5-4 『魔法反応』
「やっと……ついた、みゃん……」
もしもに備えて血を吸わせていたのに、森から出てきたのは、バンガゲイルを背負ったレーメルだった。
レーメルはその場で倒れると、疲れからか眠ってしまう。しかしレーメルよりもバンガゲイルが問題だ。身体中から血が流れ出て、足は曲がらないほうへと曲がっている。
「治せるか?」
「死んでさえいなければ、大丈夫ですっ! 血はいっぱい必要ですけどっ!」
バンガゲイルの傷口が塞がっていく。出ていた血は内側へと消えていった。そしていつもどおりのバンガゲイルに戻る。
しかし、完全に治ったわけではない。十分な睡眠と栄養のある食事をしなければ、立ち上がることすらできなくなるようだ。
「ご主人様……」
「あの店に帰るしかない。休める場所なんて、あそこしかない」
たとえトゥーミが苦しむとしても、バンガゲイルを見捨てるわけにはいかない。今までバンガゲイルには、世話になり続けてばかりだった。だから、これから恩を返すためにも、バンガゲイルには元気でいてもらわなければ困る。
店につくと、トゥーミは落ち着いていた。ピルリンを見ても、苦しそうな表情をしない。
店の二階は宿舎になっていて、そこの一室にバンガゲイルを運ぶ。一部屋に二つベッドがあったので、片方にバンガゲイルを寝かせ、もう片方にはレーメルを寝かせた。
「どうして怪我をしたってん?」
「わからない。でも、森から出てきたんだ。どんな理由かは知らないけど、森の中で何かがあった。魔物か、もしくは別の何かか。レーメルもきっとバンガゲイル並みの怪我をしていたけど、治ったんだ」
バンガゲイルのみならずレーメルまでも苦戦をしいられるほどの強敵。そんな存在と遭遇した時、大志に勝ち目はあるのか。
そんな大志の手に、理恩が触れる。大志の手は、震えていたのだ。
「大丈夫だよ。私がついてるよ」
「……逃げちゃ、ダメなんだ。逃げれば、それだけで運命は牙をむく。俺から幸せを奪っていく。……だから、俺は……ッ!」
理恩の手を強く握る。大志には何の力もない。しかし、それで逃げていいことにはならない。この手の温もりが消えないように、運命に抗うのだ。
「落ち着くでござる。魔物が襲ったという可能性は低いでござる。この2人の強さは、多少だが知っている。人の中でもトップ級に強い。そんな2人が、スプリガンにおくれを取るとは思えない」
「スプリガンって魔物か。それに襲われたんじゃないなら、誰にやられたんだ?」
「……スマ隊の仕業かもしれないでござる。確実とは言えないが、可能性の一つでござるよ」
トトはそう言って、ため息を吐く。
どちらにせよ、バンガゲイルとレーメルが負けたことに変わりはない。それほどの手練れが、スマ隊にいるかもしれないのだ。それだけで、脅威になり得る。もしもオーラル教と手を組んだりしたら、さらにややこしくなってしまう。
「スマ隊か。情報を集めないとだな」
「ッ、何をする気でござるか? 人がエルフに手をあげれば、エルフたちの人への嫌悪はさらにひどいことになるでござる!」
「だから、どうした。もしそいつらに二人がやられたなら、これは第一星区だけの問題じゃない。嫌うなら嫌ってくれていい。俺は二人の敵をとる。それは間違ってることか?」
すると、トトは口を閉ざした。
敵討ちなんて、悲しみを生むだけだ。そして悲しみは悲しみを生む。しかし、それでいい。オーラル教を、大上大志プロジェクトを潰そうとするのも、敵討ちだ。誰かに恨まれることはわかっていても、目を閉じるなんてできない。
「よく言ったってん。大志について行くってんよ」
「ついてこられてもな……。じゃあ、それぞれでスマ隊について調べるってことで頼む。……でも、できるだけ目につく場所でな。これ以上被害を出さないためにも」
それから日が落ち、あがって新しい一日が始まる。
朝の陽ざしが、眠っていた大志を照りつけた。
「なんでカーテンないんだよ……」
「二度寝させないためみゃんっ!」
ものすごい力で身体をひかれ、ベッドから落ちた。激痛が、大志の目を無理やり覚まさせる。そしてその原因は、レーメルだ。
一日眠っただけで、レーメルはピンピンしている。自己回復で完治していたレーメルは、ただ眠たかっただけなのだ。
「いってぇ……その様子だと、元気そうだな」
「当たり前みゃん。それより、ここはどこみゃん? まったく記憶がないみゃん……」
頭を抱えるレーメルに見下ろされながら、上体を起こす。レーメルがなぜここにいるかなんて、聞きたいのは大志のほうだ。
露出したレーメルの太ももに触り、レーメルが来た経緯を探る。
「殴っていいみゃん?」
「記憶がないっていうから調べようとしてるのに、恩知らずだな。なになに……、あー、ペドの能力で、バンガゲイルと一緒にトトの家へ行ったみたいだな。それで俺たちが出発したあとだったから追うことになり、先回りしようと森に入ったわけか」
あと数時間出発を遅らせていれば、レーメルたちと合流してからの出発になったのだ。しかし、先回りしようと森に入るのも、頭がどうかしている。
「……おかしいな。森に入ってからの情報がない。そこが一番知りたいのに、どういうことだ? 寝てたのか?」
「いやぁ、そんなはずはない……と、思うみゃん。覚えてないから、わからないみゃん!」
森から出てきたレーメルは、バンガゲイルを抱えていた。何かあったのは間違いないけれど、肝心の情報が綺麗さっぱりなくなっている。まるで、何者かが意図的に抜き取ったかのようだ。
すると、隣のベッドで寝ていた理恩が起き上がり、大志を見る。大志の手はレーメルの太ももを撫で、レーメルはそれを黙認していた。
「おはよう、大志」
理恩はそれだけ言うと、部屋を出ていく。怒った様子はなかった。
「やけに元気そうだったみゃん。まさか、見えなかったわけじゃないみゃん?」
「理恩も大人になったってことだろ。こんな子ども相手に怒っても、仕方ないからな」
直後、大志はベッドの上へと投げられていた。わざわざ落としたくせに再び上げるなんて、また落とすに決まっている。
しかしそんな予想は外れ、大志の隣に座った。
「私も立派な大人みゃん。その証拠、見たいみゃん?」
レーメルの目が、大志を覗きこむ。今まで共に戦ってきた仲間が、この世界に来て初めて仲間になってくれた少女が、こんなにも近くにいる。
「証拠ってなんだよ……」
「身体は子どもだって認めるみゃん。……だから、行動で大人だと認めさせるみゃん」
頬に、小さな手が触れた。そして目の前には、緊張からか目を俯かせるレーメルがいる。
ゆっくりと顔をあげ、それと同時に顔が近づいてきた。考えるまでもなく、レーメルのしようとしていることがわかる。しかし、たかが子どもとからかったくらいで、そんなことをするとは考えられない。
「冗談はよせよ。笑えないぞ」
「これが、冗談に見えるのかみゃん?」
レーメルとの距離は縮まっていく。なぜこんなことになったのか、理解ができない。
たしかに少し前は、たとえ一般庶民であっても、不良であるレーメルが逆らうことは許されていなかった。相手が緊縛などの偉い立場ならば、なおさらだ。しかしそれは、すでになくなっている。大志が自らの手でなくしたはずだ。
「お、おい……」
すると、レーメルの動きは止まった。
鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くまで接近して、停止する。どうしたらいいかわからない大志には、その時間がまるで無限に続くかのようにも思えた。
しかし、レーメルは首を回し、ベッドの隣に目を向ける。そこには、セロリが座っていた。
「……この犬、どうしたみゃん?」
「どうしたって言われてもな。トトのところにいたのが、ついてきたんだ。名前はセロリだ」
そう言うと、レーメルは大志から離れる。そして何も言わないまま、部屋を出ていった。
何があったかわからないが、結果的にセロリに助けられてしまった。
「てめぇ、いくつ女を囲いやがる?」
「そういう言い方はやめろよ。俺が好きなのは理恩だけだ。他は、ただの仲間だ」
「なら、一つだけ忠告だ。仲間だからって、無条件で信じるんじゃねぇ。どうも嫌な臭いがして、気に障る。これは、血の臭いだ。それも1や2なんて数じゃねえ」
その言葉に、耳を疑う。仲間が殺しをしているなんて、はいそうですかと受け入れられるわけがない。
理恩たちは、常に一緒にいた。だからあるとすれば、ピルリンかレズ、それにトトかトゥーミ。どれも強く否定できないので、そこが怖いところである。
「それって、俺じゃないよな?」
「違う。そもそも、てめぇにそんな度胸はねえだろ!」
血の臭いがするからといって、必ずしも誰かを殺すとは限らない。しかし、誰かが殺されたあとでは遅い。セロリを置いて、部屋を出た。
「それじゃあ、行ってくるね」
朝食をご馳走になった大志たちは、それぞれスマ隊について調べ始める。
西区の外にはできるだけ行かないようにと釘を刺したので、問題が起こったとしても西区内だ。それならば、トトが現地につくまでの時間も少なくて済む。
「気をつけてな」
理恩や海太たちに別れを告げると、それぞれ行動を開始した。
「それじゃ、頼むぞ」
「はいっ! ピルちゃん頑張っちゃいますよーっ!」
デザフェス用のケーキを制作しているトゥーミに迷惑をかけないよう、店からだいぶ離れた場所から空へと飛びあがる。
大志には、どうしても調べたい場所があった。そこに一人で行くのは危険なので、ピルリンを付き添いに選んだのだ。
「記憶がないのはわかるんだ。だが、情報が丸々ないってのはおかしいだろ?」
「うぅぅ……そういう話はよくわからないですよぉ」
ピルリンは、またもセロリを抱きかかえている。部屋に閉じ込めたはずなのに、いつの間にか出てきていたのだ。
「きっと森に何かが隠してあるんだ。それを見たから、森に入ってからの情報を消されたんだ」
「そんなことがエルフにできるんですか? 千冠は噂で聞いたことありますけど、そんなにすごいことはできなかった気がするですよーっ!」
「エルフにだって能力を使えるやつがわずかにいる。能力だったら、できるはずだ」
大志が向かっている場所とは、レーメルたちが通ってきた森である。バンガゲイルの傷からして、大きな戦闘があったに違いない。上空から見ていれば、その場所がわかるはずだ。
そして予想通り、木々が何本も倒されている場所を発見した。
「あそこですねーっ! 降りますよー!」
それを合図に、下降を始めた。
近づけば近づくほど、戦闘の惨たらしさが見えてくる。
ひっくり返った木に血が付着していた。その周りには複数の折れた矢が散乱して、地面には小さなクレーターができている。
「ひどいな……。いったい誰がこんな……」
血のついていた木に触れて、情報を得ようとした。しかし不思議なことに、その木にすら情報がなかったのだ。ここまでの被害があれば、ここで戦闘があったのは明白である。つまり、ここでの戦闘は隠す必要がない。誰が、何をしていたかが知られてはいけないことだったのだ。
「ここまできたのに、何も収穫なしは納得いかないな」
「ご主人様……ここ、早く逃げたほうがいいみたいですよ……」
何かを感じ取ったのか、ピルリンは辺りを見回しながら怯える。
大志には何もわからないが、ピルリンが言うのだから普段とは違う何かがあるのは間違いないはずだ。そしてそれは、魔法を使えるピルリンでさえ怯えるほどのものである。
「わかった。レーメルたちの二の舞になったら、それこそダメだ。帰るぞ」
ピルリンの魔法で飛び上がった。しかし、高くまで上昇しない。何かに押し返されるように、重い何かがのしかかる。
そのせいで、ピルリンに焦りが見え始めた。出力をあげたところで、その層を突破できない。
「ピルリン! 血を吸えっ! それでもダメなら、低空飛行で逃げろッ!!」
首筋から血が吸われる。
なんとしても、ここから逃げなければならない。まだやらねばならないことがあるのだ。せめて理恩だけでも幸せにしてからじゃないと、死んでも死にきれない。
「ご主人様ッ! 全力ですッ!!」
ピルリンを赤いオーラが包む。そして、今までビクともしなかった層を押し返した。
そのままの勢いで、森から離脱する。セロリも森の異変さに気づいていたようで、何もわからずにいたのは大志だけだったようだ。
「さっきのはなんだ? 自然現象にしては、不自然すぎる……」
「あれは意図的につくられたものです。調べに来た者を逃がさないために仕掛けてあったんだと思います」
まんまと敵の思惑通りに動いてしまったのである。
「……それと、微弱な魔法反応があったですよーっ!」