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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第一章 始まりの異世界
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1-21 『嫌われ者は闇の中』


「俺が、優しい……?」


「はい。大志さんは優しいです」


 しかし、いくら言葉で飾っても、大志がしたことはなくならない。大志はあの場所で、仲間を、死に震える仲間たちの命を奪ったのだ。


「違う。俺は優しくなんてない。俺は悪で、俺なんか死んだほうがいいんだ」


 足の痛みを必死にこらえ、すがりつくようにイズリの服を掴む。


「頼む。まだ使えるなら、その呪いで、俺を……」


「大志さん……」


 イズリの声が、大志の胸を締めつける。それは何の変哲もない、いつものイズリの声なのに。せっかく死を覚悟したのに、イズリの声を聞くと、その決意が揺らぐ。


「――うだうだしてんじゃねぇ!」


 瓦礫の崩れる音とともに、その方向から大志めがけて刀が飛んでくる。

 天の恵みだろうか。大志にはそれを防ぐ手立てはない。このまま動かなければ、その刀は大志を貫き、望み通りの結果になるだろう。

 しかし刀は空中で唐突に動きをやめ、その場に落下した。


「なぜ避けようとしないんですか!」


 それはきっとイズリの能力の影響だ。単体の動きを止める能力。それは人以外も対象にできるのだ。


「避ける必要も、ないだろ……」


 せっかくの機会を、イズリに邪魔されてしまった。しかし今はそんなことよりも、刀を投げた張本人であるバンガゲイルに目を向ける。

 レーメルに与えた痛みが跳ね返り、そして理恩の投げた刀に胸を貫かれたはずだ。立っているどころか、生きていることすらおかしい。


「ずいぶんと、しつこいみゃん」


 レーメルがそう言うと、バンガゲイルは口から何かを吐き出した。

 大志の目には、それが何か判別できない。しかしそれが何かなんてのは、関係ない。それがわかったところで、バンガゲイルが生きていることに変わりはない。


「ありがたかったぜぇ。わざわざヤバイモの干物を吐き出していくんだからなぁ!」


「地面に落ちたのを、口に入れたのかみゃん?」


「生きるためなら何だってしてやるぜぇ。そこのやつは、どうやら違うみたいだがなぁ」


 バンガゲイルは顎で大志をさす。

 大志は何も言い返せない。口を動かすことすら億劫(おっくう)だ。


「それで、また戦うのかみゃん?」


 レーメルはヘテたちの前へと出る。回復能力の備わった今のレーメルなら、バンガゲイルと互角以上にわたり合えるはずだ。


「残念だが、もう戦う気はねぇ。もうオーラル教じゃねぇからな」


「……さっきの男も言ってたみゃん。オーラル教って何みゃん?」


 するとバンガゲイルは腕を組んで考え始める。

 あのもみあげ男は複数の能力を持っていた。そしてバンガゲイルも、最初会った時に持っていなかった能力を持っている。

 もしかしたら、オーラル教は能力発現の仕組みを知り得ているのかもしれない。


「知らねぇな。そもそも、オーラル教に従っていた理由もわからねぇ」


 バンガゲイルの出した答えは、なんともバカらしかった。


「何がきっかけだったみゃん?」


「たしか、おめぇらがフェインポスを持ち込んだって聞いたことだな。それで、捕まえないとって思ったんだな」


 バンガゲイルはその巨体を動かし、大志へと近づく。そして、その途中に落ちている刀を拾って、それを大志へと向けた。

 その姿を見て、イズリは構える。勃起していないのだとすれば、バンガゲイルに対抗できる呪いは限られるはずだ。


「どうやら、死にてぇらしいな」


 バンガゲイルの振り下ろした刀は、大志にたどり着くよりもはるか上で動きを止める。ピクリとも動かない刀をただ眺めていると、バンガゲイルは笑った。


「はっ! ここまで愛されて、それでも死にてぇのか?」


 バンガゲイルの目は、大志とは別のものを見る。大志を斬ろうとしているが、視線は大志ではないものを見ていた。その視線を追ってみると、そこには固く口を閉ざしたイズリの姿がある。

 理解するのに、時間はかからなかった。バンガゲイルが動きを止めたのは、ただの気まぐれなんかではない。イズリの呪いによって、動きが制限されたのである。


「このままだと、死ぬぞ?」


 バンガゲイルが未だに動かないということは、呪いは解けていない。一度呪いを解けば、再び呪いをかけるまで多少のスパンがある。つまり、ずっと呼吸を止め続けているのだ。

 どの程度息を止められるかなんて、大志は知らない。けれど、その苦しそうなイズリの顔を見れば、限界が近いとわかる。


 大志はイズリにタックルし、地面にその身体を倒した。

 直後、さっきまで大志のいた場所に、刀が降りおろされる。それを食らっていれば、大志は死んでいた。


「なんで余計なことするんだよ! イズリまで死んだら、どうするんだッ!」


「……同じですよ。私に死んでほしくないのと、同じです」


 酸欠になっていたイズリは大きく荒々しく呼吸をする。そんなになるまで、大志を助けたかったのだ。その想いに、胸が苦しくなる。

 大志は過去と決別したい。その方法として選んだのが、死なのだ。


「たい、し……」


 地面に叩きつけられていた海太が、弱々しく声を出す。


「今でも恨んでいる。……ごほっ、ごぶぇっ……で、でも……あの時、三人の命を救ったのは……大志だ」


「違う……救ってなんかないっ! 俺は、許されない……」


 海太の言葉を否定すると、横たわる大志の横に刀が滑ってきた。後ろを見れば、バンガゲイルが仁王立ちで、大志を見下ろしている。

 大志の下で身体を横にするイズリは、その刀を大志に持たせた。


「大志さんが悪だというのなら、ここで私を刺してください。もし本当に刺したなら、私も大志さんの望みを叶えます」


「なんで、だよ……」


 そんなことできるはずがない。短いけれど、イズリとは共に日々を過ごしてきた。荷車に揺られる時もあれば、牢で捕まることもあった。感情の薄いイズリだったけど、笑いあうこともあった。そんなイズリを刺すなんて、できるはずがない。


「私は、大志さんの悪い部分を知りません。まあ、ちょっとえっちなところはありますけど。それでも、それだけでは、大志さんの望みを叶えることはできません」


「そんなのっ……できわけねえだろぉッ! 俺は苦しんだ! それなのに、また苦しめってのかッ! もう誰も傷つけたくない。傷ついてほしくないんだよッ! 死んでいったやつらが、まだ夢に出てくるんだ。みんなで寄ってたかって俺を見下ろして。俺には何もできなかった。それが罪だっていうのか? そんなわけねえだろッ! 俺は、ただみんなを助けたかっただけなんだ……」


「それで全部ですか? その胸に詰まってる想い、すべて吐き出してください。どんなことがあろうと大志さんの味方ですから、安心してください」


 そのあと、大志はイズリの胸で盛大に泣いた。

 あの場所で起こった惨劇を思い出し、涙は止まることを知らなかった。







「大丈夫ですか?」


 大志の頭を、イズリの手が優しくなでる。温かく、それでいてどこか懐かしく感じた。かつて大志にも、こうやって頭を撫でてくれる人がいた。しかし、もういない。


「ああ、ありがとう。……服が、汚れたな」


 イズリの胸部には、大志の涙が染みこんでいる。


「大丈夫ですよ。気にしないでください」


 大志が上体を起こすと、レーメルもヘテブラザーズも気まずそうに顔をそらしていた。

 イズリと一緒に立ち上がると、その横にバンガゲイルも並ぶ。


「今すぐ信じてくれなくてもいい。だが、俺はレーメルを信じる」


「こ、困るみゃん……」


 レーメルが半歩下がる。すると、バンガゲイルが一歩前へと出た。


「おい、レーメル! ボールスワッピングの戦闘ギルドが減っているのが何故なのか、わかってねぇようだから教えてやる。理由は一つ。おめぇが長をやってるからだ。誰だってそうだがなぁ、不良の下で働くのは嫌なんだぜぇ」


「わ、私のせいなのかみゃん?」


「あぁ、そうだ。だが、大志は気にせずに戦闘ギルドへ入った。しかも、おめぇのギルドにな」


 大志が戦闘ギルドへ入ったのは、赤髪タキシードに騙される形で契約させられた。

 しかしレーメルのギルドへ入ったのは、大志の意志である。レーメルが不良であるとは知らなかったが、知っていたとしても入っていただろう。


「私が、不良だから……」


「そうだ。不良は嫌われている。だが、おめぇには好いてくれてるやつがいるだろぉ?」


 バンガゲイルは顎でイズリを指した。


「レーメル、おいで」


 イズリは腕を広げ、レーメルへ優しく語りかける。レーメルが不良だろうとなかろうと、受け止めてくれる人は、ずっと近くにいた。

 少し迷った様子だったが、レーメルは地面を蹴り、イズリに抱きついた。


「レーメルは私にとってかけがえのない家族です」


「……私は不良みゃん。緊縛の家族には、なれないみゃん」


 腕の中で弱々しく呟くレーメルを、イズリはさらに強く抱く。不安にさせないように、強く温もりを与えた。


「レーメルは、レーメルですよ。誰が何と言おうと、レーメルは私の家族です」


 女の子が抱き合う姿は、見ていて微笑ましい。

 すると、イズリに手招きされ、レーメルの前に立たされる。あまりに急だったので、何を話したらいいかわからなかった。

 イズリを見ても、何も教えてくれない。


「レーメルにとって、俺は恐怖そのものかもしれない。でも、俺にとってのレーメルは違う。俺はレーメルと、これからもずっと一緒にいたい。だから、俺を信じてくれないか?」


「……信じてやっても、いいみゃん」


 大志の目に映る少女の顔は、笑っていた。そこには恐れなど入る余地もない。本当の笑顔である。

 そしてそれと時同じくして、海太が飛び上がった。ぼろぼろだった身体も治っており、さっきまでの戦いがまるで嘘のようである。


「治ったってんよ!」


「何があったんだよ。重傷だっただろ」


 大志がそういうと、近くにいたヘテブラザーズが、海太の身体を調べる。身体を触られても、特に痛がる素振りはない。レーメルのように回復能力が目覚めたのか、それとも痛みに気づいていないだけか。


「自力で絶頂になったってんよ。集中してたら、なったってん!」


「そんな簡単にできるのか。道具の意味がなくなるな」


「……いえ、おかしいですよ。勃起ですら自力では不可能と言われているのに、その上の絶頂まで自力でなってしまうなんて、恐ろしいです」


 バンガゲイルも、ありえないと言いたそうな顔をしている。

 つまり、海太はこの世界でもだいぶ特殊な人になっているということだ。


「まあ、今は海太のことはどうでもいいか。それよりも、理恩だ」


 イズリへと目を向ける。すると、イズリは静かに頷いた。







「ここです」


 イズリに連れられてきたのは、カマラで大志たちが捕まっていた牢がある建物だ。

 気になっていたが、この牢にしろ、アイスーンがいる地下牢にしろ、カマラには牢が多い。他にもいくつか大志は牢を目にしている。ボールスワッピングではどうだか知らないが、サヴァージングでは町中に牢などなかった。


「本当にここにいるってんか?」


「俺はイズリを信じる。だから、気にせず進んでくれ」


 イズリは頷くと、足を進める。

 イズリの能力で、理恩の居場所を探ることに成功した。しかしその呪いは、一度対象を目視で確認しなければならない。イズリが姿を隠していたのは、敵にその計画を知られないようにするためである。


「ここにいるのは確かです。ですが、少し位置がおかしいですね」


「位置がおかしいって、どういうことだ?」


 するとイズリは首を横に振る。


「それが、わからないんです。わかれば、そんな紛らわしい言い方はしません」


 つまり、この建物の中を探し回らなければならない。しかしそれでは、いざ敵と邂逅したときに、力が消耗しているという事態が起こり得る。


「海太、たしか一度、この建物の中を見たよな?」


「そうだってん。ここのことなら、何でも知ってるってんよ!」


「なら、理恩がいるような場所に案内してくれ」


 大志たちを捕らえていたのが自らのアジトとは、とても効率的だ。

 しかしそれなら、大志たちが逃げられたのは不思議である。いくら大志たちの手際が良かったからといっても、油断しすぎだ。


「思い当たる場所がないってんよ」


 海太は頭を抱えてしまう。海太の記憶が頼りなのに、わからないとなれば手の施しようがない。

 それでも、ここにオーラル教のアジトがあるのは事実だ。


「そういや、なんで鍵探してる時に勃起したんだ?」


「あぁ、それってんか。可愛い女の子がいたってんよ」


「そこ怪しすぎるだろ! 案内しろ」


 海太の尻を蹴り、前へと出す。重心を前に倒しながらも、海太は足を前へと出した。そして転びそうになる海太を、先に歩いていたイズリが受け止める。


「どうせなら、イズリに蹴られたかったってん……」


「え……何故ですか?」


「それは理恩を救ってからにしてくれ」







 しかし、海太が示した場所には何もなかった。ただ空の牢がある。海太の言っていた女の子なんておらず、海太へ視線を向けた。


「おかしいってんな! ここに水色の髪の女の子がいたってんよ」


 海太は頭を半回転しそうになるほど傾けるが、いないものはいない。

 牢から情報を得るが、ここに水色の髪の女の子がいた情報はない。しかし複数の人がここに訪れたという情報がある。


 これ以上は、この牢について情報を得ても無意味だ。情報を得る範囲を、牢から建物全体に変える。すると、意外なことに気づかされた。

 この建物には、地下が存在する。そしてその入り口が、この場所だ。


「この下だ。誰か壊せるか?」


「壊すんだったら、得意だぜぇ!」


 バンガゲイルは握った拳を牢の床へと叩きつける。すると、その場所を中心に、床にひびが広がった。そしてひびが壁にたどり着く頃には、すでに床は床ではなくなっている。


「まあ、こうなるよな……」


 考えれば、当たり前のことだ。

 大志と海太とバンガゲイルは、崩れた床と共に落下する。

 牢の外にいたレーメル、イズリ、ヘテブラザーズは、落下していく大志に届かない手を伸ばすしかできなかった。



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