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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第二章 戦慄の世界
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2-21 『始まりの犠牲』


 大志は駆け寄った。

 大志だけじゃない。剛も、湊も一緒に伊織を拘束する紐を解く。

 伊織の身体は冷たく凍っていた。呼吸もしていない。


「なんで、こんなことに!」


「……きっと、これではもう……」


 剛は冷たくなった伊織を見て、そう言った。

 しかし、そんな言葉は受け入れたくない。


「昨日は、笑ってたんだ。伊織の温もりだって、覚えている。それが、こんなの……ッ!」


 大志は伊織を抱きかかえ、冷凍室の外へと連れだす。

 そして床に寝かせ、冷たくなった頬を手で温めた。


「起きてくれよ……また、笑ってくれよ」


「やめるでござる。もうダメでござる」


 肩を掴もうとする湊の手を、振り払う。


「わかってる! ……わかってるんだよ……ッ!」


「こんなものが落ちていたよ」


 剛が、一枚のカードを差し出した。

 カードには、『真水伊織』と書かれている。これは伊織の部屋の鍵だ。


「なんで鍵だけ落ちているんだ。服はないのか?」


「見当たらなかったね。どうやら、一人でここに入ったわけではないようだ」


 伊織はパイプ椅子に縛りつけられていた。とても一人でできるようなことではない。

 それにこの冷凍室も、外から施錠はできるが、内側からは鍵を閉めることができないようである。


「なら、誰かが伊織をこんなふうにしたってことだな……」


 大志は立ち上がり、全員を見回した。

 休暇期間中、小路は島外へと出てしまっている。なので、この島には、今ここにいる12人しかいないのだ。


 そしてそれは、今まで仲良くやってきた誰かが伊織をこんな風にしたということである。

 信じられない。けれど、その事実と向き合うこと、それが今の大志が伊織にできる唯一のことだ。


「それは早計でござるよ。この中にそんな人がいるとは、思えないでござる」


「なら、誰がしたっていうんだ! この島には、俺たちしかいないだろ」


 大志の言葉に、桃華は桃幸を抱きしめる。

 そして桃華は理恩を睨んだ。


「か、鍵を持ってたんだから、理恩が閉じ込めたんでしょ!」


「そ、そうだってん! 怪しいってんよ!」


 全員の視線が、理恩へと集まる。

 怪しまれるのも仕方ない。冷凍室の鍵を持っていた。普段は鍵を閉めていなかったが、理恩が伊織をここに閉じ込め、誤って鍵を閉めてしまったということも考えられる。


「理恩が、やったのか?」


「そ、そんな、大志まで……。私じゃないよ」


「なら、誰が鍵を閉めたのよ!」


 桃華は桃幸を守りながら、理恩から距離を取った。

 海太も詩真も離れていく。


「いや、鍵がそれしかないと考えるのは、愚かだ。他に鍵を探してみるのがいいだろ」


 翔はそう言って、理恩から鍵を取り上げた。そして鍵を吟味する。

 理恩を疑う者と信じる者は、半々といったところだろうか。


「そうだね。スペアの鍵があってもおかしくない」


 剛は厨房の中を調べ始める。だが、ここは普段人が入らない場所だ。そこに鍵があるとは思えない。


「それよりも、伊織はずっとそこに放置しておくわけ?」


 愛は、横たわる伊織から目を背ける。

 伊織は、もう動かない。誰かが移動させなければ、ずっとここにいるということだ。


「部屋に、移動させるか」


 大志は伊織の部屋のカードキーを受け取り、伊織を抱きかかえる。

 そして伊織の部屋へと進む大志の後ろを、理恩が追ってきた。


「なんで、伊織がこんな目にあわなくちゃいけないんだ……」


「……誰かに恨まれていた、のかもしれないね……」


 すると、大志は理恩を睨んだ。大志は知っている。伊織が誰よりも優しいことを。だから、伊織が誰かに恨まれているなんて、ありえない。

 理恩は申し訳なさそうに目を伏せ、大志から一歩離れた。


「人は、ちょっとしたことで変わるんだよ。大志には、わからないかもしれないけど」


「伊織が誰かを傷つけたっていうのか?」


「……その逆も、あるかもしれないよね」




 伊織の部屋に入ると、伊織をベッドに寝かせる。

 部屋の中に荒らされたような痕跡はなく、ここで何かがあったわけではないようだ。


「ちょっといいかしら」


 開けっ放しにしていた扉から桑菜が入ってくる。

 そして桑菜は伊織の身体に触り、状態を確認し始めた。


「何してるんだ?」


「死後硬直、という言葉を知ってるかしら? それでだいたいの時刻を割り出そうと思ったのだけど」


 言葉自体は知っている。しかし、それで時間を割り出す方法を、大志は知らない。

 そこに、翔も姿を現した。翔は部屋の中を見回し、そしてため息を吐く。


「凍らされていたんだ。そんな方法で時間を割り出せるはずがないだろ」


「どういうことだ?」


「まずあの状態なら、凍死しかありえない。今はそれよりも、他のやつらと話し合いをしたほうがいいだろう。これからのことについてな」


 翔が言うには、少し混乱状態になっているようだ。

 互いに疑心暗鬼になり、今にも取り返しのつかないことになりそうだという。運が悪いことに、厨房には凶器が並んでいるのだ。


「伊織がこんなことになったのに、なんで……」


「そんなことになったからだ。誰だって自分の身が一番。死にたくないんだ」


 翔は目で、大志を催促する。

 しかし大志が行ったところでどうにかなるわけではない。


「た、大志……」


「さらに犠牲者が出ることになるわよ。一度、全員のアリバイを調べるべきね」


 桑菜と理恩は、翔と一緒に部屋を出ていった。

 そして部屋には大志と伊織が残る。


「もう、目覚めてはくれないんだな。なんで、こんな時に……」


 唯一の大人であった小路がいなくなるのを計ったかのように、タイミングが良すぎる。

 昨晩、詩真と一緒に別れて、そのあとにこんな姿になったのだ。


 最初に食堂へ訪れた桃華と桃幸が知らないとなれば、昨晩のうちに行われたということである。

 しかし昨晩、伊織と別れたのが八時頃だ。それから消灯までの約一時間のうちに行われたとすれば、だいぶ絞れてくるはずである。


「詩真……あいつなら……」


 大志の足は動いていた。

 翔たちを追いかけ、そして追い抜いて厨房へと向かう。




 厨房は臨戦状態となっていた。

 包丁に、フライパン、ガスバーナー、武器になりそうなものを持ち、構えている。


「何やってるんだ! 冷静になれよ!」


 その怒声に、全員の視線が大志に注がれた。

 昨日まで笑いあっていたのに、こんな互いに凶器を向けあうのはおかしい。


「話し合いもせずに、人を疑うな」


「相手は人殺しなのよ! ゆーちゃんにもしものことがあったら、どうしてくれるの!」


 桃華は奇声を上げ、フライパンを大志に投げつける。

 その不安もわかるが、その疑心は話し合えば消えるはずだ。


 大志は腕で防ぐが、多少の痛みを伴った。

 しかし、誰かが傷つくよりかは、軽い痛みである。


「昨晩、伊織は俺の部屋にいた。それは桃華と桃幸、そして海太が見ているな」


「見てたってんよ。あの時はぴんぴんしてたってん」


 ここで誰も反応してくれなければ、大志が疑われるところだった。

 愛を守っていた湊も、包丁をおろして大志の話に耳を傾ける。


「桃華と桃幸が帰ったら、俺の部屋には伊織と海太になった。だが、そこに詩真が加わった」


「そ、そうだったわね」


「そのあと、詩真は伊織の部屋に行ったよな?」


 すると、詩真はたじろいだ。

 明らかな動揺。それは見逃せる反応ではない。

 大志に集まっていた視線が、詩真に移る。


「わ、私じゃないわよ! あの後、一緒にシャワーを浴びて、それで私は部屋に帰ったわ!」


「それは何分頃だ?」


「30分頃だったかしら。呼び出されてるとかで、急いでいたわ」


 そんな時間に、誰かに呼び出されていた。消灯後は部屋に入ることができない。伊織は身をもって知っている。そんな伊織が部屋を出たということは、あまり時間のかからない用事で呼び出されていたということだ。


「どこに行ったかわかるか?」


「階段を下りていくのが見えたわ」


「階段を? 教室か、食堂に呼び出されていたってことか?」


 すると、唐突に海太が声をあげた。

 その声に、自然と詩真から海太に注意が向く。そんな目立っておいて、何もなかったら、殴りつけたい気分だ。


「50分頃に、階段をあがってくる人を見たってん!」


「伊織か。ギリギリだな」


「違うってんよ! 桑菜だってん! 桑菜があがってきたってん!」


 話の中心が、桑菜へと移る。

 こうやって話し合えば、事実が見えてくるはずだ。さっきまでは得られなかった情報が、こんなにも得られたのがその証拠である。


「私は小路に呼び出されていたのよ。それだけだわ」


「なんで桑菜が呼び出されたんだ?」


「七日間いなくなるから、みんなをまとめるように言われたのよ。それだけ」


 頭のいい桑菜を見込んでのお願いだろうか。

 もしかしたら、伊織も同じ理由で呼び出されていたのかもしれない。今となっては、わからないことだが。


「その時に伊織も一緒だったか?」


「いえ、私と小路だけだったわ。本当に呼び出されていたのかしら?」


 そう言って、桑菜の目は詩真を捉えた。

 伊織が呼び出されていたことを確認した人は、詩真以外にはいない。しかし、伊織がいなかったというのも、桑菜しか知り得ないことである。


「拙者にはちんぷんかんぷんでござる。伊織を拘束していたパイプ椅子は、桃幸のものでござろう? そして紐は海太のものでござるな」


「ちょ、ちょっと! ゆーちゃんがしたっていうのッ!?」


「ち、違うでござる。詩真は、どうやってそれを手に入れたかという話でござる」


 桃幸のパイプ椅子は、用がなくなり、小路に預けたと桃華から聞いていた。

 小路に頼めば貸してもらえるだろうが、消灯時間ギリギリまで小路は桑菜と一緒にいた。そんな小路に、頼みに行けるだろうか。


「私じゃないって言ってるでしょ!」


 詩真は涙目になって訴えるが、この状況で情に流される者はいない。

 話し合った結果に疑わしいのなら、疑わざるを得ない。


「証拠がなければ、疑われるのは仕方ない」


「ってゆーか、理恩はどうなのよ?」


「そうでござるな。スペアキーが見つからないのでは、怪しいままでござる」


 愛と湊が、再び理恩を怪しんだ。

 あるかどうかわからないスペアキーを見つけなければ、理恩の疑いはいつまでたっても晴れないだろう。しかし、今はそれを探している余裕がない。


「つまり、誰も信じられないって状況だね」


 剛はそう言って、冷凍室の扉に背を預けた。

 たしかに剛の言う通りである。話をすればするほど、相手が怪しく思えてしまうのだ。


「当たり前だ。やったやつが、正直に話すとは思えない」


 翔の言葉は、不安をさらに煽る。互いに顔を確認し、それぞれ距離を取った。

 このままでは、見つけられるものも見つけられなくなる。


「こんなところ嫌! なんで、あんたらみたいなブタに殺されなくちゃなのよ!」


「お、落ち着くでござる。……せめて、小路に連絡ができたらいいのでござるが」


 しかし、すでに小路はいない。連絡手段もここにはない。この島の外に、助けを呼ぶことができないのだ。

 こんな事態、小路も想定していなかったのだろう。


「……たしか愛の部屋に……」




 大志は、本の最後に設けられた索引を調べる。


「あんた、変なことを考えてるんじゃないでしょうね!」


「安心しろ。俺たち全員のためだ」


 愛の部屋に置かれていた地図帳。愛は指が動かないので、今まで中を見たこともなかったという。

 大志もこうやって真剣に地図帳を見るのは、初めてだ。


「何を探してるのよ?」


「この島だ。『戦艦島』がどこにあるかを見れば、もしかしたら泳いで助けを呼びにいけるかもしれないだろ」


 しかし、いくら見ても、戦艦島の名はなかったのである。

 愛にも確認させるが、やはりなかった。戦艦島は、地図帳に載っていないのである。


「どういうことなの?」


「そんなの俺が知るわけないだろ」


「不思議でござるな。記入漏れということもないでござろう」


 愛と湊は互いを信頼しきっているのか、同じ部屋で寝るようだ。

 愛としても、一人より湊にいてくれたほうが安心できるのだろう。


「もしかしたら、本当は違う名なのかもしれない」


「……そうでござるな。それなら、あり得るかもしれないでござる。戦艦島という名も、聞いて知っただけでござるから」


 他の者も、この島にくるまで戦艦島という名は知らなかったという。


「拙者は大志を信じているでござるよ。だから、拙者も信じてほしいでござる」


「わかってる。湊を疑ってなんかいないぞ」


 大志はそう言って、愛の部屋をあとにした。

 疑ったところで、伊織が返ってくるわけではない。伊織のためにも、誤った判断はしたくない。




 食事は各々で食べ、そして建物の中だけではなく、島の隅々を探し回った。

 教室の奥にある小路が使っていた扉は施錠されており、その先へは進むことができなかった。


「ちょっと前に、大志を刺そうとした時があったわよね」


 桑菜は唐突に、そんな話を切り出す。

 大志も忘れたわけじゃない。本当に刺されるかと、ひやひやした。


「その時に、小路の部屋に入ったわ。入ったというか、運ばれたといったほうが近いわね」


「ああ、それで?」


「鍵のようなものを、そこで見たのよ。理恩が持っていたような鍵をね」


「……つまり、その鍵を使われたってことか。この扉の施錠も、その時にやられた」


 小路の部屋に何があるのか、大志は知らない。

 そんな未知の領域が犯人の手中にあるのだとすれば、圧倒的に不利である。


「他に何があったか、覚えているか?」


「残念ながら、期待に添えられそうにないわ」


 桑菜は首を横に振った。

 あの時は桑菜もすぐ眠ってしまったという。しかし、鍵があったという情報はとてもありがたい。これで、理恩が疑われる要因が消えた。


「そうか。わかった」


 大志は桑菜に一瞥し、教室を出ていく。

 すると、桑菜も大志の背を追った。もうこの部屋に用がないのは、桑菜も同じということである。


「こんなこと言うのもアレだけど、墓参りくらいしてあげたいわね」


 それは、伊織のことだろう。伊織はもう……あとは土の中で眠るだけだ。

 すると今まで抑えていたものが、目から溢れてくる。


「……そしたら、伊織も笑ってくれるかな」



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