5-23 『信じられる仲間』
「何なんだよっ!」
大志は北区にいた。トゥーミやグリーンがいないところを見ると、どうやら北区を出発する前に戻ってしまったようだ。魔神や剛の姿はどこにもない。あるのは、大声を出した大志を心配する者たちだけである。
「どうしたみゃん?」
伸ばされたレーメルの手を弾き、理恩の肩を掴んだ。丸く見開いた目を無視し、情報を探る。巻き戻りやポーラのことが気になるけど、今は理恩の描いたものが何だったのかを探るほうが先だ。
そして大志は理恩を突き飛ばす。倒れた理恩は眉をハの字にして、困惑した顔を大志に向けた。
「どうしたのっ、大志……?」
「気安く呼ぶな! ……お前は、誰なんだ?」
目の前にいるのは、形そのものは理恩だ。しかし理恩とは違う。まったくの別人だ。
「僕たちの英雄を侮ったようだね」
アイスーンの刀が、理恩の首へと突きつけられる。その目に戸惑いはなく、ただ殺意に満ちていた。
「……どうして、あなたが?」
アイス―ンが巻き戻りについて知っているはずがない。だからそんな言葉を漏らしてしまったのだろう。しかしそれは、理恩も巻き戻りを知っていると自白しているようなものだ。
「僕は……未来の僕は大志と能力を使っていた。そして今も僕と大志は繋がっている! どんな力か知らないが、巻き戻りを引き起こした犯人は君なんだろう?」
理恩の首にわずかな血が流れる。冗談ではないという脅しのつもりだろう。
すると理恩はゆっくりと両手をあげた。
「……くっくっ、あんな介入をされれば仕方ないんじゃなが」
どこかで聞いたことのあるような、奇妙な喋りかた。理恩だったそれは、坊主頭の痩せた男へと変わる。どこで見たか思い出せず、大志の眉間にはしわが寄った。
「この姿を見せるのは初めてだったなが。第三星区で人探しをやっている時はチオの下についていたが、今ではイチモツ様に仕えているなが」
そこでやっと思い出す。チオと一緒に取り逃がしたと思っていたが、まさかイチモツのもとへ戻っているとは考えもしなかった。
姿が変わると、周りにいた全員が臨戦態勢になる。いったいいつまで巻き戻ることができるのか。それがわからなければ、安心できない。
「いつからお前は理恩だったんだ? それに、理恩は?!」
「いつから……この地を訪れた時。同時に理恩は永劫堕獄へと送られたんじゃなが」
「えいごう……だごく……?」
しかし男は答えない。男が腕を振るうと同時に、前に出たアイス―ンが男を突き飛ばす。
突き飛ばされた男は地面を転がり、アイス―ンの腕にできた切り傷からは血が流れた。
「話している場合じゃない。君の大切な人を助けるためにも、今は戦うんだ。……取り返しのつかなくなる前にッ!」
「取り返しって……な、何なんだよ、永劫堕獄って……」
「虚無空間でござるよ。どんなことがあろうと、虚無であり続ける空間。空想だと思っていたが、実在したでござるか」
大志を守るようにアイス―ンとトトが前に立つ。
虚無であり続けるなんて、意味がわからない。もしもそこに理恩がいるのなら……
「ま、まさか……取り返しって……ッ!」
「虚無へと葬られる。生とも死とも違う虚無になり、理恩はいなくなるんだ」
アイス―ンの言葉に、大志は力が抜ける。そんなことがあってたまるか。なぜ理恩ばかり不幸な目に合わなければならないんだ。
焦りを感じた大志はアイス―ンとトトを押しのけて走り、倒れたままの男の胸倉を掴む。
「どうすればいい?! 理恩を助けるにはどうすればいいんだ!!」
「……もう手遅れじゃなが。あれは世界から切り離された場所。干渉できるのはあの方のみ」
「なら時間を遡れ! お前にならできるんだろ!? 理恩が無事な時間まで戻せ!」
「それは無理じゃなが。戻れるのは、この出発の時間までじゃ」
男は空へと手を伸ばした。
ピルリンや海太が警戒する中、男の身体に熱量が集まる。触るだけでも火傷してしまいそうな熱さに、大志は距離を取った。
「これで役目は終わりなが……」
「待ちなさいッ!」
詩真の手から放たれた銃弾が男を貫く。
たとえ巻き戻ったとしても、詩真の能力は変わらない。能力を一時的に封じるものだ。
「自爆でもする気かしら? 自爆の能力まであるなんて驚きだわ」
「くっくっ、やはりその能力は規格外じゃ。他の能力を強制終了させるなんて、神にすら不可能な荒業じゃなが」
「それは光栄ね。……さあ、答えなさい。そこまでしてイチモツ……剛に従う理由は何?」
「理由なんて一つだけじゃ。イチモツ様は正しい。それだけで従う理由としては十分じゃなが」
剛は大志を魔神にしようとしていた。多くの犠牲者を出すそれが正しいなんて、天地がひっくり返ったとしてもあり得ない話だ。
「まだわからないだけじゃ。イチモツ様の崇高な目的が」
「なら教えてくれ。その目的ってやつを」
すると男は首を横に振る。
どうしてそこまで隠すのか。それを言ってくれれば、少しくらい考えられるというのに。
直後、海太の刀が男の手を地面に張り付けた。
「ふざけるのはよせってんよ。しっかり思い出したってん。……嫌な記憶だってんよ」
「この能力がなければ死んでいたなが。感謝してほしいんじゃなが」
巻き戻りが能力だとしても、そんな能力を持ってるなんてありえない。大志は一度、男の能力を探ったことがある。その時には人探しと、見た目を変えるものだけだった。
「そもそもお前にそんな能力なかったはずだ。……覚醒したのか?」
そんな大志の問いに、男は首を横に振る。
「これがイチモツ様のお力……女神の加護による逆転転移の賜物じゃなが!」
「逆転……転移……?」
「イチモツ様はすべてのモノに手が届く! それ故に、どうしても果たさねばならぬ願いがあるんじゃ!」
その能力の全容はわからないが、その能力のせいで多くの命を犠牲にしていいはずがない。
そもそも、新人類プロジェクトはあの島で終わりにするべきだったものだ。それをこんな別世界で完遂しようだなんて、気が狂ってるとしか思えない。
「剛がどう思おうが勝手だ。だがなッ! 他人に迷惑をかけるな!」
「そうだってん。あの島の生き残りとして、剛の暴走を止めるってんよ!」
多くの人を苦しませ続けた新人類プロジェクトは、今度こそ本当に終わりにさせる。また別の世界に逃げられたら手を出せないが、そんなことさせない。
「あら、坊や……それなら魔神臓を回収しに行かないとよ」
聞こえた声に顔を上げると、翼を広げたグリーンが見下ろしている。記憶が残っているおかげで戦闘になることはない。
「魔神臓があると厄介じゃないか? けっこう苦しいんだぞ、あれ」
「また魔神になられたら、それこそ厄介よ。魔神臓がなかったら、きっと歯が立たないわ」
「あー、攻撃が効いてたのってそれが原因か。……できるだけ時間は無駄にしたくないんだが、仕方ないか」
手招きしてグリーンを下降させると、その唇を奪う。主人の塗り替えは早急に澄ませておきたい。あとになって裏切られたりするのは勘弁だ。
グリーンの中から血を吸った情報を大志に移すと、グリーンは大志の首元に噛みついた。
「あーっ、ズルいですよーっ! ピルちゃんも吸いたいですよーっ!」
「あとにしてくれ。これから西区に行って、トゥーミから刻印を奪う。それからレイウォックの刻印も」
一度は消えた記憶も蘇ったようで、その場の全員が大志の言葉にうなずく。
「くっくっ、正しいのはイチモツ様じゃなが……」
その言葉を残し、爆風と共に男は姿を消す。自爆したのだ。せっかく助けたというのに。
すると視界にヒビが入る。そして甲高い金属音にも似た音を境に、世界は姿を変えた。
「おせぇッ!」
激痛の走る腕を振るい、噛みついてきた犬を引き離す。
場所は変わらず、北区を出発する前のようだ。しかし、さっきまでいなかった犬がそこにはいる。
「いってぇ……って、セロリ!?」
第一星区に来て知り合ったセリアンスロープだ。今までいなくなっていたが、そんなことはまったく気づかなかった。
目を丸くする大志に、セロリはため息を吐く。
「やっと戻ってきたと思ったら、なんて顔すんだ」
「なんでセロリが……というか、今までどこにいたんだ?」
と、何事もなかったかのように会話を続けるのは大志だけで、その場は凍りついた。
幻でも見ている気分だろう。セリアンスロープだと知っていたのは大志と自爆した男だけだったので、目や耳を疑うのは当然の反応だ。
「喋った……?」
「……喋ったでござる」
世話していた二人の驚きはどこか落ち着いていて、そんな二人に説明するためか、セロリは獣人の姿になるってアイス―ンとトトに一礼した。
「セリアンスロープのタンガだ。少しだったが、飯や寝場所を与えてくれて助かった」
「セリアン……って、第五星区にいる……のだっけ?」
アイス―ンの問いかけに、トトは首を縦に振る。
相手がトトということもあってか、声色がいつもの凛々しいアイス―ンとはどこか違っていた。
「そうか。……まさか礼を言われるなんて思ってなかった。でも、元気だったのなら何よりだよ」
下げられた頭をアイス―ンが撫でると、トトも頭を撫でて微笑む。たとえセリアンスロープだったとしても、一緒に過ごした時間が嘘になるわけではない。
それくらいの事実でセロリを否定するような、捻くれた性格ではないのだ。
「それで、何があったのか教えてくれ」
大志の言葉に、セロリは頭をあげた。その表情は、どこか神妙そうである。
「お前らは能力に捕らえられてたんだ。結界にも似てるが、あれは間違いなく能力の反応だった。俺はすぐに逃げ出したが、一か月以上も待つ羽目になっちまったぜ」
「結界? いや、それより……一か月以上ってどういうことだ? 繰り返しの日数を足したとしても、一か月にも満たないはずだぞ」
「能力内の時間経過と、現実時間の経過が同期してなかったってことだろ。よくは知らねぇが、そうなってんだからそれが事実だ。それより、どうやって出てきた? 能力者はどんなやつだ?」
「能力者は死んだんだ。自爆してな。……出てこれたのはそのおかげかもしれない」
飛び散った肉片はどこにもない。あの自爆は能力内で起こったことなのだ。
すべてが能力内で起こったこと。そうであったらよかったのに、理恩の姿もどこにもない。永劫堕獄と呼ばれる虚無空間に連れて行かれたのは本当のようである。
「俺は能力内で辿った道をなぞる。セロリも一緒に来てくれるか?」
「ったりめーだ! お前の言葉を信じてる。だから、お前に死なれたら困んだよ」
セリアンスロープを人種として認めると言った言葉を憶えていたようだ。大志としても、それが嘘だったとは言いたくない。もう二度と魔物と人種の戦いは起こさせない。そのためにも人種と魔物という仕切りや差別はなくすべきなのである。
「どれだけすごいかはわからないが、頼りにするぞ。……あと結界ってなんだ?」
「お前の能力と似たようなもんだ。セリアンスロープの場合は結界って名前なんだ」
魔物にも能力系統のものがあるとは初耳だ。
オーガは強靭な肉体。ガーゴイルは飛行。スプリガンは不死。魔物と呼ばれるものは身体的な特徴だけかと思っていたが、そうではないようだ。
「じゃあセロリにもあるのか?」
「もちろんだ。自分か視界にあるものを分裂させる。一足先に能力から脱出できたのも、俺から能力を分裂させたからだ」
「分裂ってのがよくわからないな。切り離したってことなんだろうけど」
「考えたってわからねぇだろ。結界なんて言うが、範囲効果ってのは少ねぇんだ」
それなら、なぜ結界なんて名前なのか。人と同じで能力でいいのではないかと思うが、魔物というだけで人と同じものを使っているとは認められなかったのだろう。
すると大志の疑問を感じ取ったのか、アイス―ンが口を開いた。
「結界という名が定着したのにはいくつか説があるけど、一番有力なのは永劫堕獄のせいという説だ。永劫堕獄というのは、セリアンスロープが創りだした結界らしい」
「永劫堕獄が結界!? いや、それについてもよくわからないんだが、どういうことだ?」
「なんだ、それを知ってんなら話は早え。言い伝えを鵜呑みにすんのも馬鹿らしいが、昔は人とも交流があったみたいで仲良くやってたんだ。……だが、災厄ってやつのせいで大地は燃え、同胞は悲鳴をあげ、戦闘を余儀なくされた」
人とセリアンスロープが仲良くしていたということは、魔物との戦いよりも前の話だ。言い伝えられるくらいなのだから、信憑性は薄くないだろう。
「誰がなんて記録にねぇが、セリアンスロープの誰かが永劫堕獄を創った。それで災厄は消し去ったんだが、戦っていたセリアンスロープたちもろ共、永劫堕獄に呑み込んだ。だから制御を失った永劫堕獄は今もどこかで存在し続けてんだ」
「そこに呑み込まれたら、もう出てこれないのか?」
「そんなの知るか! そもそもどこにあるかもわからねぇんだ。調べようがねぇんだよ」
理恩を救うための手段が次々と絶たれていく。ほんの少しの希望にでも縋りつきたいが、その希望すら微塵もない。
どうにもならない焦りが大志を混乱させる。
「焦ったらダメみゃん。落ち着かないと、何も考えられなくなるみゃん」
レーメルに手を握られる。するとそれに続くように海太に肩を叩かれた。そして詩真、アイス―ン、トトが前に並び、バンガゲイルには頭を強引に撫でられる。
レズには呆れたような顔をされ、ピルリンとグリーンはすぐに出発できるよう空を飛んでいる。
「これだけいれば、どうにもならないことはないってん。だから仲間を信じて前に進むってんよ」
「臆病で支えがないとダメになるけど、それでいいのよ。それが大上大志……私たちを救ってくれた英雄なんだもの」
海太や詩真だけじゃない。大志を囲む全員に宿る戦う意思が大志を勇気づけ、目頭を熱くさせた。
「……そうだよな。英雄譚はハッピーエンドじゃないと締まりが悪い」