表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
61/139

3-5 『主派と長派』


 ルミセンの城で臨戦体勢で待っていると、アイスーンが空間の穴から顔を覗かせた。

 オーガに傷を負わせられる道具を持ってきてくれたのである。


「ずいぶんと時間がかかったな」


「使いやすいものを選んでいたら、時間がたってしまった」


 そう言って、アイスーンは白い指なし手袋を差し出した。

 それはただの手袋である。情報を得ても、それはただの手袋だ。しかし、能力がかけられている。


「この手袋をつければ、オーガにダメージを与えられるはずだ。でも、これで人を殴ったりしないようにね。そんなことをしたら、いくら君でも、軽蔑するよ」


「そんなに危険なものなのか。これは売り物か?」


「手袋はね。でも、それに能力を付与させたんだ。二時間程度で能力は持ち主に返ってしまうから、気をつけて」


 大志はさっそく手袋をはめた。

 妙に力が湧き出てくるような感覚が襲い、まるで特別な力を得てしまったかのような気分になる。


「カッコいいか?」


「タイシ様は、もとからカッコいいの!」


 ルミセンは笑顔で手を叩いた。

 ルミセンの優しさに、頬が緩んでしまう。


『私も、カッコいいと思うよっ!!』


 理恩には、手袋のはめられた手しか見えていない。だから、断言はしてくれないのだ。

 そしてアイスーンに別れを告げ、ルミセンに目を向ける。


「それで、オーガはどこに行ったかわかるか?」


「……ごめんなさい」


 ルミセンは顔を伏せるが、謝るようなことではない。ルミセンはルミセンなりに、頑張っているのだ。

 大志は頭を撫でそうになった手を、なんとか引っ込める。もしものことがあれば、大変だ。


「わかった。レーメルはこのまま、ルミセンを守ってくれ。オーガのところへは、俺と理恩で行く」


「大丈夫みゃん?」


「俺を誰だと思ってるんだ。大上大志だぞ」


 大志は、空間の穴に飛び込んだ。







「ここが、そのまま残っていてよかった」


 大志が出たのは、木々がなぎ倒されていた地点である。

 もしもこの木々を、オーガたちがなぎ倒したのだとすれば、その先にオーガたちの住処があるはずだ。


「詩真のためにも、笑って明日を迎えるためにも、先に進まないとだな」


『でも、危ないことだけはしないでね』


「そんなことは言ってられない。相手はオーガだ」


 大志は、なぎ倒された木々の間を進んでいく。

 しかし、不思議だ。もしもオーガが攻めてきたのだとしたら、町があんなにも綺麗に残っているだろうか。カマラの時は、ずいぶんと酷いものだった。家にしろ地面にしろ、これ以上にないほどの壊れようだった。


『もしかして、怪しんでるの?』


「ああ。もしかしたら、オーガが襲ったなんて嘘なんじゃないのか……」


 ルミセンは何者かに記憶を操られ、もしくは精を乗っ取られている。そう考えれば、あの町の綺麗さも頷けるが、それができるのはチオだけだ。


「オーガは囮で、他に何かをするんじゃないのか?」


『でも、詩真がいなくなったのは事実だよ』


「もしかしたら、本当にオーガに攫われたかもしれないってことか。……ここは、手のひらの上で踊ってやるしかないのか」


 木々の間を進んでいると、ガサガサと何かの音が聞こえてくる。

 大志は耳を澄まして注意をしていると、その音がだんだんと近づいてきていることに気づいた。


「もしかしたら、痛いかもしれない。謝っておく」


『いいよ。大志の痛みが感じられて、私は嬉しいよ』


 人として生きていて、他人の痛みが本当にわかる人なんていない。だが、大志の能力の場合は別だ。同体となっている以上、感じる痛みも等しく平等なのだ。

 そして待っていると、正面から何かが近づいてくるのが見える。

 人と少し違うということは、オーガだ。オーガが大志に気づいて、襲ってきているというわけでもないようである。


 オーガは大志の前まで来ると、土下座をした。


『ごめんなさいッ! あなた様の御友人を攫ったのは事実ですが、オーガの総意ではないのです。ですので、オーガを殲滅させるようなことはしないでいただきたい』


 オーガの声が聞こえてくる。

 しかし耳からではない。頭に直接響いてくるのだ。これは大志の能力だと思っていたが、やはり能力ではない。


「どういうことだ? 詩真を返さないのなら、俺は全力を尽くすだけだ」


『あなた様のお怒りは、わかります。ですが、我々もあなた様を傷つけることはできません』


 オーガが嘘をついているとは思いたくない。

 けれど、このオーガを信じたところで詩真が返ってくる確証もない。

 大志は歯ぎしりをして、踏み出す。そして拳を振り上げた。







「これで、いいんだ……」


 大志の手からは、赤い雫が垂れる。

 なぎ倒された木々の間を、点々と赤い印をつけ、大志は足を進めた。


「詩真のために、仕方がなかったんだ」


『うん。大志は正しいよ』


 理恩が肯定してくれるが、大志はそれでも納得できなかった。

 大志の前を、血を流して歩くのはオーガである。


『あなた様は何も悪くありません。我々が悪いのです』


 しかし、そんなことを言われても、目の前の光景を肯定できない。

 両腕を亡くしたオーガが、大志たちをオーガの集落へと道案内しているのだ。

 オーガの言ってることが信じ切れずに、腕を落としたのである。あの強靭な身体も、大志のつける手袋のおかげで、まるで豆腐のごとく崩れ落ちた。


 だが、今になってそれが真実だったと理解できた。信じている相手に腕を落とされる気持ちは、大志には痛いほどよくわかる。

 大志は、自分の弱い心が許せなかった。


「詩真が攫われたのは、なぜなんだ……?」


『オーガの(おさ)が変わりました。新たな長は、あなた様の存在を許しませんでした。オーガではないあなた様が我らの主であることを、長は嫌悪しました。あなた様の御友人は、あなた様を誘い出すための餌でしかありません』


 たしかに大志が主となった経緯は、封魔の印から解放したという理由である。

 それに賛同できないオーガがいたとしても、不思議ではない。


「そうか。俺は、それなのに……」


『腕のことなら気にしないでください。腕を失うことで、あなた様が信用してくださったのなら、悔いはありません』


「いいわけないだろ。もう腕は戻らないんだぞ。……俺は、お前を信じる。何があっても、俺は信じる。お前を、オーガを信じる」


 大志は拳を握りしめた。

 すると、オーガの足が止まる。そして大志に身体を向けた。


『あなた様が主でよかった。我々オーガは、人と共存できる未来を望んでおります。しかし、我々の声は人種には届かない。けれど、あなた様は違います。あなた様は、我々の声を受け止めてくれる。あなた様が、我々と人を歩み寄らせてくれる存在であると確信しました』


「共存?」


 人と魔物は、かつて大きな戦闘を経験した。それは互いに譲れないものがあったからだ。だが、今は違う。今のオーガは、人と共に生きたいだけなのだ。


『かつてオーガは、人と争いました。ですが、それは昔のことです。今の我々は、人と共に歩みたいのです。敵対し続ければ、いつまた争いが起こるかわかりません』


「……わかった。その言葉を信じる。だがそれなら、長はどうして?」


『オーガは今、二つの勢力に分断されています。人との共存を望む(あるじ)派と、人と敵対する(おさ)派。今回のことは、長派がやったことです』


 つまり、長派と呼ばれるオーガが詩真を攫い、主派の崇める大志をけしかけようとしたのである。

 だが、素直に憎むことはできなかった。長派が行動に移してくれたことで、大志はオーガたちの現状を知ることができたのである。


「なら、その長派のところに行けばいいのか」


『その前に、我ら主派のもとへ来てください』


 オーガは、そう言って大志に背を向けた。







「……すまなかった」


 大志は大勢のオーガの前で、頭を下げる。

 その隣には、腕を失ったオーガが佇んでいた。


「許されることではない。だから、俺がお前らの主として、人との共存の道を切り開いてやる」


 失った腕に見合うわけではない。けれど、大志がオーガのためにやれることなんて、こんなことぐらいである。

 するとオーガが大志を囲んだ。威圧的な目が、大志を見下ろす。


「これが終わったら、腕でも足でもくれてやる。だから、今は俺の罪に目をつぶってくれ!」


『いいえ、そんなことは無用です』


 大志を囲んでいたオーガは、片膝をついて頭を下げた。

 そんなオーガの姿に、大志は驚いて顔をあげる。オーガが頭を下げる理由なんてないはずだ。


『あなた様は、我らの主様です。我らはあなた様の意思に従うだけです』


「でも俺は、腕を落としたんだぞ! お前らは、俺に少しでも怒りを向けてもいいはずだ!」


『あなた様は、我々に必要な存在です。もしも我々に後ろめたい感情があるのなら、我々を導いてください』


 オーガの期待に満ちた目が、大志を見る。

 大志はその目を知っていた。自分に向けられる期待に満ちた目から、視線をそらすことはできない。

 見渡すかぎりにいるオーガが大志を見ている。


『我々に、未来をお与えください』







「まったく……。まさか、こんなことになるとはな」


 大志の進む先には、大きな(なた)のようなものを手にしたオーガがいた。その頭には、他のオーガにはなかった角が生えている。長派のオーガには、角が生えていると聞いていた。


「貴様が大上大志で間違いないな?」


 そこにいたオーガは、一丁前にも口から声を出す。それは他のオーガにはできなかったことだ。

 オーガは、魔物との戦いで魔物側にいたこともあり、戦後は人と関わることがなかったのである。そのため、人に通じる言葉が喋れずにいた。


 他のオーガが大志と会話ができるのは、アイスーンの意思伝達のように、意思を相手に伝えているからである。しかし大志にもオーガにも、そのような能力はない。誰が仲介しているかわからないが、今は知らなくてもいい情報だ。


「そうだ。お前が長派のオーガだな。詩真はどこにやった?」


「あの女は無事だ。殺してしまっては、誘き出す餌にはならないからな」


 大志はホッと息を漏らす。

 詩真には、戦艦島の事件のあとでいろいろとお世話になった。


『って、ええぇぇ……そ、そんなことされてたの?』


 つい思い出してしまったことが、理恩にも伝わってしまったようである。

 いずれ理恩には告げようと思っていたが、こんな場所で知られるとは考えてもいなかった。


「ああ、だがもうしない」


『当たり前だよっ!!』


 もう、あの時とは違う。理恩を手放す必要はないのだ。

 助けるために遠くに置くのではなく、助けるために強く抱きしめる。誰にも傷つけさせないように、守り続けるのだ。


 大志は走り出し、拳を突き出す。

 手袋の威力は、すでにオーガの腕を落とした時に証明済みだ。しかし大志の拳は、オーガの肌に弾かれてしまう。それほどまでに、長派のオーガは硬い肌ということだ。


「何かしたか?」


 オーガは余裕の表情を浮かべる。その身体は、出会った時から一ミリも動いていないのだ。

 アイスーンの言い様では、この手袋にかけられた能力はとても強力なもののはず。しかし、それを持ってしても、長派のオーガにはかすり傷一つつけられないのだ。


「いくらなんでも、硬すぎるだろ」


「この程度で()をあげるとは、恐れるほどの相手ではなかったな」


「まだだッ!!」


 大志は前へと出る。いくら弾かれても、拳を突き出した。何度も、何度も、何度も。オーガの肌に傷をつけられるまで、何度も拳を突き出した。

 しかしオーガが手を振り上げ、そこで大志は距離を取る。オーガの肌に傷は全くついていない。


「これが人とオーガの差だ。非力な人は、オーガに敵うはずがない。……封魔の印がまだあったのだとしたら、わからなかったがな」


 大志が封魔の印をなくさなければ、何も起こらなかったのである。オーガの力を解放してしまったことも、大志が主となったのも、封魔の印さえなくさなければ、平和のままだった。

 しかしそれは、人の話である。


 オーガは古くから、人と歩み寄りたかった。オーガにとっては、大志の行いが全ての始まりだったのである。解放されたオーガは、人に従う必要がない。もう、人とオーガに上下関係はない。だから、並んで歩くことができるはずなのだ。


「お前は、それで悲しくないのか?」


 大志は人よりはるかに大きいオーガを見上げる。

 するとオーガは拳を振り下ろした。風が巻き起こり、砂塵が舞う。大志はできるだけオーガから離れ、様子をうかがった。


「オーガは積年(せきねん)の恨みを晴らせるんだ。悲しいわけがない」


 長派のオーガは、人を嫌っている。そんなことは知っていた。だが、わかりあえるはずである。

 もう、誰も失わない。誰も悲しませない。


「……この世界には、いろんなのがいるんだ」


「魔物と人種がいるだけだ」


「いや、もっといるだろ。人種にはゴブリンやエルフがいる。そんな大勢の種族がいるのに、争いあうなんてもったいないだろ?」


 せめて、もう少し人種や魔物の種類を知っておくべきだったが、仕方ない。

 オーガは、塩をまくように土を大志にまいた。


「人さえいなくなれば、人種など怖くはない。あとは蹂躙するだけだ」


「それがもったいないんだ。いがみ合うより、笑いあったほうがいいだろ?」


 直後、大志の足が地面に埋まる。

 まるで押さえつけられているかのように、抜け出すことができない。


「たしかに笑うのはいいことだ。だが、それは勝利の笑いだけだ。我が名はアースカトロジー。四天王の中では、最弱だ」


 ついに、オーガが動いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ