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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-26 『可能性』


「それで、本当にあんなのに勝てるのか?」


 イパンスールと分かれた大志は、ポーラ、トト、アイスーン、ピルリン、グリーンと走る。詩真と海太の力がどの程度魔神に通用するかわからないが、イパンスールとキチョウがいれば少しは安心だ。それにバンガゲイルとレーメルもいる。

 すると不安が表情に出ていたのか、王に笑われた。


「仮にも魔神の姿をしているが、それだけだ。魔神としてはまだまだ赤子。いや、まだ魔神になりきれてないというべきか」


「あれでまだ全力じゃないのか!? 全然歯が立たなかったぞ」


 全力を出されたら、今度こそ勝てなくなる。今倒さなければ、倒せなくなってしまう。

 それがわかっても、大志の力だけではどうすることもできない。


「お前は人だ。神類(しんるい)でもなく、王位もない。そんなのが魔神に対抗できたら、人類の敗北が歴史に刻まれることはなかった」


「神類……?」


「前に神が複数いたと話したはずだ。神とそれに近しい存在は神類と呼ばれていたのだ」


 すると、再び魔の瘴気が近づいてきた。しかし王が手を振るえば、簡単に消えてしまう。イパンスールもしていたが、これも王の力なのだろう。

 大志についてこなかったメンバーは、魔神とぶつかり合うように戦っている。しかし魔神はそんなことなど気にする素振りも見せず、大志を目で追っている。


「なるほどな。よくわからないが、勝てるってことだな!」


「ふんっ……簡単な話ではないがな。わずかな可能性をも、お前ならば何倍にも何十倍にも膨らませられる。お前自身に秘められた可能性を見せてみろ」


「……可能性?」


 首を傾げる大志にため息を吐いた王は、魔神へと目を向けた。

 その視線の先には、諦めずに魔神へ攻撃し続ける姿がある。海太は能力で創った刀を振りかざし、詩真は効いているのかわからない銃弾を撃ち続けた。そしてバンガゲイルとレーメルは相も変わらず殴り続け、キチョウは海太へ声援を送っているようだ。


「初めはただの他人でしかなかったやつらが、今はお前を信じ、戦っているのだ。お前は様々なモノと心を通わし、味方にする力がある。それがお前の『可能性』だ。……まあ、それだけではないがな」


 そんなことを言われたのは初めてだ。

 この世界で味方が増えたのは事実だが、可能性と言われてもピンとこない。


「つまりどういうことだ? 俺は何をしたらいいんだ?」


「少しは考えろ! ……つまりはアレだ。他人の身と心を一時的に取り込む能力……あれがこの状況を打破する可能性を秘めているということだ」


 何度も大志とこの世界を救った能力。その能力があれば、魔神を倒せる。

 しかし大志にはわからない。どうすればいいのか。誰とキスをすれば、この世界を救えるのか。取り込んだ能力を強化できるが、誰の力を強化すれば魔神を倒せるのか。


「あの能力がか。女神に見捨てられても、世界にはまだ見捨てられてないってことか!」


「ご主人様のためなら何でもしますよーっ!」


 ピルリンの笑顔と、やれやれとでも言いたそうなグリーンの顔が並ぶ。そして反対にはトトとアイスーン。

 こんなにも頼りになる仲間がいる。魔神くらいどうにかならないでどうする。


「ありがとう、みんな……」


「考えている時間はないようだ。やつが近づいてきた」


 見れば魔神がゆっくりと足を進めていた。四本の足を動かし、大志へと近づいてくる。王の言う通り、考えている時間すら与えてくれないようだ。


「やつは正真正銘の魔神ではない。能力の一種で、化けの皮を被っているだけの人だ」


「能力で……? それなら詩真の能力でどうにかなるんじゃないか?」


「魔神の皮は厚い。たいていの力は無力化される。だから、それよりも強力な力が必要なんだ」


 そう簡単に言っても、魔神臓がなければ大志の力も効かない。あのキチョウでさえ、魔神には傷一つ付けられないのだ。


「この身体を取り入れろ。この娘の能力を強化し、やつを真の姿にするんだ!」


「ぽ、ポーラと……性を交える……?」


「そうだ、性を交えるんだ!」




 白い世界が広がっている。その世界で、ポーラが眠っていた。

 深い眠りから目覚めたポーラはまだ寝ぼけているのか、ぼーっと大志を見る。そんなポーラの頬を撫でると、手を重ねられた。


「おにいちゃん……?」


「ごめんな、ポーラ。こんな時ばっかり頼って……」


 ポーラの手は小さく、柔らかい。こんな身体で二千年も生き、王の器という役目も負わせてしまっている。そしてそんなポーラに頼ってしまう自分が情けない。

 ポーラの苦しみはどうにもできないのに、力を借りてばっかりだ。


「ううん。どうしたの?」


「……敵が、強いんだ。どう頑張っても傷さえつけられない。だからポーラの能力が……いやポーラ、お前が欲しいんだ。俺のすべてを受け入れて、一つになってほしいんだ!」


 力強く訴えかけたつもりだったが、ポーラは寝ぼけ眼であくびをする。


「うん。わかった。お兄ちゃんが望むなら、そうする」


「これは呪いだ。ポーラをさらに苦しめるかもしれない。もしかしたら、ポーラを殺してしまうかもしれない」


「呪いなら慣れてる。それに、死ねるなら本望だよ」


 ひどく後悔した。ポーラにそんなことを言わせてしまうなんて。結局のところ、自分のことしか考えていない。それが痛いほどよくわかった。

 小さな肩を抱き、流れる涙を隠す。こんな姿はポーラに見せられない。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


「……どうも、しない。ただ、こうしてたいんだ。ポーラ……」


 抱きしめた身体は柔らかく、簡単に壊れてしまいそうだ。それなのに、強く、強く抱きしめる。自制できないほどにポーラを強く感じたい。

 ポーラを独占したい。


「いっ……おっ、にぃ、ちゃ……いった、ぁ……」


 その小さな悲鳴が、大志を我に返す。

 ポーラから離れ、尻もちをついた大志は荒い呼吸で肩を上下させた。


「ご、ごめん! 俺は……お、俺は……」


 謝罪はできるのに、次の言葉が出てこない。独占したいと思ったのは事実だが、なぜそう思ったのか。いくら考えても、望みの答えが思いつかない。

 するとポーラは大志に馬乗りになり、抱きしめてくる。


「大丈夫。もう痛くない。もう、大丈夫」


 もちもちの頬が、大志の頬を撫でた。そのせいで、抑えたはずの涙が溢れだす。

 そこでも嫌というほどわかった。単純に支えが欲しかったのだ。理恩がいなくなった今、心の支えが欲しかったのだ。

 ここなら誰にも知られない。だから、ポーラを求めてしまったのだ。なんとも自分勝手な理由だ。


「……俺は弱い。本当に……」


「うん。みんな弱い。みんな誰かと協力して生きてる。強さなんて、ただの勘違い。誰かよりも少し優れているだけ。それを強さだと勘違いしてるだけ」


「なら、ポーラも弱いのか?」


「そうだよ。お兄ちゃんに抱きしめられただけで痛い。振り払うこともできない。だからお兄ちゃんに頼る。頼り、頼られる。それを誰かが強さ、弱さって言い始めただけ」


 頬が離れ、ポーラが覗き込んでくる。いつもと変わらないポーラ。なのに、涙が止まらない。

 もうそこからは感情を抑えられなかった。

 ポーラを押し倒し、唇を奪う。抵抗できないと知り、腕を押さえつけた。


「うっ、む……おぅ、うぅむ……おにっ、んんぅ……」


 柔らかい。そして小さい。口を無理やり開かせ、舌を侵入させる。するとポーラの記憶が流れてきた。二千年を超えるとてつもない量の記憶が流れてくる。


 生まれて、ほんのわずかな幸せの時間。それからすぐに戦争が始まった。名器をめぐる戦争は各地を焼け野原にし、ポーラの家で保管していた名器を奪いに様々な人種が攻めてきた。

 そして怯える日々を強いられていたある日、一人の女性が訪れた。フードを被り、素顔を晒さない女性は、名器をポーラの体内に隠すよう言う。運よく、父の能力ならそれが可能だった。戦争が終わったら取り出すということで、すぐさまポーラの体内に名器が隠された。


 うまく偽物を掴ませ、本物の名器は守れたが、肝心の父は戦争の犠牲になってしまった。なんとか取り出そうとしたが、助けを求めることは名器のありかを言っていることと変わりない。

 だからどうすることもできず、母は老衰していった。


「っぷは、ぁ……お、にいちゃっ、ん……はげ、っしい」


 一度のキスでは受け取り切れない記憶。膨大で莫大な記憶を全て受け止めきれるのか。そんな不安もあるが、今はするしかない。

 再び唇を重ね、ポーラを感じる。粘膜を擦りあわせ、互いの記憶を分け合う。

 母が死んでからポーラは一人だった。年をとることもなく、変わらぬ姿のまま、この世界に居座り続けた。そのせいで気味悪がられ、ひどい仕打ちを受けることもあった。しかしそれでもポーラは死ねない。この世界からは解放されなかった。


「ん、ぁ、ぅむ……ちゅっ、ぅ、んむぅ……」


 ポーラに比べれば大志の過去なんて、生易しいものだ。しかしそれでも、ポーラの頬には涙が伝っている。大志の過去を、その思いを直に知り、涙したのだ。

 なんて優しい子なんだ。

 大志は唇を離し、再びポーラを視界に捉える。


「なんで……なんでっ、ポーラばっかり、こんな……ことをっ……!」


「ううん。違うよ、おにいちゃん。みんな苦しみながら生きてる。おにいちゃんだって苦しんできた。長く生きてれば、それだけ苦しむことが増えていく。それだけだよ」


 しかし納得なんてできない。できるはずがない。だが、その苛立ちがどうにもならないことだけは理解できた。ポーラは苦しめた人たちはすでにいない。恨む相手がすでに死んでいる。


「ポーラ……俺は何をしてやれるんだ?」


 名器を回収したところで、ポーラは王から解放されるのかわからない。解放されたとして、その死はポーラにとって喜ばしいことなのかわからない。


「…………」


 返事はなかった。そんなことをわざわざ聞くなんて方がおかしい。

 大志にできることは限られている。それが何かは大志ですらわかっていないが、わかっていないからこそ目の前のことから一つずつしていくしかないのだ。

 上気した顔で大志を見つめるポーラは、荒い呼吸で膨らみのない胸を上下させている。その姿に喉がなり、気付けば胸を撫でていた。


「ふっ、ん、ぁ……お、っに、ぃ、ちゃんっ……」


 漏れる声をせき止めるように唇を重ね、唾液を交換する。

 互いの口を行き来させ、もうどれが自分の唾液かすらわからなくなった。だがそれでいい。記憶のやり取りさえできれば、どうなろうと関係ないのだ。


「んぁ、うっ……ん、んふっ、ぅう……」


 もう流れてくる記憶はない。それでも唇が離れない。キスが終わらない。やめようとしても身体が言うことをきかない。もっとポーラを感じたいと、貪り続ける。

 理恩とした時はこんなことにはならなかった。なのに、なぜポーラ相手だとこんなにも野性的になってしまいのだろう。

 手を動かすと、硬い突起に指が触れた。それを弾けば、揺れていたポーラの瞳がぎゅっと隠される。


「ポーラ……ぽーら……」


 やっと唇が離れても、ポーラはもっとしたいのか、舌を出したまま開いた口が塞がらない。

 胸に触れている手から、心臓の鼓動が伝わってくる。その鼓動に合わせて口から漏れ出る熱い吐息を独占するように、口いっぱいに吸い込んだ。すると再び唇は重なってしまう。


「うぁ、むぅ、ちゅっ、んちゅ、ぅん……んふ、っちゅ、ぅぅん……」


 終わらない。このままでは、いつこの空間から出れるのかわからない。

 外では時間が流れているのか。そんなことを思い、不安を感じながらも、キスを続けた。ポーラを味わい続けた。

 すると突然ポーラの身体が大きく跳ねる。何が起こったのかわからないが、ポーラの目はとろんとたれ、鼻息がさらに荒くなった。


「大丈夫か?」


 そう聞くと、首を横に振られてしまう。


「このままじゃ……抑えられなくなっちゃう。だから、今は……やめよ?」


「今はって……」


 どういうことだ、と続けようとした言葉は出なかった。ポーラに唇を塞がれてしまったからだ。

 そして呆然とする大志に、ポーラは笑ってみせる。


「続きは後で……ね?」


 その笑顔は、子供が見せるようなとても明るいものだ。しかし微かに、大人びている。




「……よし」


 そこにポーラの姿はない。王もろとも、ポーラは大志の中にいる。

 すると宙に浮かんでいたピルリンが急に落ちた。立っていたグリーンは慌ててピルリンに近づき、擦り傷を治そうと手をかざす。

 しかし何も起こらない。魔力切れだろうか。


「吸血するか?」


「いえ、魔力はあるわ。でも……魔法が使えない」


「急にどうし……」


 春明の頭に一つに仮説が思い浮かぶ。そしてその仮説を確かめるように、目を閉じた。

 すると見えないが、グリーンはちゃんと魔法を使えているようだ。どうやら春明の仮説は本当なのかもしれない。能力を無効化するポーラの能力。それが強化され、目を開けている間は能力以外も無効化してしまうのだろう。


「これが王の言っていた可能性か」


 春明の言葉に、トトもアイスーンも首を傾げる。

 こうなったら誰にも頼れない。自分の拳で決着をつけろということだ。

 それが運命というなら、笑ってやる。剛が何をしようとしているのか、そんなことを探る必要はない。新人類プロジェクトも、その先にある計画も、ぶん殴って終わりだ。





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