1-2 『眠り眠って、眠ってた』
「……情報収集か」
大通りの先。そこに建っているのはギルド館である。上から見ると四角形をしており、4階建ての建物だ。1階はロビーになっており、2階は生産系ギルド、3階は物流系ギルド、4階は戦闘系ギルドの集まる場所となっている。
「あまりに現実離れしてるってんな」
「海太の語尾も、だいぶ現実離れしてるぞ」
ギルド館に向けて歩いていると、途中で海太の本体と合流した。海太は少し離れた場所にあった民家で目が覚めたらしい。詩真と理恩は、大志のいた建物の同じ階で目が覚めた。詩真と理恩は、元の世界でも大志と同じ階に住んでいたのでわかるが、海太がなぜ離れた場所で目覚めたのかが謎である。
ギルド館の中は、とても静かだった。
ロビーだからというのもあるかもしれないが、それでも静かすぎる。まるで人の気配を感じさせない。
受付ではイケメンが微笑んでいた。ロビーの仕事をするくらいだ。イケメンでないと勤まらないのだろう。
まず、イケメンに好印象を与え、そこから情報を聞き出すのだ。
「ギルド館へようこそ。何の御用でしょうか?」
長身で細身の赤い髪をした男は、軽くお辞儀をする。
その身はタキシードに包まれており、豪華に飾られた室内と相まって、そこはさながら執事喫茶のようだ。
「情報がほしくてやってきた」
すると、赤髪タキシードは微笑んでいた顔を真顔にした。
さすがイケメンは仕事とそれ以外の切り替えが早い。
「確認ですが、どこのギルドに所属してますか?」
「どこにも所属してない」
「なら、情報は開示できません。情報がほしければ、ギルドに加入してください」
さすがにそれは想定外だ。
ギルドに加入すれば必ず何かしら働かなければならなくなる。しかし、イズリの情報を手に入れるには仕方がない。
「わかった。どこがオススメだ?」
赤髪タキシードは手元の書類をめくり、その中から一枚の紙を差し出してきた。しかしそこには何も書かれておらず、印刷ミスにも見える。
「戦闘系ギルドがオススメです。今なら人も少ないですし、名声を上げやすいですよ」
「お前は仕事の多いものをオススメするのか?」
できるだけ仕事の少ないギルドに入りたいというのが、大志の本音だ。
「戦闘ギルドでよろしいですね?」
赤髪タキシードは勢いでどうにかしようと、話を進め始めた。
ギルドは今後の生活に大きく関わることだろう。それをそう簡単に決めるわけにはいかない。
「よろしくないッ!」
赤髪タキシードとの間にあるテーブルを叩く。しかし赤髪タキシードは眉一つ動かさずに、書類整理を始めた。
「では戦闘ギルドで申請しておきますので、4階へと移動してください」
どうやら、このイケメンは話を聞いていないようである。
海太に目を向けると、ぼんやりと赤髪タキシードを見ていた。あまりのイケメンさに、精神がやられてしまったのか。詩真と理恩までそんなものだから、助けを求める相手がいない。
「あなたもそろそろ眠ったほうがよろしいですよ?」
「な、何を言って……あ、あれ……眠く――」
「起きましたか?」
「あれ……なんで寝てたんだ……」
ロビーはいつの間にか賑やかになっていた。寝ている間に人がきたのか。
しかしその人だかりの中心は、大志たちだ。
「戦闘ギルドへの加入、ありがとうございます」
赤髪タキシードが深くお辞儀をする。
だが、大志たちはギルドに加入した覚えがない。どのギルドに入るかを迷っていたのだ。まさか寝ている間に、加入させられていたのか。
「ま、待てよ。人が寝ている間に何してんだよ!」
「ですが、署名と拇印はこちらにありますよ」
赤髪タキシードは白紙の紙を出す。しかしそれを裏返すと、そこには大志たち四人の名前がフルネームで書かれており、拇印までしっかりと押されていた。
そんなものを書いた覚えはない。しかし目の前に現物が存在する。
「それでは、戦闘系ギルドは4階になります」
赤髪タキシードが笑顔で送り出す。
寝ている間に何かがあったのは確実だ。しかしそれがわからないので、赤髪タキシードを睨む。
「そんなに見つめても、ギルドに加入したのは事実ですよ」
「気にしてるのは、そんなことじゃない!」
赤髪タキシードの顔に触れる。別にやらしい気持ちがあるわけではない。触れればどこだっていいのだ。頭だろうと、手だろうと、足だろうと、股間だろうと触れればそれで十分だ。
赤髪タキシードについての情報が流れこむ。
バルアニ・リングス。それが赤髪タキシードの名だ。能力は、他人の意識を眠らせて自由に動かすというものだ。気がついたらすべてが終わっていたのは、その能力のせいである。
「そんなことをしてまで、何の意味があるんだ?」
「バレましたか。最近は戦闘ギルドへ加入する人が減っていたので、そのためです。いやはや、まさか気づかれるとは思いませんでしたよ」
軽く笑って流そうとするが、そんなことは許されない。
リングスの手から紙を奪おうとするが、ひらりとかわされてしまった。
「こんなことをしていいと思ってるのか?」
「残念ながら、あなた以外にはバレていませんので」
リングスの笑みに、何も返せない。
いくら正しいことを言っても、話し合いは多数派が勝ってしまう。だから、今ここで何を言おうと無意味だ。
どの階も中央に大きな広間があり、それを囲むように扉が設置されている。3階まで賑やかだったが、4階にくると静かになった。人が少なくなったと言っていたが、そのせいか。
「戦闘系ギルドへ、ようこそみゃん」
そこでは水色の肩紐ワンピースに身を包んだ、ピンク色の髪を肩ほどまで伸ばした少女が待っていた。
前髪に星型のヘアピンをつけており、容姿は幼く、まだ子どものように見える。
「何歳だ?」
気になって訊ねると、少女は一歩後退した。
「名前より先に歳を聞くなんて、だいぶ攻めてるみゃん」
「変な語尾だってんな」
それは海太が言えることではない。
意識が戻った詩真たちは、いつの間にかギルドに加入していて困惑したが、仕方ないかと納得している。
「それで、何歳だ?」
「やっぱり名前より歳が気になるのかみゃん!?」
ピンクの少女は大志を警戒し、今度は半歩下がった。
知らない人にいきなり年齢を聞かれれば、誰だって構えてしまう。
「いや、別に知りたいわけじゃない」
ピンクの頭を撫でまわした。髪質は元の世界の人と変わらない。髪の色が黒ければ、見わけもつかなくなる。
カルセフ・レーメル。18歳。戦闘系ギルドを束ねる実力者。能力は他人の関心を自分へと移す力。そしてもう一つの能力は、触ったものに自分の痛みを押しつけるというものだ。
「なるほど。見かけによらずだな」
「な、何をしたみゃん!?」
レーメルは慌てた様子で服を掴んできた。
その慌てようからして、何か隠しておきたいことでもあるのだろう。
「名前は?」
「カルセフ・レーメルみゃん」
「それで、歳は?」
「この状況で、まだ聞くのかみゃん!?」
当たり前だ。レーメルが何を隠しているのか確かめたい。
これもレーメルの『他人の関心を自分に向ける』能力の影響だろうか。レーメルのことが気になって仕方がない。
「16歳みゃん」
「あ、なるほど。わかった、わかった」
まだ若いのに、わざわざ若くする必要もないだろう。
レーメルは不安そうな目をしていたが、何かを決めたような目をして大志の首に腕を回した。そしてそのまま奥の部屋へと連れていかれる。
体格差があるというのに、レーメルの力に抵抗すらできない。男としてのプライドがズタボロにされそうだ。
「どうしてわかったみゃん?」
床には藍色のカーペットが敷かれ、左右の壁にはロッカーのようなものが所狭しと並べられていた。人はおらず、扉を閉めれば大志とレーメルの二人だけの空間となる。
「……それが俺の能力だからだ。触れたものの情報を得るっていうな」
するとレーメルは一度目を見開いたが、すぐに目を細め、泳がせた。
「お、お願いだから、秘密にして……みゃん」
「2歳くらい大差ないだろ」
2年の間に大きな変化があるかもしれないし、何も変化がないかもしれない。しかし、この年になったら2歳くらい大した差ではない。
けれどレーメルはそう思わないらしく、目に涙がたまる。そんな顔を見せられて、なんとも思わない大志ではない。
「わかったから、泣くな。バラされたくなかったら……じゃなかった。バラさないから、安心しろ」
広間に戻ると、詩真たちが暇そうに待っていた。
遊ぶようなものもないし、今さら互いに話すようなこともない。
「話は聞いたってんよ」
「なんでみゃん!?」
海太の能力は光さえあれば、何でも見れるし聞ける。なら、内緒の会話も海太にはバレていたということだ。
けれど海太も秘密を言いふらすような性格ではない。そこは安心していい。
「まあ、それはどうでもいいだろ。それよりギルドだ」
「わ、わかったみゃん。どのギルドに入るみゃん?」
レーメルは椅子の上で身体を前後に揺らす。動くたびにピンクの髪がゆれ、ワンピースの襟も動いた。覗けそうで覗けないのが、なんとももどかしい。
その服に隠された胸が平坦であるのは、見てわかる。それも、本当に平らだ。理恩よりも平らである。しかしレーメルは身体も小さい。だからレーメルは胸が小さくても、不自然ではないのだ。
「戦闘ギルドじゃなくていいのか?」
「戦闘ギルドって言っても、一つじゃないみゃん。複数の戦闘ギルドが集まって、この戦闘系ギルドはできてるみゃん」
人生は選択の連続とはよく言ったものだ。まさに連続。休む時間がほしいくらいである。
どうやらレーメルのギルド以外にも、いくつかギルドがあるようだ。しかしそれを知ろうとはしないし、知りたくもない。
「ギルドは作れないの?」
今まで黙っていた理恩が、口を開く。
ギルドに入るよう言われていて、作るという選択を考えてもいなかった。
「そこに気づくとは、さすが理恩だ。抜け目ないぜ。胸もないぜ」
「胸はあるよね?」
笑顔で頬をつねられる。痛すぎないよう加減をしてくれるところに、理恩の優しさを感じた。
理恩はいつだって優しい。それは世界が違っても同じである。
「ギルドは作ろうとして作るものじゃないみゃん。人が集まってした行動が評価され、そこで初めてギルドとなるみゃん」
「一人じゃギルドは作れないってことか」
言われてみれば、当たり前だ。町を出れば魔物がいて、戦わないといけない。そうなれば、触れたものの情報を得るなんて能力は、何の役にもたたない。
そう考えると、大志たち四人の力では戦闘なんてやってられない。
「オススメはあるか?」
「なら、私のギルドに入るみゃん! 二人しかいなかったから、入ってくれるとありがたいみゃん」
二人しかいないとなると、入ったところで六人だ。一人の負担が大きすぎる。せめて、お礼として何かをしてくれるのなら考えてしまうが、そうでなければお断りだ。
「お礼なら、何でもするみゃん」
「よし、わかった。そのギルドに入る!」
そしてギルド加入の書類を書かされる。文法なども、元の世界のままだ。別世界とは思えないほどに。
詩真たちも『大志がそれでいいなら』と記入してくれた。ギルドに入れば、イズリの情報が手に入る。おまけにレーメルが何でもしてくれるというのだ。
「さっそく紹介するみゃん」
案内された部屋の扉を開けると、そこには一人の少女が眠っていた。椅子に座り、テーブルの上で腕を枕にしている。そして豊満な胸がぶら下がっていた。
「あの巨乳は?」
「ギルドメンバーみゃん」
そう言って、レーメルは巨乳を叩き起こした。すると、うつらうつらと巨乳は身体を起こし、大志たちに目を向ける。
仕事がなくて寝ていたのだろう。仕事のないギルドを引き当てるなんて、運がいい。
「ちょっと失礼する」
その立派な胸に手を伸ばした。跳ね返るような弾力。片手では収まりきらない大きさ。
詩真も大きいが、ここまでではない。理恩と比べれば山と平地である。こんな山ばかりの中で理恩がかわいそうだ。レーメルの存在が唯一の救いである。
そして情報が流れてきた。
グルーパ・イズリ。能力は、呪いをかける。
「この子はグルーパ・イズリ。とっても優秀みゃん」
「イズリ!? イズリって言ったか?!」
「言ったみゃん」
イズリ。それは探していた人物と同じ名だ。それに能力も同じで、探しているイズリそのもの。
だが、わざわざ呪いで大志を殺そうとした真意がわからない。能力をもってしても、その情報が得られない。
「もしかして、俺に気があるのか……」