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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第二章 戦慄の世界
31/139

2-5 『三人同衾』


「一人につき一室か……」


 歓迎会は無事に終わり、担任の小路から、大志と理恩にそれぞれ部屋の鍵が渡された。

 鍵といっても、カードの形をしている。それを差し込むと、解錠されるのだ。


 そして別の部屋に自分のを差し込むと、警告音が鳴るようである。

 それは迷惑になるので、確かめようとは思えない。


 大志が自室を探していると、山崎という文字が目に入った。

 その下に置かれた皿は、綺麗になっている。あのあと、食べてくれたのだ。


「でも、片付けるくらいしてくれよ」


 大志は皿を持って、一階にある食堂に走る。

 しかし、大志の心は嬉しい気持ちでいっぱいだ。食べてくれたということが、少し親しくなったからだと思ったからである。




「あら、どうしたの?」


 食堂に皿を持っていくと、小路が片づけをしていた。


「山崎に持っていった皿を片づけにきた」


「山崎さんに? ……食べてくれたの?」


 小路は大志の手から皿を受け取り、驚いたような顔をする。

 その反応では、普段から食べてくれなかったのだろうか。


「たぶん食べたんだと思う。珍しいのか?」


「……いえ、あなたが気にするようなことではないわ」


 小路は大志に背を向け、早く部屋に戻るよう促す。

 大志も、小路が何も喋ってくれそうにないのでその場を後にした。



「大上……」


 階段の途中で、榊が立っている。

 初めて聞く榊の声は、か細く、今にも消えてしまいそうだ。


「さ、榊か。喋れたんだな」


「勘違いするな。ここに希望も未来もない」


 榊はそう吐き捨て、階段を昇っていく。

 ここに大志が連れてこられたのは、青春を謳歌するためだ。しかしそこに、希望も未来も同居していないというのである。


「そろそろ悲鳴が聞こえる。だが、詮索するな」


 榊の声が聞こえ、それに続くように悲鳴が聞こえた。

 泣き声にも聞こえるそれは、ゆーちゃんだと直感でわかる。


 大志はゆーちゃんの部屋へと走った。

 二条と書かれた扉は二つ並んでおり、近いほうの扉を叩く。

 しかし、反応はない。


「こっちはゆーちゃんじゃないのか……」


 隣の部屋の扉を叩いた。

 すると、中でガタガタと音がし、そして扉が開く。

 現れたのは、二条姉のほうだった。


「ゆーちゃんの悲鳴が聞こえたんだが、こっちは二条の部屋か?」


「ゆーちゃんの部屋は隣。ここは私の部屋よ」


 わずかに開いた隙間から、二条姉の目が見える。

 しかしその目は少し怒っていた。それに不自然である。

 あんなにゆーちゃんを甘やかしていたのに、悲鳴に無関心はありえない。それこそ、扉を壊してでも部屋へと侵入するはずだ。


「ゆーちゃんが心配じゃないのか?」


「心配に決まってるでしょ! でも、鍵の閉まっている部屋に入ることはできないのよ」


 二条は大きな音を立てて扉をしめる。

 姉である二条でも、ゆーちゃんの部屋へは入れない。不思議だ。


「榊が詮索するなと言ってたのは、このせいか……」


「たっ、た―君……」


 そこへ、理恩がおずおずと歩み寄ってくる。

 理恩は先に部屋へと行ったはずだ。しかし、ここに理恩はいる。


「どうしたんだ?」


「そ、その……怖くて」


 理恩はズボンをギュッと握って、恥ずかしそうに頬を染めた。

 大志と理恩は、今までずっと一緒に生きてきた。離れることがなかったので、一人でいることが怖いのである。


「なら、俺の部屋に来いよ」



 理恩の手を握り、大志は自分の部屋を探した。途中で出会った真水は、髪をポニーテールからツインテールにしている。


「それも似合ってるな」


「そうかな? うしろで縛ってると寝づらいから、シャワーの後はこうしてるんだよね」


 真水はツインテールを持って、大志に向けて振った。

 二カッと笑う真水の髪を、握る。すると、まだ少し濡れていた。


「しっかり拭かないと、風邪ひくぞ」


「大丈夫だよ。これでも風邪ひいたことはないんだからね」


 くるりと回って、部屋へと戻る真水を見送る。


「真水とは、なんだか親しくなれそうだな」







「なんだ、これは」


 部屋には、シャワーとトイレがついており、ベッドと棚が置かれていた。そして棚の上には、冷蔵庫がある。

 大志にとっては、初めて見るものばかりだ。


「と、トイレだけの部屋……?」


 トイレは壁に囲まれており、トイレに行くには扉を開けなければならない。

 大志と理恩にとってトイレは、部屋の一角に置かれているものだった。なので、扉で区切られているものは初めて目にする。


「おかしな部屋だな」


 大志はベッドに腰を下ろした。

 今までずっと床に敷かれた布団で寝ていたが、ベッドというものがあるのは、ギルチとの勉強で知っている。

 理恩も大志の横に座るが、落ち着かないようだ。


「もう、一人じゃない。だから、怖くないだろ?」


「う、うん……」


 理恩の肩を軽く叩き、笑顔を向ける。

 そして大志は冷蔵庫の扉を開けた。見たことがないので気になっていたが、中に説明書が入っている。


「冷蔵庫、か。入れたものを冷やす、って……何の意味があるんだ?」


「……知らないよ。それより、シャワーを浴びて、早く寝ようよ」


「ああ、そうだな。先にいいぞ」


 すると理恩は立ち上がって、大志の腕に抱きついた。

 見ると、その頬は膨らんでいる。


「一緒に入ろうよ。一人じゃ怖いよ」


「……大丈夫だ。俺はここにいる。だから、一人で入ってくれ」


 理恩の髪を撫で、脱衣所まで一緒についていった。そして理恩を入れ、扉の前に腰を下ろす。

 理恩には未だに羞恥心がないのかもしれない。けれど、少しずつでも、大志から離れてくれないといけない。いつまでも、一緒にいられるわけがないのだから。


「そ、そこにいる?」


「ああ、いる。だから、安心しろ」


 いつかは、別々の部屋で寝られるようになってほしいと思うが、それは遠いだろう。



「ここに、希望も未来もない……」


 榊が言っていたのは、どういう意味だったのか。

 学生は、色々と騒がしい連中だったが、楽しかった。これからも、こんな日が続くのかと思うと、明日が楽しみである。


 歓迎会の時に渡された生徒手帳を見てみた。

 この戦艦島が生まれた所以や、何のために存在しているのかというものが書いてある。


「戦時中に避難場所になっていた? それで使われなくなったから、新しく建て直して学校とした。今は特別な学校となっている?」


 意味不明だ。ここは孤島。それにこの島には、この学校以外に何もなかった。ここに学校を建てた意味がわからない。それに特別な学校という表記も気になる。

 もしかしたら榊は、何かを知っているのかもしれない。


 消灯は午後九時ちょうど。掛け時計を見ると、あと十分程度だ。


「……今日は諦めるか。明日もあるし」


 それに理恩がシャワーを浴びている。もしも途中でいなくなったら、どうなるかわかったもんじゃない。

 そして大志がトイレに入っていると、泣きじゃくる理恩の声が聞こえた。







「なんだか眠そうだね」


 学校の朝は、ギルチとの生活では考えられないほど早く起床しなければならなかった。

 昨晩は理恩がなかなか寝てくれなくて、大志も眠ることができなかったのである。


「ちょっと色々あってな。真水は眠くなさそうだな」


「まあね。早寝早起きは、基本だよっ」


 廊下で真水と話していると、真水の隣の部屋から下野が出てきた。

 どうやらそこが下野の部屋のようである。


「朝から君に会えるなんて、これも運命だね」


「ただの偶然だろ」


「偶然という名の運命さ。やはり僕たちは惹かれあっているようだね」


 笑う下野を置き去りに、教室へと足を進めた。

 理恩もちゃんとうしろをついてきている。置いてきたりなんてしたら、ずっと泣いていたかもしれない。




 教室にはすでに人の姿があった。

 来ていないのは、二条姉弟と榊、そして下野のようである。


「お、昨日はちゃんと食べたみたいだな」


 つまらなそうに座っていた山崎に声をかけた。すると、睨まれてしまう。

 食事が口に合わなかったのか。それとも床に置いていったのが気に入らなかったのか。


「ブタのくせに二足歩行なんて、おこがましいわ」


「だから俺はブタじゃないって」


 山崎の肩をポンッと叩いて、自分の席へと移動する。


「命知らずでござる」


 席に座ると、神無月が身体ごと向けて話してきた。

 大志としてはただ会話しただけだったのだが、どこかに危険があったようである。


「大丈夫だ。問題ない」


「山崎は言葉がきついから、みんな寄ろうとはしないんだよね」


 真水はそう言って席に座るが、その山崎は神無月のすぐ前の席。聞こえないわけがない。

 山崎は席を立って、どこかへ行ってしまう。


 そして交代するように、下野が教室へと現れた。


「ついさっき山崎とすれ違ったんだ。これも運命だね」


「何がだよ。それより山崎の様子はどうだった?」


「……気にすることはないかな。いつも通りだったよ」



 しかし、山崎は帰ってこなかった。

 ゆーちゃんを抱えた二条姉と、榊がやってきただけである。




「それでは、これで終わります」


 その日の授業は終わりを迎えた。ギルチとしていた勉強の復習みたいな内容である。

 どれも大志にとっては簡単だった。


「簡単だったな」


 理恩に同意を求めると、理恩は小さく頷く。

 そして部屋へと戻ろうとすると、真水が半泣きで抱きついてきた。


「な、なんだよ」


「勉強を、教えてっ!」


 教えるも何も、たった今、小路が教えていたのである。

 大志は身体から真水を引き離し、話を伺った。


 真水の話を簡単にまとめると、小路の説明では理解できないので、個別に教えてほしいという。


「お礼は何でもするからさっ!」


 真水は手を合わせ、頭も下げた。

 そこまでさせて断るほど、大志も鬼ではない。少し勉強を教えるくらいだ。手間でもないだろう。


「……少しだけだぞ。それと、理恩も一緒でいいか?」


「もちろんだよっ」



 すると早速、真水の部屋へと連れていかれた。

 中は大志の部屋とほぼ同じである。違っているところは、冷蔵庫がないことだ。


「真水の部屋には冷蔵庫がないのか」


「え、大上の部屋には冷蔵庫があるの? いいなー」


 真水はベッドに横になる。

 大志の部屋が特別なのか。それとも、真水の部屋だけ設備が整ってないのか。


「理恩の部屋にも、冷蔵庫あるよな?」


「ううん、ないよ」


 驚愕の事実だ。大志の部屋に冷蔵庫があることを、微塵も不思議に思っている様子ではなかったので、てっきり理恩の部屋にもあるものだと思っていた。


「なら、他に何かあったか?」


「……これ」


 そう言って取り出したのは、金色の鍵。しかし、部屋の鍵はカードの形をしている。つまり、部屋ではない何かの鍵ということだ。


「どこの鍵だろうね?」


 真水は手に取って確かめてみる。しかし見てもわからなかったのか、すぐに理恩へリリースされた。

 大志の部屋に、こんなカギはなかった。そして、理恩の部屋に冷蔵庫はない。



「もしかして、各部屋で別々のものが置かれてるんじゃないか?」


「んー、そうなのかなぁ? でも、私の部屋は何もなかったよ」


「そ、そうなのか。なら、やっぱり違うのか」


 その時、大志の空腹を知らせる音が響く。

 うるさいくらいに、何度も、何度も。


「じゃあ、勉強の前にご飯食べようか」


「あるのか?」


「当たり前だよ。食堂に行かないとだけどね」


 食堂で食べたいメニューを頼むと、あとは勝手に作ってくれるようだ。

 時間などは決まっておらず、全員が一緒に食べるのは昨日のような特別な時だけのようである。




「で、どこがわからないんだ?」


「この変数ってやつだよぉ。文字が数字になるって、どういうことなのー」


 真水は教科書を何度もつついた。

 しかし大志も悩む。教わる側なら楽だったが、教える側となると、変に考えてしまう。


「そのままだ。変わる数なんだよ」


「それがわからないんだよぉ。なんで変わるの?」


 大志はどう返そうかと、理恩に目を向けた。すると、理恩が食堂でもらっていた牛乳が目に入る。

 理恩から牛乳パックを取って、それを真水に見せた。


「変数っていうのは、この牛乳パックみたいなものだ。文字は牛乳パック。数字は牛乳だ。牛乳パックを見ただけだと、中の牛乳の量はわからないだろ?」


「そんなの当たり前だよ。どうやって牛乳の量を調べるの?」


「初歩的な質問すぎるだろ。本当に小路の話を聞いてたのか?」


 すると真水は頬を膨らませて、身体を倒してしまった。そして腕を組み、そっぽを向いたまま動かなくなる。

 せっかく教えにきているのに、これでは時間の無駄だ。


「わかった。教えるから、拗ねないでくれ」


「どうせ理解できないですよーっだ」


 全く起き上がろうとしない真水を無理やり起こし、背中を支える。


「そんな顔してると、かわいいのがもったいないぞ」







 そして、何度も挫折しながら、勉強は終わった。

 時計はすでに九時三十分をすぎている。


「あ、もう消灯の時間すぎてたんだね」


「この部屋はまだ電気がついてるが、大丈夫なのか?」


 すると、真水は立ち上がって身体を伸ばした。

 そして大きく深呼吸すると、もう一度座る。


「部屋以外の場所が消灯するだけで、部屋の中はずっと電気をつけててもいいんだよ」


「そういうことだったのか。そういえば、昨日も普通に電気つけてたな」


 大志は廊下へと出ようとするが、ドアノブが動かない。まるで、鍵でもかかっているかのようだ。

 しかし内側から解錠する方法はない。閉じ込められたのである。


「消灯後は部屋の外に出られないよ。禁止事項にあったでしょ?」


「……あったような気がする」


 生徒手帳の中を見れば、確かに書いてあった。

 しかし、それでは部屋に帰ることができない。


「まあ、仕方ないよね。今日は私の部屋で勘弁して」


「寝かせてくれるのか?」


「私のせいでこうなっちゃからね。……でも、変なことしたら叫ぶからね」


 真水は髪を縛っていたゴムを外す。

 真水の言う『変なこと』が大志にはよくわからないけれど、理恩といつも通りに夜をすごすだけだ。


「縛ってないだけでも、けっこう印象が変わるんだな」


「そう? 自分じゃよくわかんないけど」







「また、ちゃんと拭いてないな」


 大志と理恩もシャワーを浴び、いざ寝ようとなった時、濡れている真水の髪に気づいた。

 そしてタオルを引っ張り出すと、拭く。


「ちょ、ちょっと待ってよ。拭くなら、髪を解くから」


 真水はツインテールにしていた髪を解いた。大志はしっかりと、拭き残しのないように拭く。


「なんだか、他人に拭いてもらうって気持ちいいねぇ」


「なら、俺の手で気持ちよくなるんだな」


「うん……」



 拭き終わると、真水は再びツインテールにした。


「それ、理恩にもできるか?」


「うん、できるよ。髪長いからね」


 理恩の髪は長い。ギルチは時々髪を切ってくれたのだが、『理恩は伸ばしたほうがいい』と言って長くしていた。


 真水に縛ってもらい、理恩もツインテールになる。

 すると、今までになかった可愛さが見えたような気がした。


「理恩、なかなか似合ってるぞ」


「う、うん……嬉しい」


「じゃあ、そろそろ寝よっか。明日も早いし」


 真水は一人でベッドに横になり、寝ようとする。

 大志と理恩がどこで寝ようか迷っていると、真水がベッドを叩いた。


「ベッドはここだよ」


「……まさか、三人で寝る気なのか?」


「きっと大丈夫だよ」


 理恩と二人で寝ても狭いと感じたのに、三人で寝ればもっとだ。

 断ったが、真水に手を引かれて逃げられない。




「ほら、寝れたでしょ?」


「だいぶきついけどな」


 三人の身体はぴったりくっついている。

 大志と理恩はそれでもかまわないが、真水としてはいいのだろうか不安だ。


「じゃあ、おやすみ」



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