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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第二章 戦慄の世界
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2-18 『休暇の予告』


「……ごめん。それは無理だ」


 唇を離した大志は、桃幸に静かにそう言った。

 その言葉は、桃幸も、桃華も予想していなかった言葉である。


「な、なんで……僕に惚れたって」


「たしかに言った。でも、桃幸だけじゃないんだ。理恩にも、伊織にも惚れてるんだ」


 そう言うと、桃華が鬼のような剣幕で、大志へと近づいてきた。

 しかし、桃幸の手によって、桃華の足は止まる。


「大志さんは、僕を愛してなかったってこと?」


「……いや、そんなことはない。けど、桃幸だけをってことはできない」


 大志は桃幸の腕を離し、その身体を桃華へと向けさせた。


「俺よりも、もっと愛してくれる相手があそこにいる。だから、もう自分を傷つけるな」


「違う。おねーちゃんは愛してなんかない。僕なんて、いなくなればいいと思ってるに決まってる!」


「そんなわけないでしょッ! ゆーちゃんがいなくなったら、私だって生きていけないのよ!」


 桃華は桃幸の身体を抱きしめる。

 今まで自由を奪っていた桃華が、ありのままの桃幸を抱きしめたのだ。


「ゆーちゃんがいなくなるは、嫌だったの! だから、ゆーちゃんが自分を傷つけないようにした。でも、それがさらにゆーちゃんを苦しめていた。ごめん……気づかなくて、ごめんなさい」


「やめて……僕は、謝ってほしいんじゃない」


 桃幸は、桃華の身体を離そうとするが、それよりも強い力で桃華は抱きしめる。


「俺から見てもわかるくらい、桃華は桃幸を愛している。だが、互いに相手の気持ちを憶測で考えていた。それが二人の間にできた溝をさらに深めることになったんだ」


「ごめんなさいっ! 何でもするから、おねーちゃんを許して……」


 桃幸は口を開けるが、声を出さずに閉じた。

 そんな桃幸の顔を見て、桃華はゆっくりとその唇に、自分のものを重ねる。


 それも軽くではなく、長く。互いに酸欠になるんじゃないかというほどの長さ、それは続いた。

 そして唇を離した桃華の頬には、涙が伝う。


「今すぐ許してとは言わない。許してくれなくてもいい。……でも、おねーちゃんはゆーちゃんが大好き。それだけは信じて。それだけは、揺るがない事実だから」


「……本当に?」


「ゆーちゃんが信じてくれるなら、おねーちゃん何だってするよ」


 すると、桃幸の身体は桃華にもたれかかった。

 桃華は倒れないようにしっかりと支える。しかし待っても、桃幸の身体は動かなかった。


 地面に横にすると、目を閉じ、寝息を立てている。どうやら、眠ってしまったようだ。

 今まで桃幸にとって桃華は恐怖の存在だったのだろう。それが恐怖ではなくなり、張っていた気が抜けたのだ。


「寝顔も可愛い」


 桃華は、桃幸の頬にキスをする。


「これで、桃幸の自傷がなくなってくれればいいんだが」


「きっと大丈夫よ。ゆーちゃんには、私がいるんだから」


 桃華は胸を張った。

 桃幸を愛してくれる人が、すぐ隣にいてくれる。それなら、桃幸も自傷する意味がない。


 桃華は桃幸に膝枕をし、髪を優しく撫でた。


「美しい兄妹愛だ。これも運命だね」


 剛の意見に賛同するのは癪だが、その通りだ。

 しかし、全員の心が幸せに包まれる中、荒々しい声があげる。


「せっかく大上君と千頭さんがきたのに、これじゃあ授業ができないじゃないのぉー!」


 小路の悩みは、他の誰も興味がなかった。




「そういえば、髪を切ったらどうだ?」


 夕方になり、髪についた水を落としている理恩に、大志がそう言った。

 理恩の髪は長く、海に入ると髪が水に浸かってしまうのである。


「大志がそう言うなら、切ろうかな……」


 理恩は自分の髪を撫で、そして人差し指と中指で髪をはさみ、長さを考え始めた。

 しかし、理恩の見える範囲で長さを決めたら、長髪になってしまう。


「バッサリ短髪にしてみたりとかな」


「……大志がそう言うなら、そうするね」


 そこにちょうど、湊がやってきた。

 水泳の余韻に浸り、海で遊んでいたのである。翔、桑菜、桃幸、桃華はすでに部屋へと帰ってしまった。


「それなら、拙者のハサミを使うでござるよ」


「最初からそのつもりだったんだが。じゃあ、部屋に帰ったらそっち行くぞ」


「わかったでござる。待っているでござるよ」


 湊は愛に声をかけ、大志たちより一足先に部屋へと戻る。

 愛も湊のあとを追った。その顔は笑顔である。


 あれで、よく湊も気づかないものだ。


「あぁぁああっ! なんで脱いでるってんよ!」


「えひぇひぇえぇぇ……私を見てぇええ!」


 ついに我慢できなくなったのか、詩真は水着を脱ぎ、その身を晒す。

 しかし反応したのは、やはり海太だけである。剛はつまらなそうに目をつぶった。


「み、見ちゃダメぇ!」


 理恩の手が、大志の目を覆う。

 けれど、もう見てしまったあとだ。それに、詩真の胸はすでに見たことがある。


 詩真の胸は大きい。大中小で言えば、大だ。そして愛と桑菜と桃華は中。理恩と伊織は小である。

 海太は桃華がいないから、鼻の下を伸ばしっぱなしだ。


「そんなことしなくても、俺は理恩を見てるよ」


 理恩の手を離し、詩真の胸を視界にいれる。

 やはりその大きさは格別だ。さぞかし柔らかいのだろう。


「大志の嘘つきぃいいぃ!」


 理恩に突き飛ばされ、大志は伊織の腕の中に収まった。


「浮気はダメだよ。ちゃんと理恩を見てあげなくちゃ」


 そうはいっても、詩真の大きさでは嫌でも目に入ってしまう。悲しい(さが)だ。

 そこに剛がやってきて、微笑む。


「そんなに僕が見たいのかい?」


「いや、それはない」


 伊織から離れ、理恩と一緒に部屋へと戻った。




「大志の、好きにして」


 ハサミを持った大志に、理恩は背を向ける。

 しかし大志の心は不安で溢れていた。もしも、短髪が似合わなかったら、理恩に申し訳ないからである。


「本当にいいんだな。切ったら、元に戻せないからな」


「大志が嫌なら、切らなくていい。大志が望むなら、好きなように切って」


 理恩は覚悟を決めている。なら、大志も覚悟を決めるしかない。

 理恩の髪を切り落とした。少しずつ。下手なりに形を整えるように、理恩の髪は姿を変えていく。


「変な形になったら、ごめんな」


「いいよ。大志が切ってくれた。それだけで、嬉しいから」


 ハサミの刃のこすれる音が、響いた。


「仲がいいでござるな。うらやましいでござる」


「愛がいるのに、よくそんなこと言えるな」


 ここは湊の部屋である。だから湊がいるのは当然だが、その湊の隣には自然と愛もいた。

 愛はなぜか大志を睨んでいるが、それは聞いてはいけない気がする。


「愛はそんなのじゃないでござるよ。互いに利害が一致しただけでござる」


「そうだったのか。とてもそうには見えなかったな」


 湊と愛は互いに支えあっているのだ。湊が愛とともにいるのは、それだけのためである。

 その中で愛には、別の感情が生まれたのだろうが、湊の知るところではない。


「髪切ったら出てくから、それまで愛は我慢しててくれ」


「何言ってるのよ! あんたがいても、気にしないっつーの!」


 愛は否定するが、それなら表情は隠すべきだ。

 湊には見えていないが、大志と理恩には丸見えである。


「まあ、二人がどんな関係だろうと、俺と理恩には関係ない」


「大志がそう言うなら、そうだね」







「理恩、可愛いよ」


 大志は理恩を横目で見ながら、ほくそ笑んだ。


「大志ってば、その顔やめなよ。怖いからね」


 前の席に座った伊織が、顔を引きつらせる。

 大志は顔を手で隠し、そして気を落ち着かせ、手を離した。


「変わってないよっ!」


 伊織に両頬を引っ張られる。

 痛みのおかげか、大志の顔はいつも通りに戻った。


「つい、理恩が可愛くて」


「そんなに短髪がいいの?」


 伊織は半目で大志を見る。

 今の理恩の髪は短い。しかし肩にかからない程度の長さで、男と比べれば長い。

 しかし大志も、短髪だからいいというわけではない。理恩という最高の相手が短髪にしているからこそ、こうも目が奪われるのだ。


「ここには長髪しかいなかったからな。それもあるんだろ」


「あー、なるほどね。じゃあ、私もちょっと切ろうかな……」


「切ったら、ポニーテールにできないぞ」


 すると、伊織はポニーテールを身体の前へと出す。

 伊織はやはりポニーテールのイメージが大きいので、なくなると寂しい。


「うーん……切るとしても、そんなに切らないよ。今の半分くらいかな」


「伊織は、ここにきてから髪を切ってないのか?」


「ううん。大志がここにくるちょっと前に、小路に切ってもらったよ。みんな長くなってたからね」


 なら、わざわざ湊のところに行かなくても、小路に頼めば切ってくれたのだろうか。

 しかし、もう切ったあとだ。考えても、後の祭りである。


「それもそうか。海太とか、あれより伸びるとどうなるんだろうな」


「どうしたってん?」


 話をすればなんとやら。髪を天へと伸ばした海太が現れた。

 その髪は今日も絶好調に、天へと伸びている。


「いや、その髪どうなってるんだ?」


「また髪の話ってんか。そんなの知らないってんよ」


 海太は、桃華に視線を流しながら、自分の席に座った。まだ海太は、桃華に話しかけることもできていないようである。それどころか、詩真からのアプローチが激しくなったようだ。

 詩真は完全に海太を標的にしている。しかし海太の相手は、桃華だ。桃華は桃華で、桃幸と相思相愛みたいなことになってるし、難しい問題である。


 とりあえず、今の大志にできることは一つだけだ。

 大志は詩真の腕を掴み、廊下へと引っ張っていく。理恩がついてこようとするが、首を横に振り、そのまま待機させた。


 教室を出ると、すぐそこに階段がある。そこの壁に詩真の身体を預け、逃げ道を手でふさいだ。

 すると、詩真の目はとろんと垂れ、呼吸が荒くなる。




「こ、ここで、するのかしら……?」


「だいぶ、話し方が変わったな」


 かつての詩真は敬語のようなものを使っていた。しかし、一緒に暮らしているのにそれはおかしい。なので時間を持て余していた桑菜に、詩真に話し方を教えてあげるように言っておいたのである。

 それがこうも早く実を結ぶとは、大志でも驚きである。


「で、できるだけ努力する、わ……」


 詩真の手が、大志の股間を撫でた。

 大志はビクッと腰を震わせ、詩真から離れる。


「発情するな。俺は用があるんだ」


「わかってるわ。こういうこと、でしょ……」


 そう言って、詩真は胸をはだけさせた。

 変態のやることは、常人では考えられない。


 大志は詩真の両手を壁に押し当てる。


「もう、動くな。こんなところ、理恩に見られたらどうしてくれるんだ」


「……私に見られたら、困るの?」


 それは、今だけは聞きたくなった声。

 振り返ればそこには、教室から出てきた理恩の姿があった。


「ち、ちがっ、これは……」


 詩真の両手は大志により拘束され、胸を晒され、興奮のせいか目も潤んでいる。

 こんな状態では、勘違いされてしまうのは当たり前だ。それどころか、またあの時のようになってしまう。


「大志が、そんなことしたの?」


「これは、詩真が脱いだんだ。俺は、何もしてない」


 しかし理恩は俯いた。そして、その肩はわずかに震えている。


「そ、そう……なんだ。私は、大志を信じる……」


 理恩は顔もあげず、教室の中へと入っていってしまった。

 扉の閉まる音が、嫌なほど大志の耳をこだまする。



「いったい何がしたいんだ」


 その声に顔を向けると、階段を下りてきた翔と目が合った。


「見てた、のか……」


「そうだ。……やはり、正しさでは現実を塗り替えられなかったようだな」


 それは、かつて翔に言われたことである。

 しかし大志は心を開き、全員と過去を打ち明けた。それなのに、まだ何かあるというのか。


「何か、関係があるのか?」


「もう、ここにいる者たちの未来は決した。あとはただレールに乗って進むだけだ。大上大志、お前が切り開いた未来に、誰も喜びはしない」


 翔は詩真と大志の横を通り過ぎて、教室へと入る。

 切り開いた未来に、誰も喜びはしない。やはり翔は何かを知っているのだ。それが何かは知らないが、ここの学校と何か関係があるということだけはわかる。


「詩真、これから言うことは真剣に聞いてくれ」


 詩真に視線を戻すと、詩真の胸はすでに隠されていた。

 そして、いつになく真剣な表情をしている。


「もう海太に妙なことはしないでくれ。海太には、思いを伝えたい人がいるんだ。それの邪魔を、しないでやってくれ」


「……私じゃないのかしら?」


「そうだ。もし抑えられなかったら、今度は海太じゃなく、俺にしてくれ」


 すると、詩真は大志の手を取って、自分の胸に押し当てた。


「んふぅぅ……わかったわ」




「理恩、本当に何もやましいことはしてないんだ」


「わかってるよ。大志が言うんだから、そうなんだよね。私は信じるよ」


 理恩は軽く笑ったが、それは苦笑いである。

 そこに、手を叩く音が聞こえた。前を向けば、小路が何かを喋っていたようである。


「なんて言ってたんだ?」


 右隣に聞くと、剛は笑顔になった。


「僕に聞くなんて、これも運命だね。嬉しいよ」


「それで?」


「なんだか、七日間の休暇期間があるようだよ」


 大志は首を傾げる。

 休暇は大志も知っていた。ここでいう、自由時間である。それが七日間も続くというのだ。


「なんでだ?」


「ははっ、君にはわからないだろうけど、学校にはそういった休みがあるんだよ」


 大志によくわからないことだ。しかし、自由に使える時間が増えるのは、嬉しいことである。

 理恩に笑顔を向けるが、理恩は苦笑いするだけだった。


「それでは、一ヶ月後の休暇に向けて、今日も勉強を頑張るよー!」


 小路の声は、教室内にむなしく響く。



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