3-1 『繋がる明日』
「ん……ぅう……」
目を開けると、さっきまでとは違った光が大志の視界に映り込む。
とても、居心地のいい場所だ。目をつぶれば、また眠りに落ちてしまいそうである。
「大志……」
力を入れていないのに、右手が動いた。それに、温かい。何かに包まれている。
視線を移動させると、そこには大志の右手を、両手で包みこむ理恩がいた。
その目からは、涙がこぼれる。
「理恩……泣くなよ」
「……よ、かった……生きてる、よね……」
「生きてるよ。安心しろ」
胸にできていた穴が、塞がっていた。
どうやら、身体を修復させる能力者がいたようである。
しかし、千切れた腕はなかったので、腕は修復できなかったようだ。
「身体は戻っても、意識が戻るかわからないって……ずっと、心配だったんだよ……」
「そうだったのか。だが、もう大丈夫だ」
修復のおかげで身体に痛みはない。まだ目覚めの気だるさは残っているが、それ以外は正常である。
「よかった。本当に、よかった。……あっ、みんなを呼んでくるね!」
理恩は大志の手を離し、金色の装飾が施された赤い扉を開けて出ていってしまった。
残された大志は、右手の違和感に目を向ける。すると、赤い球体が手の中に収まっていた。
「理恩……まだ持っていてくれたのか」
大志は、心が温かくなるのを感じながら、ほっと一息ついた。
それにしても、見たことのない部屋である。ルミセンの城のような豪華さはあるが、違うはずだ。きっとここは、カマラのどこかにある。
大志は壁に触れ、情報を見てみた。
「地下にあるのか。簡単に見つからないようにって……埋められたらどうするんだよ」
カマラの町の地下に、まるでアリの巣のように部屋がある。
それが、カマラの町の城。ポーラの住むべき城なのだ。
「というか、迷わないのか?」
これだけ複雑に入り組んでいては、理恩が迷わないか心配だ。
大志はベッドを飛び降りて、理恩の出ていった扉の先へと進む。地下にあるというだけあって、廊下は坂道になっていた。壁や床や天井、全て綺麗に飾られているが、窓が一つもない。地下なのだから、当然である。
「理恩はどこに行ったんだよ……」
坂を上ると、十字路があった。
まっすぐ先は上り坂。左右は下り坂だ。
「……よし、右に行こう! 右に理恩がいるはずだ!」
大志は下り坂を進む。それはいいのだが、踏ん張りきれず、足を前へ前へと出さなければいけない。少しでも出すのを躊躇えば、終わりだ。
「なんでこんな急斜面にしたんだよ……」
見える光景は、高速で遷り変わる。
するとその道の先に、のれんをかけた入り口が見えた。幸運にも扉はない。その先に、この勢いを殺す何かがあると信じ、大志はのれんの先へと突き進む。
「はぁぁああッ!?」
しかし、その先にあったのはお風呂だった。
楕円を二回殴ったような形の大きな浴槽に、お湯が張られている。
大志は意を決し、そのお湯の中へと飛び込んだ。
お湯は、思っていたよりも温度が高く、焼けるような熱さを必死に堪え、転がりながら勢いを殺す。
「目覚めたばかりで、ずいぶんと無謀なことをするようだね」
そして意外にも、大志の身体は何者かによって受け止められた。
大志は目を回しながら、なんとか上体を起こす。
「けれど、残念だったね。今は僕だけさ」
「……アイスーンか。本当に女みたいだな」
前髪によって隠された右目。中性的な顔は、微笑むとまさに女のソレだ。
しかし、大志の言葉によって微笑みは消える。
「僕は男だよ。早く撤回しないと、君の大事なところを……潰すよ」
アイスーンのドスの利いた声が、大志の耳を貫いた。アイスーンの能力のせいで、その怒りは直に大志の心に送られる。とても、いい気分とは言えなかった。
大志は咄嗟に危険を察知し、アイスーンから離れる。
「そ、そんな可愛い顔で、言うなよ」
「可愛い……僕は、男だよ? もう一度言う。僕は、男だよ」
その顔にコンプレックスを抱いていたのか、アイスーンは大志を睨み、足を進めてきた。
このままではまずい。本当に潰される。
「わ、悪かった。アイスーンは男だ。男でしかない」
「うん。そうだね」
アイスーンはそこで笑ってみせた。
アイスーンの見た目について言ってはいけないと、心に刻む。さすがにこの年で、男を卒業はしたくはない。
「ところで君は、いつまで服を着ているんだい? ここは裸で入るものだよ」
「それは知ってるんだが、どこで服を脱ぐんだ? 廊下からは直通だっただろ」
すると、アイスーンは大志の腕を引いて、廊下へと引っ張りだした。
そこにはかごが用意してあり、その中にアイスーンの衣服とみられるものが入っている。
「服はここで脱ぐんだ。僕もそろそろ出ようと思っていたから、君が脱いだら僕は出ていこう」
「そんな悲しいこと言うなよ。せっかくの機会だし、ゆっくり二人で入ろうぜ」
大志は濡れた服を素早く脱ぎ、かごの横へと置いた。
なぜここには、かごが一つしかないのか。これでは、一人しか入れない。
「もともと入る人も少ないからね。あと、一緒に入ろうという誘いは断らせてもらうよ」
「聞こえるからって、心の声に反応しなくてもいいぞ」
大志はアイスーンの肩を抱き、再びお風呂へと向かう。
すると、アイスーンの焦りが、意思伝達を通して伝わってきた。
「なんだよ、男同士なんだから緊張することもないだろ」
「い、いや、そういうわけではないんだ。心の準備ができていなくてね」
ということは、男と入ったことがないのだろう。
レズの服装と言動を見れば、普段どんなやらしいことをしているかなど、お見通しだ。
「ふ、ふふっ、不埒ものぉ! ぼ、僕が、そんなことを、しているとでも!?」
「そんなことって、どんなことだ?」
するとアイスーンは口をつぐみ、顔を真っ赤にさせる。
しかし、いくら口を閉ざそうと、意思伝達を遮断することはできない。
「あぁ……そんなことを……ああぁ、ハァッ!? そ、そんなことまで」
「や、やめ……」
アイスーンの頭もついに制御できなくなったのか、『身体は絶対に見せてはならない』という言葉だけが何度も繰り返された。
レズには見せられて、大志に見せられないということは、きっと羞恥心があるから見せられないということである。
「そんなの気にしないって。こういうのは、慣れだ」
大志はそう言って、アイスーンの身体を隠していたタオルを剥がしとった。
すると、当然ながらアイスーンの身体が包み隠さず大志の視界に入る。
「……なるほど」
「ケダモノォォ!」
何がアイスーンに送られたかはわからない。けれど事実なのは、アイスーンの鉄槌が大志の意識を吹き飛ばしたことである。
「僕の身体で興奮するなんて、変態じゃないか。僕は、男なんだ」
「……そうだな。そして、もう一つだけ言っておきたいことがあるんだが――」
「わかってる! 本当に君は、変態だよ」
アイスーンは、今もその身をタオルで隠している。
しかし大志の目には、タオルなんてものは映っていなかった。
「本当にすまん」
「心の声とは正反対みたいだけど?」
アイスーンの前では、嘘をつくことさえできない。
「その……大変なんだな。いろいろと」
「僕は大変。君は変態ってことかい?」
「いや、否定はしないけどな。でもな、本気で心配してることだけはわかってくれ」
隣にいるアイスーンの肩に、手を置く。
すると、アイスーンは大志から少し離れた。そして、自分の身を守るように身を丸める。
「なら、その誓いの途中で雑念を入れるのをやめてくれるかな?」
「……無理だ。そんな高等テクニック、俺にはできない」
大志は、離れていったアイスーンを追った。
しかしアイスーンもその分だけ離れる。意思伝達により、恐怖の感情が送られてきた。
「そうか。そんなに怖かったんだな。でも、これからは俺が守ってやるから」
「僕は、君に恐怖しているんだよ」
「俺は何もしない。絶対にだ」
大志は親指を立ててみせる。
すると、アイスーンは涙を流し、首を横に振った。
「なぜ君は、意思伝達をしているのに、平然と嘘がつけるんだ」
「本気だからだ」
「そんなこと言われても、僕が困るよ!」
その時、ぺたぺたと足音が聞こえる。
意思伝達も遮断されていて、大志の透視も使えなくなっていた。
「お兄ちゃん?」
振り返ると、ポーラの姿がある。ポーラも風呂へと入りに来たのだ。
ポーラは湯船に飛び込み、大志のもとへと泳いでくる。
「泳げるようになった。ポーちゃんすごい?」
「ああ、すごいぞ」
大志はポーラの頭を撫でるが、やはり情報を抜き出すことはできなかった。
ポーラの領域では、何人たりとも能力が使えない。能力の出現場所が領域外なら使えるようだが、残念なことに大志は手を介さないと能力が使えない。
そしてポーラは満足すると、また泳ぎ始めた。
風呂は泳いではいけないと教えるべきか悩んだが、ここはポーラの家だ。好きにしていいだろう。
「……ロリコンじゃなくてよかった」
「それにしても、君の透視は服だけなのかな?」
風呂から出ると、天井からさがったリフトを使って坂道をのぼる。
本来、このリフトを使って上り下りをするようだ。
二人乗り用で、アイスーンと大志で乗る。そしてポーラは大志の膝の上に乗った。
「意識すれば他の物も透視できるけど、基本的には服だけだな」
「君は本当に変態だね。……それにしても、七日間も寝続けていて、身体は大丈夫なのかい?」
「まあな。というか、七日間も寝てたのか」
見ていた夢の長さでいえば、七日間は短すぎる。
だが、アイスーンが嘘をつくとは思えない。
「君にはいろいろと感謝しているんだ。それも、数え切れないほどの人がね。もちろん、僕もね」
「マジか。俺に感謝してるのか」
「能力がなくても、君のその顔を見ると、なぜか心の声が聞こえてくるよ」
リフトが上りきり、十字路に辿りついた。そこでリフトは終わり。
そこから部屋に戻るには、また下り坂だが、その坂は緩やかである。
「大志!」
天井付近に空間の穴が開いて、そこから理恩が顔を覗かせた。
その目からは、涙が流れている。
「泣くなよ。どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないよっ! 大志がいなくなるからだよぉ!」
「それは悪かった。ちょっと、アイスーンと風呂にな」
大志の服は、浴槽に入ったせいで、まだ濡れていた。
理恩はその服を見て、空間の穴から出てくる。
「服が濡れてるよ!? か、風邪ひいちゃうよ!!」
理恩は大志の服を脱がそうとし、大志はそれを拒んだ。
「こんなところで脱げない。そもそも、裸で出歩けるかよ」
「大丈夫だよ。私の服を着ればいい」
大志が脱ぐのを拒んだので、理恩が自分の服を脱ごうとする。
しかし、そんなことを大志が見守るはずがない。
「大丈夫じゃない。理恩の肌を、他の人に見せるなんて嫌だぞ」
「でも、大志が……」
「俺は大丈夫だ。それより、人を呼びに行ったんじゃないのか?」
すると理恩は、パッと表情を明るくし、大志の右手を握った。
そして手を引いて、大志の目覚めた部屋へと坂を下り始める。
「ポーちゃんも行く」
ポーラは濡れている大志の服を握り、大志の左に並んだ。
アイスーンはその後ろで、大志から少し距離を取る。
「両手に花だね」
「なんだか、隻腕に対する嫌味にも聞こえるな」
「不快な気持ちにさせてしまったのなら、謝る。すまなかった」
アイスーンは申し訳なさそうな声を出すが、そんなことはない。
軽い笑い話になると思ったが、そうでもなかったようだ。
「謝るくらいなら、笑ってくれ。笑顔が一番だ」
「そう言われてもね……笑えないよ」
部屋の中に入ると、目覚めた時にはなかった賑やかさがある。
その賑やかさに、大志の頬は緩んだ。
「起きたんですね、大志さん」
まず声を出したのは、イズリである。
そして、レーメル、海太、バンガゲイルと続いた。
「なんだよ、みんなして。俺が起きるのを待ってたのか?」
「当たり前みゃん! 大志は、自分のしたことが理解できないのかみゃん!?」
「お、おお……何かしちゃいけないことでもしたのか?」
すると、バンガゲイルが頭を抱えて笑う。
困惑する大志の前にレーメルは立ち、ビシッと大志に指差す。
「大志は、カマラとディルドルーシーを救った英雄みゃん!」
「……は?」
「大志さんがチオから救った人たちがいましたよね。あの中に、カマラの民以外にも、失踪したとされていたディルドルーシーの民もいたんですよ」
イズリが、レーメルの言葉に付け足した。
理恩に目を向けると微笑み、ポーラに目を向けると頷く。
「俺はみんなを助けただけだろ? 英雄なんて……」
「いや、君の功績は素晴らしいものだよ。君は、誰にもできなかったことをやり遂げたんだ」
大志の後ろで、アイスーンが言った。
「そういってもな、アジトを見つけたのはイズリだ。それに他のみんながいなければ出来なかった」
「確かにそうですけど、大志さんがいなければ、あの結果にはなりませんでした」
「そうだよ。大志が私を助けてくれた。私たちの手を引っ張ってくれた。だから私たちは、こうやって生きていられるんだよ」
理恩は、隣でそう微笑んだ。
けれどだからといって、英雄といわれるほどのことはしていない。大志は歯をくいしばる。
「なんで、そんな顔するってんよ!」
すると、海太に頬を殴られた。
大志は一歩後退し、その場で踏みとどまる。
「誰も失ってないってんよ! 全員を救ったってんよ! 笑わないでどうするってんよ!」
「海太……」
「大志に感謝してる人がいるってん! なら、その感謝に応えるってんよ!」
大志が顔をあげると、イズリも、レーメルも、バンガゲイルも、海太も、ポーラも、そして理恩も大志を見ていた。その目に込められたものは、期待。
大志は身が震えた。
「……そこまで言うなら、仕方ない。なってやるよ、英雄に」
「そうだ。君は胸を張っていいんだ」
大志の後ろからアイスーンが歩いてきて、大志の前で片膝をつく。
そして右手を胸に当て、頭を下げた。
「ホモセリー・アイスーンは、ディルドルーシーの緊縛として、君に心からの感謝を送る。そして、今日から僕は、君の腕となろう」