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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-16 『無慈悲な虚無の結果』


「ぷしゅー……」


 火を出しそうなほど顔を真っ赤にしたピルリンを抱え、着地した。

 南区に到着したはいいが、そこは大志の想像と異なっている。凍りついていないのだ。


「おかしいな。雨が降ったせいで冷気がなくなったとも考えられないし……」


「ここがどうしたのらー?」


 せっかくレズを連れてきたのに、これでは大恥である。

 しかし、何かしら問題は起こったはずだ。だから汚名を返上するために走る。ピルリンを抱えたまま、雨が降りつける南区の中へと入っていった。

 雨が降っているということもあり、屋外にエルフの姿はない。


「どういうことだっ! ここは凍りついたんじゃないのか!?」


 人を凍らせるほどの冷気なのだから、雨が凍っていても不思議ではない。それなのに、氷一つ見当たらない。雨の音が、焦る大志を苛立たせる。


「くそっ! 未来が変わったってのか……?」


 碁盤のように家屋が立ち並ぶ間を走っていると、エルフの姿が目に入った。鉄柱に鎖で手足を拘束されたエルフと、それを立ち尽くして見ているエルフである。

 近づくと、立ち尽くしていた男のエルフが鬼の形相で振り返った。そして手を振るうと、まるで直接殴られたかのような痛みが襲う。


「……お前が……お前たちがこんな……っ! レイウォックを殺したのは、お前たちかッ!」


 距離は十分にあった。届くはずがないのに、不思議な力に殴られる。


「何のことだ!?」


「レイウォックが死んでた。そしたらお前たちが来た!」


 しかし、腕が振り下ろされることはない。ピルリンの魔法で、動きを封じたのだ。

 興奮させないように、手をあげたまま男に近づく。薄い水色の髪をしたエルフの顔は、どこかで見た覚えがある。


「ゾルヒム……か?」


 西区へ行く途中ですれ違ったエルフの男だ。レイウォックにいいように使われていると聞いたが、まさかこんなところで会うとは思いもよらない。


「なぜ名を知っている!? ……そうか。レイウォックとまとめて殺す気だったってことか」


「違うからな! こっちだってレイウォックが心配で来たんだ。もう遅かったみたいだがな」


 ゾルヒムの横を通りすぎ、拘束されていたレイウォックに触れる。水色の髪をした褐色肌の遺体からは目だけが綺麗になくなっていたが、血らしきものは見当たらない。

 情報を探ってみると、死んだのは数時間前。日が昇る少し前だ。しかし、目が抜き取られたのはそれよりも前である。


「……それにしても、どうして目を?」


 探ろうとしても、情報が消されていた。そしてそんなことをするのは、ヴァンパイアしかいない。犯人はグリーンと断定していいだろう。

 それに巻き戻らないということは、やはり巻き戻りのトリガーは死ではないようだ。


「ここで悩んでも仕方ないか。グリーンの居場所はわかるか?」


 ピルリンは首を横に振る。それもそうだ。グリーンが第一星区にいること自体、出会うまでは知らなかったのだから。それにもし知っていたとしても、これほどのことをしているのだから拠点を移動していることも考えられる。

 確認のためにゾルヒムに触れるが、レイウォックの死には関係していない。


「好きな相手が死ぬのは悲しい。経験したからわかる。……だが、いくら悔やんでもどうにもならないんだ。つらいことだが、諦めろ」


 そして大志は飛び上がった。ピルリンとレズと一緒に、トゥーミのもとへと帰る。

 魔黒を回収したのに、レイウォックを殺した。つまり魔黒以外にも目的があり、そのためにレイウォックの目が必要だったのだ。


「ご主人様……」


 振り返ったピルリンは、ゾルヒムを気にしている。

 しかしゾルヒムの叫びは、雨音がかき消した。




「それは本当でござるか?」


 レイウォックの死を知らせると、トトの表情は強張(こわば)る。


「見てきたから、本当だ。犯人はヴァンパイアのグリーンで、何かの目的でレイウォックの目を持っていった。わかってるのはそれだけだ」


「目、でござるか……」


 トトとトゥーミは見合い、黙った。レイウォックの目について何か知っているようだが、今は詮索よりも先にグリーンの対策を考えねばならない。

 ピルリンが強いとはいえ、不意を突かれたらひっくり返るほどしか力量の差はない。


「選択肢は二つ。防御を固め、襲撃してきたグリーンを迎え撃つ。もう一つは、グリーンを追って戦う。こっちの被害を考えると、防御を固めたほうがいい」


 すると、気にくわないのかバンガゲイルは鼻を鳴らす。


「まどろっこしいこと言ってんじゃねえぜぇ! おめぇが何をしてえか。それを言えばいいんだ。……まあ、最初から選択肢なんてねぇようなもんだがなぁ!」


「大志のやりたいようにやればいいってんよ。あとのことは任せろってん!」


 バンガゲイルに海太、そしてトト。その目に宿る闘志を感じ、大志の意思は固まった。

 グリーンを倒す。これ以上被害を出させるわけにいかない。


「……わかった! これからグリーンを倒しに行く。ピルリンにはつらい思いをさせるが、俺たちだって殺されるわけにはいかないんだ」


「わかってるですよ! ご主人様が望むなら、ピルちゃんは望みどおりに動くだけです!」


 ピルリンが腕を広げると、足元に赤く光を放つ六芒星が描かれる。その光景に、その場にいた誰もが息をのんだ。

 その姿は、グリーンが魔黒を回収した時と同じである。


「示せよ、示せ、根源の在処(ありか)……魔力の根源を、今ここに示せ。我が魔力を糧とし、根源へと導きたまえ!」


 ピルリンは天井を見上げ、しばらくもしないうちにある方向を指差した。そして北を指差したピルリンに、トトの表情は青ざめる。


「あっちにいるみたいです!」


「……もしかして、北区でござるか? レイウォックを殺した相手が、北区にいるでござるか?」


 震えるトトの声に、耳を疑った。

 トトはピルリンの肩を掴むと、その手に力を入れる。最初は戸惑ったピルリンだったが、事態が事態だ。ゆっくり頷くと、トトから力が抜ける。


「そんな……あそこにはアイス―ンが……」


「でも、もしかしたら違うかもしれないです。急いで北区に行ってみるです!」


 その声を機に、大志とトトが浮かんだ。見上げるだけの海太たちと違い、レーメルだけは手を伸ばす。


「私も連れてってほしいみゃん!」


「ダメだ。レーメルは待っててくれ。敵はグリーンだけじゃないかもしれない。レーメルまで連れて行くのは、あまりにも危険すぎる。だから、トゥーミをしっかり守ってくれ!」


 大志たちは、雨の中へと突入した。いくら雨が降ろうと、大志の心は挫けない。もう二度と挫けてはいけない。犠牲になるのは他人で、その苦しみを二度と味わいたくない。

 グリーン以外に敵などいない。だからグリーンが北区にいる限り、理恩たちは安全だ。


「トト! レイウォックの目には、何が隠されてるんだ?」


「……わからないでござる。ただ、何かを封じていると聞いたでござる」


 グリーンはそれを狙ったのだ。しかしグリーンが鍵と言っていたのは、トゥーミのはずである。そのことについて、廃墟で聞くべきだった。


「つまりは聞き出さないとわからないってことか。……それにしても、グリーンの居場所はわからないって言ってたよな?」


 ピルリンを見ると、そっぽを向かれた。グリーンの居場所がわからないから戻ったというのに、いざ戻ってみれば魔法で探せるという二度手間。

 一緒に戦う仲間が増えたのは喜ばしいことだが、戦力になるかどうかと聞かれれば話は別になる。


「わ、わからないですよー」


「ちゃんと顔を見て話せ」


「ごめんなさいです! ピルちゃん嘘ついたです! そっ、その……ご主人様にあんなことされて、ちゃんと魔法が使えるかわからなかったです。だから、時間稼ぎですっ!」


 手を強く握ったピルリンは、頬をわずかに染めた。

 思い出すだけでも頭を抱えたくなる。情けない話だが、大志の身体は火がついたかのように熱くなってしまった。ピルリンの手も、唇も、胸も、すべてが柔らかく、今でもしっかりと覚えている。それでいて詩真のように慣れている様子もなかった。おかげで喘ぐ声、濡れる身体、そして熱が忘れられない。


「そ、そうか。……なんか、ごめんな」


「謝らないでほしいです……。ぴ、ピルちゃんが望んだこと、です。……そっ、それに、気持ちよかった……です。って、ピルちゃんがえっちな子みたいですっ!」


 あながち間違ってもいない。だから否定の言葉すら出てこないので、困る。

 すると、トトが痛いほど視線を注いできた。


「二人は、そのような関係でござったか? 人やヴァンパイアにとって、複数の相手をつくるというのは常識でござるか?」


「いやいや! 俺とピルリンの間に恋愛感情は微塵もないからな! 間違っても、理恩に言ったりしないでくれよ。理恩は繊細なんだから」


 しかし、あんなことをしてしまった後では説得力のかけらもない。それに恋愛感情がないというのも、それはそれで理恩への冒涜になる。

 それがわかっていても、黙っていたい。


「言わないでござるよ。……ただ、少し距離を置いているようにも見えるでござる。第一星区に来てから何があったか詮索はしないが、理恩から離れようとしている風でござる」


「俺がか? いや、そんなつもりはないぞ」


 助けようとするあまり、理恩以外との接触が多かった。大志以外から見れば、距離をとっているように感じられたようだ。そしてそれは理恩だって例外ではない。

 理恩は悲しみを言葉に出さないところがあり、今までずっと悲しんできたかもしれない。


「……でも、これが終わったらゆっくり話してみるよ。これまでのことも、これからのことも」




 北区はとても静かで、人の気配すらしない。

 牛などの家畜は消えており、トトの家は半壊している。この場所で何かがあったことは、疑いようのない事実だ。そしてその光景に、トトは落胆する。


「そん、な……アイス―ン……」


 家の中には誰もおらず、戦闘の痕跡だけが残っていた。


「遅かったか。……グリーンはどこにいる?」


「少し離れた場所にいるです。それと、何か禍々(まがまが)しいものを感じるです。恐怖とも憎悪とも違う変な感覚です!」


 嫌な予感がする。グリーンの手には魔黒があり、その魔黒が魔物の本体であるとするならば、ピルリンのいう禍々しいものを推測してしまう。

 絶対にあってはならないことだが、グリーンは呑み込まれてしまったのかもしれない。魔黒という狂気に。


「行くぞ、ピルリン! 今のグリーンは、知ってるグリーンじゃない。本当のグリーンを取り戻すんだ!」


「はい、ご主人様っ!」


 大志とピルリンとトトは飛びあがる。大切なものを取り戻すため。そして、平穏を勝ち取るため。

 しかし簡単ではない。だんだんと見えてきた空飛ぶ黒い球体。何かわからない球体は、まるで心臓のように鼓動していた。


「あら……早かったわね、坊や」


 そこにはグリーンがいる。球体の真下に、グリーンと拘束されたアイス―ンがいた。

 アイス―ンは口を無理やり開かされ、固定されている。その隣で笑みを浮かべるグリーンに、寒気がした。まだ殺されてはいないが、アイス―ンをどうにかしようとしていることだけは明らかである。


「魔黒は回収したはずだろ! これ以上何をする気だ!?」


「ふふっ、私の目的はこれからよ。魔神臓(まじんぞう)を再臨させるわ。かつて魔黒を生み出したとされる魔神たちの魂の結晶。この再臨がうまくいけば、魔物の調査は大きく飛躍する。そうすれば魔黒を回収する手間もなくなり、ピルリンはずっと私と一緒にいてくれるわ!」


 高笑いするグリーンに、ほんの少しだけ恐怖を覚えた。魔神臓やら魔神やらよくわからない言葉が出てきたが、よくないことをしているのはわかる。


「それとアイス―ンに何の関係がある? 今すぐアイス―ンを解放しろ!」


「それは無理な相談だわ。魔神臓でも、器は必要だもの。坊やのために、仕方なく半分で目覚めさせるのよ。ありがたく思ってほしいわ」


 そう言って取り出したのは、目だった。

 トゥーミの首に描かれていたのと同じ模様が描かれている。瞬時に、それがレイウォックのものだと理解した。つまり、レイウォックの目もトゥーミの首も、魔神臓を封じるためのものだったのだ。

 魔黒の回収というのは、真実を隠すためのフェイク。元からグリーンの目的は、魔神臓の再臨だったのだ。


「アイス―ンに何をする気でござる!? アイス―ンの代わりに、拙者を使うでござる!」


「ダメよ。もう少し早ければわからなかったけれど、固定されてしまったもの」


 頭上にあった黒い球体に目を投げ入れると、まるで糸を伝うように液体が流れる。そして液体は、アイス―ンの口の中へと流し込まれた。

 何かを叫ぼうとするアイス―ンだが、声にならない。その目からは、もうやめてと言わんばかりに涙が流れている。


「アイス―ン!」


 走り出した矢先、透明の壁にぶつかった。障壁により、これ以上の侵入は許されていない。

 直後、障壁が赤く染まる。見れば、アイス―ンの姿は消えていた。


「……嘘、だろ……」


 グリーンは赤く染まった顔を拭うと、口元に笑みを浮かべる。その姿はヴァンパイアなどではない。悪魔、もしくは死神。そういった名が、今のグリーンには相応(ふさわ)しい。


「さすがは魔神臓。たとえ半分でも、人の器に収まるわけがないわ」


 アイス―ンだった液体を全身に浴び、グリーンは笑った。



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