5-22 『贔屓の干渉』
こんなにも多くの敵を前にしても、剛から余裕が消えることはない。
「ははっ、だから言っただろう? 数なんて何の意味もないってね!」
風が吹き荒れ、剛の手へと吸いこまれる。ピルリンの障壁で防いでも、その吸引力を和らげることができない。
そこに海太が持っていた刀を投げ入れた。複製された刀だから、惜しいという気持ちはないのだろう。
「おっと、これはいいものを手に入れた」
風がやみ、一直線に近づいてきた刀を掴んだ。海太の複製された刀は強力で、大きなハンデとなる。それなのに、海太は少しも焦った表情を見せない。
剛が刀を振るうと、近くにいたスプリガンが土になってしまった。いなくなってしまったスプリガンは、再び石碑から出てくるだろう。しかしすぐにここへ来られない上に、記憶が消えてしまっている可能性もあるのだ。
「どうするんだ、海太?」
「大丈夫だってん。あれは俺の能力だってんよ?」
すると剛の持った刀は氷が溶けるように消えてしまう。複製したものを消すことも能力の一部なのだ。
そして海太は得意げな顔で懐からカードを出す。その何の柄もないカードを、大志は今まで見たことがない。
「そして、これが俺の仲間だってん!」
カードから眩い光が漏れ、その光の中から翼、そして尾が見えた。
「ははっ、君の仲間は魔物なのかい?」
「……はぁ、ずいぶんと荒々しいところに呼んでくれたわね。何かの嫌がらせなの?」
海太の前に立ってため息を漏らすのはキチョウである。六星院の第四星区代行のキチョウは腕を組み、不満そうな視線で海太を見た。
「ち、違うってんよ! ちょっと力を借りたいだけだってん」
「見たところ、大勢で戦ってるってところね。そこに私まで加えるなんて、敵さんが可哀そうよ」
キチョウは海太の頬を撫で、身体を寄せる。そして剛を哀れな目で見るキチョウと、緊張から目を逸らす海太に、大志たちの思考は停止した。
キチョウと海太の接点がわからない大志は戸惑うが、剛はそれを待つはずがない。
「魔物ふぜいが調子になるなぁッ!」
腕を振るった剛に身構えるが、つまらなそうにキチョウが指を弾くと、半透明の球体が剛を包む。
そして球体の中で吹き荒れた風が剛を傷つけた。
「あんなの相手にこんな大勢必要ないわよ。弱い者いじめなんて、感心しないわ」
剛に向けられたキチョウの指先が光り、円を描く。出来上がった円は回転し、その中心で球体のエネルギーがつくられた。
キチョウはいまだに閉じ込められたままの剛へと、つくったエネルギーを弾き出す。まっすぐに進んだエネルギーは球体の殻を突き破り、球体を赤く染めた。
「なんだよ、この力は……。サキュバスって、こんなに強いのかよ」
不意を突かなければ傷つけることしかできなかったのに、キチョウはほんの数秒で傷をつけ、その圧倒的な力を見せつける。
球体から解放された剛は力を失ったまま地面へと落ちた。その胸には穴が開いてあり、それが死因であることは明らかである。
「やった、のか?」
「まだよ! 何度だって蘇るのはわかるでしょ!」
グリーンの叫びに顔をあげたキチョウは、目を丸くした。そして変人を見るように表情を崩すと、説明を求めるように海太を見る。
「わからないってんよ! 大志に聞いてほしいってん!」
「何をしてるかは俺も知らないぞ」
「よくあんなの放っておいて戦っていられるわね。魔力が圧縮されてて、一歩間違えれば大爆発よ」
「爆発ぅ!?」
グリーンはすでに仲間のはずだ。すべてを巻き込んで剛を倒すなんて賭けみたいなことはするはずがない。きっと意味があるのだろうけど、今は考えるよりも行動する。
飛び上がり、腕を広げたままのグリーンに抱きついた。
「なっ!? 何するのよ!」
「今すぐやめてくれ! ピルリンがなんでもしてやるから、今すぐ!」
即座に腕をおろしたグリーンは頬を染め、咳払いをする。
「し、仕方ないわね。坊やの頼みなら仕方ないわ。もちろん、坊やの頼みだからよ」
「ならピルリンのことは無しで」
するとグリーンに肩を掴まれ引き離された。肩を掴むグリーンの手は力強く、その気迫に大志の中でピルリンが怯えてしまう。
ピルリンの姿が見えないから油断しているのだろうが、ピルリンの目にはしっかりと見えているのだ。ついでにピルリンへの想いを情報として教えてしまおうか。
「ダメよ! あっ、あの子が……なんでも……っへへぇ……」
だらしなく表情を緩ませたグリーンの鼻から、赤い液体が流れる。どんな妄想をすればそこまで興奮できるのか。
ひとまずグリーンを連れて地面に足をつけた。その時になっても、剛の身体は穴が開いたまま動かない。
「名器があるなら、とっくに蘇ってるよな?」
聞くまでもない。それが名器というものだ。
そして警戒を続ける大志に、キチョウは首を横に振る。海太から離れ、姿勢を正したキチョウはやけに真剣な表情で倒れたままの剛を睨んだ。
「蘇るもなにも、まだ死んでないわ。……何か隠し玉があるってことね」
キチョウの言葉に反応するように、胸に穴を開けたままの剛が立ち上がる。その不気味な姿に、理恩とトゥーミの悲鳴が聞こえた。
「ははっ、さすがだね。バレたなら隠す必要もない。……君が拒むのなら、僕が踏み出す。君の到達できなかった地点へと、僕が足を踏み入れるッ!」
現れた黒い球体を握りつぶすと、剛の身体は黒く覆われる。よくない事態だということは明らかだ。
「何が起こるんだ? あれは……なんだ?」
剛の身長の二倍はあろう太い円柱型の黒い足が四本、腕が二本、そしてそれを繋げる胴体だけへと剛は姿を変える。ただそこにいるだけで、向かい風を受けているような威圧感に押しつぶされそうだ。
足を動かせばスプリガンが潰され、地響きが起きる。
「くっ……あれは、剛なのか?」
「坊やの目は節穴なのかしら? あれはきっと魔神よ」
「魔神って……魔神臓とはまた別なのか!? いやそれより、どうして剛が魔神になったんだ? 人がなれるものなのか?」
すると目にも見える冷気が魔神へと当てられた。しかし魔神の姿に変化はない。
反対側からレーメルとバンガゲイルが飛びかかるが、二人の力をもってしても魔神はピクリとも動かない。スプリガンたちも巨大化して殴るが、やはり魔神に効果はない。
アイス―ンは恐怖などせず、刀を構えて走り出す。無反応の魔神の足を斬りつけるが、どうやら弾かれてしまうようだ。
「質問はあとだってん! あんなのが暴れたら、危ないってんよ!」
刀を持った海太をキチョウが抱きあげ、魔神の頭上から落とす。その勢いで刺そうという作戦だったのだろうが、それもまた弾かれてしまった。
キチョウのエネルギー弾が放たれるが、埃をつけるだけである。そうなれば、もはや大志たちに勝ち目はない。しかし、そこで諦めることは許されない。
「……剛! お前を元に戻す。それからたっぷり反省させてやるからなッ!」
身が軽かった。地面を蹴り、前へと走る。右、左、右、左、地面を蹴るたび身体は軽くなり、高く飛んだ。姿は見えずとも、そこに剛がいることは確かである。
首のない胴の胸へと、拳をねじり込んだ。確かな感触とともに、魔神は後退する。しかし殴り終えた大志を魔神の腕が叩きつけた。
「大志ッ!」
魔神の追い打ちが来る前に、海太とアイス―ンによって射程の外に逃れる。
力比べで負けるのはわかったが、大志の打撃で魔神をふらつかせたのは、すべての目に映っていた。
「……悪い。いけると思ったんだが」
「なぜ謝る? 君は僕たちに力を見せてくれた。君にとっては些細な力だとしても、僕たちにとってそれは希望だ。……やはり君はすごいよ」
そう言って再び魔神に目を向ける。魔神は大志へと手を伸ばしていた。やはり目的は大志ということらしい。
三方向に散っても、魔神の手は大志を追う。首がないというのに、大志を捉えられているのだ。
「じゃあ、しっかり助けてくれよ!」
「言われるまでもないよ。君は思い通りに動けばいい。しっかり聞こえてるから、あとは任せて」
アイス―ンの能力により、互いの意思は共有されている。大志が飛べば、トトの操るペガサスも魔神へと向かった。
魔神を殴った大志をすぐにペガサスが別の場所へと移動させる。大志の意思は、アイス―ンを通してトトにまで流れているのだ。
「それにしても、どうして俺だけなんだ? レーメルやバンガゲイルのほうが強いのに……」
考えてもわからない。だから大志は魔神の背から拳を二回叩きつける。しかしそれでもよろけるだけで、決定打には程遠い。
魔法で強化するという手はあるが、力量の見えてこない敵を相手に魔力を使い続けるのは避けたい。いざという時に魔力がなければ、一方的にやられてしまうからだ。
「とりあえず、これを飲んどけってことか」
イズリからもらった巾着袋の中から、赤い球を取り出す。これを飲めば、残りは三つになる。惜しいが、これを飲まなければ均衡は崩れない。
飴のように舌の上で転がし、それから飲みこんだ。焦っていた気は落ち着き、心臓の鼓動がうるさく聞こえるほど辺りは静かになる。
止まったような世界で魔神を殴った。反応しようとするけれど、まったく動きに追いついていない。
魔神を蹴って離れようとするが、離れた大志の足が掴まれる。見れば、大志の動きを目視できているレーメルがいた。
レーメルは掴んだ足を、魔神へと投げる。せっかく離れたというのに、大志は再び魔神に接近した。そして魔神を殴る。
「っく……しんどいな、これ」
地面におりて声を発すと、ゆっくり進んでいた時は元通りになった。
バランスを崩しても魔神が倒れることはない。一撃が二発になったところで、あまり違いはないようだ。
息を切らす大志に、アイス―ンが駆け寄る。アイス―ンには何があったか見えていなかっただろうが、能力のおかげでなんとなく理解したのだろう。
「あまり無茶はしないでくれよ。君がいなくなってしまったら、それこそ終わりなのだから」
「……心配するな。俺を誰だと思ってる?」
「誰って……君は大上大志だ」
それでも不安そうに眉間にしわを寄せるアイス―ンの頬をつまんだ。
「そうだ。大上大志は神殺しだってやったんだ。だから、魔神だってどうにかできるだろ?」
「それは君では……」
とそこまで言って口を閉ざした。強く否定してしまえば、大志の力を認めていないことになる。大志のしてきたことは、誰もが認めている偉業だ。
わかってくれたようなので頬から手を離し、再び気を集中する。速まっていた鼓動が、だんだんとゆっくりに聞こえてくる。まだイズリの呪いは消えていない。
魔神を蹴ると、大志よりも高く飛んだレーメルに腕を掴まれ、半円を描いて二度目の蹴りを食らわせる。しかしそれだけでダメなのは二人ともわかっていた。
わかっていても、すでに二人は足場をなくしている。この空間で大志の動きについてこれているのはレーメルだけだ。助けてくれる人なんていない。だから、大志が何とかしなければならない。
レーメルの手を強く握ると、鼓動が速くなっている。止まったような時の中で、まるで走り終わったあとのように鼓動が速まっていた。
心臓から全身に熱量が流れ、大志の中で何かが弾ける。
「ッがァ! はッ……!」
魔神を足蹴にして、レーメルと共に魔法で空中に浮かんだ。
大志の見下ろす先では、魔神がその巨体を倒す。二発しか蹴っていないが、魔神を倒すほどの打撃になったのだ。
「どうしてみゃん?」
「……半分でも、これか……ぐふっ!」
レーメルを抱える大志は口から血を漏らす。
吐き出した血はレーメルを赤く染め、その表情を恐怖が染めた。
「な、何が……あったみゃん?」
「ほっ、ごほっ……もう大丈夫だ。一瞬だけ中身が吹き飛んだが、すぐに修復した。……少しでも遅れれば、死ぬ……ところだった……っはぁ、はぁ……」
「なかみ、って……」
レーメルの手が、恐る恐る大志の胸部に触れる。そして痛がらない大志を確認してから、かすかに手を動かした。それは撫でるようでいて、身体の無事を確かめているようでもある。
「もう大丈夫だから、気にしても意味ない。……それより、早くしないと」
倒れたままの魔神へと下降するが、その視界に水色の長髪が揺れた。そこにいるはずのないポーラの姿がそこに現れたのだ。
そして大志を見上げたポーラは視線で何かを訴えてくる。
それが本当にポーラなのかどうかを考える時間はなかった。無意識にポーラの視線の先へと向けた目には、苦痛に表情を浮かべる理恩がいる。前に出された手で三角を描き、その中に二重の円を描いた。
「……待っておるぞ」
ポーラの口から、王の言葉が発せられる。
伸ばした大志の手はポーラを捕らえられず、空をかいた。そして視界が黒く染まる。
何があって、何をされたのか。考えるにも情報が少なさすぎる。そもそも今の理恩に能力はなかったはずだ。それなのに、理恩はいったい何を。




