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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第一章 始まりの異世界
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1-3 『揉んで握って』


「変態さんは、何を言っているのですか?」


 淡い黄色の髪をしたイズリは表情一つ崩さず、口を動かした。


「俺の部屋に呪いをかけただろ! そのせいで、どれほど苦労したことか……」


「ちょっと待つみゃん。イズリが何かしたみゃん?」


 レーメルは、大志とイズリの間ににょきっと顔を出す。

 引き離す力が強力で、やはり抵抗すらできない。


「こいつが俺の部屋に呪いを……深遠の闇をかけたんだ!」


 危うく死ぬところだった。触ったものの情報を得る能力がなければ、もう一度触っていただろう。

 だから、胸を揉んでも文句は言えないはずだ。言えたとしても揉む。


「それはイズリじゃないみゃん! 深遠の闇なんて最強クラスの呪いを、イズリが使えるわけないみゃん」


「だが、イズリの能力って……」


「たしかに呪いの能力ですけど、そんなに強くないです」


 だが、たしかにイズリの能力と書いてあった。海太の能力に触れる前に触ったものなんて、深遠の闇ぐらいだ。それ以前に、呪いなんて深遠の闇ぐらいしか触っていない。

 あのパネルを信じきってしまうのもおかしいが、二人して嘘をついている可能性もある。しかし、二人と大志には面識がなかった。そんな相手をなぜ殺す必要があるのか。わからないことだらけである。




「加入者ですか。珍しいですね」


 イズリはレーメルから大志たちの書類を取ると、目を通した。

 しかしイズリは難しい顔をする。まさか漢字が読めないわけではないはずだ。


「もう揉まないから、安心しろ」


「当たり前ですよ。それより、変態さんたちは不思議な名前ですね」


 大志からしたら、グルーパ・イズリなんて名前のほうが珍しい。元の世界では滅多にお目にかかれなかっただろう。

 しかしレーメルに、イズリ。この世界では名前がカタカナのようだ。ここでは大志たちのほうがおかしいのだろう。


「そこは気にしないでくれ。それ以外で何かあるか?」


「詩真さんの能力は、とても限定的ですね」


 言われてみれば、たしかにそうだ。呪いがなければ詩真は無能力と同じだ。

 理恩の空間移動や海太の投影は、能動的に使用できる。しかし詩真の能力は、呪いが存在しなければ使うこともできない。


「そんな能力じゃ、ギルドに入れないのか?」


「いえ、大丈夫ですよ。少し気になっただけですから」


 イズリはレーメルへと書類を返却する。そして、レーメルの身体を持ち上げ、自分の横に置いた。

 軽いのかと気になってレーメルに手を伸ばしてみたが、その手はイズリによって叩かれてしまう。まだ警戒心はあるようだ。


「触らないでください。何をする気ですか?」


「ただ触ろうとしただけだ」


 大志は手を前に出して振る。誤解されたら、めんどうだ。

 レーメルの能力がなければ、大志がレーメルを気にすることもなかっただろう。


「なら、ここからはギルドの仲間として情報がほしい。呪いが使えるイズリを、他に知らないか?」


「知らないです」


 即答。これで、もとからあったかも怪しいイズリへの道が断たれてしまった。

 目の前のイズリを怪しむべきなのだろうが、情報が得られないのだからやっていないのだろう。


「……呪いの能力自体が珍しいみゃん。同じ名前となると、探すのは大変みゃん」


 能力に珍しい、珍しくないがあるようだ。

 珍しい能力で同じ名前なんて、奇跡でも起こらないかぎり巡り会えないだろう。


「人探しの能力を持ったやつとか、いないのか?」


 それがいれば、ギルドに入った意味はなくなる。


「いるには、いるみゃん」


「いるのかよっ!」


 しかしイズリもレーメルも、浮かない顔をする。

 何か理由がありそうだが、そんな便利な能力を使わない手はない。多少めんどうでも、その人物に会って犯人を確かめたい。

 その犯人なら、大志たちがこの世界にきた理由も知っているはずだ。


「この町には、いないみゃん。サヴァージングに行かないといないみゃん」


「どこだ?」


 そもそも、ここがどこなのかすら、大志たちにはわかっていない。

 大志は顎に手をあて、首を傾げる。


「そんなことも知らないみゃん? 町の名前くらい常識みゃん」


 レーメルは本棚から地図を取り出した。

 どうやら、国の形は元の世界と同じようである。ただ違うのは、県というような(くく)りはなく、町が一つの括りとなっているところだ。


 町といっても、とても大きい。県といっていいほどの大きさで、それが一つの町のようだ。そして町は隣り合ってはおらず、点々と存在している。


 町以外の場所は魔物の住処となっているが、基本的に攻めてくることはない。また、町を繋ぐアクトコロテンという道があり、その道の中にも魔物は入ってこない。生産系ギルドと物流系ギルドは、その道を通ることを許されているが、戦闘系ギルドだけは森の中を歩き、魔物が凶暴化していないかを見回りながら移動しなければならないようだ。


「今いるのがボールスワッピングで、ここから繋がってるのがカマラって町だけみゃん。そのカマラからサヴァージングに行けるみゃん」


 拡大した地図には、四つの町が書かれていた。しかしその中の一つは黒く塗りつぶされており、その他にボールスワッピング、カマラ、サヴァージングがある。

 森を突っ切るのなら、サヴァージングに直接いけるのだが、森に深く入ると危険が多いようだ。だから、アクトコロテンのすぐ近くを通るのが常識のようである。


 どうやら中部地方のあたりにあるようだ。近畿地方や中国地方には人種の住む町が存在しておらず、そこでは未確認だが魔物たちの町があるという。


「カマラまでは、けっこう距離があるみたいだな」


「そうみゃん。できれば行きたくないみゃん」


「そんな言うほど遠いのか。……しかも、アクトコロテンは使えない」


 大志たちは戦闘ギルドであるため、アクトコロテンを使うことは許されない。

 しかし、いくら襲ってこないといえど、それは魔物が凶暴化していない場合の話だ。ただでさえ四人もお荷物がいる。逃げ切るのは、ほぼ不可能に近い。


「そうみゃん。戦闘ギルドは使えないみゃん」


「戦闘ギルドは、か……」


 少しもったいないが、レーメルの何でもする権利を使うしかない。

 すると何かを感じ取ったのか、レーメルの顔には不安の色が見えた。







「どうだ?」


「うぅ……うまくいったみゃん」


 レーメルは疲れた様子でとぼとぼと帰ってきた。その目から光がなくなっている。

 つらい仕事だったかもしれないが、大志たちが安全にカマラへ行くための、尊い犠牲だ。


「何をされたんだ?」


「な、何回も……何回もさせられたみゃん。痛いって言ってるのに、何回も……」


「深くは聞かないほうがいいな。じゃあ、これからについて話すぞ」


 それほど難しい話ではない。物流ギルドの物資に紛れ込んで、一緒に運んでもらう。もしバレれば、加担した物流ギルドにも大きな罰があるはずだ。そのため、物流ギルドにレーメルを送り込んだのである。何をされたかはわからないけれど、成功したようだ。


「ですが、門には見張りがいますよ?」


「うげっ、ずいぶんと厳重なんだな」


 しかし物流ギルドに話を通したからには、何とか成功させなければならない。

 イズリの頬に触れ、情報を抜き出す。もう揉まないと言った手前、胸を触るわけにもいかない。


「ほうほう、これは……」







「おめぇらが荷物になるやつか。バレねぇように気をつけるんだぜぇ」


 翌日、筋肉質の男が大きな荷車を引いてギルド館の前へとやってきた。上半身には服を着ておらず、下半身に短パンを穿いている。そして頭は太陽の光で輝いていた。荷車は布で覆われ、中が見えないようになっている。


「そっちこそ、へまするなよ」


「へへっ! 気持ちよくしてもらったから、張り切ってやらせてもらうぜぇ」


 男の手をがっしり握る。これで運命共同体だ。どちらかが失敗すれば、お互いに罰がくる。だから、少しでも気を緩めてはいけない。

 荷車の中に入るように指示されるが、大志はそれを断る。ここで荷車に乗り込んでしまうと、見張りの者にバレてしまうからだ。


「俺たちは、見張りが通っていいと言ってから乗る。だから、いつも通りに進んでくれ」


「わかったぜぇ。だが、そこでバレそうだったら、すぐに裏切るぜぇ」


「それでいい。きっと大丈夫だから」


 そして荷車は動き出す。その影に隠れ、大志たちもアクトコロテンまで向かった。

 町を見て歩く暇がなかったから、こうやって町の中を歩くのは楽しい。違うのは外観だけだと思っていたが、露天などがあり、そこで売っているものも見慣れないものだ。赤や青の飲み物や、白い粉の包み、緑の干物。


「珍しいものが売ってるみゃん!」


 レーメルはその露天に並んでいた白い粉の包みと緑の干物を買って、素早く戻ってくる。


「ゲテ物みたいだな、それ」


 緑の干物を咥えるレーメルを尻目に呟いた。




「物流ギルドだぜぇ」


 男は荷車から刀を取り出し、それを見張りに見せる。すると見張りは、荷車の中を確認し始めた。

 そして通行許可が出たのを確認し、大志は合図を出す。作戦の開始だ。


「ここ通るよー」


 理恩が見張りの横を通り抜ける。もちろん見張りがそれを見逃すわけはない。二人いる見張りの一人が振り向く。しかし、そこに理恩の姿はもうない。

 驚いて見張りが声を漏らすと、もう一人の見張りも振り向いた。そこには理恩ではなく海太の姿がある。もちろん実体ではなく、投影だ。しかしそれを理解していない見張りは、海太に釘付けである。


 そこで、イズリの肩に手を置き、作戦は終了。

 海太を抱えた大志と、イズリを抱えたレーメル、そして詩真は荷車の中へと乗り込んだ。そこには、すでに理恩の姿がある。

 やがて荷車は動き出し、アクトコロテンへの進入に成功した。







「何をしたみゃん?」


 狭い荷車の中、レーメルは声を潜めた。

 詩真、大志、イズリ、理恩、レーメル、海太の順に、円をつくっている。


「背を向けた見張りの動きを止めただけだ」


 イズリが使える呪いの情報を得た。その中に、複数の相手の動きを止めるという呪いがある。動きを止めるのが呪いかどうかを考えれば、微妙なところだ。それに欠点もある。この呪いは、相手の意識が自分に向いていると使えない。そして、相手の動きを止めている間は自分の動きも止まってしまうのだ。


「私の能力が優秀だったね」


「理恩は穴に入っただけだろ」


「い・い・か・た」


 頬をつねられる。事実を述べただけなのに、ひどい仕打ちだ。

 理恩の空間移動は、空間に謎の穴を開けなければならない。めんどうではあるが、それが能力なのだから仕方がない。


「それなら俺も優秀だってんな」


「たしかに引きつけてくれたのは、ありがたかったです」


 イズリの声に、海太は笑顔になった。わかりやすいやつである。

 しかし海太の功績は大きい。海太がいなければ、イズリの呪いもかからなかったかもしれないのだ。


「すぐに消えた理恩よりも、海太のほうが役に立った感じではあるよな」


「大志の言ったとおりに動いただけだ・よ・ね?」


 反対の頬までつねられる。ちょっとからかっただけなのに、いちいち反応して面白い。

 だが、ここは荷車の中だ。つまり、狭い。そんな中で頬をつねるといったムダな動きをすると、周りに迷惑がかかる。大志の左に座るイズリは身を縮め、その胸を大志に押し当てていた。その顔はとても不機嫌そうだ。


 そんな中、レーメルは緑の干物をいまだに咥えていた。出し入れを繰り返し、頬を赤らめている。


「そういや、それは何だ?」


 レーメルが一心不乱に出し入れする物体が気になった。

 珍しいと言っていたのは白い粉のことらしいが、白い粉にしろ、緑の干物にしろ、大志の知らないものに変わりない。


「これはヤバイモの干物みゃん。味が強いから、こうやってちょっとずつ味わうみゃん」


「やばいのか?」


「ヤバイモみゃん! ヤバイモって所で作られたから、そのままヤバイモって名前がついたみゃん」


 口から抜き出した干物を、差し出してくる。その先にはレーメルの粘液がべったりとついていた。

 手にとると、レーメルの粘液が手にべったりとついた。


「なんでわざわざ、そこを握るみゃん!」


「別にいいだろ。この粘液を使って何かをするわけじゃないから、安心しろ」


 情報が流れてくる。ヤバイモの干物。一気に飲み込んでしまうと、死に至ることもある。なので、食べる時は少しずつ食べなくてはならない。これを食べると、絶頂になる。


「絶頂……って、あれか?」


「絶頂は絶頂みゃん!」


 赤く染まる頬。乱れた呼吸。汗ばんだ肌。今の大志には、そのすべてが淫らに見えてしまう。そしてレーメルの笑顔が、とてもいやらしく見えた。



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