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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第五章 偕楽の異世界
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5-5 『壊滅の戦い』


「魔法って、ヴァンパイアしか使えないんだよな?」


 トトの家まで行ってみたが、変化はなかった。アイスーンにも変わった様子はなく、どこか荒らされた様子もなかった。

 森で戦闘した者たちの足取りは掴めないまま、太陽は沈む。


「そうですよ。エルフに使えるほど、簡単じゃないですっ」


「それはエルフに失礼じゃ……」


「いや、それでいいでござる。魔法は、知力や握力が優れていても使えるものではない。魔力を持っていることが、魔法を使う絶対条件でござる。ヴァンパイアの消化器官には、血液を魔力に変換する特殊な性質があるでござるよ」


 そう言って、紅茶をすすった。

 魔法を使うには血が必要とだけ聞いていたので、そんなことは知るはずもない。魔物も魔法を使っていたと聞いたから、魔力があったのだろう。ヴァンパイアには、もしかしたら魔物の血が流れているのではないかと疑心を抱いた。


「なら、ピルリン以外のヴァンパイアがいるってことだな。バンガゲイルが苦戦するってことは、大勢いたって考えていい」


「一番不安なのは、目的がわからないことでござる。明日がデザフェスの開催日だというのに、スマ隊以外にも厄介が増えるとなると大変でござるよ」


 ヴァンパイアの目的については、ピルリンでも見当がつかない。

 スマ隊については、まったく情報が得られていない状況だ。せっかくの大志の能力も、手掛かりがなければ得られることはない。


「デザフェスは明日なのか。なら、明日の警護のために身体を休めるべきだな。俺たちも力を貸す」


「それは心強いでござる。だが、人である以上、目立った行動をするのはよくないでござる」


「まあ、それはなんとかなるだろ。傍観してるほうが反感を買いそうだしな。……それに、こっちにはピルリンがいる。向こうと同じことができるなら、これ以上にない助っ人だろ?」


 するとトトは静かにうなずいた。そこにトゥーミもやってきて、敬礼をする。

 了解してくれたと思っていいようだ。大志の能力は使い物にならなかったとしても、海太の能力や詩真の能力は強力だ。いざとなったら、二人に協力してもらえばいい。


「わかったでござる。これで、人への嫌悪もなくなればいいのだが……」


「デザートの準備もできましたので、あとは明日を無事に迎えられればいいだけですっ!」


 トゥーミの首についても、ヴァンパイアが何かしているのは明白だ。情報を得られればいいのだが、無理やり首に触るわけにもいかない。見ようによっては、首を絞めているように勘違いされてしまいかねない。


「そういえば、レズがいないな。またどこかをフラフラしてるのか。……まあ、いつか帰ってくるか」


 それはいつものことのように、気にすることでもないかのように、受け入れられた。そして誰もその言葉を否定せずに、その日が終わる。

 その日の夜は、とても静かだった。




「いってぇぇええっ!」


 腕に感じた痛みが、大志を現実へと戻す。

 腕を見れば、そこにはセロリがいた。セロリが腕に噛みついている。まさか寝ている間に食われそうになっているとは、言葉も出ない。


「魔物やめるんじゃなかったのかよ……。ってか、離せ!」


 腕を振るうと、セロリは簡単に離れた。腕にはしっかりと牙で開けられた穴があり、お遊びで済む話ではない。


「寝てる場合じゃないぞ。てめえは殺気すら感じ取れねえのか?」


「寝言は寝てから言ってくれ。まだ朝にもなってないだろ」


 大志は再び寝ようとするが、そこで隣のベッドにいるはずの理恩がいないことに気づいた。トイレに行ってることもありえるが、妙に胸が騒がしい。

 部屋の扉も開いている。そしてその先から、けたたましい金属音が聞こえてきた。それも一度ではなく、何度も不規則に聞こえてくる。


「何が、あったんだ……?」


 大志はようやく異変に気付き、ベッドから起き上がった。いなくなった理恩。そして夜中に不自然な金属音。予感は不安へと変わり、大志の足を動かす。

 先導するセロリについて廊下に出ると、そこには点々と赤い雫が垂れていた。それが血ではないと考えるなんて、愚かではなく、ただのバカだ。


「こっちだ!」


 金属音の聞こえてくるほうへと、セロリが進む。しかし、大志の足は反対へと進んでいた。

 床にあった血は、理恩のものではない。レーメルの血が流れていたのだ。レーメルが負傷したのは紛れもない事実。誰がそんなことをしたのか。考えるよりも、確かめたほうが速い。だから大志は、レーメルが寝ていた部屋へと向かう。


「どうして……」


 床にあった血は、レーメルの部屋へと続いていた。扉の開けられたレーメルの部屋へと入る。敵がいるかもしれないなんて、考える暇もなかった。

 そして大志の目に映りこんだのは、血まみれの部屋。その中央で、全身を赤く染めたピンク髪の少女が横たわっている。しかし、そんなことはあってはならないのだ。


「回復の力は……どうしたんだよ……」


 レーメルの胸部には、ぽっかりと穴が開けられている。その穴が塞がることはない。開いたままの穴が、大志に現実を見せつけた。

 腕を伸ばす。それが嘘であってほしくて、レーメルに目を開けてほしくて。しかしその手は、レーメルに届かなかった。膝を崩し、手をつく。


「誰がッ、こんなこと……ッ!!」


 どうにもできない怒りと悔しみをぶつけるように、床を殴った。すると、床に広がっている血を介して、レーメルの情報が流れてくる。流れてきた情報を信じることができず、涙をこらえて立ち上がった。

 その部屋には二つのベッドがある。一つはレーメルが寝て、もう一つはバンガゲイルが寝ていた。しかしその部屋にいたのは、レーメルだけ。バンガゲイルの姿が、なくなっている。


「嘘だろ、バンガゲイル……」




 刀と刀がぶつかり合う。

 バンガゲイルの刀と海太の刀が振り合うたびに、鋭い音を奏でた。


「やっと起きたってんか。遅いってんよ!」


 そこにいたのは、バンガゲイルと海太だけではない。トトにトゥーミ、理恩もそこにいる。店の厨房で、バンガゲイルと戦っているのだ。


「詩真はどうした?!」


「詩真ちんは、ぐっすり寝てるってんよ! 怪我はないってん!」


 ここにいないということは、詩真も大志と同様で気づかずに寝ているのだろう。それなら安心だ。心配だった要素が一つ減る。

 バンガゲイルは我を忘れた様子で、まるで獣のように海太を睨んだ。


「どうしたんだよ、バンガゲイル!」


 しかし、バンガゲイルは反応すらしない。

 片方の手で刀を持ち、もう片方の手を振り上げる。そのあとどうなるかなんて、考えるまでもない。バンガゲイルには脚力強化と腕力強化の能力がある。今のバンガゲイルからは、敵意しか感じられない。仲間とすら思っていないはずだ。


「セロリっ!」


 言うが早いか、バンガゲイルの腕にセロリが噛みつく。その隙に海太はバンガゲイルから距離をとるが、振り払われたセロリは壁に打ちつけられた。

 触れさえすれば、目的を知ることは楽である。しかし、今のバンガゲイルに触ろうとするのは、自殺行為に等しい。


「このままでは、ジリ貧でござる。なにか、いい方法は……」


 そんなトトのうしろで隠れているトゥーミは、喉を押さえていた。それは、ピルリンが魔法を使った時と同じである。


「もしかして魔法で操られてるのか?」


「可能性はあるでござる。だが、それがわかったところで何もできないでござるよ」


 こんな時にピルリンがいない。詩真と同様で、眠っているに違いない。

 考える隙など与えてくれず、バンガゲイルは飛び上がった。その落下地点にいるのは、トト。


「そうはさせないってんよ!」


 バンガゲイルを防ぐように、刀を上に突き出した。しかしそれは、バンガゲイルの拳によって壊されてしまう。

 手を伸ばしても、もはや遅い。バンガゲイルの拳が、トトの腕を半壊させた。そして片腕を犠牲に、なんとかバンガゲイルの射程から逃れる。


「ぐっ、ぅっ……」


「よくもトトをっ!」


 バンガゲイルを殴った。セロリに噛まれたせいで力の入らない右腕と、鋼鉄の義手で殴り続ける。しかし、どれもバンガゲイルに痛みを与えられていない。ビクともしないバンガゲイルを見れば、わかってしまう。バンガゲイルの頑丈さと、自らの非力さを。


「危ないってんよ! ここは俺に任せて、大志はみんなと逃げろってん!」


 海太に蹴飛ばされ、転がる大志を理恩が受け止めた。

 すがる思いで理恩の手を握る。どうしても逃げたくなかった。逃げれば、また何かを失う。だから、理恩にだけには肯定してもらいたかった。


「逃げるなんて、できない」


「ダメだよ。ここは海太の言うとおりに、逃げるんだよ」


 理恩にまでそう言われ、大志は落胆する。

 海太だけを残し、外へと逃げた。空にはいまだに月が輝いており、大志たちを照らす。海太だけを残すなんて、見殺しにしているようなものだ。


「逃げてどうにかなるわけではないでござる。だが、逃げなければどうにもならなかったのも事実でござるよ」


「で、でも、海太は大切な仲間なんだっ!」


「関係ないでござる。大切な仲間だろうと、ずっと一緒にいられるわけではない。別れなんて、いつくるかわからないでござる。生きていれば、こんなことは何度もある。その度に泣いていては、すぐに涙が枯れてしまうでござるよ」


 腕から血を流しているトトは、苦しそうな表情をしながらそう言った。

 別れが突然くるなんて、言われなくてもわかっている。わかっているが、もしかしたら助けられたかもしれない。そうやって悔いが残るから、逃げたくないのだ。


「大志……これ……」


 理恩の足が止まる。そしてトト、トゥーミと足が止まった。

 全員の視線の先には、ピルリンがいる。空高く、よく照らされるように、死んでいた。細く長い鉄の棒が胸を貫き、地面に刺しこまれていた。


「ピルリンまで、死んだ……のか?」


 ピルリンは寝ていたわけではなかった。大志たちに隠れて、戦っていたのだ。ヴァンパイアと戦い、そして敗れた。

 つまり、敵のヴァンパイアはまだ生きている。


「あら、坊やたちはまだ死んでなかったのね」


 動けないでいた大志たちのうしろから、女の声が聞こえた。今までに聞いたことのない女の声は、大志たちを怯えさせるには十分すぎるほどである。

 ゆっくりと首を動かし、その姿を捉えた。白い翼が生えている。そして赤い瞳が輝き、口には牙が見えた。


「そんなに怯えなくていいのよ。それとも、あまりの美しさに何も言えなくなったのかしら? ふふっ、かわいいわね。私のことはヴァンパイアクイーンって呼んでくれていいわ」


「ヴァンパイア……クイーン……?」


「あら~、ちゃんと言えるなんていい子ね。気に入ったわぁ」


 ヴァンパイアクイーンと自称する女の手が、頭に触れる。そして優しく撫でた。赤い目が大志を捉え、大志も赤い目を見つめる。不思議な感覚に酔いそうになると、隣にいたトトが倒れた。

 おかげで大志の身体は自由になり、倒れたトトに手を伸ばす。しかし、触れたその時には、すでに遅かった。すでに死んでいる。六芒星が守ってくれなかったのだ。


「どうして、こんなことをしたんだ!」


「そっちの坊やより、あなたのほうが先に言ってくれたから。ただ、それだけよ」


 ヴァンパイアクイーンの指が、大志の頬を撫でた。

 ヴァンパイアに魔法があり、その魔法がとても強力なことは知っている。しかしそれが、こんなことに使われるなんて考えてもいなかった。これでは、魔物よりも性質(たち)が悪い。


「命はそんな軽いもんじゃない! トトを元に戻せっ!」


「うふふっ……。若いわねぇ。死というものは、絶対に上書きできない事柄なのよ。一度死んだものを蘇らせるなんて、それこそ神にしかできないんじゃないかしら?」


 そんなことは嫌というほどわかっている。だからこそ、ヴァンパイアクイーンの(おこな)いを許すことができなかった。

 ヴァンパイアクイーンの腕を掴み、睨みつける。


「お前は、魔物以下の存在だッ!!」


「あらあら、会ったばかりなのにひどいわ。……でも、今日は気分がいいの。あなたと、そっちの女は生かしてあげる」


 ヴァンパイアクイーンが指差したのは理恩。大志と理恩は殺さないと明言された。しかし、トゥーミは違う。トトが殺されても、トゥーミはまだ生きている。それを殺すなんて、許さない。

 なのに、大志の身体はピクリとも動かなくなっていた。それが魔法のせいであると気付くまで、それほど時間はかからなかった。


「そこで見ていなさい。私たちが求めていたのは、この子なの。この子さえ差し出してくれれば、こんなにも被害を出すことはなかったのにね」


 そこにバンガゲイルが現れる。海太が足止めしているはずのバンガゲイルが、腕にわずかな傷を残してやってきたのだ。

 そしてバンガゲイルは、トゥーミの頭を掴む。そして軽々と持ち上げると、その首に巻かれていたマフラーを無理やり剥がしとった。


「うぅッ……うっ、ァッ……」


 トゥーミの首には、六角形の左右に『へ』のくっついているような模様が描かれている。そんな模様は、見たこともない。

 その模様を見たヴァンパイアクイーンは歓喜の声を漏らし、バンガゲイルに命令した。


「その子を早く殺して」


 その直後、バンガゲイルの腕が胸を貫く。そしてトゥーミの口から血が溢れだし、死んだ。

 バンガゲイルは、ヴァンパイアクイーンに操られている。バンガゲイルと森で戦ったヴァンパイアは、ヴァンパイアクイーンなのかもしれない。だから、バンガゲイルが操られた。


「なんなんだよ! ヴァンパイアは何が目的なんだよッ!」


「私の仲間になるというなら、教えてあげてもいいわ。……でも、今は無理そうね。機会があれば、また会いましょ。その時に気持ちが変わっていれば、嬉しいわ」


 大志に投げキッスをすると、トゥーミを抱えて空へと飛んでいく。その姿は、あっという間に小さくなり、それからどこに行くのかさえもわからない。

 誰も助けられなかったのだ。理恩以外誰も、助けることができなかった。


「トゥーミィィイイッ!」



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