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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第三章 崩壊の異世界
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3-2 『ハーフエルフ』

「どういうことだ?」


「君のために動くということだよ。もう僕には、緊縛としての立場はない」


 アイスーンは、カマラの戦闘ギルドの長だ。

 それは、大志の能力によって得た情報である。間違っていることはありえない。


「冗談だろ。アイスーンは、カマラのギルドにいるだろ?」


「今はね。かつてディルドルーシーは襲われたんだ。オーガのような存在によって、壊滅的な被害を受けた。それと同時期に、人がどこかへと消えたんだ」


「オーガじゃなかったのか?」


 するとアイスーンは立ち上がり、首を縦に振る。

 しかし、オーガが人を襲うなんてありえない。見た目は凶暴そうだが、中身は優しい。


「そんな話、聞いたことないみゃん」


「ああ、それで僕だけはなんとか逃げてね。カマラで匿ってもらったんだ」


「ポーちゃん、知らない……」


 ポーラは、大志の陰に隠れる。

 カマラの緊縛であるポーラが知らないということは、きっとポーラがチオに捕らえられてからのことだ。


「それは謝る。けれど、探したけれど見つからなかったんだよ」


「それは仕方ない。それで、緊縛であるアイスーンが、なぜ俺に?」


「君には感謝している。ディルドルーシーの民もきっと、僕より君に緊縛になってほしいと思っているんじゃないかな。だから、僕は君のために、この身を捧げる」







 地上へと出ると、町の中心に位置する場所へと繋がっていた。

 そこには祠のようなものがあり、それが入り口になっている。


「君はカマラの緊縛となったんだ。覚悟をしたほうがいい」


 アイスーンに注意され、大志は頷いた。

 そして大志に人が群がるのは、それからすぐのことである。

 けれど、緊縛不在で生き続けてきたカマラの民が、今さら緊縛に何かを言うこともない。どの言葉も、要約すれば感謝の言葉だ。


「緊縛って何をすればいいんだ?」


「とりあえず、町の中を見て回ることだね。君の無事を、民に知らせるんだ」


 アイスーンにそう言われ、頭をかきながら人込みをかき分けて進む。

 大志と一緒に行動するのは、理恩とアイスーンとレーメルだ。他は、地下に待機している。


「大志が緊縛になるなんて、カマラが心配だみゃん」


「何気にそれって悪口だよな?」


「そうみゃん。大志に緊縛が務まるなんて、思えないみゃん」


 しかし、すでに緊縛になってしまった。

 ポーラは謝るのが嫌になったといっていたが、さすがに謝ることだけが仕事ではない。


「まだ緊縛になりたてだ。全てができるとは、誰も思ってはいないよ」


「なら、アイスーンに頼るぞ」


 アイスーンの肩に手を置く。アイスーンは緊縛経験ありだ。きっと教わることも多いだろう。

 ポーラも、ルミセンも、少し違うけれどイズリもいる。まさに、鬼に金棒だ。


「……ルミセン……ッ!」


「どうかしたみゃん?」


「いや、カマラの緊縛になったのなら、ルミセンに話に行かないとなって」


 それにルミセンの城には、詩真がいる。あれから、詩真は目覚めたのか。それとも、まだ眠り続けているのか。全くわからない状況だ。

 理恩から情報を得るが、詩真についての新しい情報はない。


「ルミセンの守護衛だから、話に行くのは当然みゃん」


「……君には、そんな肩書もあるのか。少し厄介なことになりそうだね」


 アイスーンは、大志の進む道を開けながら、そう呟く。

 たしかに厄介だ。ルミセンは、大志に恩のようなものを感じている。そして大志のために、大志を守護衛としたのだ。それが、別の町の緊縛となったりしたら、きっと怒られる。


「大志は、引き下がれないところにいるみゃん。あとは、なるようにしかならないみゃん」


「でも、緊縛になったのがカマラでよかった。それなら、多少のいいわけもできるからね」


 二人して何を言っているのか、大志には理解不能だ。

 たとえカマラだとしても、ルミセンは怒るだろう。カマラでなかったとしても、怒るはずだ。そこに違いなどないはずである。




「なっ、何だあいつッ!!」


 大志の目には、商人と話している赤い生物が見えている。背丈は人の半分程度。商人と会話をしているということは、話している言葉は人語だろう。

 しかし、その姿はとても人と呼ぶには醜い姿だ。


「あれはゴブリンだよ。もしかして君は、見たことがないのかい?」


 大志は首を縦に振る。

 今までこの世界では、人とオーガしか見てこなかった。


「大志は本当に何も知らないみゃんね」


「知らないことの一つや二つくらいあるだろ」


 するとレーメルは、両手を上に向けてため息を吐く。

 大志は理恩の手を離し、レーメルの脇に手を差し込んだ。


「んみゃっ!!」


「いい反応だな。それより、ゴブリンって何だ?」


 レーメルは脇から大志の手を離し、脇をしめる。


「ゴブリンは人種の一つみゃん。かつての魔物との戦いで、人側についた種族を人種と呼んでいるのは知ってるみゃんね?」


「いや、知らなかった。だが、わかった」


「ゴブリンはその人種の一つみゃん。第二星区(せいく)で主に暮らしているみゃん」


 またよくわからない言葉だ。

 ここが元の世界と異なる世界だと、思い知らされるばかりである。


「第二星区は、カマラから続く異なる星区のことだよ」


 アイスーンが、大志の疑問に答えてくれた。そんなに不思議そうな顔をしていただろうか。

 しかし、星区という言葉自体がわからないのだ。そこを教えてほしい。


「星区は、人種の住む場所を大まかにわけた言葉だよ。僕たち人の住むカマラ、ディルドルーシー、ボールスワッピング、サヴァージングは第三星区なんだ」


「……もしかして、意思伝達してるか?」


「さあ、どうだろうね」


 アイスーンが微笑むと同時に、『そうだよ』と送られてきた。

 全く気づかなかったが、いつアイスーンに触れただろうか。


「それにしても大志は、本当に何も知らないみゃんね。どうやって生きてきたみゃん?」


「そこは気にするな。というか、人と魔物が戦った原因って何だったんだ?」


「それは未だにわかってないみゃん」


 昔のこととなると、やはり調べようもない。

 それに、知ったところで何の意味もない。調べる人もいないのだろう。


「他の人種ってどんなのがいるんだ?」


「第一星区にエルフがいて、第四星区と第五星区はよくわからないんだ」


「そうか。緊縛になったからには、知らないことも少なくしないとな」







 カマラの民に生きていることを知らせ終わると、大志たちはイズリたちのもとへと戻った。


「早かったってんな」


 長いテーブルに、ずらりと料理が並べられている。

 海太もイズリもバンガゲイルも、どこかから料理を運んでくるので手一杯だ。


「誰かの誕生日か?」


「大志さんが目覚めたお祝いですよ。大志さんは座って待っていてください」


 イズリに言われ、大志は椅子に座る。そしてその隣に、理恩とアイスーンが座った。

 わざわざ目覚めたくらいで、大げさだ。


「それだけ君が目覚めるのを、待ち望んでいたってことだよ」


「いつまで意思伝達は続くんだよ」


「時折、君に触れてるからね」


 そこまでして、心の内を知りたいのか。

 大志は、アイスーンをとレズの日常を妄想する。もちろん、意思伝達によってアイスーンへと送るのだ。

 絶対に伝わることで、アイスーンに羞恥を与える。


「き、ききっ、君は変態かっ!」


「ど、どうしたの? 大志は何も言ってないよ?」


 テーブルを叩いて立ち上がるアイスーンに、理恩が慌てた。理恩には、何も伝わっていないのである。

 すると、アイスーンが理恩に手を伸ばした。しかし、そんなことをみすみす見逃す大志ではない。アイスーンの手首を掴む。


「理恩に触れるのは、許さない」


「君だって、心の内を隠すのはよくないと思うよ」


 理恩に伝えても、何のメリットもない。

 それに、もしも理恩と意思伝達してしまえば、アイスーンとの風呂での一件も知られてしまう。

 するとアイスーンに伝わったのか、理恩に触れることを諦めた。


「あれは絶対に秘密にするんだ。誰かに言ったら、許さないからね」


「許さないって、何かされるのか?」


「……潰すよ」


 その目は、本気である。

 意思伝達によって伝わってくることも、同じだ。


「ああ、わかった」


「……二人とも、さっきから何の話をしてるの?」


 大志もアイスーンも、理恩に笑顔を向ける。これは、男同士の内緒だ。

 そんな二人を見て、理恩は頬を膨らませる。


「私だけ仲間はずれ?」


「これは俺とアイスーンの秘密なんだ。俺と理恩だけの秘密があるように、俺とアイスーンにも秘密ができたってだけだ」


 大志が理恩の頭を撫でると、理恩はいつもの可愛い顔に戻った。

 もう理恩は嫉妬しても、チオに操られていた時のようにはならない。そうは思っていても、少し怖くなったりもする。


「君は本当に、好きなようだね」


「当たり前だ」


「でも、変態なんだね」




 やがて食べ物も並び終わり、全員が席についた。


「ポーラはいないのか?」


 大志は、ポーラがいないことに気づく。そういえば、帰ってきてから見かけない。

 テーブルの下を覗いても、そこにもいない。


「ポーラは眠りました。まだ、幼いですからね」


「そうなのか。なら、食べるとするか」


 大志は食べ始めようとするが、それをアイスーンに止められてしまった。

 すると大志たちの横に、白い覆面を被った人物が現れる。

 その覆面は、ギルチにそっくりだ。


「もしかして、ギルチか?」


 しかし、背が低い。大志と理恩の知っているギルチは、こんなに低身長ではない。

 大志の期待は、急降下である。

 そこにレーメルがやってきて、覆面を被った人物の肩に手を置いた。


「惜しいみゃん。ギルパン・ティーコみゃん」


「てぃん……」


 理恩が何かを囁いた気がするけれど、気にしないことにする。

 パンティだか何だか知らないが、いったい何だというのだ。早く目の前の料理を食べたいというのに。


「この料理はティーコが作ったみゃん。だから、紹介するみゃん」


 レーメルはティーコの背を押すが、ティーコは何も話しはしなかった。

 ただ静寂が流れる。


 こういう場合、アイスーンの意思伝達があると便利なんだろうな。

 すると、アイスーンはティーコに手を伸ばし、触れる。


『ああぁぁぁ、何を話せばいいのぉぉお』


 アイスーンではない。ティーコのものだ。


『君は、何のために呼ばれたのかな?』


『え!? 何この声は? 幻聴!? 幻聴なの?』


『違うよ。君はなぜ呼ばれたのかな?』


 会話はアイスーンに任せ、大志は傍聴を貫く。

 面白そうな相手であることだけはわかった。


『これは幻聴。これは幻聴。返事をしたらダメ』


『僕たちは早く食べたいんだ。用がないのなら、下がってくれ』


『でも、レーメルが無理やり……』


 どうやら、レーメルに無理やり連れてこられ、何かを喋るように言われたのだろう。

 それにしてもレーメルがここまで大口を叩けるなんて、ティーコもきっと不良か何かなのだろう。


 大志はティーコに触れ、情報を見てみた。

 レーメルとは、幼い時から仲がいいようである。第一星区から逃げてきたティーコを、レーメルが匿ったようだ。そこをイパンスールに見つかり、レーメルはグルーパ家に雇われた。そしてティーコは、カマラに料理人として追放されたようである。


 レーメルは、戦闘ギルドの仕事の途中で、ティーコに会いに行くこともあるようだ。


「なるほどな。レーメルの旧友か」


「家族みたいなものみゃん」


 そんなことを言うと、イズリが悲しみそうだ。

 しかしイズリも知っていたのか、顔色一つ変えていない。


「それで、いつまで覆面を被っているんだ?」


「恥ずかしがりやみゃん。勘弁してあげてほしいみゃん」


「まあ、別にいいんだがな。覆面を被ってると、少し不気味だなって」


 顔に傷があったり、見せたくないものがあったりするのだろう。

 だから、外せとは言わない。


 けれど、ティーコは覆面を外し始めた。


『きっと、私の顔のほうが不気味。きっと覆面をつけろって言う』


 ティーコは覆面を外し、大志に目を向ける。

 その顔に一度は驚いたが、大志はフッと笑ってみせた。


「けっこう可愛い顔してるじゃん」


 その肌は白く、赤い目に、まつげは長く、黒い髪。そして何より、耳が少し尖っているのが特徴だ。

 ティーコは、困惑した表情を見せる。

 こんな顔を見て、可愛くないという人がいるのだろうか。



「君はエルフだね?」


 アイスーンがそう言うと、ティーコは首を横に振った。


「そんな耳して、エルフじゃねぇわけねぇぜぇ」


 バンガゲイルの言葉にも、首を横に振る。

 エルフは耳がとがっている。そういう認識のようだ。


「ティーコはハーフエルフみゃん。人とエルフのハーフみゃん」


「それって、エルフじゃないのか?」


「エルフは血統にはうるさいみゃん。エルフ以外の血が混じることに、嫌悪するみゃん」


 つまり、エルフとしては受け入れられないということである。

 それで人の住む第三星区に逃げてきたのだ。


「なんで覆面なんてしてたんだ?」


「エルフだから、人からひどいことをされたらしいみゃん。それで、顔を隠していたみゃん」


「そうだったのか。人もエルフを嫌ってるのか?」


 人である大志が聞くのもおかしな話だが、知らないのだから仕方がない。

 レーメルは眉間にしわを寄せ、不思議そうな顔を見せた。


「魔物との戦いで、エルフは人側についておきながら戦闘には参加してなかったみゃん。だから、人はエルフを嫌ってるみゃんよ」


「そうだったのか。でも、もう関係ないだろ?」


「恨みはいつまでも心に残るみゃん。当事者じゃなくても、語り継がれる限り残るみゃん」


 悲しい話だ。互いに歩み寄れれば、仲良くなれるはずである。

 大志はティーコの頭に手を置き、軽く撫でた。


「俺たちはエルフを嫌ってなんかいない。もちろん、ハーフエルフであるティーコのこともな」


 ティーコは何かを話そうとするが、口から声が出ないでいる。

 今まで声も出さずに人から隠れてきたのだ。すぐに声が出ないのも仕方ない。


「じゃあ、一緒に食べるか。……って、ティーコの席はないのか」


 大志はテーブルを囲む椅子を見るが、ティーコの分はない。どうやらここには、あいさつに来ただけだったようである。

 大志は椅子から立ち上がり、そこにティーコを座らせた。そして大志は、理恩とティーコの間にしゃがむ。


「じゃあ、作ってくれたティーコに感謝して、いただきます」


 すると、それに続いて、『いただきます』という複数の声が重なった。



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