2-25 『重なる二人の身体』
「じゃあ、誰が伊織を……ッ!」
「13人目が本当にいるのかもしれないわね」
13人目が、伊織を殺した。だとすれば、小路がいる時から、その13人目は身を潜めていたことになる。
そこまでして、殺す理由があった。しかし、伊織と湊はここに来るまで知り合いですらなかった。そんな二人に関係している誰かがいる。
「大志、怖いよぉ……」
震える理恩の肩を抱いた。
13人目は、きっとまだ潜んでいると考えていいだろう。
「俺がいる。だから、安心しろ」
「見せつけてくれるってんなー」
煽ってくる海太を無視し、モニターに目を向けた。
ここにいれば、ひとまず安心である。見張りが寝なければ、の話だが。
「四時間ごとに見張りを交代する。その間に仮眠してくれ」
最初の見張りは、大志と海太だ。
そして理恩と詩真は眠りにつく。だが、四時間で起こされるのは、きっと苦痛のはずだ。理恩が寝ていたいと言ったら、理恩の分も頑張るか、と心に思う大志であった。
「二条さんと寝たいってんよぉ」
「頼んでみろよ。きっと断られるだろうがな」
夜も更け、眠さのあまり考えていることを抑えていられなくなった。
海太もさっきから桃華の話ばかりしている。
「桃幸になりたいってんよぉ。二条さんにお世話してもらいたいってんよぉ」
「子供じゃないんだから、お世話はしてもらうなよ」
桃幸になれば、シャワーにしろトイレにせよ、桃華が手伝ってくれるが、海太はそれを望んでいるということだろうか。桃華に好意があるのかと思っていたが、ただあやされたいだけなのか。
「二条さんの水着可愛かったってんなぁ」
「そうだな。だから、桃華の話はやめろよ」
モニターに変化はない。
いつ攻めてくるかわからないので、気を緩められない。
「二条さんは、天使だってんよぉ」
「桃華は人間だぞ」
眠さで目を細める海太を殴る。ここで眠られたら、困るのは大志だけではない。
「いってぇ。そろそろ寝たいってんよぉ」
「なら、詩真に頼んでみろ」
海太は重たい腰をあげ、詩真に手を伸ばした。
しかしその手は、ふと止まる。そしてその手はゆっくりと詩真の膨らみに触れた。
「ふぁあ、柔らかいってん……」
「起こせよ」
「あんな起こされ方したら、うずいちゃうわ」
「だからって、襲うなよ」
海太に胸を揉まれ、それで目を覚ました。
おかげで詩真は欲情している。そして当の海太は、ぐっすり眠ってしまった。
大志は、理恩を起こすことができず見張り継続だ。
「私と、いいことしましょうよ」
「そんなことできるか。見張りをするので精いっぱいだ」
「じゃあ、私が悪いことしてあげるわ」
伸びてくる詩真の手を、叩き落す。
もしも理恩にもこんなことをしたと考えると、交代しなくてよかった。
「少しは抑えろ。嫌われるぞ」
「……仕方ないわね」
そう言って、詩真は服を脱ぐ。
それで治まるのなら仕方ないかと、大志は服を脱いでいく詩真を見守った。
「そんなに気になるかしら?」
「まあ、よくもそんな簡単に脱ぐよなって思っただけだ。俺だったら無理だ」
「脱ぐと気分がいいのよ。あぁッ、見られてる……見られてるわ……ッ」
詩真は自分の胸を揉んで、喘ぎだした。
何が詩真をそこまで高ぶらせるのか。自然と大志は手を伸ばしていた。
「あぁんッ! そうっ、そうよッ!」
大志の手は、柔らかなものに触れている。
こんなところを理恩に見られていたら、申し開きすることもできない。
「やっぱり柔らかいな」
「んふふ……ここは、硬いわよ」
詩真の手が、大志の股間を撫でた。
「触るな。妙な気を起こしたら、どうするんだ」
「私は構わないわよ」
変態と一緒にいると、変態になってしまいそうである。
詩真の胸を揉んでしまっているのも、それの影響だ。胸から手を離し、大志は壁に背を預ける。
「こっちは構うんだ。俺には理恩がいる。理恩を悲しませることだけはしたくない」
「それなら、胸を触ったのはまずかったわね」
大志は妙な気配を感じ取り、その方向へ顔を向ける。
するとそこには、身体を横にしたまま目を開けている理恩がいた。
「お、起きてたのか。いつから……?」
「揉んでるあたりかな。大志は、大きいのがいいの?」
理恩は身体を起こし、大志へと歩み寄る。
「な、何言ってるんだよ。理恩がいいに決まってるだろ」
「なら、どうして揉んでたの?」
「あれは詩真に揉まされたんだ。だから、俺の意志じゃない」
近寄ってきた理恩を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
今は理恩を守ることだけ考えていたい。それ以外のことに時間を割く暇はない。
「ほ、本当に?」
「俺が理恩に嘘ついたことなんてなかっただろ。だから、信じてくれ」
「うん。大志が言うなら、そうなんだね。疑ってごめんね」
なんとか誤魔化せた。
そして理恩が満足するまで、頭を撫でる。こんなことで機嫌がとれるなら、いくらでもやれる。
「理恩が笑ってくれれば、俺はそれでいい。理恩が一番だから」
「うん。じゃあ、大志は眠っていいよ」
理恩の微笑みに、素直に頷くことはできない。
「俺も起きてるよ。詩真に理恩が襲われないか心配だからな」
「あら、よくわかったわね」
「する気だったのかよッ!」
やはり起きていて正解だった。
たとえ詩真にだとしても、理恩が襲われるのは嫌なのだ。
「と、ところで、なんで脱いでるの?」
理恩が、やっと詩真の裸について訊ねる。
しかしそこに理由なんてものはないはずだ。ただ脱ぎたくて脱いだのだから。
「脱ぐと、興奮するわ。脱いでみたら、どうかしら?」
「こ、ここで……?」
理恩は頬を染め、大志の顔をうかがう。その目には、迷いの色があった。
そして自分の服を握るものだから、大志は理恩を止める。
「脱ぐなよ。絶対に脱ぐなよ」
「ほら、大志も脱げって言ってるわよ」
「たっ、大志がそう言うなら……」
理恩には大志の声が聞こえていないのか、大志の手を払って脱ごうとする。
理恩まで変態の瘴気にやられてしまったのか、正常な判断ができないようだ。
「脱ぐなって言ってるんだ。理恩はそのままでいてくれ」
「……それは、脱いでも魅力がないから?」
「なんでそうなるッ! 俺にとっては、理恩の全てが魅力的だ。だから、その魅力を独り占めしたいんだ。わかってくれ」
たとえ嘘でも、理恩の変態化だけは阻止しなければならない。本能がそう叫んでいる。
すると理恩は静かになった。なんとか治まったようである。
「わかった。私の全ては、大志のモノなんだね」
「妙な言い方をするなよ」
それでは、大志が何か悪いことをしているようだ。
大志はため息を漏らし、モニターに目を向ける。まだ異変はない。
「じゃあ、私は誰のモノなのかしら?」
詩真が、そんなどうでもいいことを聞いてきた。だが、大志が知るはずもない。
海太と言えば、そこで話は終わる。けれど、海太には桃華がいる。
「……みんなのモノでいいんじゃないか」
「み、みんな、の……え、えひぇひぇ……い、いいわね」
詩真は何を思ったのか、自分のをいじり始めた。
大志は手で理恩に目隠しをする。理恩に影響を与えてしまったら、大変だからだ。
「いい朝だってんなー」
朝が来て、海太が目を覚ます。
しかし、外は曇っていた。とてもいい朝とは言えない。
この部屋には、13人目がこなかった。四人とも無事に、朝を迎えることができたのだ。
「こっちは、大変な夜だったぞ」
詩真に服を着せたり、詩真から無駄な知識を聞かされたり、散々だった。顔を真っ赤にして聞く理恩が可愛かっただけで、それ以外に大志にメリットがなかった。
「何があったってん?」
「まあ、いろいろだ。二人とも、緊張していたのかもな」
理恩と詩真は、ぐっすりと眠ってしまっている。中途半端に寝たのが、悪かったのだろうか。
理恩の髪を撫でると、もごもごと口を動かした。
「ふ、二人に何したってん……?」
ただ眠っているだけだ。まさか、薬でも盛ったと思われているのか。
しかしそんなものを持っているはずがない。この部屋に怪しいものがないことは、昨夜に確かめた。
「何もしてないぞ。ただ眠くなっただけだろ」
「つ、疲れるようなことを、二人にさせたってん?」
海太は何を必死になっているのだろうか。
それに見張りをさせていたのは、海太も知っている。今さら聞くようなことではない。
大志は頭をかき、息を吐いた。
「まあ、疲れただろうな。でも、詩真は裸で騒いでたし、楽しかったんじゃないか?」
「な……寝ている間に何があったってん……」
海太は膝から崩れ落ちる。
そんなにガッカリするほどのことは何もなかった。ただ、詩真の変態に磨きがかかっただけである。
そのせいで、大志はかっちり徹夜してしまった。眠くないと言えば嘘になるが、ここで寝ると生活リズムが崩れてしまう。
できるだけ、理恩と合わせたい。
「それより、もう朝だ。朝食をとろう」
理恩の肩を揺すり、詩真の尻を叩いた。
「あぁん、もっとぉ……」
詩真が尻をあげ、振る。しかし、理恩が目を覚ましたので、代わりに海太にやらせた。
それにしても、他の部屋も無事だったのならいいのだが、大丈夫だろうか。
「眠いよぉ」
「仕方ないな。今回だけだぞ」
瞼をこする理恩を、お姫様抱っこする。
見張りをしてもらっていたのだ。眠いのは仕方がない。
「ほら、詩真もさっさと起きろ。ここで一人にさせるわけにいかないんだ」
「わかったわよ。起きればいいんでしょ」
「脱ぐなよ」
「二条さーん。おはようだってん!」
「ふんっ、おはよう」
その日も、桃華は一人だった。桃幸の自立は、うまくいっているようだ。しかし、反比例するように桃華の怒りはたまる。
海太は桃華に返事を貰えて、嬉しそうだ。
「そっちの部屋も安全だったようだな。さすがに二人いるところは襲わないか」
「どういうこと? まだ誰か殺されるっていうの?」
「憶測なんだが、まだあると思ったんだ。でも、こんな静かな朝を迎えたんだから、きっと何事もなかったんだろ」
それなら、安心だ。だが、まだ気を緩められない。
13人目はどこかで大志たちを見ているはずだ。
「おーい、今日も君を見れて、僕は幸せだよ」
階段に向かって歩いていると、剛がうしろから走ってくる。
剛も無事だ。安堵して、胸をなでおろす。
「俺も、剛を見れてよかったよ」
「ところで、理恩はどうしたのかな?」
「寝てるだけだ。気にするな」
理恩は寝息を立てている。それが大志の心を落ち着かせた。
「ずるいなぁ。僕も、君に抱いてもらいたいな」
「気持ち悪いことを言うな」
大志は理恩の足を使って、剛を蹴る。
すると、剛は床に尻をついた。
「ははっ、できれば君に蹴られたかったな」
しかし、誰も反応せず、足を進める。
まさか剛にそんな願望があったなんて驚きだ。これからは、近づかないようにしよう。
「ん……何か臭わないか?」
階段をおりていると、何かの臭いが漂ってきた。
嗅いでいたいとは思わない臭いである。
「この臭いって……」
桃華が走り出した。それを追って、大志たちも足を速める。
そして桃華は二階でとまり、教室の扉を見て、その身を震わせた。
「どうした……なッ!」
そこにあったのは、恐れていたモノである。
静かな朝だった。とても、静かな朝だった。だから、安心していた。
「これは……ひどいね」
桑菜と愛の身体が重なり合い、それを支えるように一本の鉄パイプが中心を貫いている。
二人の下には血の染みができていた。臭いの正体は、この血だったのである。
「なんで二人が死んでいるのよォォッ!」
桃華のかなぎり声に、返事をする者はいない。
「桑菜は伊織を殺したんでしょ! それが、なんで殺されてるのよ!」
「それは……実は違うんだ。伊織を殺したのは、たぶん桑菜じゃなかった」
時間的に桑菜には犯行が難しかったことを伝えると、桃華は頭を抱えた。
そして何より、ここでこうやって殺されているのを見ると、本当に桑菜ではなかったとわかる。
「なら、誰なのよッ!」
「……やっぱり13人目がいるんだよ。君の言っていたとおりね」
剛は重なり合う遺体を調べ、そう言った。
大志は理恩を抱えているので、調べることができない。
「その鉄パイプか。そんなのは、見たことがない」
桑菜と愛を貫く鉄パイプは、長い。二人を貫いても、まだ余分があるほどである。そんなものは、今まで見たことがない。つまり、小路の部屋に置かれていたものということだ。
「そうだね。どうやったかはわからないけれど、二人をここに呼びだし、そして二人まとめて貫いた。そう考えるのが妥当だね」
「考えるのは簡単だが、なぜ二人は呼び出しに応じたんだ? ただでさえ愛は、湊を失って悲しんでいるはずなのに」
剛は二人を支える鉄パイプを抜き取り、愛の上に重なる桑菜を横に移動させる。
すると、桑菜によって隠されていた愛の身体には、刺し傷があった。鉄パイプが刺さっていたもの以外に、胸に数か所の刺した痕がある。
「この傷は、どういうことだろうね。鉄パイプで刺す前に、別のもので刺されていたということかな?」
「そうだろうな。それを隠すために、桑菜の身体を重ねたのか」
つまり、犯人は最初に愛を何かで刺し、殺した。そこに桑菜が現れ、見つかったため桑菜も殺した。ということだろうか。
しかし、それなら桑菜も逃げようとしたはずだ。この場所以外に血がないのはおかしい。桑菜は、確実にここで殺されている。
「部屋に移そうか。ここに置いておくわけにはいかないからね」
剛が愛を抱え、海太が桑菜を抱えた。
やはり、無理やりにでも同じ部屋で寝るべきだったんだ。後悔が、大志を焦らせる。犯人を早く見つけなければいけない。
「愛は、湊と一緒に寝かせるか」
愛の部屋には、すでに湊の遺体がある。
愛も湊も、この部屋で共に夜を明かしていた。もう、二人が夜を明かすことはない。でも、だからこそ、一緒にいさせてあげたい。
「そうだね。それがいいね」
剛は、湊の隣に寄り添えるように愛を寝かせる。
きっと湊も、それを望んでくれるはずだ。
そして桑菜も部屋で寝かし、桃幸を連れて食堂に集まる。
「……あいつは」
桃華が、声を絞り出した。
そして涙を流し、テーブルを今までにないほど強く叩く。
「翔よ! きっと、あいつの仕業よ!」
「……翔か。たしかに見ないな」
部屋をノックしても、反応しない。もしかしたら、すでに部屋にはいないのかもしれない。そしていないとしたら、他のどこかに潜伏していると考えられる。
「だが、ここで何を言っても、翔が姿を現すわけじゃない。だから、これからは一緒にすごさないか?」