5-3 『第一星区とヴァンパイア』
「これ楽だな……」
大志たちは西区へ行くために、中央区へと向かっていた。ほぼ直進の道は、第三星区のアクトコロテンとよく似ている。しかし、大きくかけ離れている部分があった。それは、床が自動で動いてくれることである。
足を動かさずとも、勝手に運んでくれるのだ。
「ピルちゃんには関係ないですよーっ! 空を飛べばいいんですよー!」
「飛ぶのはいいけどさ、下着穿いてないこと忘れるなよ」
するとピルリンは腕を組んで、鼻を高くする。
「下着はちゃんと穿いてますよー!」
しかし、そのスカートの中を見ると、目も当てられない。
たしかに、出かける前に海太から下着を受け取ったのは見ていた。それが海太の複製であることはわかっていたが、言わなかったばかりにピルリンには恥ずかしい思いをさせてしまった。
「まあ、いいか」
見なかったことにして、先を急ぐ。
少し前から西区に呼ばれていたようで、トトは少し急いでいた。それなら今までなぜ行かなかったのかと不思議に思うが、第二星区のことや、失踪した大志を探していたりと、トトなりに忙しかったのだろう。
「中央区って、何があるんだ?」
「……しいて言えば、協会があるでござる。例のイチモツ様は、そこにいるでござるよ」
オーラル教のボスであるイチモツ。やっと、その懐まできたのだ。
なぜ大上大志プロジェクトを知っているのかを問いただし、事と場合によっては叩きのめす。しかし、それなりに人望はあるようだ。かつてティーコを匿ったことで反感を買ったが、いまだに無事ということは、それだけエルフたちに慕われる存在でもあるということである。
そんなイチモツを叩けば、人に対するエルフの嫌悪が増える一方だ。
「もし会っても、突然襲い掛かるなんてことはしないでほしい。立場上、拙者はイチモツ様を守らねばならない。だから、怒りの感情は抑えてほしいでござる」
「大丈夫だ。そんな野蛮じゃないぞ。……それに、俺一人だと何の力もないしな」
もしものことがあっても、海太が止めてくれるだろう。詩真といまだに気まずい雰囲気のようだが、やる時はちゃんとやってくれるはずだ。
「そういえば、ジョーカーと戦ったときに変な刀を持ってたよな?」
すると空を見上げていた海太は、大志へと視線を落とす。そして手を前に出すと、あの時に使っていた刀が姿を現した。
「これは合成の能力でつくったってん。アイス―ンの刀とクシュアルの刀を合成した刀だってんよ」
「……合成? 何をする能力なんだ? というか、能力もちすぎだろ」
「簡単に言えば、両方のいいとこどりをした一つをつくる能力だってん。アイス―ンの刀を元に、女しか触れないっていうのは取り除いて、クシュアルの刀をかけ合わせたってんよ」
説明されても、よくわからない。どうやら、すごい性能のものをつくるという認識でいいようだ。そんな簡単につくられては、オオツキも立つ瀬がない。
今までの複製とは違う尖り方をしている能力なのは、間違いない。
「一度合成したものは保存されるみたいで、自由に取り出せるってん」
「合成したもの同士は、合成できるのか?」
「それは無理だってん。そんなことができたら、強すぎだってんよ」
海太はそう言って、持っていた刀をどこかへと消す。
海太や詩真には戦う能力があるのに、大志には一人で戦える能力が一つもない。仕方ないと受け入れていても、むず痒い気持ちになるのはどうにもならない。
「そうか。ただでさえ強い能力だもんな……」
急に元気を失った大志は床に座った。勝手に運んでくれるのだから、わざわざ立っている必要がない。透明の壁や天井があるから、雨や風の影響も受けない。たとえ寝ていても運んでくれる。
「ところで、アイス―ンは置いてきてよかったのかしら?」
「……それは俺の判断じゃない。トトに聞いてくれ」
「留守番を頼んだでござる。今の時期はどこも忙しいから、頼めるのは身内しかいないでござる」
放牧されていたペガサスを一頭連れてくるという窃盗まがいのことをしたトトは、背を向けながらそう言った。
地震のこともあるし、誰もいないということは避けたかったのだろう。しかし、アイス―ン一人というのも、危険といえば危険かもしれない。いろいろな意味で。
「セロリを置いてくればよかったな」
セロリは、いまだに大志の足元でうろうろしていた。何度か蹴ってしまったが、それはセロリが悪いので謝ったりはしない。
「名をつけたでござるか。……それにしても、野菜のような名でござる」
「ようなというか、セロリって野菜だよな?」
「はっはっ、そうでござるな」
セロリにも名前はあるが、犬になっているうちはセロリで十分だろう。
中央区では何もせず、イチモツに出会うこともなく、そのまま西区へと入った。
石畳を走る馬車をみると、まるでここだけが別世界のように感じる。人力車ばかり走っていた第三星区とは、文明の違いを感じた。
「なんかすげえな。北区とはまったく違うんだな」
「それはそうでござるよ。同じような生活をしていたら、別の場所で暮らす意味がないでござる。その地にあったことをするのが、一番でござるよ」
トトに案内され、大志たちは西区の奥に進む。エルフたちの視線から、やはり嫌われてるのだと感じた。しかし一番注目の的になっていたのはレズである。エルフたちにとっても、スク水で出歩くのは奇怪なのだ。
「すまない。もう少し辛抱してほしい」
「いや、別にいいって。こういう視線には慣れてるから」
しばらくして辿りついたのは、デザートファクトリーと書かれた看板が飾られた店である。そのデザートが食べるほうのデザートだと願って、入店した。
「あっ、いらっしゃませー! って、トト様じゃないですか! やっと来てくれたんですね!」
そこにいたのは、小柄な少女だった。
背を半分隠すほどの橙色をした髪。首にはマフラーが巻かれており、店の制服らしきものを着ている。身長は、大志の肩ほどまでだ。
少女は大志たちに気づくと、わざわざ大志の前まで移動する。
「人のお客さんなんて珍しいです。試食もしてるので、気に入ったら買ってくださいねっ!」
「あ、あぁ……」
トトに視線で助けを求めると、少女の肩にトトの手が置かれた。
「この人たちは拙者の客でござる。突然ですまないんだが、ここに泊まらせてほしいでござる」
「きょ、今日からですか? が、頑張ってみますっ!」
指をまっすぐに揃えた手を、額に当てる。その少女の姿は、さながら敬礼をしているようだった。
少女は慌てた様子で店の奥へ行くと、なにやら騒がしい音が聞こえてくる。突然来てしまって申し訳ない気持ちが、大志を俯かせた。
「……ふぅ。片付きましたよ。寝泊まりする分には、大丈夫ですっ!」
しばらくして戻ってきた少女は、またも敬礼のようなポーズをする。
「ありがとな。俺は大上大志。少しの間だけだが、よろしく」
「はっ、はいっ! マファック・トゥーミです。よろしくお願いします!」
差し出した手は、すかさず握られた。小さな手が、大志の手を握っている。
元気なエルフで、とてもいい子だというのは情報を探らなくてもわかってしまう。
「温かそうな髪の色だな。……マフラーしてるってことは、寒いのか?」
「あ、いや、寒いってわけじゃなくて……こうしてないとダメっていうか……えっと……」
何かを伝えようとしているのか、急にあたふたと手を動かした。
しかし何を伝えようとしているのか、さっぱりわからない。すると、その思考を遮るようにトトが大志とトゥーミの間に入る。
「すまない。詮索はしないでほしいでござる」
「あっ、そうだったのか。こっちこそごめん」
誰にでも隠したいことはある。そこまで考えが至らなかった。
「それで、拙者を呼んだ理由はなんでござるか?」
「え、えっと……デザフェスの警備って、どうなってるんですか……?」
「それは拙者がやることになってるでござる。スマ隊については、調べているがまだ何もつかめていないのが現状でござる」
トトたちの話では、数日後にデザートフェスティバルという行事が西区で開催されるようだ。そしてスマ隊というのは、西区のみならず第一星区全域で悪事を働いている団体である。
オーラル教とは違うけれど、第一星区でも悪党はいるのだ。しかし、第一星区では悪事をしたら撃退する程度で、深追いをして殲滅しようとはしない。
「そっ、それで、トト様にもう一つお願いが……」
マフラーで口を隠したトゥーミは、トトを見上げた。
トトとトゥーミは、互いを深く信頼している。トゥーミがトトを頼り、トトがそれに応えようとしているのがその証拠だ。
人を擁護している身として、同じ思想を持っている仲間がいるのは心強いのだろう。
「デザフェスに出すケーキのデザインをお願いしたくて……」
「拙者が、でござるか? あいにく拙者にそういうセンスはないでござるよ。それに、今回のデザフェスはトゥーミとレイウォックが目玉でござろう?」
「そうですけど……。自信がなくて……自信作に酷い評価をつけられたらと思うと……」
トゥーミの手は震えていた。そしてその震えを隠すように、手を握る。
そんな姿を見かねたトトは、迷いながらもトゥーミの肩へと手を置いた。そして膝を曲げ、視線をトゥーミにあわせる。
「中にはそういう評価を与える者もいるでござる。……だが、すべてに良い評価をもらえるなんて、絶対にないでござるよ。トゥーミの作品を酷いという者もいれば、素晴らしいという者もいる。だから、後者を増やせるように努力すればいいでござる。拙者は、トゥーミの作品を好きでござるよ」
「ほっ、ほんとですか……っ。あっ、ありがとうございますっ!」
トゥーミは表情を明るくして、敬礼をした。
うまく言い包められているように聞こえなくもないが、トゥーミが満足しているならば言うべきことでもないだろう。
「ところでさ、デザフェスって何をするんだ?」
「まだ言ってなかったでござるな。デザートフェスティバル。通称デザフェス。入場者が五段階評価でデザートを評価していき、最終的に一番評価の高いデザートが、その年のベストデザートに選ばれるでござる。去年まで首位を独占していたデザート屋がなくなったため、今まで次位を争っていたトゥーミとレイウォックに期待がかかっているでござる」
弱々しいことを言っておきながら、トゥーミにはすごい腕があるようだ。
普段通りのものを出せば、トゥーミが選ばれる確率は半々ということである。それなのに自信がないなどと、まるで他を侮辱しているかのようだ。
「それって、タダで食べられるってことですかーっ!?」
目を輝かせたピルリンが飛び上がる。
すると、トゥーミの目の色が変わった。喉を押さえ、地面に膝をつく。
「どうしたんだ!?」
近寄ろうとしたが、トゥーミに手で止められた。
そしてつらそうな顔をあげ、なんとか呼吸をしている。その目はピルリンを睨んでいた。
「ヴァン……パイアッ……はぁっ、はぁ……出て……って……ん、っはぁ……はぁ……」
「すまないが、トゥーミの言うとおりにしてほしいでござる」
トトも緊迫した表情で言ってくるので、大志は理由もわからないままピルリンと外へ出た。ピルリンを一人にしたら、何をしでかすかわからない。だから大志は同伴で、理恩たちには残ってもらう。
トゥーミの異変がおさまるまでには時間がかかるようで、大志とピルリンはしばらく外で時間を潰さないといけないようだ。しかし外はエルフが多く、町の端のエルフの少ない地区までピルリンの魔法で飛んで逃げる。
「うぅぅ、なんでですかぁ……ピルちゃん何もしてないですよぉ……」
ピルリンは、なぜか抱いているセロリに頬ずりをしていた。それが第五星区にいる魔物だとは、思ってもいないだろう。
「ヴァンパイアって言ってたし、前に何かあったのかもな。……それに、首を押さえてた。マフラーで隠してる何かが、ヴァンパイアと関係してる……のか?」
「そんなの、ピルちゃん知らないですよーっ! デザート食べたかったですよぉ……」
ピルリンに能力を使っても、魔法で防がれているはずだ。わざわざ第一星区の、しかも何の発言力もないエルフに何かするなんて、重大な何かがあるに決まっている。
第五星区が行っている魔物の捜査に、トゥーミが関係しているとは考えられない。しかしそれなら、第五星区は何をしようとしているのか。他の星区には言えないことを、極秘で進めているというのか。
「デザート食べるのか? 主食は血じゃないのか?」
「ヴァンパイアだって食べる時は食べますよー。血は魔法を使うためだけですぅ。……まあ、まったく食べないヴァンパイアも、いるにはいますけど……」
魔法で身体に栄養を与えればいいのではと思ったが、魔法が自分にはかけられないことを忘れていた。
「なら、魔法でデザートをつくればいいだろ」
「たしかにできますよ。……でも、味が悪いです。血でつくってるんだから、そりゃ味も悪くなるですよぉ……」
それは血の味ということだろうか。気になりはしたが、口には出さなかった。もしも食べさせられるはめになったら、自分の血で他人がつくったものを食べなくてはならない。それでは、ピルリンが病んでるみたいになってしまう。
「おっ、そろそろ西区の端につくな。そこらへんで降りるか」
無理やり話を変え、空から降りた。ピルリン任せの空中飛行は、安定していた。だから酔うことはなかったが、平衡感覚が狂うくらいには気持ち悪かった。
森と隣接する道に降り立つと、周りにエルフはいなかった。やはり森と隣接するだけで危険なのだろう。それだけで、通行量は激減する。
「ここなら、視線も気にせず休めるな」
「言ってくれれば、人除けの魔法しましたよーっ!」
それこそ、言ってくれなければわからない。
ため息をつくと、森の境にある植木が動いた。風で動いたにしては大きすぎる音。そんな音が続き、大志とピルリンの不安を煽る。
「ふぇええっ! こっ、これ危ないですよっ、ご主人様っ!」
「森からくるって、つまりあれだろ!?」
オーガに壊されたカマラの町を思い出した。