5-8 『ユニーク』
「大丈夫かぁッ!」
店の厨房へと滑り込むように入ってみたが、そこにトゥーミはいなかった。裏口の扉が開いており、そこから出てみると、そこにトゥーミがいる。
そしてその前には、不自然に穴の開けられたタンクが並んでいた。
「ど……どうしよう……」
トゥーミはその場で座り込み、開いた口が塞がらない。
どうやらタンクには、デザート製作用の生乳が保管されていたようだ。そしてそのすべてに穴が開けられ、なくなっている。
「これでは、デザフェスに出品できないです……」
わざわざこんなことをするなんて、よほどトゥーミに出てほしくないのか。
ヴァンパイアクイーンの可能性もあるが、狙いはデザフェス辞退ではなく、トゥーミの首のはずだ。わざわざこんな手間のかかることをするとは思えない。
「どうしたでござるか?」
そこに、トトたちもぞろぞろとやってくる。バンガゲイルは普通だし、やはり暴れることはないようだ。
しかし、どうも前回と起こることが違っている。ヴァンパイアとの交戦がなかっただけで、敵の目的が変わるとも考えられない。
「……これは、酷いでござるな。嫌がらせにしても、陰湿すぎるでござる」
「誰がやったかはあとで考えればいい。今はそれよりも、生乳をどうするかだ!」
デザフェスのこともあるが、これでは店に並べる分ですらつくれない。
他の店も、この時期に貸してくれるはずがないし、まさにどうにもならない状況だ。
「それなら一つだけ案があるでござる。拙者の牧場から、持ってくればいいでござる。しかし、今から行って帰ってきて、間に合うかは定かではござらん」
「そうか。トトは牧場もやってたな。……なら、バンガゲイルに行ってもらう。帰りは慎重にしてもらいたいが、行く時は全力で走れる。そうすれば、多少時間に余裕が生まれるはずだ。だが、絶対に森を通るな」
足を引っ張らないためにも、バンガゲイル一人で行かせるのがいいだろう。そんな時にヴァンパイクイーンと戦うのは、自殺行為だ。
するとバンガゲイルは寝起きの身体を軽く動かし、準備運動をする。
「それじゃあ、行ってくるぜぇ」
そしてバンガゲイルを見送ったあと、それぞれ行動を開始した。二人ずつでの戦闘は危険なので、三人一組で行動する。大志にはレーメルとピルリンがつき、理恩には海太と詩真がついた。トトとレズは、トゥーミを守るために店で留守番をさせる。
「理恩と一緒じゃなくていいってんか?」
「ああ。俺たちは中央区のほうまで探ってくる。だから、海太たちは西区を捜索してくれ。きっと西区のほうが安全だから、理恩はそっちで頑張ってくれ」
「うん。大志も気をつけてね」
西区には異変がないはずだ。それは、前回で証明されている。だからきっと、ヴァンパイアクイーンの拠点は別の場所にあるのだ。
今回のことがヴァンパイアクイーンの仕業でないにしろ、トゥーミを狙っていることに変わりはない。
「それじゃあ、行動開始だ!」
ピルリンの魔法により、中央区へと飛んで移動する。中央区にはイチモツもいて危険だが、西区に手掛かりがない以上は手を伸ばすしかない。
「……死なせてたまるか」
レーメルの手を強く握った。すると、レーメルも強く握り返してくる。
もはや前回の記憶などあてにならない。これからは、手探りで情報を集めていくしかないのだ。
「大志は何を悩んでるみゃん? ……とても、つらそうな顔をしてるみゃん」
「あ、いや、レーメルが気にするようなことじゃないぞ」
すると、どつかれる。しかし、不機嫌そうな表情をするレーメルに、かける言葉もない。レーメルたちに前回の記憶はない。探ったわけじゃないが、今の状況を受け入れているのだからそうなのだろう。
そんなレーメルに話したところで、変な人扱いされるのがオチだ。
「……そ、それより、さっきの話の続きでもするか。本当の名が――」
と、そこで口を塞がれる。
どうやら、ピルリンがいるので言いたくないようだ。今まで誰にも言わずに隠してきたのだから、知られたくないのだろう。しかし大志だけには知っていてもらいたいという、矛盾。
「それは二人だけの時に。本当の私でいられる時だけみゃん」
その違いが、いまいちわからない。異なる点といえば、語尾が変か変じゃないかくらいだ。
「ご主人様っ! 待ってください!」
いつになく真剣な声を出したピルリンは、空中で止まる。しかし、待てと言われても、飛んでいるのはピルリンの魔法だ。大志たちにはどうにもできない。
そしてピルリンの隣に大志たちが並ぶと、その前には白い翼があった。
白い翼を広げた長髪の女。目は赤く輝き、紅い口元には白い牙が見える。忘れるはずもない。あの惨状をつくりだしたヴァンパイア。
「ヴァンパイアクイーンッ!!」
「違うですよ。彼女は、ケイマン・グリーン。ピルちゃんと同じヴァンパイアで、情報集積局の局長さんですよーっ!」
しかし、目の前にいるのは紛れもなくヴァンパイアクイーンだ。ヴァンパイアということはあっているが、名前が変わるなんてありえない。
「そう呼んでくれたってことは、坊やもなのね」
グリーンは腕を組みながらそう言った。
それが何を意味してるかは、明らかだった。そしてそれは、グリーンがヴァンパイアクイーンであるという証でもある。
「なら、お前もってことか。……これは、お前の仕業なのか?」
「いくらヴァンパイアでも、そんなことはできないわ。坊やと同じで巻き込まれたのよ。誰が何の目的でどうやったかは、見当もつかないわね」
あの場に、そんな能力を持った者はいなかった。もしもトゥーミの首にそんな力が眠っていたとすれば、グリーンがそれを知らなかったはずがない。
「トゥーミを狙った理由はなんだ? 何をするつもりだったんだ?」
「だから言ったでしょ。仲間になってくれるなら教えてあげる、って。……ね、坊や?」
教える気はないようだ。しかし、仲間になるわけにもいかない。トゥーミに罪はない。殺されていい理由なんて、どこにもないのだ。
ピルリンをつつき、耳打ちをする。
「あら、作戦会議? うふふ、いったい何をしてくれるのかしら」
グリーンは、大志の能力について知らないはずだ。知らなくても、魔法で圧倒できる。そうやって油断している今が、絶好のチャンスだ。
局長ということは、それなりの権限もあるはず。だから、ピルリンのように情報を遮断される可能性も低い。なぜか大志に友好的なので、そこでも油断をつくれる。
「もし仲間になるって言ったら、何を教えてくれるんだ?」
「……なんでも教えてあげるわ。坊やが聞きたがってるカギのことや、私のスリーサイズだって。坊やにとって得なことしかないのよ」
カギという言葉は今まで使われていなかった。きっとそれは、トゥーミのことだろう。ここにきて口を滑らせたか、それとも餌で釣ってるつもりなのか。
どちらだとしても、その言葉を聞けただけで十分だ。キーワードがあれば、それだけで能力の処理速度はあがる。
直後、大志の身体は押し出された。前進する速度だけが加速度的に増え、グリーンへと手を伸ばす。
「ふふっ……かわいい」
しかし、大志の手はグリーンに触れられなかった。グリーンの目前で大志の身体は止まり、自由を失う。まるで、何かに抑え込まれているようだ。
手を前に出したまま動けない大志の頬を、グリーンが撫でる。
「その手に触れられると、どうにかなっちゃうのね。坊やの自信に満ちた表情から察すると、それだけで知りたいことが知れるという能力なのかしら。人っていうのは、つくづく面白いわね」
「どうして、わかったんだ……」
能力についても、確信があるわけではない。それに、前触れのない接近を防がれた。
心が読めるなんてのはないはず。そんなことができたら、能力について知らないはずがない。さすがは局長という地位にいるだけはある。得体のしれない力量の差に、恐怖すら覚えるほどだ。
「顔を見ればわかるわよ。これから近づくぞ、って顔してたもの。絶対に成功する。そう思ってしまうと、表情に表れてしまうわ」
「そっ、んな……っ!」
「どうしようか迷ったわ。……でも、カギについて知られると、いろいろと面倒になりそうだった。だから今回は触らせてあげなかったのよ」
頬を撫でていた手が離れ、グリーンも離れる。その時には身体の自由も戻っていた。しかし、手を伸ばしてもグリーンには届かない。
ピルリンに動くように指示しても、その場に浮遊したまま動かなかった。
「だっ、ダメですっ! 魔法が書き換えられてるですよーっ!」
「坊やにかかっていた魔法を、私の魔法で上書きしたわ。だから、坊やはもう逃げられない。生かすも殺すも、私が決めるのよ」
グリーンの手が、目の前で広げられる。
そこにあるのは何の変哲もない手。すると、その中央に赤い球体ができた。熱を帯びた球体は、光を集めながら巨大化する。
「繰り返された日々。坊やにも記憶があるなら、疑うのは当然よね?」
「まっ、待ってくれ! 俺じゃない!」
命乞いをする大志に、グリーンは微笑んだ。しかし、球体は強大化を続ける。
「それが本当かどうかは、殺してみないとわからない。それでも繰り返されるようなら、他をあたるわ。だから、さようなら。また会えたら、その時は仲間として会いたいわね」
手のひらサイズまで巨大化した球体が、大志へと近づく。向けられた敵意。魔法でつくられた物体。危なくないわけがない。しかし、逃げられない。
「やっ、やめ……たす――」
突如、グリーンから引き離されるように、ピルリンの隣まで戻された。
レーメルの首に牙を立てているピルリンは、赤いオーラに包まれている。どうやら、グリーンの魔法をピルリンが上書きしたようだ。
「た、助かった……。ありがとな」
「ご主人様を守るのは当然です。それより、何があったんです? ケイマンさんと面識があるんですか?」
いつものふざけた調子ではない。真面目な、真剣な声に、大志の身も引き締まる。グリーンは、ピルリンにとってもふざけていられない相手なのだ。
すると、グリーンは自らつくった物体をかき消し、ピルリンを睨む。
「私は、局長なのよ……。私は偉いの! 邪魔をするなんて、あってはならないことだわっ!」
「ケイマンさんが偉いのは知ってるですよ。……でも、ピルちゃんにとってはご主人様を守ることが最優先ですっ!」
ピルリンは手を振るった。すると、風の刃がグリーンに傷をつける。二度。三度。ピルリンの猛攻に、グリーンは防戦一方だ。しかし、障壁のようなものを出して守っているのに、風の刃はそれを砕いてグリーンから血を出させる。
「なんで……っ、私の魔力は良質なのよ! どうして防げないのッ!」
傷つけることに罪悪感を感じたのか、ピルリンの手は止まった。すでにグリーンの傷は浅いものではなくなっている。
「ケイマンさんのユニークは知ってるですよ。普通の魔力よりも、質のいい魔力をつくれる。魔力の質が上がれば、魔法の質も上がる。だから、他の魔法に上書きできるし、割り込むこともできる」
どうやら魔法についての話のようだ。質の低い魔法には、上書きができる。ピルリンの浮遊魔法が上書きされたのはそのせいだ。
グリーンは傷ついた身体を治しながら、ピルリンがしたように風の刃を出す。
「……ごめんなさいです」
そう言って出したピルリンの刃が、グリーンの刃を砕いた。
「どう……して? 私の魔力があなたに劣ってるというの?! ピルリンッ!!」
「ピルちゃんの魔力は普通ですよ。普通のヴァンパイアと同じ魔力です。……いつもよくしてくれてたケイマンさんなら、わかってるですよね?」
しかし、ピルリンの魔法がグリーンに勝っているのは、明らかである。グリーンの作り出した刃を壊してもなお、ピルリンの刃は健在だ。
「なら、どうしてっ! あなたが強いなんて、あってはならないわっ!」
刃を出される前に、グリーンを空中で縛りつける。身体の自由を奪われたグリーンは、それでも必死に逃げようと身体を動かした。
質の高い魔法なら、束縛する魔法を上書きすることだってできるはずだ。しかし、それをしない。
「ケイマンさんは、とても優しくしてくれたです。本当は誰も入れちゃいけないはずの局長室にいれてくれたり、そこで美味しいものを食べさせてくれたり、楽しいお話してくれたり、ピルちゃんだけに優しくしてくれたです。そのことでピルちゃんを悪くいうヴァンパイアたちに罰を与えたり、ずっとケイマンさんに守られてきたです」
やはり封魔の印を持っているせいか、偉い立場のヴァンパイアからは優しくされていたようだ。他のヴァンパイアに罰を与えるのは過剰すぎる気もするが、ピルリンのストレスを気にしてのことだろう。
「だから、傷つけたことは謝るです。ごめんなさい。それと、もう一つ謝るです。今まで隠してきましたが、ピルちゃんにもユニークがあるんですよ。魔力を追加で供給するというものです。魔法に必要以上の魔力を供給して、強化するものです」
「あなたにも……ユニークが……? どうして言ってくれなかったの? あんなにも一緒にいたのに」
その言葉に、ピルリンは頭をさげるだけ。
水を差すのも悪いので、ピルリンに触って情報を得る。
ユニークというものは、ヴァンパイアが持つ秀でた身体能力や、特殊な力のようだ。ユニークを持つものは少ないらしい。
グリーンには良質な魔力をつくれるというユニークがあり、ピルリンには魔力の過剰供給による魔法強化というユニークがある。
知ってるヴァンパイアが2人とも持ってるとなると、本当に少ないのか疑ってしまう。
「なんなのよっ! そんなユニークがあれば、いつまでも下で働く必要なんてなかったわ! その気になれば、局長にだってなれたはずだものっ!」
しかし、ピルリンは首を横に振った。
「それじゃ、ダメなんですよ。ピルちゃんが局長になっても、きっと楽しくなかった。ケイマンさんがいてくれたから、居心地がよかったんです。ケイマンさんがいたから、あの場所が好きだったんですよ」
束縛していた魔法を解いたピルリンは、グリーンへと近寄る。ゆっくりと、ゆっくりと近づいていった。そして手を広げ、抱きしめる。
「ケイマンさんが好きです。これ以上傷つけたくないです。……だから、ご主人様を傷つけないでほしいです」
「……すっ、すす、すっ、すっ、きっ!?」
顔を真っ赤にしたグリーンは、ピルリンを引き離した。そして逃げられないように肩を掴み、二度深呼吸をする。
「もう一度、言って」
「……? ご主人様を――」
「もっと前よっ!」
「え、えっと……ケイマンさんが、好き……?」
それを聞いたグリーンは、開いた口がふさがらない。さっきまで大志を殺そうとしていた者の顔とは思えない。
そして悲鳴なのか雄叫びなのかわからない声を発しながら、飛んでいってしまった。




