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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-20 『イチモツ』


「あれ……どこか行ってたの?」


 店に戻れば、眠たい目を擦る理恩がいる。

 魔神臓を回収しても巻き戻りはしなかった。これで巻き戻りが終わればいいのだが、それはまだわからない。今まで考えていなかったが、これもオーラル教が関係しているのかもしれない。


「ちょっと野暮用をな。ぐっすり眠れたか?」


「うん。よく寝たよ。……大志は違うみたいだけど、大丈夫なの?」


 不安げな表情を見せる理恩に微笑み、その頭を撫でる。たとえ何があっても理恩だけは殺させない。だから、動かれるよりも前に本陣を叩きに行くべきだ。

 大志は全員を集め、その顔を見回す。大志の真剣な表情に、その場の空気は張り詰めた。


「今日はデザフェスがあるからこんなことは言いたくないんだが、俺はイチモツを倒しに行く。これまでいくつもの不幸を塗り替えてきて、残るはイチモツだけだ。いいやつなのかもしれないが、どうしても倒さないといけない相手なんだ!」


「……わかったでござる。拙者はエルフを守らなければならない立場。だが、イチモツ様は人。人同士の争いならば、立場なんて関係ないでござる。拙者も協力するでござるよ」


 差し出されたトトの手を握る。そして海太、バンガゲイル、レーメル、詩真、理恩の手が重ねられた。

 ピルリンやグリーン、トゥーミやレイウォック、レズまでもが頷き、意志が固まる。


「みんな、ありがとう。……でも、戦闘は避けられない。トゥーミには危険すぎる。能力もなく、千冠もないなんて、怪我をするだけだ」


 するとマフラーを掴んだトゥーミは首を横に振った。


「たしかに何の戦力になれないかもしれないですけど、黙って見てられないです。無理して私とレイウォックを烙印から解放したように、無理してでも力になりたいんです!」


「そんなので死んだら、誰も喜ばないぞ」


 冷酷な言葉に、トゥーミは言葉を失う。どんなに意志が強かろうと、戦う力がないのなら足手まといになるだけだ。ただでさえイチモツの戦力がわからないのだから、無駄な足枷は外しておきたい。


「……トゥーミは死なないでござる。拙者が守るでござるよ。だから連れてってほしいでござる。この状況でトゥーミを一人にするほうが危ないでござる」


「そこまで言うなら、しっかり守ってくれよ。もう誰かが死ぬところなんて見たくないんだから」


 デザフェスのおかげで西区にエルフが集まっている。もし大きな戦闘になったとしても、被害を抑えることができるのだ。

 そして中央区へと移動する。魔法は使わず、足での移動だ。




「ここがオーラル教の総本山ってことか」


 中央区に鎮座する三角屋根が特徴的な協会は、不気味なオーラを放っている。戦闘への恐怖や、周辺の静けさがそう思わせているだけかもしれない。

 中に入ってみると、冷気が肌を撫でた。


「――おや、ずいぶんと遅かったようだね」


 そこにいたのは、白いワイシャツに黒いズボンを穿いた初老の男である。それ以外に人はおらず、瞬時にそれがイチモツなのだと気づいた。


「まるで来るのがわかってたみたいだな。それがお前の能力ってことか?」


「それはどうだろうね。……それよりも、その不安定な意志をどうにかするべきだよ。君の殺気の中には、わずかに迷いがある。その迷いが、君の命を奪うことになるよ」


 イチモツの余裕が大志を焦らせる。

 走り出した大志は拳を握りしめ、一直線にイチモツへと近づいた。


「それは無謀だよ。たしかに何とかなることもあるけど、命を落とすことがほとんどだ」


 イチモツに触れるよりも前に、謎の力で押さえ込まれる。それは王の力そのものだ。しかし、名器に操られているようには見えない。


「お前は何なんだ!? なぜ俺の過去を知ってるんだ?」


「……それは違ってるよ。僕は君の過去をつくった。僕の計画した新人類プロジェクトの道筋通りに、君が演じてくれたのさ」


「お前が新人類プロジェクトの……いや、それよりも何が目的だ? 新人類をつくりだして、お前は何がしたいんだ?」


「それは言えない。どこで聞かれているかわからないからね」


 ゆっくりと歩き出したイチモツを警戒して、咄嗟にレーメルが飛び込んだ。すると速度に追いつけなかったイチモツは腹部を蹴られ、地面を転がる。

 王の力から解放された大志はレーメルと共に後退した。


「ずいぶんと暴れん坊なお嬢さんだ。君たちに危害を加えるつもりはない。大上大志さえこちらに渡してくれれば、何も望まない」


「それはできないみゃんっ! 数ではこっちが圧倒的に有利みゃん!」


 大志を守るように、レーメル、海太、バンガゲイルが前に出る。


「おやおや、戦うことは足し算じゃないんだよ。『1』がいくら集まったところで『1』でしかない。圧倒的な力の前では、頭数なんて関係ないのさ」


 並べられていた長椅子が浮かび、大志めがけて飛んできた。三人とも打撃はできるけれど、その勢いを殺すことはできない。


「ご主人様っ! 防御は任せるですよーっ!」


 三人の前にピルリンとグリーンが立ち、障壁をつくる。そして長椅子を受け止めたところで、レーメルたちはイチモツに襲い掛かった。

 しかし予想していたのか、イチモツに焦りは見えない。


「まだよっ!」


 詩真の手でつくられた銃が、イチモツを捉える。そして撃ちだされた形のない銃弾が命中した。

 そのおかげでバンガゲイルに腹部を殴られたイチモツは上空にあげられる。追い打ちをかけるように飛び上がったレーメルに踵落としを食らわせられ、落ちてきたところを海太の刀が切り裂いた。


「……素晴らしい力だ。王位を持っていてもおかしくないほどの、壊れっぷりだ」


 傷が修復していく。深く抉られるような傷は、致命傷だったはずだ。それなのに、まるで何事もなかったかのように修復してしまう。

 そして完治したイチモツは地面を蹴り、一気に距離を詰めた。


「っぐ! なんで……」


 詩真の首が掴まれ、大志たちは動けなくなる。


「この女は未知数だ。放っておいてもよかったのだが、王位を得られては困る。……しっかりと(しつけ)なかった君が悪いんだよ」


 首を絞められた詩真は苦しそうにもがき、イチモツの腕を掴んだ。しかし、イチモツの殺気に揺るぎはない。

 大志が手を伸ばすと、それを追い越していった冷気がイチモツの腕を凍らせる。


「よくわからないが、見過ごせることじゃないな。あたいたちがいることを忘れないでほしいぜ」


 凍った腕が崩れ落ち、詩真は解放された。


「……頼もしい仲間を手に入れたようだね。人だけじゃなく、ヴァンパイアにエルフ、魔物とも仲がいいようじゃないか。この短期間で、よくそこまで友好を深めたものだ」


「その見透かしたような物言いが気に入らないってんよッ!」


 振り下ろした刀は簡単に受け止められてしまい、砕けたはずの腕は元に戻っている。これでは、いくら傷をつけても同じだ。


「君たちに殺されることはない。女神の加護がある限り、僕は絶対に死なない」


「女神の……加護?」


 蹴り飛ばされた海太は、バンガゲイルを巻き込んで倒れる。圧倒的なまでの力量に、息を飲んだ。正体の見えない自信は、それのせいだと実感する。


「新人類プロジェクトは、僕の創りだしたオーラル教が(おこな)っている。でも、君は別の世界の人だ。それをどうやってこちらの世界に連れてくるか。……答えは簡単。それができる存在を仲間に引き込むだけだ」


 つまり、世界間の転移ができる能力者。しかしイチモツの言葉の端々から感じられる恐怖が、信じたくもない可能性を生み出す。

 イチモツに女神の加護があるという事実と、大志をこの世界へ連れてきたのがラエフだという事実。この二つが揃えば、信じる以外に道はない。


「……つまり、ラエフが一枚噛んでるってことか」


「それを僕の口から言うのは避けさせてもらうよ。口を滑らせでもしたら、数十年にわたる僕の計画が水の泡だからね」


 まだそれが本当の情報なのかはわからない。しかし、ラエフがオーラル教と親しみがあるのなら、理恩の能力が使えなくなったことも頷ける。ラエフのいる空間に繋がる能力は危険と判断し、向こうから干渉を拒絶しているのだ。


「数十年!? 新人類プロジェクトは、そんな昔から計画されていたのか?」


「そうだよ。君が生まれることは必然だった。君を確保するための準備として数十年を使ったが、それだけでは少なかった」


 なぜそこまで大志に(こだわ)るのか。それに必然だったなんてことも信じられない。人の生死なんて、ラエフにだってわからないはずだ。

 イチモツの言っていることは、神の領域すら凌駕している。


「なぜ俺なんだ? お前とは何の関係もないはずだ。どうしてオーラル教はそこまでして俺に拘る? 俺を苦しめて、新人類にしたとして、その先に何を望むんだ?」


「その先なんてない。君を新人類にすることこそ、僕たちの目的さ。それからどうするかは、すべて君次第だ」


「そんなあやふやな理由のために、伊織を殺したのか!?」


「今の君にはどうやっても理解できないことさ。……でも、いずれ君にもわかる。僕のしていることが正しいことだったってね」


 そんなイチモツに、レーメルが飛びかかった。それと同時に大志も襲いかかり、その間から詩真が撃ちこむ。

 反応できたはずなのに、イチモツは何もせずレーメルと大志に殴られた。


「人である以上、(かな)わないなんてことはないみゃん! 完璧なんていない。誰だって欠点を抱えて生きてるみゃん。だから、倒せない相手じゃないみゃんっ!」


「……欠点? 能力を封じられ、それでやっと対等に戦えてるんだ!」


 大志とレーメルを振り払い、イチモツは服についた(ほこり)を払う。

 能力を封じられてるなんて嘘だ。大志たちを振り払ったのだって能力が関係している。油断させるための罠か、それともそう思わせることで何かあるのか。


「たしか、詩真だったな。遥か昔の話すぎておぼろげだが、名は憶えてる。君は大志への依存が強すぎた。だから生き延びたのかもしれないが、こうも厄介になるとは思ってもいなかったよ」


「……なんで私の名前を知ってるの? それに、昔の話って……」


 震えた詩真の声に、イチモツは表情を歪めた。そして隠すように顔に手をあてると、吹き出す。堪えようとするが、笑い声が漏れた。


「そうか。君たちにはわからないんだね。……あんなにも笑いあったというのに、君たちには僕がわからないんだね」


「わ、笑いあったって……どういう――」


「そんなの関係ないってんよ!」


 隙を見せたイチモツの背を斬った海太は、刀についた血を振り落とす。だというのに、イチモツは笑い続けた。

 撒き散った血が蠢き、イチモツの中へと戻る。そして姿のない力に殴られた海太は、バンガゲイルに受け止められた。


「僕は変わってしまったからね。わからないのも無理ないさ。……でも、話の途中で切りかかるのはどうかと思うよ」


「お前は誰なんだ?」


 するとイチモツはため息を吐き、ワイシャツのボタンを一つ外す。いつ何をされるかわからない緊張感が、大志の神経を鋭敏にさせた。


「今の僕はイチモツ。オーラル教を生み出し、この世界を躍進させた影の立役者だよ」


「世界を躍進?」


「この世界には電気がなく、水を浄化することもなかったからね。ほんの少しだけ手を貸したのさ。世界間転移により、文明を取り入れたんだよ」


 大志がこの世界に感じていた近代的な文明は、そのせいだったのだ。能力で成り立っている世界に電気を生み出すなんて、考える人もいなかったはず。だから不思議に思っていたのだ。


「……この世界って言ったか?」


「言ったよ。僕もこの世界に来た時は驚いたよ。君たちと違って、発展する前の世界だったからね」


 それは、イチモツも転移者であることを意味している。しかし、同じ世界出身だったとしても、何十年も前だったら大志や詩真と出会うはずがない。

 それなのに、イチモツはよく知っているようだ。


「そろそろ思い出してくれたかな?」


「俺たちはそんな年寄りじゃない。お前と出会うはずがないんだ」


「君は頭が固すぎるよ。世界間移動が同じ時間で起こるという前提で話しているね。そもそも、二つの世界が同じ速度で時を刻んでいるとも言えないんじゃないかな?」


「はっきり言ってくれ」


 世界間移動について、はっきりとしたことは言えない。だからイチモツから情報を得られればいいのだが、触ることすらできない。


「同時刻に転移した者たちが異なる時刻に到着しても不思議はない。世界間移動とは、それほどまでにあやふやな力なんだよ。君たち四人は同時刻についたようだけどね」


「つまり、俺たちと一緒に転移したのか?」


「……一緒、ではないけどね。君の殺意にあてられ、僕はあの世界から追い出されたのさ。あの島で、君が殺意を向けた唯一の相手。それが僕……下野剛だよ」



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