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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-7 『レーメルの秘め事』


「……どうして、私みゃん?」


 トゥーミの店の二階には複数の個室があり、そこを宿として貸し出すことがある。そこの宿を、しばらく大志たちが貸しきることになった。

 一つの部屋には二つのベッドがあり、各部屋に二人ずつ眠ることになる。


「いざとなった時、頼りになるのがレーメルだけだからだ。いつだって俺は救われてきた。……保身といえば聞こえは悪いが、その通りだ。レーメルさえ無事なら、きっと……」


 レーメルさえ生きていれば、戦況がどうにか変わったかもしれない。たとえバンガゲイルが強いといっても、万全の態勢で戦えば互角もしくは互角以上で戦えるはずだ。

 バンガゲイルが操られるはずがない。そうはわかっていても、レーメルと二人きりにはさせられない。だからレーメルと同じ部屋になり、バンガゲイルは海太と同室になってもらう。


「誰かに狙われてるのかみゃん?」


「……まだわからないけど、きっと大丈夫だ。レーメルさえ守れば、きっと……」


 レーメルの小さな手を握った。小さくても、しっかりと誰かを救えるその手を、握る。もう守られてばかりではいられない。今度は大志が、レーメルを救うのだ。

 引き寄せ、抱きしめる。小さなその身体を、その温もりを確かめるように。


「はわわぁ……」


 突然聞こえた声に、振り返った。わずかに開いた扉から、トゥーミが覗いている。そして目が合ったトゥーミは、そこで止まった。

 そこから動かない。レーメルから離れて歩み寄っても、逃げようとすらしない。その頬に触れても、ただ震えるだけで大志をじっと見ている。


「どうしたんだ?」


「あ、あぁ……あ……」


 口は動いた。しかし、声になっていない。何かに怯えているのは、見ただけでもわかる。

 店の制服ではなく、大きめのTシャツを着ていた。太もも辺りまで裾があり、その下に何か着ているのか気になってしまう。しかし、マフラーだけは変わらず巻いてあった。しかしヴァンパイアクイーンに知られているのだから、意味がない。

 震える手を握り、部屋の中へといれた。


「なんで見てたんだ? そろそろ寝ようと思ってたんだが」


「ねっ、寝ようと……ですか。あ、あのっ、お邪魔してごめんなさいっ! ど、どう使ってもいいんですが、できるだけ汚さないように……」


「まあ借りてるから、無駄に汚すつもりはないぞ。それを言うためだけに来たのか?」


 するとトゥーミは首を横に振った。さすがにそれだけの理由で来るほど、綺麗好きではないようだ。トゥーミについては、ほぼ何もわかっていない状態なので、その行動も推測できない。

 わかっているのは、首にある模様をヴァンパイアクイーンが狙っているということぐらいである。


「……トゥーミもここで寝るか? というか、ここで寝てくれ」


 ヴァンパイクイーンの狙いがトゥーミなら、それこそトゥーミを手の届く場所に置いておくべきだ。ピルリンもいてほしいところだが、ベッドの数に限りがある。


「寝るだなんて、こっ、心の準備が……」


「そんなの必要ないだろ。ただベッドで横になるだけなんだから。別に何かをしろって言ってるわけじゃないんだ」


「さっ、されるがままっ……!」


 わけのわからないことを言うトゥーミを、ベッドに座らせた。さすがにどちらかと同じベッドで寝るなんてできないので、床に座って壁に背を預ける。


「明日のために早く寝るべきだ。何があるかわからないからな。俺は先に寝る」


 こうしてる間にも、ヴァンパイアクイーンの真の手は忍び寄ってきているはずだ。

 ヴァンパイアクイーンが攻めてきたのは、デザフェスの前夜。つまり、明日の夜である。バンガゲイルを操れていない今、何も仕掛けてこなければ勝算はある。


 魔法を使えば、トゥーミを連れ去ることだってできた。しかしそれをしなかったということは、トゥーミに魔法は効かないのだろう。ヴァンパイアクイーンは、トゥーミに触れる前に殺すよう命令した。憶測だが、トゥーミの首に描かれた模様は、ヴァンパイアを拒絶する力があるのかもしれない。


 それにトトを殺した魔法。あれがあれば、わざわざバンガゲイルを操る必要もなかった。それはきっと魔力と関係しているのだろう。魔法を使うためには魔力が必要で、そしてあの魔法には膨大な魔力が必要なのだ。だから最後に使い、トゥーミを連れ去った。大志と理恩は生かされたのではなく、殺せなかっただけなのだ。


 どれも憶測で決定打にかけるが、相手が魔法を使う以上、魔力の枯渇があるはず。それまで耐えれば、勝てる。




「……朝か」


 目が覚めると、ベッドに寝ていた。そして、レーメルがくっついて寝ている。ベッドをよじ登るような寝相を身につけた覚えはない。首を動かしてみると、隣のベッドではトゥーミが寝ていた。


「前日までは特に問題なくこれたな。何もなければ、いいんだが……」


 レーメルから離れて、ベッドからおりる。すると、床のきしむ音でトゥーミを起こしてしまった。ずいぶんと注意深いというか、耳がいい。


「もう朝ですか……おはようございます」


「ああ、無事そうで何よりだ」


 しかし敬礼をするトゥーミには、その言葉の意図がわからない。トゥーミにとっては、ただ自分の家で寝ただけなのだから。

 マフラーが緩んで、首の模様が見えている。どうりでヴァンパイアクイーンに気づかれるわけだ。


「その格好は無防備だな。襲われたらどうするんだ?」


 すると咄嗟に胸元を隠し、涙を蓄える。

 どうやら胸を覗かれたと思ったようだ。覗かれるほどのものがあるわけでもないのに、そういうところもちゃんとした少女なんだと再確認する。


「……み、見ました?」


「見てない。それに、俺が言ってるのは首のほうだ」


 トゥーミはマフラーで首を隠し、丸くなった目で大志を見た。


「心配するな。それが何なのかは、知らない。たぶん他のみんなも知らないだろうな。……だから、これは俺とトゥーミの秘密だ。それでいいだろ?」


「秘密……本当にですか? これは誰にも知られちゃダメなんです」


 マフラーを握るトゥーミの手は震えている。ヴァンパイアが求めるほどのものだ。その理由を知ることが、ヴァンパイアクイーンを阻止する最善の手だろう。しかし、無理やり聞こうとしてトゥーミに逃げられたら元も子もない。


「こう見えて、口は堅いほうだ。口以外もいろいろ堅いぞ」


 すると、トゥーミの視線は下へと移動した。そしてすぐに、赤くなった顔をあげる。少女らしさがあると思っていたが、詩真とどこか似ているのかもしれない。


「なっ、なるほどですっ! あはっ、は、ははっ……」


「何がなるほどなんだ? 意志が堅いことを言いたかったんだが」


 いじわるをするように首を傾げると、トゥーミは足早に部屋を出ていった。そしてそれを追いかけようとしたら、いつの間にか床に倒れている。何が起こったのか理解できない大志の視界に、不機嫌そうなレーメルの姿が映った。


「何をしてたのかみゃーん?」


「レーメルが気にするようなことは何もしてないぞ。……レーメルも無事そうで何よりだ」


 しかし、それで逃がしてくれるはずがない。またがれると、もはや大志の力だけでは逃げられなくなった。そして追い打ちをかけるように、頭の隣に手をつく。


「どうしたんだ? 冗談はよしてくれよ」


「冗談じゃない。……大志は、本当の私でもいいと言った。でもそれは、いけないこと。レーメルは、レーメルとしてしか生きられない。もう、あの時の私に戻っちゃいけない」


 その表情に陰りが見えた。

 レーメルがレーメルではない。それは、かつてレーメル自身の口から聞いたことだ。そして、それを理解できていない大志がいる。


「……不良は嫌われていた。完全な人ではないから、虐げられていた。でも、大志は受け入れてくれた。もちろんイズリも、ティーコも受け入れてくれた! でもっ! 大志は違う。こんな私でも笑って生きられるように、世界を変えてくれた」


「そんなたいそうなことはしてないぞ。第三星区をちょっと変えただけだ」


 しかし、レーメルは首を横に振った。

 大志の頬に、雫が落ちる。一粒。ただそれだけだったが、それは紛れもないレーメルの涙。


「なんで否定するのっ! 大志にとっては、ただそれだけ。でも、私にとっては世界を変えてくれたことと同じなの!」


「なんだよ……どうして、そんなに突っ掛かってくるんだ?」


「わからないっ! わからないの……」


 レーメルは自分の胸に触れる。そして服を掴んだ。

 大志を見るその表情は、とても苦しそうで、それでいて悲しそう。涙を必死にこらえる姿は、見ていられない。


「ここが、うるさい。こんなの初めてで……」


 まただ。詩真やルミセンの時と同じだ。絶対に大志へと届かない想い。手を差し伸べれば、それだけで苦しめてしまう。だから、言葉が出てこなかった。


「きっと、これが好きってことなんだと思う。クシャット様が言ってた。好きだと思ったら、どんなことがあろうと想いを貫きなさいって」


「苦しむだけだ。それは、レーメルだってわかるだろ?」


 しかし、どうすることもできないのは大志だってわかっている。理恩への想いをなくすために詩真を頼っていたが、やはり理恩への想いはなくせなかった。

 だから強くは言えない。かと言って、その想いを否定することもできない。嫌われるのが怖いのだ。


「違う。私は、こうしてるだけで幸せ。私を好きになってくれなくていい。一緒にいてくれればいい。……だから、私をおいてどこにも行かないで」


 そこにいるのは、頼りになる力強いレーメルではない。触れただけで脆く崩れてしまいそうな、恋を知ったばかりの乙女である。


「そんなの……っ」


「もう私を一人にしないで。なんでもするから、ずっとそばにおいて。なんでも……するから」


 まるで、レーメルではないようだ。ただ恋をしただけで、こんなにも変わるものなのか。

 肩を掴み、上体を起こした。レーメルも、それを阻止しようとはしなかった。起きれば、レーメルとの距離はさらに縮まる。


「わかった。ずっとそばにいる。だから、昔に何があったのかを教えてくれ」


 レーメルが何度も口にしてきた、レーメルでなければいけないという言葉。その真意。そして今のレーメルを苦しめているものが何なのか。それをはっきりさせないといけない。

 前回はセロリの邪魔が入ったせいで、レーメルの本心を聞くことができなかった。だから今度こそ、レーメルの気持ちを知る。今のレーメルを受け入れることこそ、前回のレーメルにできる供養だ。


「……私は幼い時に、孤独になった。親が殺され、残されたのは私だけだった。そんな時、私を拾ってくれたのがクシャット様。カルセフ・クシャット様に拾われ、私はカルセフ・レーメルになった」


 かつての第三星区の荒れようは、大志も見て知っている。そんな中で親が殺されるなんて、もはや暮らしていけるものではなかったはずだ。

 クシャットの素性はわからないが、レーメルを養うほどの財力があったということは、それなりに地位のある者だったのだろう。


「隠されて育てられ、名前も変わった。だから、誰にも気づかれるはずがなかった。……なのに、クシャット様との生活が始まって数年後、急にクシャット様が襲われた。逃げることに必死で、それからクシャット様がどうなったかは知らない。けど……」


 そこで言葉は止まった。見れば、下唇を噛み、震えている。その境遇は、他人事にできるものではなかった。親を殺され、育てられたクシャットまで。それは、大志と理恩が歩んできた日々と酷似している。

 大上大志プロジェクトと関係しているはずがない。しかしレーメルも、大志と同じように巨大な悪に呑み込まれそうになっているのではないか。もしそうなら、絶対に一人になんてさせない。


「我慢するな。泣きたい時は泣いていいんだ」


「……泣くのは、弱い証。レーメルである以上、強者でないといけない。だから泣けない」


 過去を思い出した苦しみからか、言葉とは裏腹に、頬を涙が伝っている。

 本当の強者なんて、ありはしないのだ。どんな強者であろうと弱みがあり、その弱みを悔やみ、挫折し、涙を流す。

 涙を隠すように抱きしめ、頭を撫でた。


「これから強くなればいいんだ。俺も強くなるから。……だから、これからは俺に守らせてくれ。レーメルを苦しめるものすべてを壊してやるから、レーメルはレーメルのままでいてくれ」


 返事はない。しかし、それでいい。それを受け入れようと、受け入れなかろうと、することは変わらない。腕の中で震える少女を守る。ただ、それだけだ。

 しばらくすると、静まり返った部屋で声が発せられた。


「……そんなことしてたら、理恩に嫉妬されそうみゃん……」


「それはあるかもな。……でもまあ、なんとかなるだろ。理恩だって話せばわかってくれる……はず」


 濡れた頬を手で拭ってやると、レーメルは立ち上がる。そして背を向けて扉のほうへと、一歩進んだ。


「大志には知ってもらいたいみゃん。……私の、本当の名を」


 それはきっと、クシャットに拾われる前の名だ。そして、レーメルがレーメルでなかった時の名ということでもある。

 大志も立ち上がり、その言葉を待った。

 震える手を握りしめ、一度大きく深呼吸したレーメルは、振り返る。


「私の本当の名は、レーヘル――」


「きゃぁぁああッ!」


 トゥーミの悲鳴だ。血の気が引く。そばに置いておこうと思っていたのに、こうもあっさり目を離しているのだから。

 咄嗟にレーメルの手を握り、走り出した。名など聞いている場合ではない。



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