表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第二章 戦慄の世界
35/139

2-9 『自己隠伏』


「中田の部屋だったのか」


 部屋の中にいたのは、中田だ。

 目を合わせてくれないところは、やはり中田である。


「助けてくれたんだね。ありがとう!」


 真水が手を伸ばすと、おずおずとその手を握った。

 やはり苦手なのは異性だけのようである。大志が手を伸ばしても、握ってくれなかった。


 中田にもきっと何か辛い過去がある。しかし、それを聞くような状況でないのは大志でもわかることだ。

 どうしても大志と目を合わせたくないのか、中田は背を向ける。


「いれてくれたことには感謝をいうが、なんでわかったんだ?」


 部屋は防音になっており、大志と真水の声が聞こえたということはないはずだ。


「そそっ、そっ、れです」


 中田の指の先を目で追うと、扉の上にテレビモニターが設置してある。

 そこには暗い廊下が映し出されていた。


「なんだ、これは?」


「かっ、監視カメラ、ですっ」


 見ていると、ランプを持った小路が横切る。

 中田がいうには、中田の部屋の前を映しているようだ。


「俺の部屋にはないな。やっぱり、それぞれの部屋に何かしらあるってことか?」


「でも、私のところにはなかったよ」


 それが不思議だ。大志と理恩のみならず、中田の部屋にも特殊なものがあったとすれば、真水の部屋に何もないというのはおかしい。

 しかし、真水の部屋に何もなかったのは知っている。


「……もしかして、扉か」


 ドアノブを回してみれば、動くし、開いた。それは大志の部屋も同じである。

 消灯後、真水の部屋の扉は開かなかった。まるで、鍵がかかったかのようにビクともしなかったのである。


「何のこと?」


「真水の部屋は、消灯後になると扉が開かなかっただろ? でも、俺の部屋も中田の部屋も、扉が開いた」


 しかし、なぜ扉なのか。大志の冷蔵庫にしろ、中田の監視カメラにせよ、使い道はある。理恩の鍵はわからないが、それでも何かに使えるはずだ。それに比べ、真水の開かなくなる扉は何も使えない。


「そうなのかなぁ?」


 真水は腕を組んで、唸る。


「それしか考えられないな」


「そっ、その、二人は、どっ、ういう、関係で?」


 中田は未だに背を向けたままだ。

 大志と真水に、関係と呼べるほどの関係はない。悩んでいると、真水が中田の前へと移動する。


「友達。全てをさらけ出した仲なんだよ」


「すっ、すべて……?」


 中田は言葉を漏らし、足を震わせる。

 全ては言いすぎだろうと口を出そうとしたが、思い返してみれば嘘ではなかった。


「それよりも、今日はここで寝かせてもらえるか?」


 すると、中田はビクッと身体をはねさせる。


「こ、ここでっ、ふ、二人のあ、愛の……」


「何のことだ?」




 真水の説得もあり、なんとか中田の部屋で寝かせてもらえることとなった。


「ど、どうぞっ! べべ、ベッドはご自由に! で、でっ、でっ、でも、よ、汚さないで、ください」


「いや、中田が使えよ。俺たちは床でいいから」


 さすがに他人の部屋にきて、ベッドを横取りなんてできない。

 大志が横になると、その隣にくっついて真水も横になる。くっつかなければいけないほど、部屋は狭くない。けれど、離れてほしいとは思わなかった。


「で、では、電気を消します」


「ああ。真水も、中田もおやすみ」


 目をつぶると、大志を闇が包む。だが、真水の温もりが消えることはない。

 意識が薄れていき、心地よい中に埋もれた。




「はぁ、はぁ……んっ、ぁあ、んんぅ……はへぇ、へっ、んぅッ……」


 声が聞こえる。

 声は聞こえるが、朦朧とした意識ではそれが何かはわからなかった。

 手が熱い。何かを押し当てられている。しかし、目を開けたくない。もう一度、眠りたい。


「きっ、きもち、いい……」


 そして、大志は再び眠りについた。







「な、なんだ、これっ!?」


 目覚めれば、腕が濡れている。腕だけじゃない。手もだ。

 少ししょっぱいから、汗なのだろうか。しかし汗とは少し違っているような気もする。


「それどうしたの?」


 隣で目を覚ました真水は、目を丸めた。

 しかし、大志もそれがわからないから驚いている。


「起きたらこうなってたんだ。不思議なこともあるもんだな」


「そうだね。とりあえず流したほうがいいよ」


 真水に背を押され、シャワーで腕についた液体を流した。

 寝ている間に何があったのか、全く思い出せない。


「ど、どうしたんですか?」


 そこに、中田が姿を現す。

 シャワーの音で起こしてしまったのかもしれない。


「ちょっと腕が汚れてたから、洗ってるんだ」


「え、よ、よご、れた……」


 中田は真水を見て、頬を真っ赤に染めた。


「真水が何かしたのか?」


「何もしてないよぉ! ずっと寝てたんだから!」


 真水は頬を膨らませ、拗ねる。

 真水を疑うなんて、大志も愚かだった。真水が他人にいたずらをするような人じゃないのは、わかっていたはずだ。


「なら、俺のせいか。今までこんなことなかったのにな」


 シャワーで濡れた腕を拭き、大志の寝ていた場所を調べる。

 真水がいたのとは反対側に多少の液体が見られた。やはり汗なのだろうか。

 真水の服に吸い取られて、片側しか残っていなかったと考えれば、納得がいく。


「あ、あの、わわ、私が片付けますので」


 中田に押され、大志と真水は部屋から出された。

 寝かせてもらった上に、片付けまでしてもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいである。



「で、どうしよっか?」


 扉の前で、真水はツインテールをポニーテールにしながら、そう訊ねてきた。

 しかし、することなど一つしかない。


「お互いに部屋へ戻るか。じゃあ、またあとで会おう」


 真水に手を軽く上げ、部屋へと戻る。神無月に教わったことを使ってみたが、使い方がよくわからない。







「おねーちゃんも、ゆーちゃんが大好きだよぉ」


 二条がゆーちゃんを胸に抱きしめる。

 しかし、ゆーちゃんは何も言っていない。二条には幻聴でも聞こえているようだ。


 食堂で朝食をとっている。運がいいのか、悪いのか、また二条と同じ時間にきてしまったのだ。


「た―君は、何してたの?」


 真水ではなく、今は理恩と一緒である。


「いつの話をしているんだ?」


 昨日は理恩と離れている時間が多すぎて、いつのことなのかわからない。

 真水に過去を打ち明けているときだろうか。しかし、それなら事前に理恩とも話をしていたし、聞いてくるはずもない。なら、その前の榊と食事をした時だろうか。考えれば考えるほど、わからなくなる。


「昔のこと、話したんでしょ?」


「ああ、そのことだったのか。話したぞ」


 すると理恩は味噌汁をすすり、一呼吸置いた。



「……それだけじゃ、ないよね? 消灯の時間になるまで見てたけど、出てこなかった」


「まさか扉の前で待ってたのか?」


「うん。いつ出てくるか待ってたんだよ。……でも、出てこなかったね」


 理恩の顔が大志に向く。しかし、その顔は理恩であって、理恩ではない。

 幼い時から大志の隣にいた優しい理恩ではなかった。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、はたまた驚いているのか。無表情に近い理恩の顔からは、感情が一切読み取れない。


「それは悪かった。でも、ノックくらいしてくれないと、わからない」


「ううん。部屋に入る気はなかったの。ただね、本当に話をするだけなのかな、って」


 理恩は勘が鋭いようである。しかし、大志が泣いたことはバレていないはずだ。


「ちょっとあったが、理恩が気にすることじゃない」


「……そう、だね」


 理恩はふっと目を伏せ、食事を続ける。

 理恩には知られたくない。泣いたなんて知れれば、何て言われるか。


「もう済んだ話だ。忘れろ」


 まだ食べている理恩をおいて、食器を片づける。

 そして二条に話しかけようとしたら、睨まれた。どうやら、まだ昨日のことを気にしているようである。


「今はやめとくか。なら……」


 食堂を見回すと、神無月も座っていた。

 意味深な言葉が気になっていたので、ちょうどいいだろう。


 神無月の隣に腰を下ろした。

 すると、神無月は髪をめくって顔を覗かせる。


「何か用でござるか?」


「ああ。昨日の言っていたことが気になってな。他人に迷惑をかけるな、とか」


 すると、神無月は残っていた朝食を一気に食べた。そして立ち上がり、手招きをする。

 ついていくと、三階にある神無月の部屋に辿りついた。







「大上は、何者でござるか?」


「ただの人間なんだが」


 すると神無月は首を横に振る。


「違うでござる。何故、ここにきたのかでござるよ」


 神無月についてきただけだ。

 そう答えようとした時、神無月の言ってることがわかった。


「俺の過去が知りたいってことか」


「拙者に害をなすかどうかを、知りたいだけでござる」


 まさか昨日の今日で、同じ話をすることになるとは思いもしなかった。

 しかし、知りたいと言っているのなら、話さないわけにはいかない。


 真水の時のように丁寧な説明はよして、適当に重要な点だけ伝える。

 今なら、言うべきことが親の死と、ギルチに長い間育てられたことだけだとわかるからだ。


「――とまあ、こういうことがあったんだ」


「なるほど。苦労したのでござるな」


 神無月は腕を組んで首を上下に動かす。

 苦労した覚えはないが、聞いてるほうとしては苦労してると思うのだろうか。


「それで、なんでこんな話を聞きたかったんだ?」


「大上が拙者の害になるか、敵になるかを見極めるためでござる」


 神無月の過去と何か関係があるのか、それともただ注意深いだけか。

 しかし、その様子から察するに、味方だと認めてくれたようである。


「それで、神無月の過去も教えてくれるんだろ?」



「拙者だけ教えぬわけにはいかないでござる。簡単に言えば、自殺未遂でござる」


 普通の学生として暮らしていたのだが、強姦として捕まったようだ。

 下校中に、強姦の犯人として間違えられたのである。外は暗く、被害者が犯人の顔をよく見ていなかったのだ。それで、走っていた神無月が犯人にさせられたのである。


 そして捜査が行われ、部活顧問の証言などで、時間的に神無月の犯行が不可能だとわかった。神無月は無罪となったのである。

 しかし、周りの神無月を見る目は変わった。


 疑われたくらいだ。もしかしたら、本当にするかもしれない。

 昨日まで仲の良かった友達も、神無月に近づかなくなり、憎悪の目を向ける。


「生きるのが辛かったでござる。……だから、命を絶とうとした。でも、目が覚めたら病院にいたでござる」


「強姦ってわからないんだが、そんな憎まれるようなものなのか?」


「そうでござろう。でなければ、拙者はここにはいないでござる」


 神無月は部屋に置かれた棚からハサミを取り出すと、それを大志に渡した。

 大志の部屋にはない。つまり、これが神無月の部屋の道具である。


「髪を切ってほしいのか?」


「それは拙者に必要のないものでござる。だから、大上にあげるでござる」


 大志はハサミを動かしてみた。動きは滑らかだ。まだ、使ったことがないのだろうか。


「拙者は全てを失った。だから、いらないでござる」


「じゃあ、さっそく使うぞ」


 神無月の顔を隠している髪を、少しだけ切ってみる。

 すると、神無月は飛んでうしろへ下がった。


「な、何をするでござるッ!」


「何って……それじゃあ、前が見えないだろ?」


「それでいいでござる! 前など見たくない。現実など見たくないのだ! だから、こうやって視界を覆っているでござる!」


 神無月の髪が長い原因は、現実から目を背けたいからのようだ。

 大志はハサミと見つめあい、そして決心したように神無月に近づく。


「神無月の気持ちは、なんとなくわかる。見てきた世界が、神無月を苦しめてきたこともわかる。……だけど、その神無月を苦しめた世界ってここにあるのか?」


「な、何を言っているでござる……」


 神無月の髪をめくり、その目を見た。

 恐れと恐怖に染まった神無月の目は、大志へと向けられる。

 それも仕方ない。今まで自分の殻にこもって、外を否定してきたのだ。いきなりその殻を剥がされれば、誰だって恐怖を覚える。


「ここにいる人は、神無月を苦しめるのか?」


「わ、わからないでござる……」


 神無月の髪を戻し、ハサミを神無月の手に戻した。


「俺は、神無月と仲良くなりたい。だから、信じてくれ」


「大上は敵ではない。だが、簡単には信じられないでござる」


 神無月の手からハサミが落ち、床を転がる。

 苦しんできた思いは、そう簡単になくせるものではない。それは大志もわかっていることだ。



「……こう言っちゃあれだが、チャンスだと思うんだ。この過去と隔離された世界で、知らない人間と一緒に生活をして。過去の自分とは違う、新しい自分になるチャンスだってな」


「チャンス、でござるか?」


 大志は床に転がったハサミを拾い、神無月に差し出す。


「嫌われていた自分を隠すのは、傷つかなくていい。でもここで、嫌われていた自分を捨てたら、もう隠す必要もないだろ? 簡単にできることとは思ってない。だから、一歩ずつ、少しずつでいい。まずは、その長い髪を切るとかな」


「自分を……捨てる」


 神無月は差し出されたハサミを使って、髪を切り始める。

 視界を遮っていた髪は床へと落ち、神無月の顔がだんだんと姿を露わにした。


「これで、いいでござるか?」


「ああ、そうだな。意外にイケメンなのが、殴りたくなるけどな」


 大志は軽く笑って、手を差し出す。

 すると、迷うことなく神無月は、その手を握った。


(みなと)……。神無月湊でござる」


「俺は、大上大志。これから、よろしくな」


 名を明かすのは、親しくなった証。

 まだ、神無月との関係は始まったばかりである。だが、好調のようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ