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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-10 『二人の古い関係』


「あ、あれは何の意味もなくてな……」


「うん。わかってるよ。だから、気にしなくていいよ」


 無事に夜が明け、デザフェスの当日。そんな晴れやかな日なのに、大志の気分は落ち込んでいた。

 気にしなくていいと言われても、気になってしまう。もしも逆だったら、理恩が海太とバンガゲイルと一緒に風呂なんて入ってたら気にならないわけがない。


「あれは、レーメルとピルリンが勝手に入ってきて――」


「だから、わかったよ。そんなに……必死にならないでよ。逆に怪しんじゃうから……」


 目を伏せ、背を向けられた。

 言葉で言っても、その証明にはならない。行動で示そうにも、伸ばした手は振り払われてしまう。


「……近づきすぎたのかも。私たち、もう少し距離をとるべきなんだね」


 理恩は離れていった。互いに好きあっていたはずの理恩と大志の距離は広がっていく。

 そこに入れ替わるようにして、詩真がやってきた。その表情は、どこか困っているようでいて、それでいて何かに恐れているようでもある。


「どうしたんだ?」


「……私……時間を巻き戻ったわ」


 その言葉は、大志の思考を止めた。巻き戻りが起こったのは大志とグリーンだけではない。詩真も巻き戻っていたのだ。ふざけている様子はないし、間違いない。

 しかしそれなら、何が基準なのかわからなくなる。記憶を持つものと、待たないものの違いは何なのか。


「それは本当か? 何を覚えてる?」


「……あの夜、いつの間にか海太がいなくなってて……不安になって部屋を出たら、血があって……それで、う、海太を探したら……し、死ん……で、て……」


 苦虫を噛み潰したような顔をする詩真。大志たちが逃げた後、詩真だけはあの場所に残っていたのだ。そして、仲間の死を目の当たりにしてしまった。

 震える詩真の手を握り、その肩に手を置く。


「そうか。つらいことを思い出させてごめんな。……でも、今は生きてる。俺もその時のことは覚えてる。今度は、誰も死なせない」


「やっぱり、大志も……なのね。よかった……」


 身を預ける詩真を抱きしめ、頭を撫でた。わけのわからない時間の逆戻り。誰も信じられない状況で、詩真は震え続けていた。そんな詩真を守るのは大志だけだ。


「あの夜は乗り越えた。……問題はこれからだ」


 詩真から離れた大志は、床に倒れる。

 身体に抱きついたピルリンは、太陽のように明るい笑顔を見せた。そして海太やレーメルが視界に映り、大志を見ている。


「ご主人様っ! デザート食べに行くですよーっ!」


「理恩は一緒じゃないってんか? 仲間外れはよくないってんな……」


 そう言った海太は、理恩を呼びに行った。

 デザフェスへの参加は辞退することになったが、それでもこうやって笑っていられるのだからいいだろう。レズはいまだ帰ってきていないが、どこかでデザートでも食べてるかもしれない。


「こんなことなら、アイス―ンも連れてくればよかったでござる」


「留守番が必要なら仕方ないだろ?」


「もしものことを考えればそうなのだが……悔やむでござるよ」


 アイス―ンだけ絶対的な仲間外れなのだから、そう思うのも仕方ない。だから、アイス―ンの分まで楽しまないとだ。

 差し出されたレーメルの手を握って立ち上がると、店の制服ではない服を着たトゥーミが見える。ふくらはぎの途中までしかないズボンに、半袖のパーカーを着ていた。その首には、しっかりとマフラーが巻かれている。


「そういう服も着るんだな……。寝る時に着てたやつしかないのかと思ってた」


「あっ、あんな一枚だけなんて……え、えっちです!」


「なぜそうなる。……それより、行くなら早く行ったほうがいいか」


 海太のつれてきた理恩は、大志を避けていた。距離をとると言ったのは、本当のことだったのだ。それが理恩の望みなら、大志も従うしかない。理恩に嫌われたくないという心が、大志をそうさせる。







「……そんな喜んでるけど、金あるのか?」


 大志の前で目を輝かせながら歩いてるピルリンは、並んでいるデザートの店からどれを食べようか迷っていた。フェスティバルと言っても、商売だ。金を払わなければ、食べさせてくれないだろう。

 すると、目を丸くしたピルリンが大志を見た。


「ないですよ……」


「どうやって食べる気なんだよ! 俺だってないからな。だからって、盗み食いとかするなよ……」


 見るだけなんて酷だが、トゥーミの店にあったものを平らげたのだから我慢してほしいところだ。血液を魔力に変換する消化器官らしいが、他のものはどうなっているのか。腹は膨れていないし、食べたものがどこにいったのか謎すぎる。


「あっ! あそこにタダって書いてあるですよーっ!」


 ピルリンの指差した店には、たしかにタダと書いてあった。

 店の前まで行ってみると、店主らしきエルフは珍しげな目を向けてくる。まさか商売にまで人とエルフのいざこざを持ち込む気なのだろうか。そうなれば、嫌悪ではなくただの差別だ。


「あんたら、人かい? なら気をつけな。人を嫌ってるエルフってのは、何をするかわからないからねぇ」


「お前は嫌ってないのか?」


「そりゃあね。嫌ったって何にもならないからねぇ。嫌ってるのが大多数だけど、中には人を受け入れるエルフと、どうでもいいってエルフがいるんだよ」


 会話をする横で二個三個と食べ続けるピルリンに、店主は乾いた笑いを出す。そんなに食われるなんて思ってもいなかったのだ。大志も、店主も。

 ピルリンを店から引き離し、店主に謝罪をしてから店を離れる。


「エルフにもいろいろいるんだな。どうにかして互いに許し合えるようになれればな……。でも、時間ですら解決できなかったからなぁ……」


「きっと大志なら大丈夫みゃん。大志なら、変えられるみゃん」


 隣にきたレーメルが、顔を覗いた。

 これについては、解決策が見当たらない。不良については、感じかたの違いだけだったのでどうにでもなったが、人とエルフの関係は魔物との戦いが原因だ。それをなくすことはできない。


「そんなヨイショされても、困るだけなんだけどな……」


「うぅ~、ご主人様ぁー! ピルちゃん食べたりないですよぉ~!」


「仕方ないだろ。血でも飲んでればいいだろ」


「ふぇうぅ……、血じゃふくれふぁいれすよぉ……」


 それでも差し出した腕から血を飲んでいるのは、我慢するという意思の表れだろう。さすがに盗み食いなんてしたら、人の評判は落ちるに決まっている。ピルリンがしたとしてもだ。

 並んでいた店の終わりまで来ると、トゥーミは振り返る。そしてトトを見た。トトも頷くので、二人の中で何かがあったようだ。


「レイウォックの店がなかったでござる。……何かあったのかもしれないでござる」


「そうなのか。トゥーミみたいに邪魔されたのかもな。何が目的なんだか……」


 どちらも欠場することで、一位争いを活性化させるという目的なのか。もしそうなら、一言あってもいいはず。トゥーミにいたっては、デザフェスだけでなく通常業務にも支障をきたすほどだ。

 すると、ピルリンは血を吸いながら目を輝かせる。


「余ってるデザートを食べに行こうとか思ってるんじゃないよな? 行ったとしても、タダで食べさせてくれるわけないからな。商売でやってるんだから」


「そっ、そんなわけないですよーっ! ピルちゃんだって、そんなに食いしん坊じゃないですーっ!」


「……なら、その他の者で行ってみるでござるか」


「なんでですかーっ! ピルちゃんも連れてってくださいーっ!」


 やはりトゥーミのことがあったあとでは、心配なのだ。邪魔されたとしても、デザフェスに来ていないなんておかしいらしい。

 それで、ピルリンも連れて、レイウォックのいる南区へ行くことが決定した。


「南区って、どんなところなんだ?」


「これから行くのだから、その目で確かめればいいでござるよ」







 やはり南区へ行くには中央区へ戻らなければいけない。ピルリンの魔法で飛ぶこともできるが、全員が自由に動けない状況でグリーンと遭遇したら危険だ。なので、歩いていくように誘導する。


「たしかに見返りのない善行は、誰もしたくないでござるな。わかったでござる」


 そして中央区へ出発して一安心。ではない。ピルリンとレーメルがくっついてきて、暑苦しい。理恩は距離をとってるし、詩真と海太は喧嘩中のカップルのようだし、バンガゲイルはトゥーミを肩車している。


「……バンガゲイルって、小さい子が好きなのか?」


「あぁ? どうしてそう思ったんだぁ?」


 トゥーミは、今まで見たことのない高さからの景色に目を輝かせていた。バンガゲイルとしては喜ばせるためにやってるのだろうが、どうしても下心があるように思えてしまう。


「だってルミセンも見ようによっては小さいだろ? それにすたぁも小さいだろ、胸」


「ルミセンは小さくねえぜぇ。すたぁの胸がちいせえのは仕方ねぇだろ。あいつは男なんだから、大きかったら驚くぜぇ」


「そういえば、レーメルに気持ちよくしてもらってたわね」


 とても懐かしいことを語る詩真。まだこの世界に来たばかりのことだ。物流ギルドに紛れて連れていってもらおうと計画した時のことである。

 すると、トゥーミの顔色が変わった。


「え……あ、あの……そういうのは……」


「勘違いだぜぇ。おめぇには何も望まねえから、安心していいぜぇ。……そもそも小さいのは興味ねえからなぁ」


 しかしトゥーミは半信半疑なようすで、ぎこちなくなる。バンガゲイルはおろしてくれないし、自力で降りることもできない。だから、景色を見て気を紛らわすしかできなかった。


「じゃあ、レーメルとトゥーミだったら、どっちが好みだ?」


「なんで私みゃん?!」


 するとバンガゲイルは、とてもめんどくさそうな顔をする。興味ないと言ったのに、二択とも小さい相手なのだからそれも仕方ない。

 そしてしばらく唸ったあと、答えを出した。


「その二人なら、トゥーミを選ぶ。レーメルとはいろいろあって、そういう目で見れねえぜぇ」


 トゥーミがついに固まる。怯えるとか慌てるとかではなく、固まった。

 まだ出会ったばかりの男にそんなことを言われたのだから、恐怖を覚えて当然だ。トゥーミを選択肢に入れたのが間違いである。


「レーメルといろいろってなんだ? ギルドでか?」


「いやぁ、それはレーメルから聞いてくれ。勝手に喋って、あとから殴られるのは嫌だからよぉ」


 そんなことを言えば、レーメルに視線が集まるのは当然だ。

 レーメルはバンガゲイルを睨むが、他からの視線を受けて戸惑う。情けなく口を開き、右を見て、左を見て、前を見る。どこを見ても、レーメルを見る顔があるだけだ。


「そ、その話はあとでするみゃん。……それにっ、言う必要ないみゃんっ!」


 腕を組んだレーメルは、うしろを向いてしまう。


「そんな言うほど恥ずかしい過去があるってんか?」


「ち、違うみゃん! 恥ずかしいことなんてするわけないみゃんっ!」


「はっはっ! ちげぇねえぜぇ! ……まあ、そんな状況じゃなかったしなぁ」


 的を得ない言葉ばかりで、いったい何があったのか理解できない。こっそりとレーメルに触ろうとすると、逃げられてしまった。

 そしてバンガゲイルのうしろに隠れる。


「それは卑怯みゃん! 正々堂々聞けばいいみゃん!」


「いや、聞いただろ。それで教えてくれなかったから、最終手段だ。そんなに知られたくないような過去話って、逆に気になるぞ」


 すると、レーメルは威嚇して聞く耳持たずだ。

 上にはトゥーミ。下にはレーメル。こうして見ると、そういう趣味をお持ちのようにも見える。


「そんな(かたく)なに否定しなくていいじゃねえか。いつか言うことになるかもしれねぇんだから、今のうちに言っちまえばいいと思うぜぇ」


「うっ……だ、だって……」


 バンガゲイルを見上げたレーメルは、弱々しい声を出した。そんなことをされたら、知りたい欲を高めるだけだ。

 トゥーミを支えていた手を片方離してレーメルの頭を撫でると、レーメルも決心がついたのか、バンガゲイルから離れる。そして大志を、みんなを見た。


「実は、グルーパ家に雇われる前、ティーコと一緒に暮らすよりも前……バンガゲイルと暮らしてたみゃん」


「……え……なんで?」


 親を殺されたレーメルは、クシャットに拾われた。そこから逃げて、同じく逃げてきたティーコと一緒に暮らすようになったのかと思っていたが、バンガゲイルとの生活があったという。


「理由については、聞かないでほしいみゃん。……いつか、絶対話すみゃん」


「まあ、ほんのちょっとだ。何年かすれば忘れちまうくらいの、ほんの数か月だぜぇ」


 それ以上は、何も聞けなかった。なぜバンガゲイルと一緒に生活していたかなんて、いくらでも考えようがある。その中でも一番可能性が高いのは、逃げてきたレーメルを匿ったという可能性だ。それを探ることは、レーメルにつらい記憶を思い出させることになる。だから、何も聞けなかった。







 中央区を通りすぎ、南区へとたどり着く。そこはまるで、北極のような場所だった。

 冷たい風が身体の芯まで凍りつかせる。家などの表面にも氷が張っていて、今すぐにでも帰りたい気分だ。


「……どういうことでござる……?」


 トトは急に走り出し、大志もそれを追う。奥に進めば進むほど気温は下がり、それと共に体温も下がっていった。

 すると、先を進むトトが止まる。身体の表面を氷が包み、固まっていた。

 それに気づいた時には、すでに遅い。大志の足も凍りつき、地表から足を離すことすらできなくなっている。そして足から徐々に氷漬けにされていった。


「大志ッ!」


 そこに声が響き、凍りついた足を置いて、後方へと飛ばされる。

 レーメルが視界に移り、助けられたことを知った。しかしそれと引き換えに、大志を助けたレーメルが遠ざかっていく。

 咄嗟で、勢いを殺すこともできなかった。だから、レーメルは消えていく。極寒の冷気の中で氷漬けにされたレーメルが、手の届かない場所へと行ってしまう。


 そして落下の勢いで地面に叩きつけられ、跡形もなく砕け散った。それは一瞬で、気づいた時にはすでにいなくなっている。ついさっきまで元気でいたレーメルが、笑っていたレーメルが死んだのだ。




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