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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第二章 戦慄の世界
50/139

2-24 『偽りの数』


「ということは、誰がやったってん?」


 海太が首を傾げる。

 だが、そんなことは言うまでもない。扉の秘密を知っていた大志と、伊織を殺めた桑菜が違うのだから、自然と疑いの矛先は愛に向いた。


「君の指は、本当に動かないのかな?」


「そう言ってるでしょ! あたいは、それで親に捨てられたのよ!」


 その話は、すでに全員が知っていることである。

 しかし、それを証明するものはない。愛がそう言ったから今まで信じていたが、本当は動かせるかもしれない。


「君の指は動かない。だから、自然と犯人の疑いをかけられない。初めから、計画していたことなんじゃないのかな?」


「そんなわけないでしょ! あたいの指は本当に動かないのッ!」


「それがわかるのは、君だけだ。僕たちには、その真偽はわからない」


 たしかに愛の指は動くのかもしれない。だが、動かないのかもしれない。どちらともわからない今、愛の言葉を否定することはできない。

 大志は、全員の視線から愛を守るように立った。


「愛の言葉を否定するのは間違ってる。今は、愛以外に誰が可能だったのかを考えるべきだ」


「可能かどうかで言えば、僕、海太、桃幸、桃華……そして、翔」


 その五人の中に、湊を殺し、愛を陥れた者がいる。

 伊織がいなくなっても、悲しんでいる余裕はないようだ。


「翔は、まだ部屋にいるのか?」


「そうだね。ずっと出てきていないけど、食事はどうしているんだろうね?」


 剛は顎に手を当てる。

 桃華の部屋のように食べ物が支給されるなら安心なのだが、翔は食堂で食事をしていた。それはつまり、部屋に食べ物がないということである。それがこうやって閉じこもっていては、空腹で死んでしまう。


「翔のことだ。さすがに飢え死ぬことはないと思いたい」


「なら、僕たちの知らない間に食べているということだね」


 しかし、それがいつなのか。それを、翔以外に知っている者はいない。

 翔はなぜか情報通だ。こういう場合には、翔の意見も聞きたかったが、いないのなら仕方がない。


「翔も怯えているのかもしれないね。こんなことになれば、仕方ないけど」


 剛はそう言って、部屋を出ていく。

 大志も理恩の手を引いて部屋を出た。湊の状態を確認しに行く。

 湊は首を絞められていた。だが、伊織の時のような見落としがあるかもしれない。


「愛は絶対にしていない。あの時の涙が嘘だったなんて、信じられない」







「首に紐の跡がある。首を吊っていたのは、本当みたいだな」


 湊の首には、ぐるりと紐の跡があった。


「というか、この紐は海太のだよな。現実的に考えて、海太がやったと考えるべきか?」


 引き上げたのも海太だ。首を吊るし、愛が目覚める頃を見計らって駆けつけた。考えるのは簡単だが、実際にやるとなると難しいだろう。


「伊織の時のように、どこかから持ってきたものを使ったという可能性もあるよね。まあ、そうなると僕も怪しまれることになるけどね」


「どこかから……か。でも、伊織を拘束していた紐は短いよな。となると、海太の部屋から紐を持ち出した誰か。……一度、海太と話したほうがいいか」


 理恩に同意を求めると、理恩はただ頷いてくれた。

 大志は、握る手に力が入る。そこに理恩の手を、しっかりと感じた。

 たとえどんなことになろうと、理恩だけは守る。そう強く、心に誓った。







「はぁ? 知らないってんよ」


「湊を吊るしていた紐は、海太の部屋のものだろ。本当に誰にも貸してないのか?」


「あんな紐、誰も使わないってんよ。ちゃんと棚にしまってるってん」


 海太は棚の引き出しの中に、手を突っ込む。

 しかし、その手はすぐに出てこなかった。海太は他の引き出しも開けてみるが、目当ての物はどこにもないようである。


「な、なんで、ないってんッ!?」


「誰かに渡したんだろ。もしくは、自分で使った」


「ありえないってん! 二条さんに渡した以外は、ここにしまってたってんよ!」


 桃華に渡したものは、そのまま伊織の犯行に使われた。

 そして、海太の言うように、他に誰にも渡していないのだとすれば、なくなっているのはおかしい。


「誰が持ち出すっていうんだ? ここは海太の部屋だろ」


 海太の部屋だって、鍵がある。愛の部屋のように、誰でも入れたわけじゃない。

 大志も引き出しの中を覗いてみたが、海太の言った通り、そこに紐はなかった。


「そんなの知らないってん!」


 海太は本当に知らないようだ。全てを信じるわけではないが、ひとまず信じてみないことには話が先に進まない。


「わかった。他の人にも話を聞いてみよう」




 まず、桃華と桃幸だ。海太が紐を渡した唯一の相手である。いつも一緒にいる二人だ。共犯ということもありえる。


「紐についてだが、海太から貰ったのは、桃幸を拘束していたので全部か?」


「まさか私を疑ってるの?」


「まあ、そうだ。だから、正直に話してくれ」


 すると、桃華は鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


「そんなの、海太に聞けばわかるでしょ」


「一応の確認だ。海太は、桃華の不利になりそうな情報を隠しそうだからな」


「なにそれ?」


 桃華は、海太に目を向ける。すると、海太の頬はほんのりと染まった。

 海太もあいかわらずだが、桃華も桃華である。桃幸以外は眼中にないのか、海太の気持ちに気づいていないようだ。紐を渡したのも、桃華じゃなければきっと断っていたことだろう。


「わからないなら、それでいい。紐は余分には貰ってないのか?」


「そうよ。あんな紐、あっても必要がないじゃないの」


「そうか、わかった。……それより、桃幸はどこだ?」


 部屋の中に、桃幸の姿はない。自立すると言っていたが、別居しているのだろうか。

 すると桃華は大志の腹に、拳をねじ込んだ。

 唐突の攻撃に、大志は口から何かが出そうになる。


「ゆーちゃんは、一人でトイレよ。一人で、トイレに入っているのよッ!」


「な、なんで、殴ったんだ……」


 倒れそうになる大志を、理恩が支えた。

 桃幸のことになると、常軌を逸した行動をする。忘れていたわけではないが、油断していた。


「もうゆーちゃんに、おねーちゃんは必要ないっていうのッ!?」


 大志を殴ろうとする拳を、剛が受け止める。


「さすがに、大志を傷つける君を、黙って見ていることはできないよ」


 剛の目は、鋭かった。けれど、笑ってもいる。感情の読み取れない表情は、恐怖以外の何物でもない。

 何かが起こる前に、大志は仲裁に入った。


「俺は無事だ。だから、落ち着け」


「でも、君は傷ついた」


 さすがに心配性すぎる。ただ殴られただけだ。もしも傷がついたとしても、時間がたてば治る。

 大志は桃華の手を握って、その甲を撫でた。


「この手は、人を殴るためにあるわけじゃない。桃幸だって、それを望んでいないだろ?」


「ゆーちゃんの何がわかるっていうのよ!」


「桃華に比べれば、知らないことも多い。そんな桃華が、桃幸の意志を尊重しないで、どうするんだよ」


 今まで桃幸の身の回りの世話をしてきたから、こうやって自立するとショックも大きいだろう。だが、それで八つ当たりしていては、桃幸のストレスになりかねない。

 ただでさえ、人が二人も死んでいる。それも、相当なストレスとなっているはずだ。


「話はそれだけだ。あとは桃幸と話し合ってくれ」




 次は愛の部屋だ。寝ていたとしても、何か不審な音などを聞いているかもしれない。

 しかし、愛は首を横に振るだけだった。


「ごめんなさい。あたいはぐっすり寝てたから、何も聞いてない」


「本当に何でもいいんだ。不思議なことでも」


 愛は目を伏せる。湊が死んだあとで、辛いだろうが仕方ない。湊のためにも、愛のためにも、犯人を見つけなければならない。そのためだと愛もわかってくれているが、湊が死んでしまったことに、まだ向き合えないようである。


「なら、朝の状況はどうだ? 廊下には、本当に誰もいなかったのか?」


「ええ……それで叫んだけど、誰も来てくれなくて……待ってたら、海太が部屋から出てきたのよ」


「そうだってん。それで、湊のことを聞いたってん」


 朝の出来事は、本当のことのようだ。しかし、それで海太の疑いが晴れたわけではない。

 大志は窓の外を見る。真下には、海があった。足場は見当たらず、出れば海に真っ逆さまだろう。窓から入ってきたと考えたが、無理だ。


「消灯後に、海太の部屋にある紐を手に入れ、それで湊の首を絞めたということだね」


「首を絞めた?」


 湊は、首を吊っていた。首を絞められていたのとは、違う。

 剛は湊の首に残っていた跡を指した。


「首の裏にも跡は残っていた。首を吊っただけでは、そこに跡が残るはずがない。だから、きっと首を絞められ、そのあとで首を吊るされたんだ」


「なんで、わざわざそんなことを?」


 すると剛は口に手を当て、目を閉じる。

 首を吊るせば、きっと犯人のお望み通り、湊は死んだはずだ。しかし、なぜ首を絞めてから、吊るしたのか。そこに、犯人に結びつく何かがあるはずだ。


「……もしかしたら、だけど……」


 理恩が控えめに声を出す。それは、愛でも、剛でもなく、大志に向けられた言葉だ。

 その声に、大志は肩の力が抜ける。


「どうしたんだ?」


「ここで首を絞めたら、湊が騒ぐんじゃないかな……って」


 そこで理恩は、ちらっと愛を見た。

 首を絞められた経験のない大志は、わからないことである。寝ていたら、気づかないものではないのだろうか。


「そうだね。湊なら、起きて抵抗したかもしれないね」


「寝てるところを襲われて、気づくものなのか?」


「それはどうだろうね……。被害にあったことがないから、僕はわからないな。でも、湊は勘がいいから、気づいたりしたんじゃないかな」


 何とも曖昧な意見だ。しかし、犯人もそれがわからなかったとすれば、愛のいる部屋で湊の首を絞めたりしないはずである。もしも湊が騒いだら、それで目が覚めた愛に顔を見られるからだ。

 だとすると、首を絞めたのは、別の場所だったことになる。


「別の場所で首を絞め、そして愛の部屋で吊るした。でも……誰が紐を……?」


 大志が眉間にしわを寄せると、肩に剛の手が置かれた。


「やはり、海太なんじゃないかな? 海太の部屋には、海太しか入れないのだから」


「だが……海太が殺して、部屋に帰った……」


 海太の部屋には、海太のカードキーがなければ入れない。

 しかし、その考えを否定している。本能が、その考えを受け入れてくれないのだ。



「……何かが、情報が足りない」


「何の情報かな?」


 殺害時刻は、消灯後。殺害現場は、愛の部屋以外のどこか。そして湊は、愛の部屋の窓の外に吊るされた。それを愛が発見したのは、朝。廊下で叫んでいると、海太が部屋から出てきた。


「……愛が目覚めたのは、何時だ?」


「え……5時くらいだった気がする。肌寒くて目が覚めて、窓が開いてたから覗いたら、湊が……ッ!」


 その時のことを思い出してしまったのか、愛は苦虫を噛み潰したような顔をする。辛い思いをさせてしまって、大志まで苦しくなった。


「それで、すぐに助けを呼びに廊下へ出たのか」


「違う。自力で引き上げようとしたけど、無理だった。それで、廊下に出たの」


「それは何分くらいだ?」


「30分くらいだった」


 つまり、5時半には廊下へと出ている。その時、廊下には誰もいなかった。

 消灯後は、廊下からの解錠ができなくなる。その解錠システムが回復するのは6時だ。

 そして廊下にいる愛が、部屋から出てくる海太の姿を見ている。


「なら、海太はやってない。海太だけじゃない。犯行は不可能だったんだ」


「どういうことかな? 現に湊は死んでいるんだよ?」


 剛が大志を睨みつけた。

 大志でも信じたくない。けれど、そうとしか考えられない。

 消灯後に自由に出入りできたのは、愛の部屋だけだ。しかし、愛の部屋に紐はなかった。そもそも、愛の手では無理だ。そして海太の部屋にあった紐が誰かに盗まれたのだとしても、それを使って湊を殺したあとに部屋へと戻れなかった。


「無理なんだ。解錠システムが止まっている間に、殺され、発見されたんだ」


「それなら、誰に湊は殺されたというのかな?」


 そんなの、考えられるとしたら一つしかない。

 12人に犯行が不可能だったのだとしたら、いるとしか考えられない。


「俺たち以外の、13人目がいるのかもしれない」


「13人目? ここには12室しか部屋がないんだよ」


 剛の言っていることは正しい。けれど、間違っている。

 ここには12室しかない。たしかに、生徒の部屋としてあるのは12室だけだ。


「小路の部屋があるだろ。小路の部屋には、きっと全ての部屋を解錠できるマスターキーがあるはずだ。13人目はそれを使って、海太のいない間に紐を盗んだ。そして寝静まった頃、湊を殺し、また姿を隠した。ぶっ飛んだ話だが、そうとしか考えられない」







 そしてその後は何もないまま、一日が終わろうとする。

 13人目は、本当にいるかはわからない。けれど、注意するべきである。

 だから、一緒の部屋で寝るべきだと言った。だが、愛はまだ他の人を信じられないと言って拒否する。念のために、湊の部屋に寝ることになった。剛も同様の理由で自室に籠る。桃華と桃幸は、二人で寝るから大丈夫だと言った。翔は扉越しに伝えても、反応がなかった。


「大丈夫だよな……」


 桑菜にも言ったのだが、薄いリアクションで頷くと、扉を閉めてしまう。

 だから、一緒の部屋で寝ることになったのは、大志、理恩、海太、詩真だけだ。監視カメラのある詩真の部屋を使う。


「これだけいれば、安心だってん!」


「全員が一緒に寝たら、意味がないからな。交代で見張りをするぞ」


 しかし、問題は誰と組ませるかだ。見張りを一人にした場合、そいつが眠ってしまう可能性がある。だから、見張りは二人ほしい。大志と理恩が組んだら、もう片方は海太と詩真だ。海太と詩真を組ませて、本当に見張りをしてくれるか怪しい。違うことを始めそうである。だからといって、大志と詩真を組ませても同じだ。


「えっ、詩真と?」


「そうだ。もしも何かあれば、俺を起こしてくれ」


「わ、わかった」


 理恩は困惑しながらも、承知してくれた。

 もしも詩真が理恩を襲うようなことがあれば、思いっきり殴ってしまうかもしれない。



「ね、ねえ、ちょっといいかしら……」


 詩真が、モニターを見上げて手招きする。

 大志もモニターを見ると、そこには桑菜が歩いていた。


「もう消灯後だろ。どこかに行くのか」


「違うわ。これは、休暇期間前夜の映像よ」


 それは、桑菜が伊織を殺した夜のことである。

 しかしそんな映像を今さら見せて、いったい何だというのか。


「時間が書いてあるのだけど、見えるかしら?」


 映像は、桑菜がこの扉の前にいる場面で停止された。

 その右下に細かく日付と時刻が記されている。


「20時45分……ん?」


「そう。消灯15分前。そして、桑菜が階段を上がってきたのは、何分だったかしら?」


 忘れたわけじゃない。けれど、確認するように、海太に顔を向けた。


「50分くらいだったってん!」


 その差は五分しかない。そのたった五分の間に、桑菜は下の階での用事を済ませ、戻ってきた。

 そんな短時間で、伊織を殺し、偽装工作をし、冷凍室に閉じ込めるなんて、できるだろうか。わからない。けれど、よほど手際が良くないと無理だろう。


「もしかしてなんだけど、本当に桑菜は伊織を殺してないんじゃないかしら?」


 詩真の核心を突く言葉に、大志は言葉を詰まらせた。



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