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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-3 『疑われる期待』


「そういえば、この食材って、どこで手に入れるんだ?」


 テーブルに並べられた料理は、肉や魚や野菜などがある。

 それは元の世界の料理そのものだ。


「肉と野菜は第一星区(せいく)だよ。魚は海に行けば取れるんだ」


「エルフを嫌ってるくせに、食べ物は恵んでもらうのか……」


「仕方ないみゃん。それで人も、過去のことに目をつぶってるみゃん」


ㅤしかし、エルフを嫌悪している人もいる。食糧をもらって、それでいて嫌いになるとは、なんとも自分勝手なものだ。同じ人として、悲しくなる。

ㅤ大志は理恩に料理を口へと入れてもらい、ティーコの口に料理を運んだ。


「なんで普通に食べないみゃん?」


「はっ!ㅤおかしなやつらだぜぇ」


 巨体のくせに、小さなスプーンを使っているバンガゲイルに言われたくはない。







「ところで明日、サヴァージングに行きたい。大丈夫か?」


「ダメみゃん! カマラは第二星区と繋がってるみゃんよ! いなくなるなんて、ダメみゃん!」


 レーメルは否定するが、大志が聞いたのはアイスーンにだ。

 けれど、アイスーンも頷く。


「君は緊縛だ。君の身体は、もう君だけのものじゃないんだ」


「今までも、いなかったようなものだろ。少しいなくなるくらい、大丈夫じゃないのか?」


「それなら緊縛の代理がいれば、いいと思います。緊縛になるに相応しい人なら、きっと民も理解してくれますよ」


 イズリはそう言うが、そんな人物は、この中に一人しかいない。

 大志は食器が触れ合う音の中、その男に目を向けた。


「アイスーンなら、相応しいよな?」


「君のためなら、僕はその任を快く引き受ける。けれど、君の護衛は誰がつくのかな?」


 緊縛である以上、護衛がないと自由に動いてはいけないようである。

 理恩さえいればどうにかなりそうだが、もしもの時のために何人か連れていくか。


「理恩と……レーメル。で、十分だろ」


「そうですね。あまり危険もないと思います」


 イズリが賛成し、レーメルは口ごもる。

 レーメル以外にまともな戦力がいないので、レーメルが抜擢されるのはわかっていたことなのだ。


「それと、ディルドルーシーの民は未だにカマラにいるんだったな?」


「いくらアクトコロテンといえど、いつチオが襲ってくるかわからないからね」


「なら、海太とイズリとバンガゲイルは、ディルドルーシーに行ってくれ。オーガのようなモノの襲撃にあったという話だ。町の損壊も激しいと思う。念のために修復の能力者も、連れていくんだ」


 残りのアイスーンとポーラは、カマラに残る。

 そして、大志と同じ黒髪をしたティーコの肩に手を置いた。


「というわけで、明日の料理もとびっきり美味しいのを作ってくれよ」


 しかし返事はない。まだ言葉を話すことに抵抗があるのだ。




 大志は大きなあくびをして、立ち上がる。


「歩き回ったせいで疲れた。もう、寝ていいか?」


「主役が先に退場してどうするってんよ!」


「そんなこといって、ここで寝られたら困るだろ?」


 目をこすり、眠たいとアピールするが、海太とレーメルは許してくれなかった。

 祝いと言っておいて、自分たちが楽しみたいだけなのが見てわかる。


「ここで眠るのなら、私が抱き枕になるよ」


「なら、ここで寝るのも悪くないな」


 頭を撫でると、理恩は微笑んだ。


「バカップルだってんな……」




***




 大志は布団に入ると、すぐさま眠りにつく。

 そして、イズリ、レーメル、アイスーン、バンガゲイルは秘密の会合を開くのだった。


「大志が何者なのかわからねぇぜぇ」


「それは、僕も少し思っていた。彼は知識が乏しすぎる」


 バンガゲイルとアイスーンは、レーメルへと視線を向けて意見を促す。

 この世界にとっての常識が、大志には欠落しているのだ。


「そうみゃんね。大志たち四人は、最初にあった時から違和感があったみゃん。まるで、この世のものとは思えないオーラがあったみゃん」


「たしかに素性はわかりませんけど、信頼に値する方々だと思います」


 しかし、イズリの言葉は無視されてしまう。

 レーメルは、大志の名が書かれた紙を取り出した。

 『大上大志』。その文字を、四人が見下ろす。しかし、バンガゲイルだけは、よくわからないといった顔をしていた。


「……それで、この名前みゃん。疑うな、というほうがおかしいみゃん」


「そうだね。けれど、彼はまだ何もしていない」


「してからじゃ遅いみゃん! 手を出される前に、手を切るべきみゃん」


 レーメルはテーブルを叩くが、それに続く言葉はなかった。四人は口を閉じ、眉間にしわを寄せる。

 しかしイズリは、疑ってなどいない。大志はレーメルを、不良を受け入れてくれた心優しき人だ。疑うなんて、できるはずがない。


 天井に目を向けると、そこには海太の姿がある。

 海太の能力は、イズリも知っていた。会合がバレたのか、海太は空中で静かに耳を傾けている。


「いいえ、大志さんはありえません。そもそも、なぜ大志さんを疑うのですか?」


「そうだぜぇ。わかるように言ってほしいぜぇ」


 するとレーメルは、イズリに困惑の表情を見せた。

 対するイズリは、ただまっすぐにレーメルの目を見る。その威圧に負けたのか、レーメルは腕を組んで、ため息を吐いた。


「イズリは、知らないはずがないみゃん。私でも知ってることみゃん。魔物との戦い……その発端となった神殺し。神を殺した者の名が『大上大志』みゃん!」


「ちょ、ちょっと待ってくれぇ。あの戦いの発端は、わかってねぇんじゃねぇのかぁ?」


 バンガゲイルは、レーメル、イズリ、アイスーンの顔をうかがう。

 しかし、バンガゲイル以外はすでに知っていることだ。

 イズリは、ちらりと天井へと目を向ける。そこには、親指を立てた海太がいた。


「それは、この情報が人にとって不利な情報となるからだ。魔物との戦いで、人が魔物への封印を施した。そのおかげで『人種』という名を確立し、その中で人は最も尊き存在とされている。だが、その発端となった神殺し。そして、その神を殺した種が『人』となれば、人は全ての地位を失う」


「だがよぉ……」


 アイスーンの言葉に、バンガゲイルは何も言えない。

 それが普通の反応である。誰だって、自分の身が一番だ。自分の不利になることはしない。


「知ったからには、他言無用みゃんよ」


「わ、わかったぜぇ」


 レーメルに釘を刺され、バンガゲイルは何度も頷いた。

 もしも口外すれば、バンガゲイルはもちろん、知った者もどうなるかはわからない。第三星区を追放というくらいでは済まないだろう。



「僕はまだ、彼を信じようと思う」


「甘いみゃん! 足をすくわれるみゃんよ!」


「そうかもしれないね。繕う言葉もないよ」


 アイスーンは笑いながら、テーブルの上に手を置いた。

 そしてイズリに顔を向ける。


「君も大志を信じるのかな?」


「もちろんですよ。大志さんは、危険じゃないです」


 アイスーンは静かに頷いた。

 大志は多くの命を救った。そのことに違いはない。けれどレーメルは、それこそが大志の作戦だという。またかつてのように、大混乱を起こすための贄を用意しているというのだ。


「レーメルも、大志さんは優しいと言ってたじゃないですか」


「……言ったみゃん。でも、大志は殺人鬼だったみゃん。怖いものは、怖いみゃん」


 それは、仕方のないことなのかもしれない。いくら綺麗ごとで着飾っても、その行いが善となるわけがない。


 そこにティーコがやってきて、飲み物が入ったビンと、四つのグラスをテーブルに置いた。覆面はしておらず、少し尖った耳が丸見えだ。

 ティーコはビンの中身を、グラスに注ぐ。そして四人の前へと移動させた。


「良い香りだ。そろそろリンゴも収穫時期か」


 ティーコの持ってきたものは、リンゴの果汁で作った飲み物である。

 第一星区で作られたものは、まず初めに人の住まう第三星区へと送られてくるのだ。


「ティーコも飲んでみるみゃん! 飲んでも、誰も怒らないみゃんよ」


 レーメルはティーコにグラスを差し出すが、ティーコはただただ首を横に振る。

 飲みたくないわけではない。立場的に、同じものを口にすることが(はばか)られるのだ。


 レーメルは不良という、人として最低の地位にいる。だがティーコはハーフエルフ。人でもなく、エルフでもない、どっちつかずの存在。人と同じものを口にするなど、(しいた)げられても文句は言えないほどに、愚かで浅ましいことなのだ。


「残念ながら僕たちの緊縛は、立場なんて気にしない男でね。君の心の(かせ)は、彼の前では何の意味もない。これからも彼と共にいたいと思うのなら、その枷は外すべきだ」


 そう言って、アイスーンはグラスに注がれた分を飲み干し、席を離れる。

 そしてバンガゲイルも、イズリも、アイスーンを追って部屋を出ていった。


「大志は怖くて、とても信用できる相手じゃないみゃん。……けど、優しいことは本当みゃん」


 レーメルも部屋から出ていってしまう。

 そして残されたのは、空になったグラスが四つと、飲み物を入れてきたビン。それと、俯いたティーコだ。

 その時には、海太の姿も消えている。


 しばらく俯いたあと、ティーコは持ってくるのに使った銀色の取っ手のついたトレーにグラス四つ乗せた。どのグラスも、綺麗に飲み干されている。

 ティーコは少し落ち込みながら、ビンを手に取った。

 すると、そのビンは少し重く、注ぎきれなかった分が残っている。


「……あ……う」


 ティーコは、ビンに口をつけた。




***




「今は何時だ?」


 目覚めた大志は、あるはずもない窓を探しながら、そう口にする。

 理恩がいたのなら、すぐに返事があったはずだ。しかし、それがない。つまり、理恩もまだ眠っているということだ。


「早く起きすぎたか」


 暗闇の中で上体を起こすと、誰かが大志のベッドに顔を伏せて、床に座って眠っている。

 大志は手探りで確認するが、耳の形ですぐにわかった。

 しかし、なぜティーコがここにいるのかは不明。まさか、大志がティーコの部屋を奪ったということもないだろう。


「それにしても、身体を痛めそうだな」


 ティーコをベッドの上へと移動させる。意外に軽いので、片手で抱き上げられた。

 身体は、細くて華奢だ。ところどころにフリルのあしらわれた黒いワンピースは、上半身に編み上げが見られる。スカートの下は黒いソックスが穿かれていて、プラットホームシューズに足を通していた。


「せっかく肌が白いのに、黒い服で隠してもったいないな。……おっ、下着は白っぽいな」


 部屋の暗さで、しっかりとは確認できなかったが、黒でないことは確かなようだ。

 しかし、ベッドに寝かせてどうするか。もう少し寝ようと思っていたのだが、一緒に寝るわけにはいかない。


「……いいや、寝よう」


 大志はティーコを片腕で抱いて、再び眠りにつく。




「……大志……」


 理恩の声が聞こえ、咄嗟に目を覚ました。浅い眠りだったのである。

 目を開ければ、電気がつけられ、明るくなっていた。


「その子は、どうしたの?」


 理恩は優しい表情で、大志に抱かれた少女を指差す。そこにいるのは、ティーコだ。

 ティーコの服は少し乱れており、目からは涙を流している。


「どうしたって……どうもしないぞ」


「じゃあ、なんで泣いてるの?」


 それは大志の知り得るところではない。

 すると、ティーコはスカートを握り、何かを訴えるような目を理恩に向けた。


「……泣かせるようなことをしたの?」


「いや、してないって。一緒に寝ただけだ」


「そうなんだ。よかった」


 微笑んだ理恩はティーコに歩み寄り、乱れた服を正す。

 そして大志から離れさせた。大志の隣は、理恩だと決まっている。


「もう朝か?」


「そうだよ。早く支度して出発しないとだよ」


 ルミセンのいるサヴァージングへ出発する朝だ。

 ルミセンに何を言われるか。考えるだけで、気分が落ち込んでしまう。


「それじゃあ行くか」


 大志はティーコの左手を握り、理恩は右手を握った。

 ティーコは困惑しながらも、大志たちと歩調をそろえる。


「そういえば、俺に用があったのか?」


 すると、ティーコは首を縦に振った。

 しかし口を動かしても、肝心の声が出てこない。いくら待っても、同じである。

 読唇術を試みるが、大志にできるものではなかった。


「祝いの途中で帰ったから、それの何かか?」


 ティーコは首を横に振る。どうやら違うようだが、それぐらいしか思い当たらない。

 あまりの疲れで、昨夜のことはよく覚えていなかった。


「こんな時、アイスーンがいてくれればな……」


「呼んだかな?」


 噂をすればなんとやら。コンマの速度で現れた。

 大志が事情を説明すると、アイスーンは何度か頷く。そして大志の手を掴んだ。


「僕も、君に話したいことがあるんだ。二人っきりでね」


「その話をしたら、ティーコの仲介をしてくれるんだな?」


 アイスーンは頷く。

 それと同時に流れてくる意思も、同じであった。







「単刀直入に言おう。君は、どこから来たのかな?」


 理恩とティーコから離れ、アイスーンと二人きりになる。

 アイスーンは他に誰もいないことを確認し、内緒話をするかのごとく、小声で囁いた。


「どこからって言われてもな……」


「僕は聞いてしまったんだ。君が、別の世界から来た存在だとね」



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