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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-11 『廃墟の闇』


「――……あれ?」


 まるで、目から覚めたかのような感覚。

 目の前にはトゥーミが座り込んでいる。そして穴の開けられたタンク。


「どうしたでござるか?」


 トトたちがやってきて、穴の開いたタンクに目を丸くする。大志の記憶では、タンクに穴を開けられたなんて、今さら驚くようなことではない。

 二度目の巻き戻りが起こったのだ。

 詩真を見れば、小さくうなずく。巻き戻りに詩真も気づいているようだ。


「……これは、酷いでござるな。嫌がらせにしても、陰湿すぎるでござる」


「トトの牧場で何とかならないか?」


「なるでござる。だが、間に合うかはわからないでござるよ」


 前回はここでバンガゲイルに行かせて失敗した。かと言って、たくさん引き連れて行くのも邪魔になるのが目に見えている。

 バンガゲイルに視線を向けると、準備運動を始めた。


「じゃあバンガゲイルとレーメルに行ってもらう。急いで持ってきてくれ。だが、森には絶対に入るな」


 スマ隊のこともあるが、バンガゲイルの足についていけるレーメルにしか頼めない。レーメルの戦力が加われば、なんとかなる可能性もある。


「わかったみゃん。そうと決まれば、行ってくるみゃん!」


 走り出したレーメルを追って、バンガゲイルも出発した。成功するか失敗するかは、現時点ではわからない。だからもしも失敗した時のために、大志も行動する。

 南区が凍りついていた理由はわからない。しかし無闇に南区へ行こうと言うのも、怪しまれるだけだ。


「理恩たちは西区で犯人を捜索してくれ。ピルリンはトトと一緒にトゥーミを守るんだ」


「トゥーミが狙われているでござるか?」


 まだスマ隊への疑いを持っていないトトは、トゥーミが狙われているなんて思ってもいないだろう。スマ隊とグリーンが狙っているトゥーミを、トトだけで守れるとは思えない。


「トゥーミに何かしらの恨みがないと、こんなことしないだろ。俺はレズを連れて見回りをする。それぞれ気をつけて行動するんだ」


「ま、待って! な、なんでレズとなの……?」


 理恩が袖を握った。第一星区に来てから、理恩を悲しませてばかりだ。しかしそれは、理恩を守るため。たとえわかってもらえなくても、この意思を曲げるわけにはいかない。


「これは必要なことなんだ。だから、今は何も聞かないでくれ」


「……わかった。気をつけてね……」


 離れていく理恩に手を伸ばすことはできる。そして抱きしめることだってできるのだ。しかしそれをしたら、また大志はダメになってしまう。

 巻き戻りのおかげで、大志は事の起こる前へと戻れた。理由はどうであれ、大志にできることをする。死ぬ未来をなくすことこそ、今の大志にできることだ。


「どうしたのらー?」


「レズは、これからどこに行くつもりなんだ? はぐれたら探すのがめんどくさいから、俺もついてくぞ」


 凍りついたトトとレーメルを救うためには、冷気をどうにかする必要がある。寒さを感じず、その影響も受けないレズの力こそ、大志の出した答えだ。

 二回ともレズの行方がわからずじまいだったので、レズについていくしかない。この機会に、今まで関わることの少なかったレズについて知ることができるだろう。


「あそこに行くのら―!」


 指差す先には高い山があり、そこには廃墟となった城が立っているらしい。それは西区から離れた場所にあり、どうやら森の中に立っているようだ。グリーンに襲われることはないだろうが、魔物に遭遇する危険がある。

 命を大事にしてほしいところだ。


「やめとけよ。森に入るのは危険だから……」


「いやなのらー! 気になるのら―っ!」


 そう言って走りだしたレズを追って走る。どう言ったって、レズを従えることはできない。主のいなくなったレズを縛りつけるものはない。だから、自由気ままに生きているのだ。

 少しくらいは周りのことも考えてほしい。







「体力なさすぎなのらー!」


 そして、森の中で大志はレズに背負われている。

 さすがに大志だけでは、レズに追いつくこともできなかった。森に入るよりも前に倒れた大志は、折り返してきたレズに背負われて移動する。


「こっちはただの人なんだよ……」


 すると、大志を支える手が動いた。振り落とされた大志は尻もちをつき、その首にレズの手が触れる。

 全身を恐怖が支配し、失言に気づいた。不良は嫌われている。ただ生まれてしまったというだけで、どうしようもないただそれだけの理由で、不良は忌み嫌われていた。それを受け入れると決めたはずなのに、今の言葉は不良への冒涜になる。


「わ、悪かった。レズも人だよな」


「その薄っぺらい言葉で、なかったことになると思ってる? あなたの気持ちは十分わかった」


 耳元で囁かれ、全身が震えた。

 顔は動かさずに視線だけを動かすと、レズが見ている。レズの瞳に、動揺した自分が映っていた。


「たしかに、ただの人じゃない。……あなたの目的は何なの? 仲間に取り入れて、何をする気なの? ……ねぇ、黙ってるとわからない」


 首を掴まれた大志は持ち上げられる。

 目的なんて呼べるものはない。ただ同じ人として仲良くするべきだと思った。しかし、ふいに漏れた言葉が、それを否定する。不良は人ではないと言ってしまったのだ。


「みっ、んな、で……わら、え……たらっ……」


「表では仲間面して、裏では笑っていたってこと? 無条件で格下と決めつけた今までの社会よりも真っ黒よ、あなた」


 首を絞める力が強くなり、呼吸すら困難になる。

 森の中では助けが来ることも望めない。ここで死ぬ。未来を変えようとしたばかりに、死ぬことになるなんて思いもしなかった。今さら命乞いもできない。

 目から溢れる涙は、悲しみからか、それともやっと一緒の場所に行けるからか。


「い……お、り……」


 意識が遠のいていく。全身が機能を停止し始め、ゆっくりと死へと近づいた。


「――あら、ずいぶんと諦めが早いのね、坊や」


 その声が聞こえると、レズは大志から離れる。

 咳き込むながら意識を取り戻した。そして霞む視界でレズを捉えようとすると、それを遮るように白い翼が見える。


「簡単に死なれては困るわ。だから一時休戦。今だけは坊やを守ってあげるわ」


 グリーンだ。争っていたはずのグリーンが、大志の前に立っている。


「なんで……」


「坊やが死ぬと、あの子が悲しむからよ。あの子は封魔の印を持って生まれただけで、他は何の変哲もないヴァンパイアなの。……だから、あの子には笑っていてほしい」


 腕を振ると、風の刃がレズへと飛んだ。

 それを避けて距離を詰めるレズを障壁で囲む。ヴァンパイアの中でも強力なグリーンの魔法は、ちょっとやそっとでは壊れない。


「これからどうするかは、坊や次第よ。このまま放置してもいいし、首をはねることもできるわ」


「それはやめてくれ。レズは……大切な仲間、なんだ」


 グリーンの横を通りすぎ、障壁で囲まれたレズの前に座った。そして両手を地面につけ、頭をさげる。


「本心では、お前たちを恐れてるのかもしれない。でも、不良を受け入れたいのも本心だ。こう言うと嫌われるかもしれないが、不良は普通の人より強い。そんな相手に恐怖しないやつなんていない。……俺は嫌ってくれていい。だから、他の人は嫌わないでくれ」


「とっくに嫌ってる。それを我慢してるだけ。……でもそれは互いに同じこと。そういうわけで、許してあげるのら―」


 レズから殺意が消えた。まだ人と不良は互いに我慢している。互いに我慢せず笑いあうなんて、不可能に近いかもしれない。しかし、わずかに可能性があるのなら、その未来を望むのは当然だ。


「坊やがそれでいいなら、何も言わないわ」


 障壁がなくなっても、レズが襲ってくることはなかった。

 まるで何事もなかったかのように先へ進むレズを追うと、グリーンもついてくる。振り返っても顔をそらすだけで、何かを狙っているようではない。


「なんでついてくるんだ?」


「ただの気まぐれよ。そのついでに坊やを守ってあげるわ」


 すると、大志は浮かび上がった。グリーンに抱きかかえられ、魔法をかけられたわけではない。背中に柔らかなものが押し当てられ、どういう風の吹き回しか。

 遠くなっていた大志とレズの距離も、おかげで近づく。


「もう俺を疑ってないってことか? それと、胸が当たってるぞ」


「仕方ないでしょ! だって、こうしないと……。ねぇ……あの子に吸われたのは、どの辺り?」


「血をってことか? それなら、この首辺りだ」


 だいたいの位置を教えると、その場所に噛みつかれた。しかも血を吸い始める。急に吸われたので、変な気分だ。ピルリンのように確認してから吸うのは、珍しいのだろう。

 助けてもらったから、拒否することはない。そもそも拒否できる体勢ではない。


「んちゅ……んっ、んくっ……ふふっ……これであの子と同じ。これが、間接キスなのね」


「……いや、違うんじゃね?」


「なんでよ! ここを吸われたのよね?」


 穴を塞いでもらったことを確認すると、少し考えた。


「……まあ、それでいっか」


「どういうことなのよっ! まさか、あの子と本当にキスしたなんてないわよね? もしもそんなことしたのなら、許さないわ。……あの子は私を好きと言ったのよ! あぁ……最高……。記憶が残っていてよかったわ……」


「そのことについては、安心していい。この段階では何もない」


 そう、一緒に風呂に入ったのは今日の夜である。この段階では、ピルリンとの間に何もなかったはずだ。もしも何かあったとしても、なかったということでいいだろう。

 そうこう話しているうちに、廃墟のある山を登り始めた。大志とグリーンは飛んでいるのだが。


「ここにある廃墟について、グリーンは何か知ってるのか?」


「知らないわ。坊やと違って忙しいのよ。魔黒の回収って大変なのよ」


 廃墟について聞いたのだが、魔黒の回収をしているという情報を得てしまった。やはりピルリンの推測は間違っていなかったようだ。


「トゥーミを狙うのは、それと関係してるのか?」


「うっぐ……余計なことを言ったわ。忘れなさい」


 話してくれそうにないので触れようとするが、障壁で防がれてしまう。こんな近くにいるのに、こうも簡単に能力を無力化されるとは、ヴァンパイアは敵に回したくない。


「どうにかしてトゥーミを救う方法はないのか? トゥーミに罪はないだろ……」


「あったら、それでしてるわよ。エルフを殺すなんて、一歩間違えれば大きな戦闘が起こる。それはヴァンパイアにとっても、エルフにとっても避けたいことよ」


 それがわかっていてもトゥーミを殺すというのだから、それほど重要な何かがトゥーミの首には隠されているのだ。

 トゥーミを救うためには、グリーンの狙っている魔黒をどうにかしないといけない。その手掛かりさえ知ることができないのだから、虚しくなる。


「たったそれだけの命で世界が救えるのだから、仕方ないわ」


「……どういうことだ?」


 しかし、何も語ってくれなかった。







「ついたのらー!」


 山頂につくと、城がとても大きいとわかった。少しの地震でも、すぐに崩れてしまいそうである。入ることに怯えていると、レズは気にせず入っていった。

 さすがに不良でも、下敷きになれば無事では済まないだろう。


「大丈夫よ。もしもの時は私が守るわ」


「その言葉は、どれくらい信じられるんだ? ピルリンより弱いんだろ?」


「あら、心外ね。助けるくらいはできるわ」


 地面に足をついた大志は、背を押されて中に入った。

 今まで崩れていないのだから、大志たちが中にいるうちに崩れることもないだろう。悪いことばかり考えていたら、前に進むことすらできなくなりそうだ。


「おぉー、これは……」


 中も、崩れている場所が多く目立つ。扉の先には大きな広間があり、目の前に階段があった。奥に道が続いているようで、階段をのぼらないと先に行けないようである。

 幅の広かったであろう階段も、ほぼ崩れているせいで一人歩ける程度の幅しか残っていない。


「これ本当に崩れないよな?」


 なぜこんな城が残っているのか。そもそも、誰が住んでいたのか謎で、わからないことばかりだ。触れて情報を得ることもできるが、その影響で崩れてしまうかもしれない。入る前に気づいていればよかったのだが、思いつかなかった。


「あそこに何かあるのらー」


 階段をのぼったところで、廊下の先に何か落ちているのが見える。その何かわからないものへ真っ先に走り出したレズを、追った。

 怪しすぎる。慎重に近づくべきだ。しかし言っても意味がない。


 走っている床に亀裂が入る。

 危険を感じた大志は床を蹴り、レズに飛びついた。しっかりとその身体を抱きしめる。しかしそんなことは関係なく、二人は落ちていった。崩れた闇の中へと。


 そこでやっと理解する。今までレズがいなくなっていたのは、ここに来ていたのだ。そして、この闇の中へと落ちて、死んだ。

 落ちていく。光が遠ざかる。助けてくれると言ったグリーンは、助けてくれない。



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