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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-4 『ピンクは欲情の色』


「な、なぜそれを……っ!」


 大志はあまりの動揺に、肯定する言葉を漏らしてしまった。

 アイスーンは安心したように息を吐き、大志にまっすぐと視線を向ける。


「信じられないけれど、君はこことは異なる世界からやってきた。だから、この世界の知識が、君には乏しい。……君の目的は、何かな?」


「たったそれだけの情報で、導き出したのか……」


「いや、残念ながら僕にそこまでの決断力はないよ。君の意思が僕に教えてくれた。君が、異なる世界から来たとね。それはきっと、他の三人も同じことなのだろう。君たちは、この世界で何をしようとしているんだ?」


 アイスーンに腕を掴まれ、逃げられない。逃げても、きっとすぐに捕まってしまう。ここまで知られて、黙っておくこともできない。

 大志は諦め、アイスーンと向き合った。


「それは俺にもよくわからない。ラエフが、俺たちをこの世界へと連れてきたんだ」


 そして大志は、元の世界でのことを教える。理恩との関係や、戦艦島でのこと。それからのこと。全てを包み隠すことなく、伝えた。

 これを信じてくれるか、正直わからない。けれど、信じてもらうしかないのだ。


「突拍子もない話だが、嘘をついているようでもない。……それにしても、女神ラエフか。ただの信仰の対象としてつくられた架空のものだと思っていたが、君の話では本当にいるようだね」


「俺のいた世界と、この世界の狭間にいるらしいぞ」


 アイスーンは、確認するように何度か頷き、そして目をそらした。


「これで、君の秘密を僕は知った。もしも君が僕の秘密を他人に漏らせば、僕も君の秘密を口外する。しっかりと、尾びれがつくように漏らすからね」


「いやいや、そのままを伝えてくれよ」


 悪い噂でも流れたら大変だ。ただでさえ緊縛となって、他への影響が強くなったのだ。民からの信用がなくなってしまっては大変である。

 アイスーンの秘密というのは、一緒に入浴した時のことだ。今となっても、信じられない。アイスーンの身体を、つま先から頭の先までじっくりと舐めまわすように見る。


 アイスーンの裸体は、以前にもカマラの牢で見た。あの時は、ここまで胸がおどることはなかったはずである。しかし今は、確かな高鳴りがあった。


「僕は男だ。君は、男が好きなのかい?」


「バカのことを言うなよ。俺が好きなのは、理恩ただ一人だ。今も昔も、これからも」


 するとアイスーンは、ため息を漏らす。そして、掴んでいた大志の腕を離した。

 その顔は、呆れている。だが、笑ってもいた。


「君の心はまっすぐだ。一度でも疑ってしまった自分が、恥ずかしいよ」


「もっと恥ずかしいことをすれば、その恥ずかしさも消えるぞ」


 大志はアイスーンに親指を立てる。直後、大志の頬に手の跡がついた。







「それでは、君たちの無事を祈っているよ」


 そして、ついに出発である。

 バンガゲイルはアクトコロテンを使って民を先導し、海太とイズリは魔物の警備だ。といっても、第三星区周辺にはオーガしかいないため、まず襲われる心配はない。


「アイスーンも行きたかったよな。俺のわがままに付きあわせて、本当に頭が上がらない」


「別にいいさ。君のためなら、仕方ない」


 アイスーンとポーラ、そしてティーコを残し、大志たちはサヴァージングに向かう。

 アクトコロテンの隣に設置された扉をくぐると、そこは森だ。鬱蒼(うっそう)とした森が、そこにある。戦闘ギルドである大志たちは、そこを進まなければいけないのだ。


「緊縛になったのに、まだ戦闘ギルド扱いなのか」


「当たり前みゃん。それに、所属してる町と違う町の緊縛になったから、大変みゃん。きっとイパンスール様に何か言われるみゃんよ」


 レーメルはガクガクと震える。

 イパンスールという人に、未だ大志はあっていない。しかしレーメルとイズリが恐れるほどの人物だ。きっと何かあるのだろう。


「レーメルが震えることはないだろ。もうレーメルをいじめさせたりしないからな」


 レーメルの頭をぽんぽんと叩いた。

 するとレーメルは、恐怖と不安が混じり合ったような顔で見上げる。


「そんな顔をするなって。レーメルは俺が守ってやる。だから、怯える必要なんてないんだ」


 イパンスールは、レーメルが不良だからと、散々好き勝手に使っていた。それが大志には許せない。たとえそれが、この世界での常識だったとしても、レーメルは生きている。生きているからには、自由に生きるべきだ。笑って毎日をすごすべきなのだ。


「大志はおかしいみゃん。イパンスール様は、とっても怖い人みゃん」


「だからどうした? 恐怖なんて、笑えばどうにかなるもんだ」


 大志はレーメルの頬をつまむ。ぷにぷにとやわらかいが、その顔は不機嫌そうだった。

 そんな顔をされては、大志の心も揺れてしまう。


「淫乱ピンクか……」


「何を言ってるみゃんッ!!」


 レーメルに手を払いのけられてしまう。

 星形のヘアピンをしたピンクの髪。レーメルは語尾も特徴的だが、その髪も特徴的だ。この世界には様々な色の髪があったが、その中でもピンクは珍しい。今までも、レーメル以外にピンクなんていなかった。


「ピンクって、欲情を刺激する色だよな?」


「本当に何を言ってるみゃんッ!?」


 レーメルは理恩に視線を送るが、理恩はただ微笑んでいる。

 大志はピンクの髪に鼻を近づけ、空気を吸い込んだ。


「あぁ、ピンクってこんな匂いなのか」


「色に匂いなんてないみゃんよ!? それは髪の匂いみゃん!!」


 そうやってレーメルでふざけていると、ぬかるんでいた地面に足を取られる。

 しかし、空間の穴から出てきた理恩の腕によって、倒れずに事なきを得た。こんなところで汚れてしまっては、大変である。


「ふざけてるから、そうなるみゃんよ」


「そうだな。笑えただろ?」


 レーメルの顔には、さっきまではなかった笑みがあった。

 なんとか理恩に体勢を直してもらい、大志はぬかるみから足を外す。


「……まさか、そのためだけに……」


「いや、たまたまだ」




 それからも着実に足を進め、不審な場所にたどり着いた。

 木々が押し倒され、アクトコロテンにくぼみができている。


「まだ修理してなかったのか、ここは」


「仕方ないみゃんよ。カマラもサヴァージングも、忙しかったみゃん」


 レーメルは気にしない様子で先に進む。

 カマラが大変だったのは大志でもわかるが、サヴァージングが忙しかったというのはわからない。


「サヴァージングで何かあったのか?」


「ヘテたちの証言で、サヴァージングで人体実験が行われていることがわかったみゃん。ヘテたちが状況の確認にサヴァージングへ行ったけど、まだ戻ってきてないみゃん」


 ヘテ、ロセク、シュアルは人とオーガを合わせた存在。サヴァージングで人体実験が行われていたという情報は知っていたが、もう終わったものだと思っていた。


「俺が寝てる間に、色々あったんだな。もしもサヴァージングで何かが起こっているのだとしたら、詩真やルミセンが心配だな」


「それに、ヘテたちのように人格を保っているとは限らないみゃん。何が目的かわからないけど、許されることではないみゃん」


 レーメルは地面を強く蹴り、姿を消してしまう。

 いくらなんでも、規格外すぎだ。もはや人としての速度を超えてしまっている。

 大志の足では、そんなレーメルに追いつくことはできない。


「理恩、俺と性を交えてくれ」


「うん。大志が望むなら……性を交える」


 直後、大志の視界から理恩が消えた。レーメルのように、走っていったわけではない。

 大志の中に、理恩はいる。

 大志は左手を前に出し、空間の穴を広げた。







「なんで前にいるみゃん?」


 サヴァージングの扉付近で待っていると、レーメルがやってきた。

 どこにいるか見当がつかなかったので、目的地で待っていたのである。


「理恩の能力なら、ここまで一瞬だ。初めからこうすれば、レーメルも運べたな」


「もうついたみゃん。それより、早く入るみゃん。なんだか、嫌な予感がするみゃん」


 レーメルは扉を開け、中へと駆け込んだ。

 大志もそのあとを追って入るが、中はいたって普通である。どこもかしこも、あの時のままだ。こんな場所で、本当に人体実験が行われているのか疑問に思うほどである。


 大志はレーメルのあとを追って、ルミセンの城へと向かった。

 せっかくだから、ヘテたちを探しながら行こうと思ったのである。


「……おかしいな」


 そう声を出したのは、大志だった。

 大志は町の中を見回し、妙な焦りから汗を流す。


「嫌な予感が、当たったかもしれないみゃん」


 町の中に、人の姿が全くなかったのだ。

 どこを見渡しても、影すら見えない。湿った風が、大志とレーメルの頬を優しく撫でる。

 その光景は、理恩を探してカマラに行った時と同じだ。こんなことをするのは、きっとチオしかいない。あの時にチオを逃がしてしまった自分を、殴りたい。


「詩真は……」


 大志はその考えを振り払い、レーメルと共に空間の穴に飛び込む。

 そして出た場所は、城の入り口だ。大志とレーメルは詩真たちがいる場所へと走る。運がいいことに、レーメルが場所を覚えているというのだ。


 道はレーメルに任せ、大志はただただ祈ることしかできない。


「ルミセンッ!」


 詩真が眠っていた部屋。そこではルミセンが身を丸めて震えていた。

 その隣では、ペドがルミセンを守るように立っている。


「たっ……タイシ様……」


 ルミセンは大志の姿に目を潤ませ、抱きついた。


「すごく心配だったの。死んじゃったのかと思ったの」


「おいおい、縁起でもないことを言うなよ……」


「だって、指輪の反応が消えたの!」


 大志がルミセンの守護衛となる時にもらった指輪。左腕と共に、なくなってしまったものだ。

 ルミセンから話を聞くと、あの指輪は装着している人の生死をルミセンに知らせる仕組みになっていたようである。それで、大志から切り離された指輪は、大志が死んだとルミセンに伝えてしまったようだ。


「俺はこうやって生きてる。もう心配することなんてないんだ」


 ルミセンの白い髪を優しく撫で、落ち着かせる。

 もしもチオが来ていたのだとしたら、ルミセンたちが無事なのは不思議だ。ポーラの時のように、孤立させるのが目的だったのだろうか。


「それより、詩真はどこに行ったんだ?」


 ここは、詩真が眠っていた部屋である。しかし、その詩真はどこにもいない。

 するとルミセンは途端に震え始めた。それは、大志たちがこの部屋に入ってきた時と同じように。


「……オーガが」


 ルミセンが漏らした言葉に、大志は目を見開かせる。

 『オーガ』と聞こえた。しかし、オーガが人を襲うなんてありえない話である。きっとオーガに何かあった。何者かに操られているのかもしれない。


「オーガが詩真をどうしたんだ?」


「連れ去ったの。……ごめんなさい、ルミには何もできなかったの」


 ルミセンは震えている。ルミセンにとっては、オーガに襲われるなんて、経験したことがなかったのだ。恐怖で震えてしまうのも、無理はない。

 大志はルミセンを抱いて、その震える身体を温める。


「ルミセンが謝る必要はない。ルミセンが生きていてくれた。それだけで、十分だ」


「……ルミを責めないの?」


「ルミセンが悪いことをしたわけじゃない」


 何の目的かはわからないが、詩真が攫われたのなら取り返しに行かなければならない。

 大志は空間の穴を開き、カマラへと繋げる。







「サヴァージングで、そんなことが?」


 アイスーンは眉を曇らせた。

 たとえアイスーンに知らせたところで、アイスーンが来てくれるわけではない。大志の不在中、アイスーンにはカマラに(とど)まってもらわないと困るのだ。


「だから、もしもの時のために、オーガにも通用する道具がほしいんだ。前にカマラが襲われた時に、オーガに傷を負わせていただろ?」


「あれか。あれは、加減のできないものなんだ。オーガを凶暴化させてしまうかもしれない」


「それでもいい。オーガにダメージを与えられるものなら、なんでもいいから用意をしてくれ」


 アイスーンは頷き、外へと走っていく。

 そして大志はルミセンの城に戻ろうとすると、ティーコが視界に入った。


「もしかしたら、今日中に帰れないかもしれない。だから、俺たちの分のご飯は用意しなくていいからな」


「あ……え……」


 言葉と呼ぶには、まだまだ遠い。けれど、声をなんとか絞り出せる程度には成長している。

 大志はティーコの頭を優しく撫でて、微笑んだ。


「じゃ、行ってくる」


 しかし、離れようとする大志の左腕をティーコは掴む。

 そして不思議そうにぺたぺたと触った。

 ティーコは左腕のない大志しか知らなかったのだ。だから、両腕の揃っている大志を不思議に思っていたのである。


「これは俺の能力なんだ。理恩と一体になっているから、左腕があるんだ」


 そう言われても、ティーコはピンとこない様子だ。

 誰もが初めから理解できる能力ではない。それだけ、この世界には複数のユニークな能力がある。


 大志は無粋だが、ティーコの能力を盗み見ようとした。

 しかし、いくら探ってもティーコの能力についての情報は得られない。思い通りに情報が得られなかったのは、ラエフを除けば、ティーコが初めてだ。


「ま、いいか。じゃあ、無事を祈って待っていてくれ」



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