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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-21 『守り、守られ』


「お、お前が……剛? そんなの信じられるかッ! 剛は死んだんだ! 俺が、この手で突き落としたんだ!」


 嫌というほどに、あの時の感覚を憶えている。なんとか掴まっていた手に短刀を突き刺したあの感覚。あの時の殺意と共に、大志の心に強く刻まれてしまったのだ。


「たしかに僕は突き落とされた。でも、僕の死体を見たのかい? 見てるはずがないよね。僕はあの時、この世界へと転移したのだから!」


「お前はお前自身に操られ、伊織を殺したってのか!?」


「そういうことになるね。……でも、あの時と今では決定的に違うものがある。その動機がね。あの時はただ命令されるがままに、理恩を殺そうとした。それに比べ、今はしっかりとした目的がある。君を新人類にすることは、必要なことなんだ」


 剛は大志に手を差し伸べる。しかし大志は臨戦態勢のまま首を横に振った。目的があり、理由があったとしても、剛のしたことは許せることではない。


「なら、いいことを教えてあげるよ。君の愛人になるかもしれなかった伊織は、死ぬ直前まで君の話をしていたんだ。君への好意も話していた」


「伊織が俺に……好意?」


「そうだよ。だからまず先に殺したんだ。君の最愛は理恩でないといけなかった。理恩以外に好意を向けてしまったら、あの計画は頓挫せざるを得なかったからね」


 名指しされた理恩は委縮し、トゥーミと共に身を丸める。二人とも無力なことに違いはない。圧倒的な剛に怯えても仕方のないことだ。

 あの島では大志一人で守ろうとしていたが、今は多くの仲間が大志を支えてくれる。


「剛! 俺はお前を許さない! いくら理由を並べようと伊織の……伊織たちの人生を奪ったことは許していいことじゃない!」


「ははっ! 君へ好意があったと知ったら、怒りがさらに強くなった。そこまでして君は伊織と愛し合いたかったのかい?」


「違うッ!」


「違わない。君は伊織を殺され、ひどく悲しんだ。理恩という支えがなければ、君は人としてここにいない。……でも君を苦しめてきた想いは、八人を殺してしまったことではない。伊織の死を肯定したいんだろう? 伊織を殺したのは自分だと言い聞かせ、苦しみを紛らわせたいだけなんだ」


 剛が手を動かせば、そこに虚像が現れた。もう見ることはないと思っていた伊織そのものである。あの時の記憶と何も変わらない伊織がそこにいた。

 笑顔で手を差し伸べる伊織に、つい手を伸ばしてしまう。


「何やってるってんよ! あれは伊織なんかじゃないってん!」


 海太に押さえられ、大志は我に返った。伊織への想いは断ち切ったはずなのに、やはりそう簡単に断ち切れるものではない。


「伊織……俺は、俺はどうやったら助けられたんだ……」


「そんなこと考えたって無駄だってん! もう伊織はいないってんよ!」


「大切な人がいなくなるってのはつれぇことだ。それはよくわかるぜぇ。だが、そんなことでいちいち悩むな。おめぇが悩んで苦しんだって、誰も喜ばねぇ。笑えってのが、おめぇの十八番(おはこ)だぜぇ」


 バンガゲイルは腕を振るい、伊織の虚像をかき消す。大志のためにも、そうすることが最善だった。大志自身もそれをわかったから、口を閉ざす。

 そんな大志の前に出たのは、詩真だった。おろした手は銃の形をつくっている。


「……私、わかったわ。いままで変化してきた能力は、きっと能力が変化したんじゃない。時と場合によって必要な効果に変化する。それが私の能力なのよ。……だから今の能力は剛を、大志の敵を倒すために変化してる!」


 すぐさま撃つと、剛は見えない弾を避けようとした。しかし動いた先で悔しそうに表情を歪める。


「っく……規格外すぎる。狙ったものには絶対あたるようにでもなってるのかい?」


「わからないわ! 私でもどんな能力なのかわからないっ! でもこれが大志を救う力なんだって信じるわ!」


 再び詩真が撃ちこむと同時に大志は走り出した。そして逃げようとする剛よりも早く、その拳を突き立てる。

 殴られた剛は衝撃を殺すように後退しながら血反吐を吐いた。


「ははっ! 大層な能力でも、能力者がそれでは宝の持ち腐れだね。だから王位も手に入れられないんだよ!」


「王位なんていらないわっ! 大志の力になれるのなら、それで十分なのよ!」


 身体を修復しようとする剛に撃ちこむと、修復が止まる。

 もしも剛の言っていた通り、能力を打ち消しているのだとしたら、それが詩真の能力ということだ。しかしそれはあまりにも強力すぎるものである。

 海太の複製やバンガゲイルの腕力でさえ、詩真の前では無力となるのだ。それはポーラの能力とほぼ同等の力である。


「……そうだね。君が王位を手にしたところで、何の役にも立たない。それならば、他の者に譲ったほうがまだましだ」


「譲るってどういうことだ? 王位は王座に座る資格じゃないのかよ!」


「最初はそういう意味の言葉だった。……でもね、本当に最初だけなんだ。今はまったく違う使われかたをしている。それが何かは、まだ教えられないけどね!」


 飛び上がった剛は上空で静止した。そして両手のひらを向かい合わせると、間に黒い球体を創りだす。まるで魔神臓のように鼓動する球体が落とされると、大志の胸に痛みが生まれた。

 心臓を刺されたかのような痛みに、膝を床につける。


「あはっ! ちゃんと魔神臓を取り込んだようだね。これで一歩前進だよ」


「ぐっ、なぜそれを……」


「知ってるのは当り前さ。魔神臓を再臨させるようにけしかけたのは僕だからね。君が関心を示すように、細心の注意を払ったんだよ」


 落とされた球体は剛の手へと戻った。すると胸の痛みが消える。

 愉快に笑う剛を睨みつけ、グリーンも飛び上がった。


「まさかそんな意図があったとはね。元ご主人様!」


「まさかあんな簡単に思い通りに動いてくれるなんて思わなかったよ。元奴隷さん」


 グリーンに血を与え、大志に敵対させていたのは剛だったのだ。

 瞬時に放たれた光の矢は、剛の手に吸収される。直後、吸収した光の矢をグリーンめがけて放出した。そして腕に突き刺さり、血が流れる。

 今の剛には魔法すら効かない。その性能はすでに人とは別の次元だ。


「ヴァンパイアの、しかも低級魔法が僕に効くと思ったのかい?」


「くっ、やっぱりね……」


 グリーンが両腕を広げると、剛の腕から飛び出した鎖がその身体を拘束する。


「それを使うなら、隠れてやったほうがいい。僕がそれを許すわけがないだろう?」


 空中にいる剛とグリーンに手出しができない大志は、ピルリンと詩真の手を強引に引き、飛び上がった。その時には二人の姿は消えている。

 強化した義手で鎖を斬り、剛の前に立った。


「ここからは俺が相手だ。お前には聞きたいことが山ほどあるが、そんなのはあとでゆっくりと聞いてやる。だから、ここで終わりだ。新人類なんて幻想は捨てさせてやる!」


「ははっ! わかったよ。()()()の決着はここでつけようか!」


 大志と剛は同時に拳を振り上げ、同時に殴る。

 重なり合った拳の間で起こった衝撃は二人を吹き飛ばし、大志はグリーンに受け止められ、剛は自力で静止した。

 優劣なんて最初からわかっている。詩真の能力を使わなければ、剛に敵うはずがない。


「……時間を稼ぐから、グリーンはさっきの続けてくれ」


「わかったわ。絶対に死ぬんじゃないわよ。あなただけの命じゃないんだから!」


 そんなことはわかっている。

 手でつくった銃を向けると、剛は両手をあげた。


「僕と君の決着なのに、他人の能力を使うのかい?」


「あいにくだが、これだって俺の能力なんだ。使えるもんは使わせてもらう!」


 撃ちこむと同時に距離を詰める。剛には悪いが、無力化させてから攻撃するのだって立派な戦術だ。

 それなのに剛は姿を消し、動揺した大志を蹴り落とす。能力を封じたというのに、目にも見えない速度で大志の視界の外へと逃げていたのだ。


「がッハァ! どう、して……」


 地面に叩きつけられた大志は剛を見上げる。すると余裕な表情を浮かべて下降してきた。


「規格外といっても、その程度なのさ。どんなに優れたものだって、扱うものが劣っていれば()びついてしまうんだよ。……まあ、女神の加護がなければ危なかったけどね」


 剛はふたたび黒い球体を出すと、倒れたままの大志にそれを近づける。


「さあ、受け入れるんだ。君が新人類になれば、大勢の命が救われるんだよ。理恩まで失いたくないだろう? 今の君に選択肢は一つしかないんだ」


「……んなの、ダメだ。理恩は……守るッ!」


「そうだよ。それでいいんだよ。君にとって理恩は唯一残された家族。守りたければ、さあ! なるんだ、君が新人類にッ!」


 大志は地面を殴り、立ち上がる。

 大志の中で、ピルリンと詩真がうるさく叫んだ。そんなに叫ばなくてもわかっている。どうすればいいのか、どうすればみんなが笑えるのか。


「そんなのに、なるわけないだろ。俺はここで、過去を断ち切るんだ!」


 手を握ると、何かを掴む感触があった。そしてそれを掴んだまま引き抜くと、その手には刀が握られている。

 それはアリエルの城で見つけた刀だ。しかし置いてきたはずで、ここにあるはずがない。それなのに、握っている刀は本物である。

 構わず剛を斬りつけると、防ごうと手を出された。刀程度なら片手で受け止められるという余裕の表れだろう。


「なっ、んだ……と……」


 剛の手は左右に裂けられていた。


「ただの刀だと思って油断したな。油断大敵ってことだ!」


 修復する暇も与えず、剛の身体を切り裂く。何度も。何度も。あの時の悲しみを吐き出すように、死んでいった仲間の無念を果たすために、斬って、斬って、斬り続けた。

 そして剛が倒れてもやめない。その程度で、伊織を殺したことを許せるはずがない。


「……大志、やめろってんよ」


 海太に手を掴まれ、呼吸を荒くしたまま海太を見る。


「それ以上するのはよくないってん」


「……そう、か。これで終わったんだ。これで、みんな……」


 切り刻まれた剛の横で倒れるように腰をおろした。目の前にいる剛が目覚めることはないだろう。

 やっと終わった達成感か、本当に剛を殺してしまったことへの罪悪感か、大志の目からは涙が溢れた。


「俺、やったよ……伊織、俺が……俺が仇を取ったよ。だから……笑って、くれる……よな?」


「大志……」


 大志の言葉に、言葉を失う。海太だけでなく、バンガゲイルもレーメルも、レイウォックやトゥーミまでも言葉を失い、俯いた。

 しかし両手を広げたまま動かないグリーンは、声を張り上げる。


「まだよッ! 気を緩めないで!」


 直後、剛の血が蠢いた。咄嗟に詩真の能力を撃ちこむが、剛の身体は修復されていく。

 剛の身体に名器は見当たらなかった。それなのに、この反応は間違いなく名器と同じである。


「なっ、なんでっ、だよ……。どうすりゃ、いいんだ……っ!」


 動けずにいた大志は海太に抱えられて、その場から離れた。


「一人で前に出すぎだってん。一人でダメなら二人。二人でダメなら三人。それでもダメなら、できることを全力でやるだけだってんよ!」


 元の健全な姿に戻った剛は、不敵な笑みを浮かべる。そして傷だらけの服を見てから、ゆっくりと歩き出した。腕を広げたままのグリーンを一瞥し、それでも大志へと近づいてくる。


「捨てる覚悟のない者がすることじゃないよ」


 それはグリーンへの言葉だ。その意味は、ピルリンの知識をもってしてもわからない。

 近づいてくる剛に対し、レーメルとバンガゲイルが飛び出す。しかし左右から同じ速度で近づく二人は、いとも簡単に投げられてしまった。

 そして二人へと手を向けた剛に、詩真の能力を撃つ。少しでも遅れていたらなんて、考えたくもない。


「……君の生き方はつらいものだよ。何かを捨てなければ、何も得られない。二人を見捨て、君が攻撃に移っていれば、少しでも戦況が動いたんじゃないのかい?」


「守るべきやつを見捨てて勝って、何の意味があるんだ!」


 地面を転がったレーメルとバンガゲイルが離れ、剛を挟む形になった。


「ははっ、君はいったいどれだけの……いや、この問いはやめておこう。どんな物語だろうと、少なからずの犠牲の上に平和が訪れるものだ。妥協だって必要なものだよ」


「守れるものは守る! お前のおかげで失うつらさを知った。だから、できる限り守りたいんだ!」


 大志が地面を蹴ったその時、上空から音とともに天井の破片が落ちてくる。見上げればそこには、ペガサスに乗ったトトと表情を引き締めたアイス―ンがいた。

 ペガサスが降りてくるよりも先に飛び降りたアイス―ンは、大志の前に降り立って、姿のない刀を剛に向ける。


「待たせてしまったね。ここからは僕たちも加勢するよ」


「アイス―ン……」


 女の姿になっても、その戦力は確かなものだ。


「アイス―ン様だけじゃないのらー」


 アイス―ンのあとを追うように壁が破られ、大量のスプリガンが侵入してきた。身体を大きくしていなくても、協会におさまらないほどの量である。

 そしてペガサスに乗って降りてきたトトは大志の隣に立った。


「拙者に用意できる戦力はこれだけでござる」


「……何言ってんだよ。これほど頼りになる戦力はそうそういないぞ」



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