5-15 『不調和の巡りあわせ』
「そんな……嘘だろ」
空には雲がかかり、激しく雨が打ちつける。
この日に雨は降っていなかったはずだ。巻き戻りの影響で天気が左右するとは考えられないし、魔黒を回収したこととも関係ないはず。
「これでは無理でござるな。後日改めて、ということになるでござる」
中止にはならず、そのためトトもトゥーミもそれほど落ち込んではいない。
しかし、今日は南区が凍った日だ。その原因を探るためにレズの安全を確保したのに、これでは足踏みするだけになってしまう。
なんとかしてレズだけでも連れ出せればいいが、そううまくいくものではない。
「……じゃあ、俺は部屋にいる。用があったら呼んでくれ」
スマ隊についてもまだわからない状態だ。トゥーミの身に降りかかる危険は回避できたとしても、それ以外の危険に苛まれるだろう。
ベッドで横になると、思考を巡らせた。どうやって自然に外出するか。どうやれば怪しまれずにレズを連れだせるか。しかし、どうしても雨が降っているという事実が思考を中断させる。
「何を考えてるみゃん?」
「ああ、レーメルか。……なんでもないんだ。気にしないでくれ」
そう言って背を向けたが、諦めてくれなかった。ベッドに乗ってきて、マウントをとられる。
そして身を寄せるレーメルは、その幼さの残る顔で大志の視界を占領した。
「言ってくれないと、わからないみゃん。大志の力になりたいみゃん。……そんなにも頼りない? なんでもできるわけじゃないけど、私だって戦える。大志のその不安を振り払うことだって、できるかもしれないのにっ」
「ダメなんだ。レーメルに無茶はさせられない。いつだってレーメルに助けられ、レーメルの支えがあったから今までやってこれた。だからこそ、俺はレーメルを……」
失いたくない。
あの場所で、不甲斐ないばかりに、注意を怠っていたばかりに、レーメルを殺してしまった。もうレーメルを失いたくない。この腕の中にある温もりを、守りたい。
「大志はズルいみゃん。……能力で、なんだってわかる。みんなが知らない危険も、それを解決する方法だって。それなのに、私には何もわからない。大志が悩んでる理由も、大志が何と戦っているのかも、ぜんぶ……何もかもわからない」
「それでいいんだ。レーメルは女の子だから、わざわざ危ないことに首を突っ込むべきじゃない。守られていればいい。それを責めるやつなんて、どこにもいないんだから」
「それじゃ、だめ……。女とか関係ないっ! 私は大志の力になりたい。ただそれだけなの。……そう思うのは、いけないこと?」
レーメルの目は本気だった。幾度も戦場を切り抜けてきたレーメルには、すでに死ぬことへの覚悟がある。それでもわざわざ危険な戦いに挑むというのだ。
「そう思うのは自由だ。でも、それは受け入れられない。レーメルの傷ついてるところなんて、もう見たくないんだ。だからわかってくれ」
背に回した手に、ほんの少し力を入れる。すると、レーメルを涙を溢れさせた。
これはレーメルにとって、つらい決断になる。それをわかったうえでも、レーメルには安全な場所で笑っていてほしい。そんな惨めな自分に、嫌気がさした。
「お盛んなのらー」
そこに、レズがやってくる。遅れてピルリンも入ってきた。
「なっ、ななな、何みゃん!?」
「昨日のことで話をしようとしたのらー。でも、お取込み中ならあとにするのら―」
出ていこうとするレズに手を伸ばすと、それに気づいたピルリンが止めてくれる。せっかくレズが来てくれたのだから、逃がすのはもったいない。
レーメルを抱いたまま起きあがると、ピルリンがすぐ近くまで連れてきてくれた。
「昨日のことって、あの廃墟でのことか?」
「あそこで何があったのか、よくわからなかったのらー。黒いのとか、何だったのらー?」
「あれは魔黒ってやつだ。魔物と関係があるらしいから、ヴァンパイアはそれを集めてるってわけだ。あそこにいた魔物には敵じゃないって伝えたから、襲ってくることもないはずだ」
すると、レーメルが何か言いたそうな顔を向けてくる。魔黒やスプリガンなんて、レーメルは知らなかった。だから、無言の圧力で訴えかけてくる。
しかし絶対に教えない。教えれば、レーメルが無茶をしてしまいかねないからだ。
「それで、今朝からそわそわしてるのは何なのらー?」
「……やっぱりわかるものか。じつはちょっと調べたい場所があってな。それにレズの力が必要なんだ。レズって寒さの影響を受けないだろ? ちょっと南区まで一緒に来てほしいんだ」
もう強引になってしまっても仕方ない。早急に危険の原因を探らねば、取り返しのつかないことになる。もしも南区だけでなく、広く冷気が広まってしまえば、逃げ場はなくなってしまうのだ。
レーメルを離すと、レズとピルリンの手を握る。
「ピルリン、連れてってくれ。今すぐにでも行きたいんだ」
「わ、わかりましたですよーっ!」
大志たちは浮かび上がった。そんな大志を逃すまいと、レーメルが足を掴む。
「すぐに帰ってくる。だから、待っててくれ」
雨を弾きながら、空を移動する。浮遊しながら、障壁で雨を弾いているのだ。
「それにしても、よかったんですかー?」
「いいんだ。これから行くところは、レーメルの力が役に立たない。それなら置いてくるほうが安全だ。……それより、まだグリーンの魔力が残ってるのか?」
「まだまだあるですよーっ! ケイマンさんがいっぱいくれたから、しばらくは大丈夫そうです!」
グリーンはどこから血を得ているのだろうか。ヴァンパイアは魔力が枯渇しないように、必然的に吸血をする。血を提供している者の目的がないのなら安心だが、もしもグリーンでさえ知らない目的があれば、グリーンが危険だ。
「そういえば、ピルリンのことで何か言ってたな。……封魔の印があるせいで、いじめとかあったのか? だからグリーンが部屋に連れ込んでた、とか?」
「いじめ……ではないですけど、笑われたりしてたです。封魔の印を授かったヴァンパイアは、代々秀でていたんですよ。……でも、ピルちゃんには何もなかったから、笑い物にされていたんです」
「ピルリンのユニークって、結構すごいんじゃないのか?」
「このユニークは誰にも言っちゃいけないんです。そうシアン様に言われて黙っていたら、嘲笑の対象になったですよ」
ピルリンのユニークがどれほどすごいものなのかはわからない。しかしどんなに強力だったとしても、黙っている必要はなかった。封魔の印はなくならないが、ピルリンは一人しかいない。一度失えば、もう戻ってはこない。
「そうか。大変だったんだな」
「いえ、大変ではなかったですよ! バカにするけど誰もピルちゃんより強い魔法が使えないって思ったら、楽しくなったです」
満足げな表情をうかべるピルリンは、鼻を高くする。
どんなにバカにされようと、ピルリンにとっては耳障りな虫の音程度のことだったのだ。実際問題、単体でピルリンに勝るヴァンパイアはいないだろう。
「ピルリンって、意外と黒いな」
「そうです! ピルちゃんは漆黒の乙女ですよ!」
「そういうことじゃなくて。……まあ、それでもいいか。そういうのが積もり積もって、ピルリンとの関係があるわけだしな」
すると、腕に抱きつかれた。浮遊という自由の利かない環境では振り払うこともできず、頬をすり寄せられる。レーメルや詩真と違い、無理やり襲ってくることはない。
喜ばしい限りだが、ずっとこんな関係でもいられない。いつかは、ピルリンを突き放せばならない時がくる。その時、ピルリンはどう思うか。そして、大志はどうなるのか。
「どうしたんだよ。そんなに甘えん坊だったか?」
手放したくない笑顔がそこにあった。撫でれば、愛おしそうに頬を緩める。
「ご主人様がそう言うなら、甘えん坊さんです。……だから、もっと撫でてほしいです」
「仕方ないな。……聞きたいんだが、寂しい想いをさせてるのか? ヴァンパイアにとってのご主人様ってのが、俺はわからない。普通はずっと一緒にいるべきなのか? 血を飲ませたばかりに、ピルリンに我慢をさせているのか?」
「ご主人様が気にすることじゃないですよー。ピルちゃんはご主人様のヴァンパイアです。それをどう使おうが、ご主人様の勝手です。自由を与えてもらったから、ご主人様に従ってるんですよ」
ピルリンは自分の首に触れた。すると今までなかった鉄製の首輪が現れる。どうやってつけたのかわからない首輪が、ピルリンの首につけられていた。
目を細めたピルリンは、まるで触ってくれという言わんばかりに、首輪を見せつけてくる。
「……ッ!」
そして触れてわかったのだ。今までただなんとなく理解していたものが、実は想像していたものよりも酷いとわからせられる。
「これはご主人様のいるヴァンパイアの証です。同時に、自由の証でもあるです。だから、ピルちゃんはご主人様に絶対服従です」
「……そ、そんなのやめろよ! 俺は縛りつけたいわけじゃない!」
「ご主人様は優しいです。だから、ピルちゃんは自由気ままに生きられるです。この命を犠牲にしてでも、ご主人様を守るです」
「やめろ! 自分を大事にしろ。自分の命より尊いものなんて、この世にはないんだ! 俺なんて見捨てていいから、ピルリンは幸せになってくれ……」
しかし、それは否定されてしまった。ピルリンの目は涙で潤み、首を振る。そして大志の服を掴み、さらに身体を密着させた。
どうしてこうなるのか。どうして、現実というのはこうも容易く牙を剥くのだろう。
「……ご主人様が死んじゃったら、ピルちゃんも死んじゃうです。ご主人様がいるからピルちゃんは自由になったです。だからご主人様がいなくなれば、居場所のなくなったピルちゃんは死ぬです」
「う、嘘……だろ? そんな簡単に死ぬわけがない!」
ピルリンの肩を抱き、大志は涙を流した。
「ご主人様はわかってるはずです。これに触った時、ぜんぶわかったはずです。ご主人様が知ったことはすべて真実です。……だから、ピルちゃんはご主人様を守るです。ピルちゃんの残りの命すべてをご主人様に捧げるです」
「……なんで、それがわかっているのに血を……」
「ヴァンパイアの中には、ご主人様を持たずに死んでいくものもいるです。……でも、ピルちゃんは知りたかったです! 自由とは何か、ご主人様とはどういうものか。もちろん誰でもよかったわけじゃないですよ。怖い人は嫌だったです」
涙を隠すためか、ピルリンは大志の胸に顔をうずめる。ピルリンだって、何も考えずに血を吸ったわけではないのだ。その決断の重みを今まで知らずにピルリンと関わっていた自分が恥ずかしい。
「俺で……よかったか?」
「はいっ! ご主人様は、ピルちゃんにはもったいないくらいです!」
そう聞いて、安堵する。
笑顔を見せてくれるピルリンのためにも、大志がすることは一つだ。この世界にある危機という危機すべてを根絶やしにする。そして、みんなが笑いあえる世界にすることだ。
「よかった。これからはなんでも言ってくれ。ピルリンが俺のためにしてくれるように、俺もピルリンのために何かをしたいからな」
「……じゃ、じゃあ……」
ピルリンの口から甘い息が漏れ、服を握る手に力が入る。見つめる瞳は揺れ、ピルリンのそんな顔を見たのは初めてだ。
「ちゅ、ちゅーして……ほしい、です。まっ、魔力とか、じゃなくて……人がするような、ちゅーがしてみたいです……。ピルちゃんに、教えてほしいです……」
さすがにそれは、と言いたいところだが、なんでもと言ってしまった手前、断ることもできない。能力で仕方なくすることはあれど、それ以外でしたら、理恩が拗ねてしまう。
助けをもとめようとレズに視線を向けると、反対を向かれてしまった。
「見てないから、早くするのら―」
こうなったらやむを得ない。
大人を知らない純粋な少女の唇を奪う。それはとても残虐で、下劣なことだ。しかしピルリンがそれを望んでいる。だからピルリンのためにも、忘れられないような口づけをするのだ。
柔らかな唇を貪り、主導権など渡さない。強引すぎたのかピルリンは離れようとするが、頭に手を回してそれを許さない。
「んっ、んんぅー! んんっ! んぅっ!」
何かを言おうとしているが、知らない。
無理やり侵入したピルリンの中は温かかったが、熱さが足りなかった。魔力供給以外でのキスは初めてなのか、怯えている。
背をさすって落ち着かせようとしたが、逆効果になってしまった。
「んはっ、ん……あ、んぅっ! んぅっ、んぅっ! あぅ……んっ……」
執拗に粘液をこすりつけていると、ようやく理解したピルリンが舌を絡ませてくる。粘膜がこすり合うたびに心臓が高鳴り、二人をさらに熱くした。
背をさすっていたはずの手は尻へと移動し、二人の間でぐにゃりと潰れた膨らみが大志の感覚をさらに刺激する。
「あっ……ご、しゅじん……さまぁ……」
ねだるような声に応え、頭を押さえていた手は柔らかな膨らみを掴んだ。
ただキスがしたいと言われただけだが、自制ができなくなるほどに興奮している。吐息を漏らして感じているピルリンの口を、再びふさいだ。
「……あぁっ、んぅっ……んぁっ、ごっ……んんっ、しゅじん……さまぁ……」
「ピルリン……かわいいよ」
大志の視界から、ピルリンの服が消えている。それに気づいても、大志を動かす燃焼機関を止めることはできない。
耳に吐息がかかると、くすぐったさからか、その身を震わせた。
いじめるように、舌を耳にはわせる。そして舐めるように小さく動かすと、今までに聞いたことのないような高く甘い声を漏らした。
「ここ、気持ちいいか?」
もう言葉も出せないのか、ピルリンは何度も頷く。
やりすぎなくらいがちょうどいい。これに懲りて、変なことを言うこともなるなるはずだ。
「じゃあ……とことん気持ちよくなろうな」