5-14 『複雑な乙女心』
「や、やった……」
店に戻ると、嬉々としてケーキ作りに励むトゥーミの姿がある。
バンガゲイルたちは無事に帰ってきて、何も失わなかったのだ。そしてやっと、デザフェスに出店側として参加できる。魔黒も回収したし、スマ隊が襲ってくることもない。
「そんなに食べたかったみゃん? ……それよりも、レズと何をしていたのか気になるみゃん……」
「レーメルが気にするようなことじゃないぞ。こっちはこっちで調べるものがあったんだ。それが何かは教えてやれないけどな」
店についた時には、すでに日が沈んでいた。トゥーミは徹夜をする勢いなので、邪魔しないように就寝の支度を始める。これから先は未知の領域だ。気をつけすぎることはないだろう。
浴槽に浸かっていると、詩真が入ってきた。レーメルやピルリンじゃないだけ、よしとする。詩真が相手なら、理恩も強くは言えないはずだ。
「出るまで待っててくれ。トゥーミには悪いが、そこまで広くはないんだ」
すると詩真は扉を閉め、洗い場の壁に背を預ける。腕を組みはするが、身体をまったく隠そうとしない勝気な表情を浮かべる詩真に、不覚にも男が反応してしまった。
それに気づいたのか、まるで挑発でもするかの如く胸を揉む。触れただけでもぐにゃりと形を変え、手が動くたびに様々な姿を見せた。
「って! ちょ、ちょっと待て。何しに来たんだ?」
「誘惑……って言ったら、誘いに乗ってくれるのかしら?」
試すような、それでいていじわるするような表情で、胸を寄せる。強調された谷間に視線は釘付けとなり、大志は喉を鳴らした。しかし大志には理恩がいる。ここで堪えずして何が男だ。
こういう時に限って、悪いことが起こる。取り返しのつかないことでないなら、いいのだが。
唇に人差し指をあて、その場で待機をさせる。すると、まるで待っていたかのように扉が開いた。防犯面を考えていないのか、扉は半透明になっておらず、少し開けただけでは詩真のいる場所は死角になる。
「大志……詩真がどこに行ったか知らない? 探してるんだけど、見当たらなくて」
やってきたのは理恩だった。バレていないのだから、わざわざ言うことでもないだろう。できるだけ自然を装いながら、首を横に振った。
「いや、知らないな。誰かの部屋に行ってるとかじゃないのか?」
「……そうなのかな。……わざわざ、ごめんね」
理恩が去ってから、しばらく黙り続ける。お互いに、現状の異様さに気づいた。もともとわかっていたことだが、やはり付き合ってもいない男女が裸同士で同じ部屋にいるというおかしい。
そして先に言葉を発したのは詩真だった。
「どうして黙ってたの? バレたら、ひどくショックを受けるわ」
「この状況を見せるのもひどいだろ。そう思うのなら、入ってこないでくれよ」
そこで詩真は再び腕を組み、今度は真剣な顔をした。
「ちょっと話がしたかったのよ。巻き戻りの件、皆の前で話すわけにはいかないわ」
「それなら夜に呼び出すとかあるだろ。わざわざ風呂に来るとか、リスク高すぎるんだが。……そもそも、俺だって全然わかってないんだ。何がトリガーになっているのかも、何の目的で巻き戻っているのかも」
「そう……。何か共通していたことはあるの?」
共通と言っても巻き戻りはまだ二回。最初はトトの家で、二度目はトゥーミの家。何故その時刻に戻ったのかは、察することもできない。しかし巻き戻る直前に誰かが殺されている。一度目はほぼすべての仲間が死に、二度目はトトとレーメルが凍死した。
「誰かが死んでるってことくらいだな。……でも、一度目は死んですぐじゃなかった。だから死がトリガーになっているとは考えにくい」
「巻き戻ったおかげで、誰が得をしてるのかしら?」
「得……か。最初に死んだレーメルやピルリンたちは、生き返ったんだから得してるよな。それでもレーメルは得とは言えない結果になったけど。バンガゲイルが操られなかったのも、見ようによっては得とも言える」
そう言ってしまえば、ほぼ全員が得をしている。その中から誰か一人を絞り込むなんて、不可能だ。
頭を抱えていると、それを見かねた詩真は浴槽に入る。しかし大志も出るに出られない状況だ。どうするか考えているうちに、詩真の指が身体を撫でる。
寒気にも近いものを感じた時には、すでに遅かった。まるで狙いを定めた獣の目をした詩真と、目が合う。
「ねぇ……最近、ちょっと寂しいわ。だから、ちょっとだけ……昔の関係に戻らない?」
「ばっ、バカなこと言うなよ! 俺は理恩一筋なんだ。それに、いつまでも寂しさを引きずってるわけにはいかないだろ? 俺も、みんなも……」
しかし、その程度で詩真がやめるわけもない。指は身体を駆け下り、あっという間に下半身へ到着した。そして発情した顔を見せる。
逃げようとするも、発情した詩真の領域に入った時点で諦めるしかなかった。
「ちょっとだけよ。痛くしないわ。逆に気持ちよくしてあげるだけよ」
「だから嫌なんだ! 何するかは、だいたいわかってるからな!」
そんなところを理恩に見られたら、いいわけのしようがない。そうは思っているのに、とても詩真が魅力的に見えてしまう。もともと魅力がない相手ではなかった。理恩との関係がなければ、誘いを断るメリットがないほどだ。
「素直じゃない口は、塞いじゃうわ」
一方的に唇を奪われ、詩真の胸は二人の間で押しつぶされる。
すると、恥ずかしいことに鼓動が早くなった。興奮しているのだろう。理恩とは違う女の身体で興奮してしまったのだ。今までにも何度かあったけれど、今度ばかりは冗談では済まない相手だ。
「んっ、んふっ……あぅ、ん……んー、んあっ」
そこまで長くはなかった。安心するのもつかの間。詩真が軽いキス程度で満足する相手でないのは、今までの経験が語っている。
その場で立ち上がると、詩真が密着した。
「……期待したのかしら? 期待以上に応えてあげるわ」
「さすがにまずいって!」
「そういうわりには元気ね。……ふふっ」
天井を見ている。そこに何かあるわけではない。しかし、ただなんとなく天井を見ていた。
風呂から出ると、そこには当然のことながら大志と詩真の服があった。大志と詩真が入っていたのだから、当たり前である。そしていつも通りに、それを着た。
「……ごめん、理恩」
理恩が風呂場に来た時、詩真の服は見られていた。それでも知らない風を装って、訊ねてくれたのだ。そうとわかっていれば、隠したりしなかった。
わざわざ隠すなんて、疑ってくれと言っているようなものだ。
「そう落ち込むことないわ。理恩は優しいもの。事情を話せばわかってくれるわよ」
「事情ってなんだよ……。風呂で詩真と……とか言うのか?」
「何をしたかまでは言わなくていいわよ。久しぶりに風呂に入ったとでも言えばいいのよ。そういうことだってあったでしょ? それなら、理恩だってわかってくれるわ」
たとえいいと言っても、暗くなった表情を見ていられない。理恩は気持ちを隠しがちだから、できるだけ笑っていてほしいのだ。
詩真を追い返せなかったことが、悔やまれる。
「……なんで、ここにいるみゃん?」
大志と詩真が寝るベッドの隣には、レーメルが立っていた。大志とレーメルが相部屋なのだから、それは仕方ない。
レーメルの力により引き離された詩真は、部屋から追い出される。
「あら、いいのかしら? 今の大志は、何するかわからないわよ」
「いいみゃんっ!」
扉が閉じられ、大志とレーメルの二人だけになった。
大きなため息を漏らしながら、レーメルは大志のベッドに座る。レーメルのおかげで今回は助かったが、二度目もあるはずだ。
「それで、何があったみゃん?」
「子どもに教えるような内容じゃないんだ。悪かったな」
すると膨れてしまう。言ったら恥ずかしさで攻撃してくるだろうし、難しい年頃だ。
「子どもじゃないみゃん! こんな身体でも、それなりのことはできるみゃん!」
「大声で言うようなことじゃないだろ」
詩真から解放されたので、寝る前の見回りをする。と言っても、バンガゲイルの様子を見るのと、トゥーミが安全かぐらいだ。
そして部屋から出ようとすると、レーメルに止められる。
「ど、どこに行くみゃん?」
「興味があるならついてこい。……いや、ついてきてくれ。やっぱりレーメルと一緒じゃないと安心できないからな」
ほんのりと頬を染めたレーメルは、勘違いをしているようだ。しかしそれならそれで、何の問題もない。逆に注意深くなり、護衛として近くにおく意味がある。
巻き戻った影響でレーメルの意思が変わることはないはずだ。だから悲しませないためにも、軽く抱きよせる。そして近づいたレーメルに、笑ってみせた。
「レーメルが頼りなんだ。これからもずっと、俺を守ってくれ。……もちろん、俺の命よりも自分の命が優先だけどな」
「わ、わかってる……みゃん」
レーメルの肩を抱き、バンガゲイルの部屋に向かう。
相部屋になっていた海太に訝しげな視線を向けられるけれど、言葉が思いつかなかったので無視を決め込んだ。
バンガゲイルと海太という男同士の部屋だが、二人とも不満はないようだ。バンガゲイルはもともと無欲に近く、女への欲が少ない。海太もふざけることはあるが、基本的に桃華以外の女には興味がない。
「二人とも、明日のために早く寝ろよー」
「へっ! もしかしておめぇ、デザフェスが楽しみで仕方がねえのか? ピルリンみてぇなやつには言いたくねぇが、あんま期待しすぎねえほうがいいぜぇ」
「……もしかしてデザフェスに参加したことあるのか?」
するとバンガゲイルは首を横に振る。
バンガゲイルにも記憶があるのかと勘違いしてしまうところだった。もしもそんなことを言ったら、変人認定されてしまう。
「いや、ただ期待しすぎねえほうが楽しめると思っただけだぜぇ」
「そういうことか。まあ、ほどほどに期待してるから、それなりに楽しめるだろ」
レーメルの肩を抱いていると、時折見上げてきた。その度にわずかに口を開いては、何も言えないまま視線を落とす。
能力で探ることはできるけど、それをやったら機嫌を損ねてしまう。バンガゲイルとの同棲のような隠し事があるのなら、なおさらだ。
「……何か言いたいなら、言ってくれ。触られるのが嫌なら、すぐに離すから」
すると、何度も首を横に振った。そして離れさせたくないのか、肩を抱く大志の手をしっかりと固定する。ずいぶんと力を入れているようで、動かすこともできなくなった。
「だめ……。ずっと、このままがいい……」
顔をあげたレーメルの瞳は、潤んでいた。しかし、泣かせるようなことはしていない。理由がわからず、さらに強く抱きしめる。
「私は強い。……でも、身体は子ども。どれだけ背伸びをしても、どれだけ駄々をこねても、それは変わらない。こんな身体じゃ、大志を楽しませてあげられない。それが、悔しい……」
腕の中で肩を震わせるレーメルは、とんでもないことを言いだした。そんなつもりでレーメルと一緒にいるわけではない。それにここは廊下だ。扉が閉まっていたとしても、部屋の中まで聞こえてしまう。
部屋から出てこられる前に、レーメルを抱きかかえて階段をおりた。
すると、ケーキを作っていたであろうトゥーミが、厨房から出てくる。運が悪いことに、厨房の入り口は階段をおりてすぐの場所だ。そして階段をおりた勢いが殺せなかった大志は、トゥーミを巻き込んで倒れる。
「いってぇ……、ごめん……」
大志のついた両腕の間に、レーメルとトゥーミが並んで倒れていた。
レーメルは仕方ないとしても、トゥーミは巻き込まれただけである。このせいでどこか怪我でもさせてしまったら大変だ。
トゥーミの身体を触り、怪我をしてないか確かめる。トゥーミは困惑するが、やましい気持ちがあるわけではないので犯罪ではない。
「……よかった」
怪我はなく、健常だ。
そしてずっと待っていたレーメルに顔を向ける。小さい身体に興味がないと思われているようなので、その認識を捻じ曲げなければ、いつまたさっきのようなことを口走るかわかったものではない。
「小さいのは嫌いじゃないぞ」
すると、困惑していたトゥーミが凍りついた。
「……わかったみゃん。部屋で、待ってるみゃん……」
顔を赤くしたレーメルは、嬉しさを隠すように部屋へと戻っていく。変なことを考えていなければいいが、それは部屋に戻ってからのお楽しみだ。
レーメルがいなくなっても、いまだにトゥーミは動かないままである。
「運ぶか……」
お姫様抱っこをすると、やっとトゥーミは動いた。
「ど、どどっ、どうする気ですか?!」
「どうするって……寝るんじゃないのか? まだ作ってる途中だったか?」
「……できました、けど。そ、そんな……寝るなんて、ダメですっ!」
他にもやることがあるのだろう。しかし、明日のために寝たほうがいい。せっかくの日なのだから、目の下が真っ黒では気合も入らない。
トゥーミの言うことを無視して階段を上がろうとすると、手と足を使われ、進行を止められた。
「やることなんて、明日でいいだろ。さっさと寝ようぜ」
「ね、年齢を考えてくださいぃっ! 寝るなんて無理ですぅっ!」
「年齢なんて関係ないだろ? 寝たいと思ったら寝るのが普通なんじゃないのか? ……それともアレか。まだ疲れてないから、疲れてからってことか?」
すると、トゥーミは涙を流しながら首を横に振る。
どういうことなのか、理解ができない。あとは寝るだけではないのか。
「……もぅ、許して……一人にさせて……くだしゃい……」
「そ、そうか。女だから色々あるのか。無理やり運ぼうとしてごめんな」
トゥーミをおろすと、涙を拭いながら階段をのぼっていった。どうせのぼるのなら、抱かれたままでもよかったのではないか。乙女心は複雑だ。