に三人も、お前みたいのがいるのか?」


「いや、三体だ。だが、気にする必要はない」


 アースカトロジーは鉈のようなものを投げる。

 しかし、大志の足は未だに拘束されており、それから逃げるのはどうやら無理そうだ。

 空間の穴を開き、鉈の進行方向を真逆にする。


「なら、早く詩真を返せ!」


 鉈のようなものは、まっすぐとアースカトロジーに進み、胸に刺さった。

 避けられるか、防がれると思っていた大志には驚きである。


「他人の力を借りているようでは、未来はない」


 アースカトロジーの胸に刺さった鉈は、ぼろりと崩れ落ち、土と一体になった。

 たしかにそれは鉈だったものである。枝を切り落としたものだ。しかし、それは土になったのである。


「それが、お前の能力か」


「違うと言ったら、それを信じるのか?」


「ああ、信じる。俺はオーガを信じると決めたんだ」


 足に絡みつく土を何とかしようとしても、大志と理恩の能力ではどうにもならない。

 アースカトロジーはそんな大志を見かねて、大志の足に絡みつく土に触れた。すると、一瞬で土へと変わるのである。


「あとでうだうだ言われないためにも、公正でないとな」


「後悔しないでくれよ」



 大志は空間の穴に入り、上空にある枝の上に立った。

 地面と接していたら、いつまた足を捕らえられるかわからない。


「それにしても、この手袋でもビクともしないんじゃあ、どうしようもないな」


 まだアイスーンの言っていた制限時間には程遠い。

 大志は木の幹に手をつき、アースカトロジーを見下ろす。その姿は今にも襲ってきそうだが、その足が地面から離れることはなかった。


「――ッ!!」


 大志は咄嗟に枝から飛び降りた。

 そして今までいた場所に目を向けると、そこには無数の(とげ)のようなものが突き出ている。あのまま動かずにいたら、今頃大志は針山になっていた。


「そんなことまで、できるのか。いくらなんでも、強すぎるだろ」


 強靭な肉体、足を捕らえた土、消失した鉈、木の枝から突き出た棘。

 しかしこれで、アースカトロジーの能力がだいたい理解できた。


「物体を別のものに変換させる能力ってところか」


「それは思い違いだ」


 アースカトロジーが手を前に出すと、大志の乗っていた木は土へと姿を変える。


「土……? どういうことだ?」


 木を土に変換させたわけではないのだ。

 大志は土を手に取って情報を見てみるが、ただの土である。もとが木だったなんて情報はない。しかし、今さっきまで確かに木だった。


「これでもわからないか!」


 すると、大志の前に、もう一人の大志が姿を現す。

 その姿は大志と瓜二つだ。だが、大志に双子はいない。


『え!? 解けちゃったの?』


 視界に映った大志に、理恩は声をあげる。

 しかしそれが偽物であると、すぐに理恩は理解した。その大志には、両腕ともあったからである。


 大志がそれを殴りつけると、大志の偽物は破裂して姿を消した。

 やはり手袋の能力はなくなってはいない。


「……土を操るってことか」


 偽物の大志は、土となって消えた。つまり、土で作られていたのである。

 顔をあげるとそこには、視界を埋め尽くすほど杭のようなものがあった。大志は舌打ちをし、アースカトロジーに踏み出す。


 それと同時に、杭が大志に降り注いだ。しかし、それが大志を貫くことはない。

 空間の穴を開き、アースカトロジーの背後へと移動する。


「ここでは、こっちが不利ってことだな」


 大志はアースカトロジーの背へと拳を突き立てた。だが、その拳はやはり跳ね返される。

 ここは森の中で、町のように地面が石畳でできているわけがない。土で埋め尽くされた地面は、全てがアースカトロジーの武器となるのだ。


「気づいたところで、そんなひ弱な力では痛くもかゆくもない」


 アースカトロジーは腕を振るい、背後にいた大志の頭を地面に叩きつける。

 大志は追撃される前に、空間の穴を使って木の上へと降り立つ。


 アースカトロジーの能力は、土を別のものそっくりに造形することだ。その質量、重さ、色、内部すべてをそのままに作り出す。

 ここに立っている木も、何本か事前に作っていたのだ。だから、大志の能力で情報を見ないかぎり、安心はできないのである。



「ずいぶんと用意周到だな。維持するのは大変じゃないのか?」


「動かさなければ、維持など苦痛でもない」


 アースカトロジーは杭を作りだし、それを上空で見下ろす大志へと飛ばした。

 土を投げるように、作りだしたものも空へと進むことができる。大志は鉈の時と同じように、進行方向を逆にするのだが、アースカトロジーに向かう途中で杭はとんぼ返りした。そしてまた、大志へと進む。

 大志は同じように空間の穴を広げるのだが、やはりとんぼ返りして、大志に返ってきた。


「空中でも自由自在ってことか」


 これでは何度やってもキリがない。

 出口をアースカトロジーの目の前にするが、杭はアースカトロジーと接触する前に土となる。


「いつまでそこにいるつもりだ? 人質は生かしておくか、健康なままとは限らない。長は肉欲には貪欲だ。何をするか、わからない」


「これ以上、詩真がおかしくなったら、どうしてくれるんだ!」


「なら、全力でかかってこい」


 アースカトロジーは新たな杭を作りだし、投げた。

 しかし何度やっても同じこと。空間の穴を作り、アースカトロジーに返す。



「……ごふっ」


 杭はアースカトロジーへと返した。それは今も大志の視界にある。

 それなのに、大志の腹部を杭が貫いているのだ。背から腹を貫いた杭の先は、赤い雫が垂れる。

 そして追い討ちをかけるように、杭は大志から抜け出し、とんぼ返りして大志へと襲いかかった。


 大志は姿勢を崩し、枝から地面へと落下する。しかしそれでも、杭は大志を逃さない。大志を貫いた杭と、アースカトロジーに返した杭が、大志へと降りかかった。

 空間の穴を開こうとしたとき、大志の目を何かが覆う。手も足も、何かに拘束され、大志は地面に身体を大にして貼りつけられた。


「弱き主よ。オーガは、この死をもって人への宣戦布告とする。安らかに眠れ」


 空間の穴が作れていない。

 それが直感的にわかる。このままでは、二本の杭が大志を貫く。

 しかし、身体の自由を失い、能力も封じられた。今の大志に、この危機を脱する手段はない。


『……大志』


 理恩の悲しそうな声に、大志は涙が出そうになる。

 一体になっていなければ、理恩だけでも助かった。自分の無力を隠すために一緒になってくれた理恩まで犠牲になる。それが、大志の心を苦しめた。


『私は幸せだったよ。大志に好きって言われて、幸せだった。だから、そんなに心を苦しめないで。大志と一緒なら、幸せだから……』


 大志がオーガを甘く見ていなければ、こんなことにはならなかった。長派の話を聞いた時、他の能力者と話し合いをするべきだった。

 大志は塞がれた目から、涙を流す。


「理恩……好きだ。愛してる」







「死な……せない」


 大志の手足を拘束していた土は崩れ、目を塞いでいた土も崩れた。

 まだ大志には意思がある。命の鼓動が、たしかに響いていた。


 目を開けると、そこには白い下着を穿いた誰かがいる。

 大志に降り注いでいた杭は消えており、身体には腹部の傷があるだけだった。


「どう、なったんだ……?」


 大志は上体を起こしてアースカトロジーに目を向けると、そこには驚愕に顔を染めるアースカトロジーがいるだけである。そして大志の目の前、白い下着を穿いた人物に目を向けると、黒い服に、黒い髪、そして耳が少し尖っていた。


「エルフ……」


「……ハーフ」


 漏れた大志の言葉に、ティーコは付け足す。

 そこにいたのは、ティーコなのだ。


 ティーコが言葉を話している。信じられない。そんな簡単に、声を出せるはずがない。これはきっとアースカトロジーの作りだした偽物だ。

 大志はティーコの身体を触り、情報を探った。しかし情報を見る限り、ティーコは本物だった。


「よかった……」


 ティーコは服から包帯と止血パットを取り出し、大志の身体に空いた穴を塞ぐ。

 アースカトロジーに背を向けていると、新たな杭が現れた。


「ティーコは逃げるんだ。ここにいたら、危険だ」


「大丈夫……」


 ティーコの目は、まっすぐに大志の傷と向き合っている。

 そしてティーコに見とれている間に、杭は迫ってきていた。今までとは比べ物にならない速度に、大志は空間の穴を広げられない。

 しかし、ティーコまであと少しのところで、杭は土に姿を変える。


「何が……起こったんだ?」


 大志は目の前の光景に、愕然とした。

 ティーコは、大志の傷の手当てに集中しており、杭を打ち落とす素振りもなかった。だが、たしかに杭はそこでなくなったのである。



千冠(ちかん)……」


「ち、痴漢?」


 ティーコの身体を触ったことは認めるが、その程度で痴漢なんて心外だ。

 不思議そうな顔をする大志のために、ティーコは地面に『千冠』と文字を書く。


「私は、土の千冠。……土は味方」


 ティーコは大志の身体を支え、立たせた。

 説明されても、大志には理解できない。文字から察するに、何か偉そうなのはわかったが、しかしそれで今のことが理解できるわけではない。


「まさかここで千冠持ちのエルフが来るとは。……しかも、相性が最悪だ」


 アースカトロジーは数え切れないほどの杭を、大志とティーコに振り下ろす。

 しかしティーコは焦りもせず、大志の無事に頬を緩めた。

 そして降り注いだ杭は、また役目も果たさずに土へと変わる。


「千冠って何だ? この現象と何か関係あるのか?」


「そう。私の周りの土は、私の意思に逆らえない」


 つまり、アースカトロジーがいくら攻撃してきても、それが土で作られている以上は、無意味ということだ。

 だが、杭が土に変わる場所を見ると、どうやら範囲は広いわけではないようである。



「そうか。ティーコが来てくれなかったら死んでたな」


「あなたは緊縛。死なせ……ない」


 ティーコは大志の前に立ってアースカトロジーを睨むが、ティーコの範囲内にアースカトロジーはいない。それでは、いつまでも睨み合いが続くだけだ。


 大志は空間の穴を通り、アースカトロジーの上空へと出る。

 そしてアースカトロジーの頭を踏みつける直前、またも空間の穴を使って背後に移動した。アースカトロジーの頭上には、土で作られた小さな受け皿のようなものがあった。


「そういうことかッ!」


 大志は拳を突き出し、直前で引っ込める。すると、大志が殴るはずだった場所に受け皿のようなものがあった。そこでやっと大志は理解する。

 アースカトロジーが強靭だったのではなく、大志はそもそもアースカトロジーを殴ってすらいなかったのだ。大志が殴っていたのは、アースカトロジーの作った受け皿のようなものである。


 大志が殴ることでそれはなくなり、あたかもアースカトロジーを殴ったように思わされていたのだ。

 そして、そんなもので守るということは、身体自体はそこまで頑丈ではない。


「妙な仕掛けをするもんだな」


 もう一度拳を突き出すと、その拳は空間の穴を経由し、アースカトロジーの右腕を殴りつける。

 急に場所を変更され、アースカトロジーも防ぐことができなかった。そして殴られた腕は、ぼとりとむなしく地面に落ちる。


「やっぱり、効かないはずがないんだな」


「……ったく、いったい能力をいくつ持ってるんだ」



 地面が揺れ、大志は咄嗟に空間の穴に逃げた。

 右腕を落とされても、痛がりもしないアースカトロジーに驚きである。主派のオーガの腕を落とした時は、とても痛がっていた。それほどまでに、痛みに慣れている。


 大志はアースカトロジーの目の前に現れ、右手を突き出した。そして空間の穴を経由して、次は左腕を狙う。しかし、その拳は弾かれた。


「同じ手は、二度も通用しない。もう少し、考えるんだな」


「へっ……お前も、そっちに気を取られすぎだぞ」


 大志の右手は防がれた。だが、左手はアースカトロジーの右足をしっかりと殴っている。

 大志の利き手は右だ。そのため右でしか殴っていなかったが、左手の手袋にもしっかりと能力は付与されている。


「小賢しいことを……」


 アースカトロジーの右足は、本体から離れ、力なく倒れた。すると、片足では身体を支えられないアースカトロジーも、その場に身体を倒す。


「お前の負けだ。詩真の場所を教えろ」


「……それは、知らない。知りたければ、四天王を倒すしかない」


 アースカトロジーは、その四天王の中でも最弱と言っていた。

 もっと強いオーガが三人もいるのだとしたら、増援がなければきっと太刀打ちできないだろう。


「他の四天王はどこにいるんだ?」


「奥に進めば、きっと出会えるはずだ。……だが、その前に」


 そう言って、横たわっていたアースカトロジーの身体は土となった。

 そしてそれを踏みつけるように、上空からオーガが現れる。


「アースカトロジーの本体と戦ってもらおうか」


「アースカトロジー……って、その下にいたやつじゃないのか?」


 すると、目の前に現れたオーガは声高く笑った。

 そしてアースカトロジーだった土を踏みつけ、平らにする。


「これは土で作った偽物だ。それで、こっちが本物だ」


 新しく現れたアースカトロジーは、大志の腹を殴り、空高く打ち上げるのだった。



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