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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第一章 始まりの異世界
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1-20 『望んだ未来は遠く』

 レーメルから少し遅れて地面へと到着したイズリは、落下した身体を粉塵に紛れさせた。

 イズリはどうなったのか。風が薄くなっている今、粉塵の流れも穏やかである。イズリの安否を確かめようと粉塵の中へと入っていこうとすると、粉塵の中で人の影が動いた。


「イズリ!」


 駆け寄ろうとする大志だが、レーメルに服をつかまれ、進むことはできない。

 レーメルの表情には、未だに怒りがうかがえる。


「こいつは、イズリなんかじゃないみゃん」


 大志も感じていた違和感。イズリへの懐疑心。それがレーメルの言葉で確信へと変わった。

 レーメルの後方へと投げられ、大志はヘテの腕の中におさまる。地面に打ちつけられるのと大差ない痛みが大志を襲うが、心配そうに覗きこむヘテを見ると、なんだか落ち着いた。


「あぶねーこと、すんじゃねーよ」


「心配してくれたのか」


「ったりめーだろ!……あたりまえ、だろ……」


ヘテだけじゃない。ヘテブラザーズは途端に表情を暗くした。その時、手を伝って流れてきたヘテたちの過去。それは笑って話せるようなものではなかった。

しかし、大志まで気を落としている場合ではない。


「ヘテには、あいつが何かわかるか?」


レーメルが言うには、イズリではない人影。

しかし大志にはそれがイズリにしか見えない。イズリではないとわかっていても、その姿が変わることはない。


レーメルは後方へと飛び上がり、ヘテの隣に降り立つ。

残された海太は刀を人影へと向け、その姿が目視できるようになるまで動きを止めた。


「おめーと一緒にいたやつじゃねーのか?」


大志を解放しながら、ヘテは訊ねる。

しかしその答えを、大志は知り得ていない。きっとそれを知っているのは、レーメル。そして、あの粉塵に紛れる人影のみだ。


「なんか別人っぽいんだ」


「一緒にいたくせに気づかねーのかよ!」


 ごもっともなことを言われ、大志は黙秘権を行使する。

 今までイズリをまともに見ていなかった。というより、胸にばかり目がいっていた。イズリを見ようとしていなかったばかりに、こんな事態になったというのか。

 粉塵が晴れると、そこにはイズリが立っている。


「まさか……胸のサイズが違うのか?」


「大志は相変わらずみゃん……」


 遠目からでは、というより触って情報を得なければ、大志には胸のサイズを知りえる手立てはない。

 海太は刀でイズリをけん制する。海太もイズリの異変に気づいているのか、その目は厳しく、ただ睨みつけていた。そして刀を前にしたイズリは、歯を食いしばる。



「あいつは、つえーのか?」


 ヘテがイズリを指差す。そして大志を見て、レーメルにも顔を向けた。

 ヘテたちにとっては、どれも知りえない情報ばかり。疑問だらけになってしまうのも仕方ないが、はっきりいって答えるのが面倒だ。


「ああ、強い。あの胸で挟まれれば、一瞬だろうな」


「胸に強さの秘密があんのか。じゃあ、ちいせーとよえーのか?」


 かつてのヘテたちは、ただの人間である。だから、嘘と真実の区別くらいできると思っていた。

 しかし問題はそこではない。一番に大志を恐れさせたヘテの行動は、レーメルへと顔を向けていたことである。それはつまり、レーメルに小さいと言っているのだ。小さい相手に事実を突きつけるのは、それ即ち、『殺してくれ』と言っているのと同じである。


 恐る恐るレーメルへと顔を向けると、その表情はいつもどおりであった。ほっと胸をなで下ろす大志の大腿部に激痛が走ったのは、それからすぐの出来事である。


「なぜ、俺……っ!」


 痛みから膝を地面につける。まるで骨が折れたんじゃないかと疑うほどの痛みだ。膝をついていても、それでも痛みが引かない。

 レーメルの顔を見ると、怒りの矛先をヘテではなく大志へと向けているのがわかった。


「そっちを蹴るのは、痛いから嫌みゃん」


「理不尽だろ!」


 脚を撫でる手に、心配したヘテが手を重ねてくる。すると、ヘテの温もりがすぐ近くで感じられた。

 脚が骨折しているという情報が、さらに大志を苦しめる。


「私は弱くないみゃん!」


「あ、小さいのは認めるのか」


 どうやら大志は勘違いしていたようである。

 レーメルのその小さな胸には、寛大な心があるようだ。


「それも許せないみゃん!」


 レーメルは大志を一瞥し、高く飛び上がる。そして海太の上を通過し、イズリの頭部へと足から落下した。しかし、レーメルの足はイズリの手によって、防がれてしまう。

 イズリは、腕一本の力でレーメルを受け止めたのだ。



「あーぁ、なんでバレたのかな」


 イズリの口から、イズリとは思えない言葉が飛び出した。

 足を持たれたレーメルは、地面へと叩きつけられる。阻止しようと振った海太の刀は、まるで霧を切るかのごとく、イズリの腕をすり抜けた。


「そろそろ正体を現したらどうってんよ!」


「そんなに見たいのなら、見せてやるよ」


 イズリの姿をしたそれは、レーメルを大志のほうへと蹴り飛ばす。

 レーメルの通ったあとは、地面が削れた。大志が受け止めた時には、すでにその身体は傷だらけである。


 しかし不思議なことに、その傷はみるみるうちに塞がった。そして傷があったのがまるで嘘かのように、綺麗な身体になる。


「身体に馴染むころだと思ったみゃん」


 レーメルは、何事もなかったかのように立ち上がる。

 しかし大志の目には、しっかりと無数の傷が見えていた。なのに、今は傷が一つもない。


「何をしたんだ?」


「ペドの再生能力を取り入れたみゃん」


 ペドは、その異様すぎる回復力で不良と呼ばれていた。

 しかしレーメルはその圧倒的な戦闘能力が不良と呼ばれる所以である。


「そんなことが可能なのか。どうやったんだ?」


「大志はきっと言ってもわからないみゃん」


 大志は骨が折れていて立ち上がれないが、レーメルは気にせず立ち上がった。

 すると直後、イズリの姿が煙に包まれていく。

 しかしそこに、煙の出るようなものはなかった。きっと能力の一種である。



「まさか気づかれるとは思わなかったんだが」


 煙が晴れると、そこには男の姿がった。もみあげの長い、小太りな男である。

 理恩を連れていった男だ。しかしもみあげ男の能力は移動能力のはずである。イズリに化けていたのも、男の能力だろうか。


「バレバレみゃん。イズリは、大志にそこまで心を開いてないみゃん」


 イズリは大志へと手を振っていた。たしかにイズリは、大志にそんなことをしない。

 けれど、それだけでイズリじゃないと決めつけるレーメルもレーメルである。


「どうやら、信頼は勝ち取れていないようだな」


 もみあげ男の傷ついた身体は、まるで傷が蒸発していくように、消えていく。

 それはレーメルが得た回復と似ているが、それでも違っていた。レーメルの傷はちゃんと塞がったが、男の場合はまるで傷がシールで貼られていたかのように剥がれていったのである。


「お前は何者なんだ?」


「君を知るものさ。大上大志。君の過去をね」


 大志はつい最近まで、ここの世界とは違う世界で生きていた。

 もみあげ男の言うことが正しければ、もみあげ男は大志と同じ世界から転移してきたということである。しかしラエフはそんなことを言っていなかった。


「俺は、お前みたいなもみあげの長いやつは知らないぞ」


「そりゃそうさ。こうやって会うのは、初めてだよ」


 もみあげ男は軽く頭を下げる。

 初対面。けれど、大志のことを知っているということは、それは能力だ。


「お前、いったいいくつの能力を持っているんだ?」


「……いくつだろうな。数えてないから、わからないや」


 この世界では本来、一人に一つの能力だ。しかし稀に二つ持った人もいる。それだというのに、このもみあげ男の能力は、大志が確認しただけでも四つもあった。



「なら、今度はこっちから質問だ。大上大志、君が手にかけた人の数を教えてくれるかな?」


「俺が手にかけた……?」


 大志が疑問の声を上げると、もみあげの男は高らかに笑った。

 脳裏に焼き付いた笑い姿が思い出される。それは、あの惨劇の終わりを告げる笑い声。


「忘れたわけじゃねぇだろうよぉ! 大上大志、お前が忘れるわけねぇよなあ! あの島で起きたことをよぉ!」


 あの島……。その言葉で思い出されるのは、一つだけである。


「やめろってん! 耳を貸すなってんよ!」


 海太は手に持った刀を大志へと投げる。しかしその刀は大志に届く前に、空中で止まった。そして地面へと落ちる。

 大志は頭を抱え、レーメルとヘテブラザーズはそれを心配そうに覗きこんだ。


「大丈夫みゃん?」


「どうしたんだ?」


 しかし二人の声は、今の大志には聞こえていない。


「やれやれ、大上大志の懺悔の時間を邪魔してはいけないよ」


 もみあげ男は、すぐ目の前にいた海太を持ち上げる。それも手を使わずに、海太の身体が独りでに浮かんでいった。それがもみあげ男の能力だと瞬時にわかる。

 海太は足を動かし、必死に逃げようとするが、何が海太を掴んでいるかもわかっていない。絞められる首を手でかくが、そこには何もない。何もないのに、それでも首は絞められる。


「さあ、早くしないと君の仲間がいなくなってしまうよ?」


 もみあげ男が、大志へと語りかける。そこで大志は海太の危険に気付いた。

 大志の目からは涙があふれ、歯を食いしばる。


「さあ、君はあの島で何人を殺したのかな?」


 男の顔が愉悦に染まる。男はその顔で、大志の言葉を待った。


「お、おれ、は……」


「や、ぁ、っ、やめ、ろっ! たいしッ!」


 海太は語尾すら忘れて大志に言葉を投げかけるが、大志はそれでも口を閉ざそうとはしない。

 大志の目には、もみあげ男しか見えていないのだ。



「俺はあの島……戦艦島で、8人を殺した」


「アヒャヒャヒャッ! そうだ、お前は殺人鬼だ!」


 海太の身体は空中で自由となり、地面へと叩きつけられる。

 骨が折れていなければ、殴りかかっていたところだ。


「大上大志の罪は重い。よって、オーラル教は大上大志を敵とみなす」


 オーラル教。大志はそれを知っている。ラエフの中を覗き見た時に、出てきた言葉だ。それが何かはしっかりと見たわけではないので、すでに忘れている。

 しかしもみあげ男の言う通り、大志の敵ということは間違いない。


「ち、がう……たい、しは……」


 海太はぼろぼろの身体から、声を絞り出す。


「何も違わない! 大上大志は悪なのだ!」


「なんの……うらみが、ぐぅふっ」


 海太の口から赤い液体が吐き出される。

 もう身体の中も外もぼろぼろのはずだ。これ以上喋るのは、身体に負担がかかる。


「恨みなどない。オーラル教は悪を滅するだけだ」


 もみあげ男はそれだけいうと、その姿を消した。

 そして大志を囲んでいたレーメルもヘテブラザーズも、大志を離れ、海太の様子を確認しにいく。


 大志が怖がられる理由はわかる。殺人鬼なんて知ったら、離れていくのも仕方のないことだ。


「俺は、悪だ」


 すぐ近くに転がっていた瓦礫を持ってみる。片手で持てるほど軽く、けれどその角は鋭利に尖っていた。そしてそれを、(のど)へと向ける。


「もうすぐ、そっちに行くよ」


 しかし、腕が動かない。喉に瓦礫の角を向けたまま、静止したのだ。

 こんなところで、怯えてしまったのか。大志はため息を吐く。


「大志さんっ!」


 そこに響くイズリの声。建物の壁からひょっこり姿を現し、そして大志へと近づいてきている。本当のイズリなのか、大志には区別ができない。けれど、偽物なら偽物でいいのかもしれない。

 イズリは大志の前で一度止まると、頬を叩いた。


「大志さん! なんで、こんなことをしようとするんですか!」


 大志の手から瓦礫を奪い取り、そしてどこか遠くへと投げた。

 奪い取られてもなお、大志は瓦礫を握っていた手をただ見ている。


「イズリ、大志は危険みゃん!」


「レーメルもレーメルですっ! 大志さんは優しいって、レーメルは何度も私に言いましたよね?!」


 イズリは大志に背を向け、レーメルへと怒鳴りつける。しかしイズリが何と言おうと、それは大志が殺人鬼だと知る前のことだ。


「でも、大志は殺人鬼みゃん。一緒にいるのは、危険みゃん」


「何が危険なんですか? レーメルは、大志さんが人を殺すところを見たのですか?」


「それは見てないみゃん。ただ、そう聞いただけみゃん」


 すると、イズリは大きな音を立てて、地面を踏みつけた。レーメルへと聞こえるように、強く踏みつける。そんなイズリは見たことがなかったのか、レーメルは目を丸くした。


「だったら、何だっていうんですか! 大志さんが、どんな気持ちでレーメルのそばに居続けたか、わかりますか?! 不良が危険であるとわかり、不良を庇うことでどうなるかなんて明白です。それでも大志さんはレーメルのそばにいてくれたんですよ!? レーメルの力を見ても、大志さんは恐れずに笑っていました。なのにっ、レーメルは大志さんから離れていくんですか?!」


 なぜそこまで大志に肩入れするのか、わからない。わからなかったけれど、少しだけ嬉しかった。こんな自分でも受け入れてくれるイズリの優しさに、胸が温かくなる。

 たしかにレーメルを恐れなかったのは事実だが、それはレーメルが敵になると思わなかったからだ。イズリの言うような、たいそうな理由ではない。


「いいんだ、イズリ。俺が悪い。俺さえ消えれば、済む話だ」


「そんなことを言わないでください! 短いですが、大志さんがどういう人か見てきたつもりです。大志さんは、この世界に必要な存在です。大志さんのような人こそ、未来へと生き残るべきです」


 イズリの声が、大志の存在を肯定する。前の世界では聞くことのなかった言葉だ。

 しかし、大志はかつて人の命を奪った。それは許されるようなことではない。


「なんで……なんで、俺を恐れないんだ」


「当たり前ですよ。大志さんは、優しい人ですから」



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