5-18 『うわべだけの優しさ』
「……坊やも成長したってことね。降参するから、どういう仕組みか教えてほしいわ」
「俺の消化器官も魔力をつくれるってことだ。それも、自分の血でな」
しかし、そんな説明でグリーンが納得できるはずもない。大志は人で、魔力をつくり出せるはずもないからだ。だから証拠を見せるように、分離する。
突然現れたピルリンの動揺を隠せないグリーンは、何度も瞬きをした。
「どっ、どうして……!?」
「それが俺の隠された能力ってことだ。ピルリンと合体して、消化器官の情報を一時的に交換してた。だから魔力がつくれたし、俺の血でも大丈夫だったってことだ」
「なっ!? がっ、合体……した? ピルリンの純潔を奪ったっていうの!?」
「違うっ! 話を脱線させるな!」
ピルリンの肩を抱き、二人でグリーンを見上げる。すると当然のようにグリーンは不機嫌になった。照れたピルリンの表情が、さらに助長する。
グリーンを怒らせたところで何の得にもならないが、魔法の無駄打ちで早く魔力を枯渇させたいのだ。
「坊やはご主人様だもの。ピルリンの心も身体も坊やものよ。……でもね、許さない。だってピルリンは……その子は、私の初恋相手だものっ!」
グリーンは拘束を自力で解き、急降下する。
大志とピルリンが二手に分かれると、迷うことなく大志が狙われた。ピルリンと分離している大志は、グーリンにとって無力と同然である。
「憎いわ。とっても、とっても憎い。あの子は私が好き。……なのに、どうして坊やなのッ!!」
首を掴んだ手に、力が入った。しかし大志が死ねば、ピルリンも死んでしまう。それはわかっているようで、殺気を感じられない。
「坊やと同じ力があれば、私もここまで怒らなかったわ。人っていうのは、どこまでもズルいのね。魔物との戦いだって、人の功績ばかりがもてはやされる。……でもね、頑張ったのは人だけじゃないわ! すべての命が、等しく希望を望んで戦ったのよ!」
「そんなこと……っ、知るかよ……」
平手打ちしてグリーンから離れる。そして離した距離を一気に詰めた。
拳を腹部へとねじ込む。魔法の使えない大志にとって、武器となるのはこの拳だけだ。だから休む間も与えず、殴り続ける。それなのに、小さな障壁すら砕けない。
「威勢だけはいいわね。……でも世の中、威勢だけではどうにもならないことだらけよっ!」
グリーンの作り出した衝撃波は、大志をピルリンの隣まで転がした。そして心配するピルリンと共に大志は頷く。すると二人を光が包み、一体となった。
空へと逃げていたグリーンを追い、飛び上がる。
「人はたしかにズルいさ。他人の手柄を自分のものにしたり、自分の失敗を他人のせいにしたりする。よく知らないが、ギルチにそう教えてもらった。……だが、人だってたまにはいいことをするんだっ!」
「うるさいっ! 人が何をしたっていうの!? 過去の栄光にすがり、与えられるものを貪るだけの人が! もう坊やたちは、ちっともすごくないのよッ!!」
グリーンは怒りに任せて、自身よりも背の高い槍を創りだした。そしてその矛先が大志に向く。
しかし大志は怯まずに前へと出た。前へと出なければ、誰も救えない。繰り返しの日々の中で死なせてしまった仲間のためにも、大志は拳を前へと突き出す。
拳と槍が正面からぶつかり、互いの力を確かめるように押しあった。
「素手で魔法に敵うと思ってるの!? 魔法は自身にかけられない。それは坊やだって知ってるはずよね?」
「これくらいどうにだってなる! みんなを助けるためにも、どうにかしなくちゃダメなんだ!」
槍の先端が崩れる。大志の力が勝った証拠だ。先端だけでなく、グリーンとの距離が縮むたびに槍は崩れていく。
それを見たグリーンは槍を手放し、何重にも障壁を張った。
「そんな障壁で防げるわけないだろ!」
「なっ、何なのッ!? どこから、こんなにも力が……っ!」
障壁はまるで紙切れのように柔く感じる。何重に重ねたところで、そんなものは防御にすらならない。
障壁が壊されるたびにグリーンの目から涙が流れる。そして最後の障壁が壊された時、その顔は恐怖に染まっていた。
「お前がしてきたことは許されることじゃない! だから――」
逃げようとするグリーンに抱きつく。そしてグリーンを下にして地面へと落ちる。
それを拒むほどの魔力が残っていないことは知っていた。ただでさえ少なくなった魔力で戦おうとしたのだから、当然である。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 謝るから、何だってするから、殺さないで」
大志に強く抱きついたグリーンが懇願する。誰だって怖いものだ。だからその言葉が本気であることは、確認しなくてもわかっている。
「言う前に考えてみろ。どうすれば、この状況を打破できるか。どうすれば生きられるか。……どんなに屈辱的であろうと、それが唯一の手段だ!」
地面が近づく。自分ですら落下を止められなくなり、このままではグリーンもろともこっぱ微塵だ。それだというのに、大志はわずかに笑みを浮かべる。
突如、上昇気流が大志たちを受け止めた。そしてゆっくりと着地する。
「はぁ……あんまり吸わないでくれよ」
大志の首に牙を突き立てるグリーン。大志の血を飲んでいるのだ。そしてグリーンの首には鉄製の首輪がつけられている。
グリーンをおとなしくさせるためとはいえ、無理やりすぎた。こんなことは、二度としたくない。
首から口を離したグリーンは、首輪があることを確かめて微笑む。
「これからは坊やがご主人様ってことね。……でも、おわかれね。私が死んでも、坊やには何の影響もないから安心して」
元気のなくなったグリーンを殴った。するとグリーンは、殴られた頬に手をあてる。
「……ごめんなさい。勝手に死ぬなんて、おこがましいわね」
「俺の言った言葉を忘れたか? みんなを助ける。その中には、グリーンだって含まれてるんだ! 今まで何人も殺してきたが、この世界ではまだ誰も死んでない! だから力を貸してくれ!」
「こんな私を信じてくれるの?」
手を差し出すと、どうしたらいいかわからないグリーンは目を泳がせた。
今まで誰がグリーンに指示をしていたのかはわからない。しかし、今のグリーンはその指示に従う必要はない。だからグリーンは、自由になるべきなのだ。
「無理強いはしない。グリーンの好きなように生きればいい。……ピルリンが好きなら、純粋に愛してやってくれ。でも、今回だけは力を貸してくれるとありがたい」
「……変なご主人様ね。坊やの好きに使ってくれていいのよ」
差し出した手の甲に口づけをする。それは肯定ということだ。
「ありがとう。なら、早速行こう。魔神臓のところへ――」
「と、その前に鍵の回収をしないとか」
レイウォックの家に戻ると、大志まで敵対視されてしまった。鍵の敵であるヴァンパイアと一緒にいるのだから、わかりきっていたことである。
「そんな目をしないでくれ。もうレイウォックを襲わせないから安心してくれ……って言っても、わからないよな。でもまぁ、信じてくれ」
「そうしたいのはやまやまなんだが、こちとらヴァンパイアを嫌う体質でな。トゥーミのと違って、ヴァンパイアが近づくだけでもチクチク痛むんだ」
険しい表情をしたレイウォックは、片目を手で押さえた。トゥーミは魔法を使った時に痛んでいたので、ヴァンパイアの手に渡った時の危険度はレイウォックの鍵のほうが高いのだろう。
なんとかしたいが、グリーンを体内に取り込むくらいしか方法が見つからない。
「話し合いどころじゃないな。……なら仕方ない」
グリーンの手を握り、耳打ちした。
仲間になったばかりの相手にするべきことではないが、緊急事態だと思えば仕方ない。
「俺と性を交えてくれ」
「えっ、どういうこと?」
「いいから言ってくれ。性を交えるって」
グリーンがその言葉を言うと、大志とグリーンは別の空間へと移動している。そこには何もなく、どこまであるかわからない黒い世界が広がっていた。
「ここはどこなのっ!?」
「そんな驚かなくても大丈夫だ。ここは俺の能力がつくった特殊な空間だ。ここで俺とピルリンは一つになったんだ。……俺は、グリーンとも一つになりたい」
すると、グリーンは戸惑う。そんなことはわかっていたが、レイウォックと話をするにはこうするしかなかったのだ。
そして意を決したグリーンは、オフショルダーの服を脱ごうとする。
「ちょっ! 脱ぐなよっ!」
「……そう、服を着たままするのね」
グリーンの手が大志のズボンに触れた。そして脱がそうとしてくるので、離れる。
理恩と同じようで、グリーンは勘違いしているようだ。ピルリンとだってそんなことはしない。理恩以外とは願い下げだ。
「体液を交換するだけでいいんだ。キスをすればいいんだ!」
「……キスね。わかったわ」
早速キスしようとするグリーンを押さえる。今さら引き下がれないが、キスなんて簡単にしていいものではない。ましてや、グリーンの好きな相手はピルリンだ。
「これからも、俺のせいで迷惑をかけるかもしれない。……だから俺はご主人様として、グリーンにも何かを与えたい。今はこれくらいしかだけど……」
大志の姿は、ピルリンへと変わる。しかし変わったのは姿だけで、中身は大志のままだ。それでも大志とキスをするくらいなら、見た目だけでもピルリンのほうがいいだろう。
すると手を握られ、胸に押し当てられた。
「んっ……ピルリン、好き……」
唇が重なり、グリーンの吐息が口内を満たす。
普段とは違うピルリンの身体は感じやすく、撫でられるたびに痺れるような快感が走った。そして身体の奥底が疼き、大志の吐息も熱くなってしまう。
「ふぅっ、ん……んぁっ、あっ……んぅ、すきぃ……ん、ぅ……」
グリーンの手が下半身に触れ、敏感になった感覚を刺激した。それだけでどうにかなってしまいそうで、グリーンに身を任せる。
しっかりと抱きしめてくれたが、それでも口は離れなかった。粘膜が絡み合い、互いの想いを混ぜ合う。
ピルリンへの想い、そしてグリーンの過去が流れてきた。第五星区でシアンの右腕として魔物の情報を集めていた傍らで、ピルリンへの扱いを恨んでいた。封魔の印があるのに、特別な扱いをするどころか虐げている第五星区が許せなかったのだ。
「……ごしゅじんさまぁ……すきぃ……」
唇を離したグリーンは興奮のせいか頬を赤くしている。
そして大志は元の場所へと戻った。グリーンはしっかりと大志の中にいる。
「ん……? さっきのヴァンパイアはどうした?」
「俺の中にいる。それより魔神臓について教えてくれ。なぜレイウォックとトゥーミの首に、封じている鍵があるんだ?」
するとレイウォックは身体を触ってきて、不思議そうな表情をした。中と言っても物理的に入っているわけではない。それくらい見ればわかるはずだ。
レイウォックの手首を掴み、情報を探る。すると弾かれてしまった。ピルリンから情報を得ようとした時と同じである。
「……もしかしてヴァンパイアが関係してるのか?」
確認するまでもない。ヴァンパイアの魔法がなければ、こんなことは不可能だ。
「そうだな。……鍵っていうのは、もともと一つだったんだ。それを二つに分けて、あたいとトゥーミに宿したってわけだ。丁寧にヴァンパイアを感知するような魔法もかけてな」
「なんでレイウォックとトゥーミだったんだ?」
気が緩んだレイウォックは長椅子に身体を横にする。そしてその隣に大志も座った。
もともと一つだったとしたら、それを二つに分けた真意もわからない。完全な鍵を取られまいと分けたのだとしたら、もっと細かく分けるべきだ。
「ただ近くにいたからってだけだろうな。……まぁ、どんな理由だったかはもうわからない。死人に口なしってわけだ」
「死んだのか?」
エルフがヴァンパイアに勝てるはずもない。よほど強力な千冠でもない限り、戦うことすら不可能だろう。
レイウォックは壁に掛けてある写真を指差した。そこにはレイウォックとトゥーミが映っていて、その間に中年のおばさんがいる。
「その中央にいるのが、あたいとトゥーミの師であり、目標だったヴァンパイアだ。誰もがその味を認めた伝説のパティシエ。パイルーデ・サックリントというんだが、一年近く前に死んだ」
「寿命か何かか?」
「そんなの知るわけないだろ。誰かに殺されたって話は聞かないから、たぶん寿命だと思うがな」
なぜヴァンパイアが第一星区にいたのかは謎のままだ。魔神臓の守護をしていたのかもしれないが、それならエルフに鍵を渡す必要はない。
それが最善の手段だったのか、それともそうせざるを得なかったのかは誰にもわからない。
「とりあえず魔神臓のところに行くべきだな。……だから、俺とキスをしないか?」