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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第一章 始まりの異世界
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1-12 『許されない罪は突然に』


「私は天然の不良だみゃん」


 その言葉は、レーメルも普通の人とは異なる存在だということだ。

 ルミセンがレーメルを貶していた理由は、それだったのだろう。


「天然って、どういうことだ?」


「言い方が悪かったみゃん。私は、つくられた不良じゃないってことみゃん」


 レーメルのおかしいほどの速さや力は、そのいきすぎた不完全が原因のようだ。

 大志にとって、不良がどれほど恐ろしく、憎まれる存在なのかはわからない。だから、レーメルに恐怖を覚えることもない。レーメルは気にしているようだが、それは無意味だ。


「別に泣かなくてもいいだろ」


 レーメルの流れる涙を拭う。すると、一つの情報が流れてきた。


 それはレーメルが不良であるが故に、グルーパ家にムシケラのようにぞんざいな扱いをされていた記憶である。手や足を怪我し、体調を崩してしまっても、それでもイパンスールはレーメルを休ませなかった。逆に、さらに過酷な作業を押しつける始末である。


 そんなレーメルを常日頃見ていたイズリは、ギルドに入るという名目でレーメルと共にイパンスールから逃げた。そのおかげでレーメルは心身ともに健康な状態まで回復したのである。


「私が不良じゃなければ、イズリがギルドに入ることはなかったみゃん。……あんな怪我を負うこともなかったみゃん」


「悲しいな。……たしかに、イズリは無事だったかもしれない。だけど、レーメルがギルドに入っていなかったら、こうやって俺と会うこともなかった。それはなんだか、悲しい話じゃないか?」


 大志はレーメルを抱えて、立ち上がった。そして見上げると、そこには海太が浮かんでいる。


「お、バレてたってんか」


「わかりやすすぎだ」


 ルミセンが海太の所に行って、ずっと泣いているという。まさか本当にイズリたちの所へ行っているとは。どこかで不貞腐(ふてくさ)れていると思っていた。

 うるさいので、海太は意識ともどもこの部屋に避難している。


「悪いが、もう少しルミセンの相手をしていてくれ」


 海太の映像に別れを告げると、部屋を出た。

 右も左も廊下が続いており、どっちがどっちかわからない。


「どこに行くみゃん?」


「ちょっと外の空気でも吸いに行こうぜ」


 できればルミセンに気づかれないうちに、城を出たいものだ。運がいいことに、ルミセンは泣いているらしい。泣きやむまでは、動くこともないだろう。

 ならば地道に出口を探しても大丈夫だ。


「イズリが目覚めてもないのに、そんなことできないみゃん!」


「目覚めてないだけで、命に別状はないって聞いただろ?」


「で、でも……」


「うだうだ言うな。外の空気よりも先に、その唇を吸うぞ」


 すると、レーメルは口をつぐんだ。


「俺もレーメルのように、悩んでいた時期があった。つらく、自分を責め続ける日々だった。けどな、それじゃダメなんだ。大事なのは、次に何をするかだ」


 かつて大志たちを巻き込んだ事件は、何人もの犠牲を生んだ。それは元いた世界で起こったことで、この世界とは関係ない。だが、今の大志を構成する根っこにあるのは事実だ。


「だから、レーメルも一度深呼吸して、周りの人に目を向けてみるんだ。そしたら、今のレーメルを必要としている人が、きっといるから」







 やっと見つけた出口から外へ出ると、すでに空は赤く染まっている。

 理恩を探すのに時間をかけてしまったのに、せっかく見つけた理恩は偽物だった。

 抱えていたレーメルを下ろすと、大志は大きく息を吸う。


「ここは風が気持ちいいな」


 レーメルの手を引き、城下の町へと繋がる階段を降り始めた。戸惑いながらも、レーメルは足を動かす。そして大志とレーメルは黒く染まりつつある町へと繰り出した。


「町に何か用があるみゃん?」


「ああ、あるぞ。俺も、レーメルもな」


「ないみゃん!」




 夜が近づいているせいか、町を歩く人は少なかった。大通りに並んでいた露店もなくなっており、これから夜が来るのだと実感できる。


 こんな時間だと、わざわざ城から出た意味がなくなるかもしれない。

 町を歩く人々はその腰に刀をさしており、カマラでのことを思い出してしまう。大志たちを庇ったアイスーンは無事だろうか。


「なんで、刀をさしてるんだ?」


 それはこの世界に来てからずっと疑問に思っていたことである。

 レーメルやイズリ、それにアイスーンなどは刀を持っていなかった。


「身の安全のためみゃん。刀の携帯は強制されてるみゃん」


「俺もレーメルも持ってないぞ」


 するとレーメルはぷすっと笑った。

 そんな笑うようなことだろうか。大志はまだこの世界に来て浅い。知識も浅いのだ。


「戦闘ギルド以外が持つように言われてるみゃん。そんなの常識みゃん」


 どうやら、この世界では常識のようだ。大志たちは、この世界について知らないことが多すぎる。これでは、別世界からきたとバレてしまうのも時間の問題だ。

 なんとかしなければと思うが、今はそれどころではない。


「初めて知った。レーメルは物知りだな」


「だから常識みゃんよ!」


 レーメルが両手をぶんぶんと振る。その姿は、相変わらず可愛らしい。

 それにしても刀をさしていたのが、そんな理由だったとは驚きだ。カマラのように、いつ魔物が攻めてくるかわからないので、いいのかもしれない。


「あの刀を抜けば、その町の戦闘ギルドに連絡がいくようになってるみゃん。だから、非常を知らせる道具にもなるみゃん」


「便利だな。防犯ベルみたいなものか」


 しかしボールスワッピングのように戦闘ギルドが少ないところでは、連絡に気づかないということもありそうだ。


「ぼうはんべる……?」


 こっちの世界では存在しないもののようだ。

 レーメルは首をかしげ、何度も口に出す。しかし思い当たる物がなかったのか、顔をあげた。


「それは何みゃん?」


「いや、いいんだ。気にするな」


 詮索されるのは、大志としても困る。

 レーメルとは戦力的に今後も長い付き合いでいたいので、真実を知らせるわけにはいかない。


「よくないみゃん! 大志のことを、もっと知りたいみゃん!」


 はぐらかそうとしたら、腕を掴まれてしまう。もっと知りたいと言われても、大志にだって言えないことがあるのだ。

 しかし、上目遣いで見上げてくるレーメルに、口元が緩んでしまう。


「もっと、教えてほしいみゃん」


「……ごくり」


 大志の腕を拘束する、華奢な腕。そして僅かな胸。見上げる顔にはあどけなさが残っており、その目は期待に輝いていた。偶然にも、辺りには人の姿がない。


「もっと大志を知りたいみゃん……」


 ぐらり、と視界が動く。目眩にも近いその感覚に耐え、再び目を開けると、そこには服を脱いだレーメルがいた。なぜ脱いだのか。そんな疑問は浮かばない。勃起してしまったのである。


 しかしそれに気づいていないレーメルは腕にしがみついたままだ。不幸中の幸い。そのおかげで、レーメルの大事な部分は、大志の目には映っていない。


「よし、俺を教えてやる」


 大志はレーメルに、路地裏へと移動するよう提案する。するとレーメルは喜んで、近くにあった細い路地へと大志を引っ張った。そこは昼間でさえ、日があたることのないような路地だ。夜になりかかっている今は、そこは本当の闇になっている。覗いても、そこに何があるかすらわからないほどだ。


「それで、何を教えてくれるみゃん?」


「たっぷりと、俺を教えてやる」


 腕を振りほどき、レーメルの身体を壁へと押し当てた。

 痛かったのか、レーメルの顔は苦痛で歪む。そしてその時、レーメルは大志の異変に気づいた。


「な、何をする……みゃん……?」


「教えてほしいって言ったのは、レーメルだろ」


 レーメルの胸に手を当てると、そこには服の感触がある。透視をしているが、服がなくなったわけではないのだ。手を滑らせ、次は下の丘を目指す。しかしやはり服が行く手を阻んだ。もどかしくなり、服の感触を掴み捲り上げる。


「みゃァあアぁぁッ!」


「大声を出すなよ。誰かに気づかれたらどうする気だ?」


 レーメルの口を手で塞ぐと、もう片方の手を下の丘へと滑りこませる。ついには涙を流し始めたレーメルを鼻で笑うと、口の端が上がった。


「――おやおや、まるで別人じゃなが」


 突然聞こえた声に、大志は心臓が飛び出そうになった。そして、我に返る。

 目の前には、怯えたレーメルの姿。そして、ワンピースの裾を持った手がレーメルの口を塞いでいた。憶えていないわけはない。しっかりと憶えている。


「ち、違う。俺は……」


 レーメルの口から手を離し、裾を元に戻す。しかし、レーメルの大志を見る目は変わらなかった。

 声が聞こえなければ、きっと今頃どうなっていたことか。事前に抑えられたのは幸いだ。


「大志も男みゃん。わかってるみゃん……」


 胸が痛い。

 自分がしようとしていた最低の行為に、胸が苦しめられる。


「ほっ、本当に違うんだ。さっきのは俺の意思ではなくて、その」


「そんな慌てなくても大丈夫みゃん……。誰にも言わないみゃん」


 レーメルの目が下を向く。

 その目が大志に向くことは、二度とないようにも思えた。


「お邪魔じゃったなが?」


 闇の中に突如として赤い光が生まれた。突然の光に目が眩む。


「蝋燭じゃなが。しかし、こんな暗闇で火をつけるんじゃなかったなが」


 目が慣れてくると、一人の男の姿が目に入った。

 剛腕な身体に、いかつい顔。忘れるはずもない。物流ギルドの男だ。しかし口調が独特で、声も身体と似つかわしくない。


「もしかして、人探しのやつか?」


「そうじゃなが。それにしても、優しそうな顔のくせに意外じゃなが」


 どうやら、この男には見られてしまったらしい。

 明かりが少ないと思っていたが、暗さに慣れれば見えてしまうのかもしれない。


「さっきのは違うぞ。俺の意思じゃない。……って、そうだ! あんたに用があったんだ」


 男へと身体を向ける。いつまでもレーメルの顔を見てるのが、精神的にもつらいからだ。

 昼間と違ってフードを脱いでいる男は、しばらく悩んでから首を縦に振る。


「何の用じゃなが?」


「実は、また人探しの依頼をしたいんだ」


「ほう……。じゃが、それは明日にしたほうがいいなが」


 男はそう言って、大志の横へと指を向ける。


 その指の先を追っていくと、そこには身体を倒すレーメルの姿があった。もしかしたら、変な所を触ってしまったのかもしれない。

 レーメルの口元に耳を近づけると、小さな寝息が聞こえた。


「寝てる……のか」


 怯える心を殺し、レーメルの頬に触る。しかし反応はなく、ただ寝息を漏らすだけだった。

 安心して灯りのほうへ顔を向けると、すでに男の姿はない。


 残された燭台を持ち上げると、その下に一枚の紙がある。広げてみるとそこには小さな地図が描かれており、その中央部分に二重丸が描かれていた。


「ここに来いってことなのか?」


 悩むまでもない。あの男がこれを置いていったのなら、それしかない。まさか男が置いた燭台に、たまたま飛んできた紙が挟まったということもないだろう。

 紙をズボンのポケットにしまい、眠っているレーメルを背負った。まだ蝋燭は長く残っている。これなら城まで持ちこたえそうだ。




「遅いと思ったら、何やってるってん?」


 光の中に現れた海太の顔に、度肝を抜く。危うく地面に叩きつけるところだった。

 そそくさと細い路地を抜けると、そこはすでに夜になっている。人通りはなく、不気味なほど静かだ。路地を抜ける風の音が、妙に怖く感じてしまう。


「すまん。そっちはどうだ?」


「何もないってんよ。ルミセンなら泣き疲れて寝たってん」


「それならよかった。俺がレーメルと抜け出したのは、気づかれてないんだな?」


しかし海太は首を横に振る。


「執事みたいな男が来て、教えてたってんよ」


「なんだ、執事なんていたのか」


 ルミセンの城は広い。それに、ルミセンが家事をしているとは思えない。だから、そういった人間がいるだろうとは思っていた。しかし城で見たことがなかったので、不思議である。


「ほら、アクトコロテンでルミセンと一緒にいた男だってん」


 人力車を引いていた渋い男である。そういえば、ルミセンとずいぶん親しげだった。あれから見かけなかったが、どこに行っていたのだろう。

 レーメルとの外出がバレたということは、城にいたわけだ。それも出口までの道のりのどこかに。いくらなんでも存在感が薄いというか、なんというか。


「ルミセンは何か言ってたか?」


「特に何も言ってなかったってんよ。怒ってたってんけど」


 やはりレーメルを庇った上に、内緒で外出したとなれば、さすがに怒るか。なぜか崇められてるような気がしてたが、それは大志がルミセンの守護衛だったからのようだ。

 またレーメルがいじめられるんじゃないかと不安になる。


「レーメル……」


「どうしたってん? まさか、お得意の目移りってんか?」


「お得意って何だよ! ……あのことなら、謝っただろ……」


「謝って済むことじゃないってんよ。そのせいで、二条さんは……」


 すべてが大志のせいではない。あの時、大量の犠牲者が生まれたのは、当事者全員が悪かったのだ。お互いを疑い、お互いを信じられなかった。それがあの悲劇を繰り返してしまった。


 それがあって、大志は他人を疑っても悲劇が生まれるだけだと実感できた。しかし疑うことが悪だとは思っていない。時には疑うことも必要だ。だが、もう疑うことが怖くなってしまったのである。


「ま、もうこんな話をしても、意味がないってんな」


「……そうだな。悔やんでも、生き返るわけがないんだ」


 大志も海太も、詩真も理恩も、あの悲劇の当事者だ。生き残ってしまった、悲劇の終焉者。生き残ってしまった者は、悲劇を永遠に忘れることはない。


 レーメルの寝息を聞きながら心を落ち着かせ、足を進める。


「この世界では誰も犠牲にしたくない。イズリも詩真も、理恩もレーメルも救いたい」


「欲張りってんな。二兎を追うものは一兎も得ずってんよ」


「そんなの知ったことか。俺はすべてを得てやるさ。この手と、能力でな」


 せっかく手に入れた能力だ。存分に使わないともったいない。

 この世界に能力が存在するのは、きっと何かの意味がある。能力で人々に役目が割り振られ、それで平和が保たれているのだ。きっと大志の能力も、誰かのために生まれたはず。それがきっと今だ。


「もう、誰も失うつもりはない……」



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