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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-6 『蘇る刻』


「――トゥーミを知ってるでござるか?」


 聞こえるはずのない声に、耳を疑う。

 目を開ければそこには、トトがいた。周りを見れば、理恩、海太、詩真、ピルリンにレズにアイス―ン。みんな生きている。


「あ、れ……今まで、のは……」


「どうしたってんよ? いきなり叫ぶから、驚いたってん」


 どういうことなのか、理解ができない。現実を受け入れられないばかりに生み出した、妄想。もしくは幻想なのかと、海太に触れた。そこにはしっかりと海太がいる。他の誰でもない海太だ。


「具合が悪いなら、出発やめる? 嫌なら、行かなくていいんだよ」


「出発って……どういうことだ?」


 すると、トトの眉間にしわが寄る。そしてアイス―ンと顔を見合わせると、互いに首を傾げた。首を傾げたいのは、大志のほうである。

 周りを見れば、牛や豚などの鳴いていた。そこは紛れもなく、トトの家である。


「これから西区へ出発するでござる。……しかし第三星区にまで名が知れているとは、知ったらきっと喜ぶでござるよ」


「西区……? デザフェスはどうなったんだ?」


「デザフェスも知ってるでござるか。物知りでござるな。……そういえば、もうそろそろでござるな。呼ばれてるのは、そのことでかもしれないでござる」


 もうそろそろ。トトの言葉に、違和感を覚えた。デザフェスに備えて眠った。そして日が昇っているということは、デザフェスは今日のはずだ。それなのに、そろそろというのはおかしい。

 理解が追いつかない。まるで、時が遡ったかのような気分になる。


「どういうことだ……。レーメルとバンガゲイルはどこだ?」


「来てないってんよ。第一星区に来たのは、ここにいるだけだってんよ!」


 そんなはずがない。レーメルとバンガゲイルの姿は、海太だって見ているはずだ。何かがおかしい。大志の認識と、食い違いが起こっている。

 その理由は、おぼろげに理解していた。しかし、認められない。時が遡ったなんて、絶対にあってはならないのだ。


「……少し、休ませてくれ。それから出発でいいだろ?」


「気分が優れないのなら、仕方ないでござる。きっと急ぎの用事でもないし、一晩ぐらいなら待つでござるよ」


 もしも、本当に時を遡ったなんてことがあれば、世界の根底を覆すことになる。死は絶対に覆らない。蘇ることはない。それは共通の認識だったはずだ。それなのに、大志の前には死んだはずの者たちがいる。

 これがヴァンパイアクイーンの魔法なのかどうかはわからない。だからこそ、これが遡っているのかどうかを確かめる。レーメルとバンガゲイルがやってきたら、認めるしかない。しかしこなかったら、どちらかが大志の妄想だ。




「きてやったみゃんっ!」


 答えは前者である。トトの家で待つこと数時間。レーメルとバンガゲイルがやってきたのだ。つまり、西区へ出発する前まで時を遡ったのである。


「どうしたんだぁ? なんか暗いぜぇ!」


 バンガゲイルに肩を叩かれた。痛みもしっかりしている。大志もしっかりと生きているのだ。

 何もしなければ、傷つくのは大志ではない。だからこそ、今度はしっかりと動かなければならない。未来を知っているのは、大志だけだ。

 大志は、待たせていた仲間に視線を送る。


「よし! これから西区に行くぞ!」


「……もう大丈夫でござるか? 一日休んだほうがいいでござるよ」


「そういうわけにもいかないんだ。西区でトゥーミが待ってるんだろ? なら、早くいかないとだ!」


 この時の大志がトゥーミを知っているなんて、あり得ない話だ。しかし、最初にトゥーミの名を言ってしまったからには、知らないと通せるはずがない。

 元気になった大志を見て、それぞれ立ち上がる。


「それじゃあ、行くってんよ」


「ご主人様が元気になって、なによりですよーっ!」


 今回もアイス―ンを残し、西区へと出発した。しっかりとセロリもついてきている。前回と違い、レーメルとバンガゲイルと合流してからの出発だ。だからレーメルたちがヴァンパイアと交戦することもないし、バンガゲイルが操られることもないだろう。


「出発が遅れたが、日が沈む前には西区につく予定でござる。……ところで、トゥーミについてはどこで知ったでござるか? それにデザフェスについても。他の星区に知らせたことはなかった気がするでござる」


「あぁ……ほら、俺の能力。触ったものから情報を得られるんだ。それで、ちょっとな」


 苦し紛れのいいわけ。しかし、これ以上にないほどの出来栄えだ。能力で知り得たと言えば、トトにそれを確かめるすべはない。受け入れるしか選択肢はないのである。

 すると、トトは少し悲しそうな表情をした。


「そうでござるか。第三星区まで噂が流れたわけではないでござるか……。ぬか喜びしてしまった自分が情けない。これでは、トゥーミも喜ばないでござるな」


「あ……ごめん。でも、トゥーミのデザートはすごい美味しいんだろ? すごい食べてみたいぞ」


「その言葉は、拙者ではなくトゥーミに聞かせてあげてほしいでござる。トゥーミは少しばかり自分の才能に自身を持っていない。だからこそ、そういう些細な言葉でも喜んでくれるでござる」


 それはなんとなくだが、わかっていた。デザフェスに出すケーキのデザインをトトに頼るほどだ。しかしあれから自作し、前日には完成していた。それは才能があるか、よほどの努力家にしかできないだろう。そしてトゥーミにはその両方があった。だからきっと、素晴らしいものができていたはずだ。


「あっれぇー? トト様じゃねえっすかぁ!」


 流れる床に乗って中央区に向かっていると、薄い水色の髪をした男がうしろから走ってきた。


「どうしたでござるか? 北区に行っていたようだが、いつものでござるか」


「そうなんすよぉっ! しかもねぇって言われたんで、そこらで買って帰るんすよぉ!」


 男はそれだけ言うと、走っていった。ずいぶんとトトと親しそうだったが、しっかりとトトに様をつけて呼んでいた。トトも上下関係には厳しくないようなので、気軽に話しかけるのだろう。どこかのイパンスールとは大違いだ。


「さっきのは誰なんだ?」


「ああ、ゾルヒムでござるよ。レイウォックに片想い中らしくて、機嫌を取るためにいろいろといいように使われてるらしいでござる」


 そんな人物との接触は、前回になかった。出発が遅れたので、前回と多少の誤差があるのはしかたのないことである。


「レイウォックって、トゥーミと(きそ)ってるやつか?」


「……そんなことまでわかるでござるか。そうでござる。レイウォックとトゥーミは、僅差で抜き抜かれを繰り返している。今までの一位が欠場なので、二人とも張り切ってほしいでござるよ」


 トトはあくまでも公平で、どちらかに肩入れしてはいけないようだ。


「ゾルヒムってやつも、人を見てもなんともなかったな。人は受け入れられつつあるのか?」


「そうだったら、どれほどよかったことか。ゾルヒムは、レイウォック以外のことに興味がなさすぎるだけでござるよ」


「うわっ……」


 理恩が声を出した。醜いものを見たかのような声に、耳を疑う。

 たしかに気持ち悪いかもしれないが、ゾルヒムにはゾルヒムなりの想いがあるのだ。それで平和が保たれているのだから、それでいい。


「レイウォックにその気があればいいけど、なかったとしたら、ただ気持ち悪いだけよ」


 詩真にも言われてしまい、ゾルヒムが可哀そうだ。すれ違っただけの人に散々言われるなんて、これほどまでの屈辱もないだろう。

 いつもは優しい面しか見ていないからか、こうも辛辣になると、返す言葉すら出てこない。


「ピルちゃんはいいと思いますよーっ! 無類の愛をくれるなら、ピルちゃんはいいと思います!」


「そっ、そうだよな! いいと思うよなっ!」


 ピルリンだけはゾルヒムの味方のようだ。こんなに大勢の中でピルリンしかいないというのは少し悲しい気もするが、いないよりはいいだろう。


「なんとも言えねえぜぇ。……すたぁをそうには思えねえし、そもそもルミセンだってなぁ……」


「好きになってくれたやつを好きになれば、そんなこと起こるはずがないみゃんっ!」


 バンガゲイルは話が離れた場所へと行ってしまっているし、レーメルにいたっては別の話をしている。これだから人は嫌われるのかもしれない。

 レズは終始無関心で、海太は頭を抱えていた。


「どうした、腹が痛いのか?」


「頭だってんよ! いや、頭痛じゃないってん。考えてたってんよ。二条さんに、嫌われてたんじゃないかって。気持ち悪がられてたんじゃないかって。悲しむべきなのか、特別な感情を抱いてくれたと喜ぶべきか、迷うってん」


「聞いといて悪いが、どうでもいいことだな」


 海太もバンガゲイルと同様で、ゾルヒムとは関係のないことを考えていた。それに、そんなのは直観的にわかることである。悩むということは、どちらでもないということだ。




 店につく頃には、夕方になっている。ちょうど店を閉めているトゥーミに出会い、周りの目を気にするように店内へと案内された。


「トト様が来てくれたのは嬉しいですが、この方たちは……?」


「拙者の客でござる。もうじきデザフェスもあるので、しばらく二階の宿で泊めてほしいでござる」


「え、きょ、今日からですか? ま、待っててください。片付けてきます!」


 片付けに行こうとするトゥーミの腕を掴む。細い腕には温もりがあり、しっかりと生きていた。ヴァンパイアの目的である首の模様は、やはりマフラーで隠されている。しかしヴァンパイアが集めるほどのものだ。情報を得ようとして弾かれたら、言い繕う言葉もなくなる。


「どっ、どうしたんですか……?」


「俺たちが無理を言ってるんだから、俺たちが片付ける。それに、ケーキが食べてみたいんだ。ここのケーキが美味しいって聞いて、どうしても食べたいんだ」


 すると、トゥーミの目が輝いた。それが涙で潤んだせいだと気づくのは、そう時間のかかることではなかった。

 トゥーミの手がゆっくりと震えながらあがり、指を伸ばした手が額にあてられる。


「あ……ありがとう、ございますぅ……」


 それからしばらくして、大志にイチゴのショートケーキが手渡された。複数ある中でどれにしようか迷っていたトゥーミは、可愛かった。どこがとは言えないが、少女らしさが感じられて新鮮だった。

 そしてわざわざテーブルや椅子まで運んできてくれるという、至れり尽くせり。そこまで大志の言葉が嬉しかったのだろう。


「どっ、どうですか……っ?!」


「いや、まだ食べてない。見た目も綺麗だし、味だって美味しいに決まってる」


 二層のスポンジがイチゴとクリームを挟み、それをクリームが包んでいる。

 フォークを入れてみると、何の抵抗もなく、まるで空を切っているかのようだ。そして切り分けたものを口へと入れる。

 途端に、口いっぱいに甘みが広がった。スポンジとクリームが絡み合い、溶け合う。それはまるで、飲み物を口に含んだかのような感覚だ。

 しかしそんな甘さの中に、ひっそりと身を隠しているものがある。イチゴだ。小さく切られたイチゴの酸味が、クリームの甘みをより引き立たせている。互いを高めているイチゴとクリーム。そしてそれを支えているスポンジ。すべてが合わさり、ケーキとしての味を一層高めているのだ。


「すごい美味しいな。これなら、いくつでも食べられそうだ」


「ありがとうございますっ!」


 他のみんなにも食べさせてくれないかと頼むと、返事をするよりも先にケーキが出された。こんなに食べて総額いくらになるかわからないが、いざとなったらレーメルの懐から出してもらうので安心だ。


「ひゃーっ! おいしいですよーっ!」


「たしかにおいしいみゃん。ティーコにも食べさせてあげたいくらいみゃん」


「あぁ、おいしいぜぇ。シロに食べさせたら、きっと喜んだだろうぜぇ……」


 一人でハイテンションになっているピルリンに、次から次へとケーキが運ばれてくる。前回の時は食べたかったと嘆いていたが、実際に食べさせるとまるでブラックホールのようだ。


「そんなに食べさせて大丈夫か? 店に並べる分がなくなるだろ」


「なくなったら作ればいいだけです! 目の前に食べたいと言っている人がいるんですから、食べさせてあげないのはよくないことです!」


「あまり食わせすぎると、レーメルの懐が寒くなるだけだぞ」


 すると、レーメルに頭を叩かれる。


「なんでみゃん?! 大志が払えばいいみゃん! 大志が払うべきみゃん!」


「食っといてそれはないだろ」


「大志も食べたみゃん!」


 どうやら、レーメルは出してくれなさそうだ。しかしそれ以外に金をもってそうなのというと、バンガゲイルぐらいである。ピルリンは金というシステムを知っているのか危うい。そしてレズは、スク水のどこかに金を入れているとは思えない。


「払うのは別に構わねえぜぇ。だがなぁ、金は持ち歩かねえからな」


「……なんだよ。誰も金持ってないのかよ」


 すると、レーメルは呆れた様子でポケットからがま口財布を取り出した。そしてその中から五枚のコインを取り出すと、トゥーミに渡す。

 そのコインに視線を落としたトゥーミは、停止した。


「どうしたんだ?」


「……あの、こっ、こんなにもらって、いいんですか?」


 トゥーミの手が震える。それがどれくらいなのか、大志にはわからない。

 そんな様子を見たレーメルがコインを取り戻そうとすると、すんなりとかわされてしまう。そしてトゥーミはしっかりと握りしめ、コインを自分のものだと主張した。


「物価がわからないから何とも言えないんだが、どれくらい余分だったんだ?」


「いっ、いえ、ぴったしです! 足りないくらいですよっ!」


 こんなにと言ったり、ぴったしだったり、足りなかったりと、変動しているのはケーキの値段なのか、金の価値なのか。

 レーメルは財布の中からもう一枚取り出すと、トゥーミに差し出す。


「これで足りるみゃん?」


「はっ、はいっ! もちろんです!」


 レーメルの出した金をとると、トゥーミの頬は緩んだ。たとえ多く払っていたとしても、損をするのはレーメルだし、それでトゥーミが喜ぶのなら大志に問題はない。




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