5-9 『二度目の今日』
「……そういう関係だったのか?」
「違うですよーっ! ケイマンさんは、ピルちゃんに優しくしてくれたんです! だから好きなんですっ!」
しかし、グリーンの反応は普通ではなかった。ピルリンをどう思うかは勝手なのだが、少し引っかかる。前回では、ピルリンは殺されていた。あの異常な殺されかたは、グリーンの手によるもので間違いない。
もしもピルリンに特別な感情を抱いているのなら、なぜ殺したのか。そして、なぜ殺せたのか。見た限りでは、ピルリンへの愛は相当のものだ。ピルリンがしてもらったということも、その気持ちの表れだろう。
「とりあえず、ピルリンがいれば大丈夫みたいだな。好かれてるみたいだったけど、嫌われてることとかなかったか?」
「特には……えーっと、誘いを断ると、すっごい不機嫌になってたです」
それとは関係ないはずだ。さすがに誘いを断っただけで殺されていては、ピルリンが浮かばれない。
大志とグリーンにどんな関係があるかはわからないが、記憶を保有する者として互いに助け合うべきである。そのためには、何も知らないことをわかってもらわないといけない。
「そろそろ大志にも話してもらいたいみゃん。何を隠してるみゃん?」
レーメルの目が、大志を捉えた。
大志とグリーンの身に起きた巻き戻り。信じてもらえるかどうかは関係なく、話すべきなのかもしれない。
「……実は、俺とグリーンにとって今日は、二度目の今日なんだ。聞いたのはそっちなんだから、笑うなよ? 一度目は悲惨な結果になった。だから、今度はそれを回避したいんだ」
「悲惨な結果って、どういうことみゃん?」
レーメルとピルリンにとっては、雲をつかむような話だ。しかしそれでも、真摯に受け止めている。言ってることを何でも信じるようになるのはダメだが、今回ばかりはありがたい。
「みんな、死んだ。レーメルは心臓を抉られ、ピルリンは鉄の棒に胸を貫かれて死んでいた。トトはよくわからない魔法で殺され、トゥーミも殺された。すべてグリーンのやったことだ。そして、トゥーミが狙いだと言ってた。……そのことで、何か知ってることはないか?」
思い出すだけでも、おぞましい。ピルリンに抱きつかれたくらいで顔を真っ赤にする女が、そんな惨たらしいことをしたなんて信じられない。
ピルリンは少し考えてから、大志の問いに答えた。
「もしかしたら、魔黒の回収に必要なのかもです……」
「魔黒ってなんだ? 今までに聞いたこともない言葉だ。ヴァンパイアが調べてることと関係あるのか?」
すると、ピルリンはうなずく。どうやら、そのことについての守秘義務はないようだ。
「魔黒は、簡単に言うと魔物の残骸ですっ! 魔物との戦いが終わりを迎えた時、死んでいた魔物は黒い物体へと姿を変えたらしいです。その物体が魔黒ですよーっ! 初めてご主人様と会った時にピルちゃんが回収したものも、魔黒ですっ!」
オーガの長を操っていた寄生体のことだ。まさか、そんな名前があったとは驚きである。
しかしそれなら、ピルリンの言ってることが少し気がかりだ。魔物が姿を変えたのではなく、寄生体に身体を蝕まれたはずだからだ。もしもそうなら、魔物を魔物たらしめていたのは魔黒になる。
推測はできても、それを断言できる証拠がない。魔黒には触ることができず、情報を得ることすらできなかった。だからそれを口にするのは、混乱を招くだけである。
「魔黒は、何体かいるってことだな。それで、なんで局長が回収作業してるんだ?」
「それは、ピルちゃんにもわからないです。昔はしてなかったんですけど、回収が大変って話をしてからです。局長自ら回収に行くようになったのは」
「ピルリンのせいってことか。それで、魔黒とトゥーミにどんな関係があるんだ?」
「それはわからないですよーっ!」
トゥーミの首に描かれていた模様が、魔黒と何かしら関係しているのかもしれない。正解に近づいているかはわからないが、停滞していた疑問が動いたのは確実だ。
魔黒について、ヴァンパイアとは別経由で調べてみる必要がありそうだ。
「……よくわからないみゃん。私たちは、殺されるのかみゃん?」
「それはない、とは言い切れない。でも、前回とは違う結果になるはずだ。レーメルたちが来るのを待ってたおかげで、その後の未来も変わってるからな」
「いつのことを言ってるかわからないけど、それなら少しは安心みゃん」
それから大志たちは、急いで西区へと戻る。
グリーンに対抗できるのはピルリンだけだ。もしもピルリンのいない間に襲われたら、取り返しがつかなくなる。だからその前に、西区へ戻らないとなのだ。
「収穫はなしでござるか……」
トゥーミは元気にしている。トトにも傷一つなく、襲われる前に帰ってこれたようだ。
海太たち西区を捜索していた班は、やはり何も得られなかったようだ。そして大志たちも、何も得られなかったことには変わりない。グリーンのことや、巻き戻りのことについては内緒である。
「今わからなくても、いつかわかるはずだ。バンガゲイルが持ってくれば、明日のデザフェスには間に合うんだろ?」
「はっ、はいっ! 頑張りますっ!」
あとは夜さえ乗り越えればいいだけだ。バンガゲイルも操られていないし、何も問題はない。
一息ついた大志の隣に、理恩が立つ。理恩たちも誰かに襲われた様子はない。万全の状態で、夜を迎えられるのだ。
「遅いね、バンガゲイル」
「まあ、多少の時間はかかるだろ。一人で運んでるわけだ……し……」
嫌な汗が出る。
もしかしたら、とんでもないミスをしたかもしれない。バンガゲイルを、一人で行かせてしまったのだ。速度を考えれば、その選択は正しい。しかし安全を考えれば、一番してはいけない選択である。
「どうしたの?」
「い、いや……なんでもない」
もしもバンガゲイルが操られてしまっていたら、結果は変わらない。過程が変わっただけで、同じ結果へと結びついてしまうのだ。
とそこで、店の扉が開く。そこには俯いたバンガゲイルの姿があった。
「バンガ……ゲイル……」
「……すまねぇ。途中で襲われてよぉ、ほとんど取られちまったぜぇ」
バンガゲイルは、土下座をする。何度も謝罪の言葉が発せられ、そんなバンガゲイルにトゥーミが歩み寄った。そして肩に手を置くと、バンガゲイルはゆっくりと顔をあげる。
「仕方ないことです。それよりも、無事に帰ってきてくれたことのほうが嬉しいです」
「あれがねぇと、おめぇはケーキをつくれねえんじゃねぇのか?」
「そうですけど、作れなくても死ぬわけじゃないです。ケーキはいつでも作れます。でも、命は一つしかありません。だからそんなことのために怪我をするなんて、絶対にダメなんです。……ゆっくり休んでください」
バンガゲイルは二階にある部屋へ戻り、休息をとることになった。
これで、トゥーミのデザフェス欠場が決定となる。バンガゲイルを襲った者は、どうしてもトゥーミを欠場させたいようだ。タンクに穴を開けたのも同一人物だと考えていい。
「まるで、拙者たちの行動を先読みされているみたいでござる」
「そうかもな。どこかで見られてたのかもしれない。バンガゲイルに話を聞いてみるのが早そうだな」
バンガゲイルはベッドで横になっていた。
物流ギルドに属する身として、物品の紛失はプライドに傷がつくのだろう。そしてトゥーミの優しい言葉が、さらにプライドを傷つけたのだ。
「ちょっと話があるんだが、いいか?」
「いいぜぇ。答えられることしか答えられねえが、何でも聞いてくれていいぜぇ」
大志についてきたのは、トトとレーメル。そしてついてくるように命じたのがピルリン。
「さっき襲われたって言ってただろ? 襲ってきたのは、どんなやつだったんだ? 男か女か、人かエルフか、それともヴァンパイアか」
「それがよくわからねぇんだ。黒いローブみてぇなの着ててよ、フードで顔がよく見えなかったんだぜぇ。でもまあ、ありゃあ男だな。身体が堅かったし、構えもしっかりしてた。人かエルフかはよくわからねえが、他に人がいるとは思えねえからエルフなんじゃねえか?」
グリーンでないことは明らかだ。いくら変装しようと、男に間違えられるような身体になれるわけがない。魔法は自身にかけられないのだから、断言できる。
すると、トトの眉間にしわが寄った。
「もしかしたら、スマ隊……で、ござるか?」
第一星区で悪事を働いているというスマ隊。まだ名しか知らないが、第一星区にいることは間違いない。しかし、トゥーミを欠場にさせるメリットがわからない。
「聞かれてもわからねえぜぇ。あとはおめぇらで何とかしてくれ」
「他には誰にも会わなかったか? 白い翼の生えた女とか、牙が生えてる赤い目をした女とか」
「会ってねえぜぇ。そんなやつがいるのかぁ?」
聞いたところで無駄だ。記憶操作なんて、ヴァンパイアにとっては楽勝だろう。だから会ってないと言われても、それを素直に信じられない。
バンガゲイルから情報を得ようとしても、欲しい情報は消されているのだ。
「知らないならいいんだ。……で、スマ隊について調べないとか」
「スマ隊については、わからないことばかりでござる。自らスマ隊と名乗っていたから、複数のエルフによる団体なのは間違いない。だが、それぞれ個別に活動するようでござる。拙者も一度であったことがあるのだが、その時も一人でござった」
複数いるとなると、すべてを捕らえるのは至難の業だ。一人捕まえて、あとは大志の能力でアジトを探るのが賢明だろう。
しかし、やはり手掛かりがないと一人も捕まらない。
「そういえば、レズはどうした? トイレに行ってるわけじゃないよな」
帰ってきた時から、レズの姿がなかった。部屋にもいないし、厨房にもいない。トゥーミと待っているように言っておいたのに、どこかへと消えたのだ。
「ああ、彼女ならどこかへ出かけたでござるよ。少しと言っていたからどこに行くかは聞かなかったが、それにしては遅いでござるな」
「……やっぱり徘徊癖は直らないか。いつかひょっこり帰ってくると思うから、気にしなくていいけど」
そして夕食を済ませた大志は、風呂に入る。部屋は複数あるのだが、風呂は一つしかない。だから、順番で入らないといけないのだ。
座って足を伸ばせるほどの洗い場に、ぎりぎり足を伸ばせない大きさの浴槽。一人で入るには、十分すぎるほどの広さである。
「ふぅ……今日はさすがに死ぬかと思ったなぁ」
グリーンに殺されそうになったが、ちゃんと生きている。まさにピルリン様様だ。
「お疲れ様みゃーんっ!」
扉が開け放たれ、そこからレーメルが入ってくる。服など着ているはずがない。
そして大志が入っていることなど気にしない様子で、身体にお湯をかけて洗い始めた。どこか頭を打ったか、それとも疲れのせいで大志を別の誰かと勘違いしているか。
「どうしたんだ?」
「今日も疲れたみゃん。今日も一緒に寝るみゃん?」
どうやら大志だと認識したうえで、入っている。なら、どこかをぶつけたに違いない。
手を伸ばし、レーメルの頭を撫でた。最初は驚いたレーメルだったが、それも一瞬。身体を洗っていた手は止まり、撫でられるがまま。
「大丈夫か?」
「……あ、うぅ、はい……みゃん」
まるで別人のようなレーメルに、どうしようもなくなる。
撫でるのをやめようとしたら、頭を近づけて、無言の催促をしてくる始末。仕方なく撫で続けていると、再び扉が開いた。
「ごっ主人様ーっ!」
ピルリンが入ってくる。レーメルもピルリンも、順番という意味がわかっていないのだろうか。
手を払って帰るように圧力をかけると、ピルリンは頬を膨らませた。そして帰らないとでも言いたいのか、その場に座る。
「ここに三人は厳しい。どっちか……いや、俺が出けばいいか」
「ダメですよーっ!」
「ダメみゃん!」
さすがにこれ以上は、大志でものぼせてしまいそうだ。しかし、ピルリンに弱体化の魔法でもかけられているのか、押さえつけられた手を引き離すこともできない。
「ご主人様が二人もいるんですよーっ! ご奉仕させてほしいですっ!」
そういえば、レーメルの血を吸っていた。そのせいで、レーメルも大志と同じご主人様の仲間入りというわけだ。
「俺はいいから、レーメルにしてやってくれ。それと、好きでもない男に身体を見せるのは、よくないぞ」
「ふっふー、ご主人様にはピルちゃんが必要なはずです。そんなこと言っていいんですかー?」
痛いところをついてくる。グリーンとの戦いにおいて、ピルリンは必要不可欠だ。だから、いざという時のために機嫌をよくしたほうがいいぞ、と言ってきているのだ。
しかし、それに屈する大志ではない。
「わかった。縁を切ろう」
「ま、待ってほしいですっ! そんなこと言わないでほしいですよーっ!」
グリーンの歪んだ愛情のせいで、ピルリンは他のヴァンパイアから悪く思われていた。しかしそれでもグリーンと仲良くしていたピルリンに、友達はいない。大志が仲間に誘った時、困ったような顔をしたのは、今までそんな経験がなかったからだ。
だから言える。ピルリンに友達はいない。
「なら、言うことあるよな?」
「ごめんなさーいっ! 調子に乗って、ごめんなさいっ!」
そんなピルリンの叫び声を聞きつけてやってきた理恩に、事の流れを説明する。わかったと言ってくれたが、その表情は穏やかではなかった。




